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誤召喚された双子は、異世界を丸ごとアップデートする ~鍛冶師と知識魔女の最強貿易ライフ~  作者: 此花サギリ


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第二十七話 現実とゲームの境界線


 有平姉妹が地球へ帰還してから、すでに数時間が経過していた。


 正確には、サイエスで数日間を過ごしてから帰ってきたわけではない。


 地球とサイエスの時間には、恐ろしく大きな時差が存在している。


 地球における一日。


 つまり二十四時間という時間が、サイエスでは三十日にも相当する。


 そのため、サイエスで長時間活動したとしても、地球側ではほんのわずかな時間しか経過していない。


 もっとも、双子にとって重要なのは、時間の問題だけではなかった。


 自分たちが召喚された異世界。


 サイエス。


 そこは、あの自称神――いや、双子がすでに邪神と断定している存在が管理する、MMORPG【フロンティア】の世界だった。


 しかも、ただゲームに似ているというだけではない。


 サイエスそのものが、ゲーム【フロンティア】の世界だったのである。


 ならば。


 ゲームに攻略情報が存在するのではないか。


 ゲームとして設計された世界ならば、効率的なレベル上げの方法も、強力な装備の入手方法も、ボスモンスターの弱点も、隠し要素も。


 何もかも。


 すでに誰かが調べている可能性がある。


 その事実に気づいた瞬間、双子の行動は早かった。


 いや。


 早かったというより、奏が我慢できなくなった。


「……ねえ、琴子」


「なんですか、奏」


「ゲームなら攻略サイトがあるんじゃない?」


 その一言を聞いた瞬間、琴子は黙った。


 そして。


 ゆっくりと顔を上げた。


「…………」


「……琴子?」


「……そうですね」


 琴子の目が、すっと細くなる。


「その可能性は、極めて高いでしょう」


「だよね」


「ゲームですからね」


「うん」


「ゲームなら、攻略サイトくらいありますよね」


「そうそう」


「どうして今まで気づかなかったんでしょうね」


「私たち、いきなり異世界に放り込まれて、邪神に喧嘩売られて、ボス戦して、銃でモンスター撃ち殺してたからじゃない?」


「……」


「あと、魔法陣が出ないのが嫌だからって、スチームパンクガンに魔法陣を投影する機能を付けようとしてたし」


「奏」


「なに?」


「それは今関係ありません」


「はい」


 姉の琴子から冷たい視線を向けられ、奏は素直に口を閉じた。


 しかし、琴子の中でも同じ考えが生まれていた。


 これまでの戦闘を思い返せば、二人は明らかに効率が悪かった。


 レベル八。


 それが現在の二人のレベルである。


 もちろん、一般的なレベル一の冒険者と比較すれば、十分に強い。


 奏は鍛冶師。


 琴子はテイマー。


 そもそも戦闘特化の職業ではない。


 それでも、二人には通常の冒険者には存在しない強力なスキルとギフトがある。


 奏には【縁切り∞】。


 琴子には【縁結び∞】。


 そして、二人がパーティを組んでいることで共有されるギフト。


 さらに琴子には、経験値倍化のギフトが存在している。


 しかも、その効果は自分だけではない。


 パーティメンバー。


 つまり奏にも恩恵がある。


 それどころか、琴子がテイムした存在にも効果が及ぶ。


 これほどまでにレベル上げに適した条件が揃っているというのに。


 二人は今まで、完全に手探りで戦っていた。


「……つまり」


 琴子が腕を組んだ。


「攻略サイトを調べて、最も効率の良いレベリング方法を探せばいいわけですね」


「そういうこと」


「そして、装備品の入手方法も調べる」


「うん」


「ボス攻略情報も」


「うん」


「隠しダンジョンも」


「うん」


「レアアイテムも」


「うん」


「そして、邪神を倒す方法も」


「……それは攻略サイトに載ってるかな?」


「載っていたら楽なのですが」


「まあ、邪神本人がゲームの神を名乗ってるくらいだから、攻略情報に『ラスボスは運営です』とか書いてあったら笑うけど」


「奏」


「なに?」


「それ、たぶん笑えませんよ」


「……そうだね」


 二人は顔を見合わせた。


 その瞬間。


