第二十二話 魔法陣銃と、久世家の地下工房
庭に開いた巨大な穴を前にして、有平奏は満足そうな顔をしていた。
その表情だけを見れば、長年追い求めていた研究成果をついに完成させた研究者のようにも見える。実際、奏にとってはその認識で間違っていなかった。彼女の目の前にあるのは、単なる庭の惨状ではない。異世界の魔法と地球の科学技術、その二つを組み合わせることで生み出した、彼女にとって記念すべき第一号の試作品だった。
ただし。
その試作品を撃った結果として、曾祖父から相続した古民家の庭に直径三メートルほどの穴が開いているという現実については、奏の頭の中から見事なまでに抜け落ちていた。
「……。」
「……。」
「……。」
庭に立つ奏。
その隣で呆然と穴を見つめる琴子。
そして、奏の肩の上で耳をぴんと立てているピピ。
三人の間には、何とも言えない沈黙が流れていた。
風が吹く。
庭の木々が揺れる。
穴の底では、先ほど奏が放った魔法弾の余波によって土が崩れ、ころころと小石が転がっていった。
その音が妙に大きく聞こえる。
やがて。
琴子がゆっくりと口を開いた。
「……奏。」
「何?」
「今。」
「うん。」
「あなたが撃ったもの。」
「魔法陣銃。」
「そうですね。」
「第一号。」
「……。」
琴子は目の前の穴をもう一度見る。
そして、奏が手にしている銃を見る。
銃を見る。
穴を見る。
もう一度、銃を見る。
どう考えても、釣り合っていない。
庭に穴を開けるほどの威力が必要だったのかと問われれば、必要ではなかった。
そもそも、魔法陣を出すことが目的だったはずなのだ。
魔法陣を出す。
魔法を撃つ。
それだけでよかった。
それなのに。
どうして庭に穴が開くほどの威力になるのか。
琴子には理解できなかった。
いや。
理解したくなかった。
「……威力調整機能は?」
「ない。」
「どうして?」
「試作品だから。」
「試作品だから庭に穴を開けていいという理屈はありません。」
「でも、魔法陣は出たよ。」
「そうですね。」
「すごく綺麗だった。」
「そうですね。」
「回転もした。」
「……そうですね。」
「六重魔法陣。」
「……。」
奏は嬉しそうだった。
琴子は頭を抱えた。
奏がこういう顔をしている時は、何を言っても無駄である。
昔からそうだった。
奏は一度、何かに興味を持つと、そこから先は一直線だった。
小学生の頃には、壊れたラジオを拾ってきては分解し、中学生になればジャンク品のパソコンを分解し、高校生になれば学校の文化祭で使うための電動装置を勝手に改造し、大学へ進んでからは電子工学の研究に没頭した。
そして今。
異世界へ召喚された結果。
彼女は魔法銃を手に入れ。
魔石と魔力回路を解析し。
地球の科学技術と組み合わせ。
ついには魔法陣を展開するスチームパンク銃を作り上げた。
その行動力だけは、琴子も認めている。
認めているが。
問題は。
その行動力に安全装置が付いていないことだった。
「……奏。」
「何?」
「その銃。」
「うん。」
「今すぐ。」
「分解してください。」
「嫌。」
即答だった。
「なぜですか?」
「完成したから。」
「完成していません。」
「完成したよ。」
「威力調整機能がないでしょう。」
「後で付ける。」
「照準器もない。」
「魔法陣が照準器。」
「違います。」
「じゃあ、これ。」
奏は銃の上部に取り付けた小さな真鍮製の望遠鏡を指差した。
「スコープ。」
「……。」
「ある。」
「魔法銃にスコープを付ける意味が分かりません。」
「狙えるよ。」
「魔法陣を出す銃ですよ?」
「でも銃でしょ。」
「そういうところですよ。」
琴子は深々とため息を吐いた。
その時。
背後から、ゆっくりとした拍手の音が聞こえた。
ぱち。
ぱち。
ぱち。
二人が振り返る。
そこには。
呆れたような顔をした久世真奈美が立っていた。
「……。」
真奈美は庭の穴を見ていた。
奏の持つ銃を見た。
そして。
奏を見る。
「……。」
しばらく。
何も言わない。
奏も何も言わない。
琴子は。
何となく目を逸らした。
ピピだけが、何も分からない様子で奏の肩に座っている。
「……奏ちゃん。」
「はい。」
「この穴。」
「はい。」
「あなたが開けたの?」
「はい。」
「その銃で?」
「はい。」