 部屋の中に、機械的な声が響いた。


『お二人の会話を分析した結果、攻略サイトの利用は非常に有効であると判断します』


「アイリス」


『はい。私です』


「最初から言ってよ」


『申し訳ありません。私はサポートAIであり、攻略情報を自動的に提示する機能は保有しておりません』


「……あれ?」


 奏が首を傾げる。


「でもアイリスって、世界の欠片なんでしょ?」


『正確には、世界の欠片を基礎としたサポートAIです』


「じゃあ、フロンティアの情報とか調べられないの?」


『現在の私には、地球上のインターネットへ接続する能力はありません』


「えっ」


『ただし』


「ただし?」


『お二人がゲーム【フロンティア】へログインし、ゲーム内の情報を取得することは可能かもしれません』


 奏と琴子が同時に顔を上げた。


「……ゲームにログイン?」


 琴子が呟く。


『はい』


 アイリスの言葉を聞いた瞬間。


 奏の頭の中に、一つの可能性が浮かび上がった。


「待って」


「奏?」


「【フロンティア】ってVRMMORPGだったよね?」


「ええ」


「私たち、ゲームをプレイできるんじゃない?」


「……」


「地球に帰ってきたんだから」


「……」


「ゲーム機は?」


「あります」


「VRゴーグルは?」


「あります」


「ソフトは?」


「あります」


 琴子が答える。


 そして。


 二人は、同時に黙り込んだ。


 その沈黙の意味を理解した奏が、ゆっくりと立ち上がる。


「やってみよう」


「……そうですね」


 琴子も立ち上がった。


「ゲームの中でレベルを上げてみましょう」


「うん」


「現実のサイエスと、ゲームのフロンティアが同じ世界なら、何かしらの共通点があるはずです」


「それに」


 奏は拳を握った。


「私たちは、ゲームをしてるだけなんだから」


 その言葉には、妙な期待があった。


 もちろん、二人とも理解している。


 ゲームの世界と現実の異世界は違う。


 サイエスは、確かに【フロンティア】と同じ世界なのかもしれない。


 しかし、だからといってゲームで得た経験値が現実に反映されるとは限らない。


 ゲーム内でレベルを上げても、現実のサイエスではレベル八のまま。


 それが普通の考え方だ。


 けれど。


 二人は普通ではない。


 そもそも、自称神による誤召喚で異世界に飛ばされ、三つの願いをそれぞれ叶えてもらい、地球へ帰還する方法まで確立している。


 ならば。


 ゲームを利用できないという保証もない。


「それじゃあ、ログインしましょうか」


「うん」


 琴子がVR機器を準備する。


 奏はその隣で、ゲームソフトを確認した。


 ゲームタイトル。


【フロンティア】


 かつて地球で大流行したVRMMORPG。


 広大な世界を自由に冒険し、職業を選び、モンスターを倒し、仲間を作り、商売をし、家を建て、ギルドを結成する。


 その自由度の高さから、サービス開始当初から爆発的な人気を誇っていたゲームだ。


 奏も琴子も、かつてはプレイしていた。


 ただし。


 プレイスタイルは正反対だった。


「奏」


「なに?」


「あなた、また変なアバターを作るつもりですか?」


「変じゃないよ」


「前回のアバター、何だったか覚えています?」


「スチームパンクの女ガンマン」


「その前は?」


「蒸気機関式の重装甲兵」


「その前は?」


「改造サイボーグ侍」


「……」


 琴子が無言になる。


「なによ」


「いえ」


 琴子はため息を吐いた。


「あなたは昔からそうでしたね」


「琴子だって変なアバターだったじゃん」


「私のは普通です」


「全身黒スーツに赤い眼鏡だったけど」


「普通です」


「悪役令嬢みたいだった」


「普通です」


「しかも名前が『コトコ・ブラックマネー』」


「普通です」


「どこが?」


「私の趣味です」


 琴子は堂々と言い切った。


 その態度に奏は苦笑する。


「まあ、いいけど」


 二人はそれぞれVR機器を装着した。


 視界が暗転する。


 そして。


 電子音が響いた。


『――フロンティアへようこそ』


 懐かしい声。


 かつて何度も聞いたログインボイスだった。


 しかし。


 次の瞬間。


『プレイヤー情報を確認しています』


「……ん?」


 奏が眉をひそめる。


『アカウント情報を確認』


『魂魄情報を確認』


『異世界情報を確認』


『該当するプレイヤーデータが存在しません』


「……」


 奏は嫌な予感を覚えた。


『新規アバターを作成してください』


「……普通だね」


『種族を選択してください』


「普通だね」


『職業を選択してください』


「普通……」


 奏はそこで止まった。


「……待って」


 表示された職業一覧を見る。


 剣士。


 魔法使い。


 弓使い。


 僧侶。


 盗賊。


 鍛冶師。


 テイマー。


「……鍛冶師がある」


 奏の声が低くなる。


「琴子」


『はい』


「これ、ゲームの中だよね?」


『そのはずです』


「なのに、私の職業と同じなんだけど」


『……』


「琴子?」


『偶然でしょう』


「そうかな」


『ゲームですから』


「でもさ」


 奏は画面を見つめた。


 鍛冶師。


 そして。


 その隣に表示されているのは。


 【料理人】


「……料理スキルまである」


『奏』


「なに?」


『偶然です』


「いや、これは」


『偶然です』


「アイリス?」


『はい』


「どう思う?」


『非常に興味深い現象です』


「だよね」


『ただし、現時点では断定できません』


「ふーん」


 奏は考え込んだ。


 そして。


「まあ、いいや」


 奏はアバター作成を始めた。


 せっかくゲームをプレイするのだ。


 それなら。


「どうせなら、私たちがサイエスで使っている姿に近くしよう」


「賛成です」


 琴子も頷いた。


 髪型。


 顔。


 体型。


 身長。


 服装。


 そして職業。


 ゲーム内で二人は、自分たちとほぼ同じ姿をしたアバターを作成した。


 奏は作業服を基調にしたスチームパンク風装備。


 琴子は黒を基調としたスーツ姿。


 ゲーム内で二人が並ぶと。


 まるで本人そのものだった。


「……奏」


「なに?」


「胸のサイズまで再現する必要はあったんですか?」


「知らないよ」


「私のほうはともかく」


「琴子」


「なんです?」


「喧嘩売ってる?」


「事実確認です」


「……」


 奏は無言で琴子の頭を小突いた。


「痛いです」


「うるさい」


 こうして。


 二人はゲーム世界へと降り立った。


 しかし。


 その瞬間だった。


 異変が起きた。


『ログイン完了』


 視界が切り替わる。


 VR特有の浮遊感。


 足元に広がる大地。


 遠くに見える巨大な城。


 空に浮かぶ魔法陣。


 風に揺れる草。


 そして。


 自分の手。


 奏は、自分の手を見つめた。


「……」


 何かがおかしい。


 ゲームの中なら。


 アバターの手は、アバターの手だ。


 現実の自分の手ではない。


 しかし。


「……手袋」


 奏が呟いた。


 自分がゲーム内で設定した装備。


 黒い革製の手袋。


 それが。


 現実のサイエスで使用していたものと同じだった。


「奏?」


 琴子が振り返る。


「どうしました?」


「ちょっと」


 奏は自分の頬を触った。


 そして。


「これ」


「……」


「触覚がある」


「VRですから」


「いや」


 奏は首を振った。


「違う」


 その声に。


 琴子の表情が変わった。


 奏は、ゲーム内の地面にしゃがみ込んだ。


 草を触る。


 風を感じる。


 空気の匂いを嗅ぐ。


 遠くから聞こえる鳥の声。


 あまりにもリアルだった。


 しかし、それだけなら最新式のVRゲームで説明できる。


 問題は。


「アイリス」


『はい』


「ここ、どこ?」


『フロンティアのゲーム内フィールドです』


「本当に?」


『……』


「アイリス?」


『確認中です』


 数秒の沈黙。


『……サイエスとの空間情報に一致するデータを確認しました』


「やっぱり?」


『はい』


 奏と琴子が顔を見合わせる。


 琴子が慎重に尋ねた。


「つまり」


『現在のお二人は、ゲーム【フロンティア】へログインしています』


「うん」


『同時に』


 アイリスの声が僅かに変化した。


『サイエスに存在するお二人の情報とも一致しています』


「……」


「……」


 二人の間に沈黙が落ちた。


「奏」


「なに?」


「これ」


「うん」


「ゲームじゃないんじゃないですか?」