「試射?」
「はい。」
真奈美は。
静かに目を閉じた。
そして。
大きく息を吐いた。
「……。」
琴子が小さな声で言った。
「久世さん。」
「何かしら?」
「私も止めようとはしたんです。」
「そう。」
「本当に。」
「分かっているわ。」
「奏が勝手に。」
「ええ。」
「撃ちました。」
「そう。」
「だから。」
「琴子。」
「はい。」
「あなたも。」
「同罪よ。」
「……。」
琴子は黙った。
「なぜ私まで?」
「あなたが止めるどころか、魔石の調達先を紹介したからよ。」
「……。」
「違う?」
「……。」
「違わないわね?」
「……はい。」
真奈美は。
もう一度。
ため息を吐いた。
しかし。
その目は。
奏が手にしている銃から離れなかった。
祓い屋として長年、異形や怪異と関わってきた真奈美には分かる。
あれは。
ただの銃ではない。
銃身から漂う魔力。
魔石の配置。
内部に組み込まれた魔力回路。
そして何より。
先ほど一瞬だけ展開された魔法陣。
真奈美は、あの瞬間。
確かに見た。
庭を覆うほどの巨大な魔力。
それを一瞬で制御し。
術式として固定し。
銃弾のように射出した。
「奏ちゃん。」
「はい。」
「その銃。」
「見せてくれる?」
「いいよ。」
奏は素直に銃を差し出した。
真奈美は受け取る。
ずしりと重い。
見た目はスチームパンク風。
真鍮の装飾。
複雑に配置された歯車。
蒸気管を思わせる金属管。
銃身周辺に配置された六つの魔石。
そして。
小さな望遠鏡型の照準器。
それらが一体となり。
異世界の魔法銃と。
地球の工学技術が。
奇妙な形で融合していた。
「……。」
真奈美は銃を裏返す。
「これは?」
「魔力回路。」
「こっちは?」
「魔石。」
「六つ?」
「うん。」
「どうして六つなの?」
「魔法陣が六角形だから。」
「……。」
「一個じゃ魔法陣が描けない。」
「なるほど。」
真奈美は。
奏の説明を聞きながら。
自分の中で。
何かが繋がっていく感覚を覚えていた。
魔法陣。
魔石。
魔力。
そして。
銃。
地球の術者たちは。
長い年月をかけて。
術式を簡略化してきた。
詠唱を短く。
魔法陣を小さく。
道具を使いやすく。
そして。
誰でも使えるように。
だが。
奏がやったことは。
それとは真逆だった。
魔法を。
わざわざ。
魔法陣を展開して。
見せる。
無駄を増やす。
効率を落とす。
しかし。
その代わり。
術式を視覚化することで。
魔法の構造を。
誰でも理解できるようにする。
「……。」
真奈美は。
ふと。
奏を見る。
「奏ちゃん。」
「はい。」
「あなた。」
「何?」
「これ。」
「売るつもり?」
「……。」
奏が。
目を丸くした。
「売らないよ。」
「なぜ?」
「私が使う。」
「……。」
真奈美は。
笑った。
「そうよね。」
この子は。
そういう子だった。
自分が面白いと思ったもの。
自分が欲しいと思ったもの。
自分が必要だと思ったもの。
それを。
自分で作る。
だからこそ。
真奈美は。
少しだけ。
怖くなった。
もし。
この技術が。
異世界へ持ち込まれたら。
どうなるのか。
もし。
魔法陣を展開する銃が。
大量生産されたら。
もし。
この銃を。
軍隊が手に入れたら。
もし。
魔法と科学が。
融合したら。
サイエスという世界の。
戦争の形は。
根本から変わるだろう。
しかし。
真奈美は。
それ以上に。
別のことを考えていた。
この二人が。
異世界から。
何を持ち帰ってきたのか。
それが。
気になった。
「奏ちゃん。」
「何?」
「その銃だけ?」
「え?」
「異世界から持ち帰ったもの。」
「……。」
奏と琴子が。
顔を見合わせた。
その瞬間。
真奈美は悟った。
「……。」
「他にもあるのね?」
琴子が。
微笑む。
「もちろんです。」
「琴子。」
「何ですか?」
「あなた。」
「隠す気ないの?」
「ありません。」
「なぜ?」
「久世さんなら。」
琴子は。
穏やかに笑った。
「信用できますから。」
真奈美は。
一瞬。
言葉を失った。
有平姉妹。
幼い頃から。
自分が面倒を見てきた二人。
両親に捨てられ。
児童養護施設で育った二人。
そして。
曾祖父から受け継いだ古民家で。
二人きりで暮らしてきた。
真奈美にとって。
二人は。