「……私もそう思う」


 だが。


 それだけではなかった。


 奏がステータス画面を開く。


 表示された。


 名前。


 カナデ。


 レベル。


 1。


 職業。


 鍛冶師。


 スキル。


 鍛冶。


 料理。


 そして。


「……縁切りがある」


「え?」


 琴子が奏の画面を見る。


 確かに。


 そこには【縁切り∞】の文字が表示されていた。


「私も」


 琴子が自分のステータスを開く。


「縁結び∞があります」


「……」


「奏」


「なに?」


「私たちの能力」


「うん」


「ゲームに反映されています」


「……」


 奏はしばらく黙っていた。


 そして。


 口元を歪める。


「……面白くなってきた」


「奏?」


「だって」


 奏は拳を握った。


「ゲームでレベル上げができるってことは」


「……」


「私たちのレベルが上がるかもしれない」


「……」


「それに」


 奏の目が輝く。


「ゲーム内の攻略情報を使える」


「……」


「効率的な狩場も分かる」


「……」


「経験値倍化もある」


「……」


「つまり」


 奏は笑った。


「パワーレベリングできる」


 琴子の目が細くなる。


「……なるほど」


「やる?」


「やりましょう」


 その返答は早かった。


 こうして。


 有平姉妹による、史上初の異世界パワーレベリングが始まった。


 ゲームの攻略サイト。


 攻略掲示板。


 プレイヤーたちが積み上げてきた膨大なデータ。


 それらを利用して。


 二人は最も効率の良い狩場を探し始めた。


 そして。


 攻略情報を読み漁った琴子が、ある場所を指差した。


「ここです」


「初心者向けダンジョン?」


「ええ」


「でも、私たちレベル一だよ?」


「だからです」


「……?」


「攻略サイトによれば、ここには低レベルモンスターが大量に出現します」


「ふむ」


「しかも」


 琴子が続ける。


「パーティ経験値の分配システムがあります」


「なるほど」


「そして、私たちは二人とも経験値倍化の恩恵を受けています」


「うん」


「さらに」


 琴子は微笑んだ。


「私たちはゲーム内でも姉妹です」


「……」


「そして、パーティメンバーです」


「……」


「経験値が二倍」


「うん」


「二人分の経験値が二倍」


「うん」


「さらに」


 琴子は指を立てた。


「経験値倍化の効果がパーティメンバーに共有されています」


「……」


「つまり」


「つまり?」


「効率よく敵を倒せば、通常プレイヤーの何倍もの速度でレベルが上がる可能性があります」


 奏は笑った。


「最高じゃん」


「ええ」


「やろう」


「はい」


 そして。


 双子は走り出した。


 ゲームの世界を。


 現実の異世界を。


 そして。


 邪神が作り出した世界そのものを。


 攻略するために。


 彼女たちがゲーム内で行ったことが、現実のサイエスに影響する可能性など。


 この時の二人は、まだ知らなかった。


 しかし。


 その可能性を。


 最初に証明したのは。


 レベルだった。


 最初のモンスターを倒した瞬間。


 奏の視界に表示された。


『経験値を獲得しました』


『経験値倍化が適用されます』


『パーティボーナスが適用されます』


『経験値を獲得しました』


『レベルが上がりました』


「……え?」


 奏が立ち止まる。


「どうしました?」


「レベル」


「はい?」


「上がった」


「……え?」


 琴子が自分のステータスを確認する。


 レベル。


 一。


 しかし。


 次の瞬間。


『レベルが上がりました』


「……」


「……」


『レベルが上がりました』


『レベルが上がりました』


「……奏」


「うん」


「これ」


「うん」


「私たち」


「うん」


「ゲームの中で」


「うん」


「パワーレベリングできますね」


 奏は満面の笑みを浮かべた。


「やった!」


 その瞬間。


 双子のレベリング計画は。


 地球とサイエス。


 二つの世界を巻き込む、とんでもない計画へと変貌することになった。

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