後見人として見守ってきた子供であり。
同時に。
自分の家族に近い存在でもあった。
だから。
その言葉は。
嬉しかった。
「……そう。」
「はい。」
「なら。」
真奈美は。
銃を奏へ返す。
「場所を変えましょう。」
「場所?」
「ええ。」
真奈美は。
微笑んだ。
「ここで話すには。」
「少し。」
「内容が危険すぎるわ。」
◇◇◇
その夜。
有平姉妹は。
久世真奈美の車に乗っていた。
助手席には琴子。
後部座席には奏とピピ。
ピピは。
窓の外を眺めていた。
日本の夜。
街灯。
信号。
車。
コンビニ。
マンション。
看板。
サイエスでは見たことのない光景が。
次々に流れていく。
「……。」
ピピが。
呆然としている。
「すごい。」
「何が?」
奏が尋ねる。
「いっぱい光ってる。」
「電気。」
「電気?」
「うん。」
「魔法?」
「違う。」
「じゃあ何?」
「科学。」
ピピは。
しばらく黙った。
「魔法じゃないのに。」
「明るい。」
「そう。」
「すごい。」
奏は。
少しだけ笑った。
「私も。」
「最初。」
「魔法を見た時。」
「同じこと思ったよ。」
「魔法。」
「便利だなって。」
ピピが。
奏を見る。
「じゃあ。」
「科学も。」
「魔法?」
奏は。
少し考えた。
「……。」
「そうかもね。」
その答えに。
琴子が。
前から口を挟んだ。
「奏。」
「何?」
「あなた。」
「また変なこと考えているでしょう。」
「考えてない。」
「顔に出ています。」
「……。」
奏は。
窓の外を見る。
「魔法と科学。」
「融合したら。」
「もっと凄いものが作れると思う。」
「……。」
「例えば。」
「魔力で動く車。」
「空を飛ぶ船。」
「魔法で通信する端末。」
「魔法陣を使ったミサイル。」
「最後のは止めてください。」
「なんで?」
「あなた。」
「兵器しか考えていませんよね?」
「いや。」
「便利なものも考えてる。」
「割合は?」
「……。」
「奏?」
「七割。」
「兵器でしょう?」
「……。」
「三割が便利なもの?」
「……。」
琴子が。
ため息を吐く。
「この人。」
「異世界で。」
「絶対に。」
「兵器産業を始めますよ。」
「始めないよ。」
「本当に?」
「たぶん。」
「ほら。」
「今。」
「たぶんって言いました。」
真奈美は。
運転しながら。
小さく笑っていた。
しかし。
やがて。
車は。
都心から離れ。
山道へ入っていく。
ピピが。
窓から外を見る。
「暗い。」
「そうですね。」
琴子が答える。
「ここ。」
「どこ?」
「久世家の本宅よ。」
真奈美が言った。
「本宅?」
「ええ。」
「……。」
奏が。
窓の外を見る。
山の中。
しかし。
その奥に。
巨大な門が見えてきた。
門が開く。
車が入る。
長い石畳。
その先に。
古い日本家屋が建っている。
だが。
その大きさは。
奏たちの古民家とは比べ物にならない。
広大な敷地。
複数の建物。
そして。
その地下。
「……。」
奏が。
目を輝かせる。
「地下。」
「あります。」
「工房?」
「あります。」
「機械。」
「あります。」
「金属加工設備。」
「あります。」
「魔法研究室。」
「……。」
真奈美が。
バックミラー越しに奏を見る。
「あります。」
「……。」
奏の目が。
さらに輝いた。
「久世さん。」
「何?」
「好き。」
「……。」
琴子が。
「奏。」
「何?」
「あなた。」
「完全に。」
「釣られていますよ。」
「だって。」
奏は。
真奈美を見る。
「工房。」
「あるんでしょ?」
「ええ。」
「使っていい?」
「いいわよ。」
「やった!」
「ただし。」
「何?」
「壊さないで。」
「努力する。」
「努力ではなく。」
「絶対に壊さないで。」
「……。」
奏は。
少し考えた。
「分かった。」
「本当に?」
「たぶん。」
「奏。」
琴子が。
呆れた。
こうして。
二人は。
久世家の地下工房へ案内された。
そこには。
地上からは想像もつかない世界が広がっていた。
壁一面に。
古い呪具。
刀。
札。
護符。
そして。
中央には。
巨大な作業台。
その周囲には。
旋盤。
フライス盤。
溶接機。
精密加工機。
さらには。
真奈美が独自に集めたという。
古い研究機器まで。
並んでいた。
「……。」
奏が。
立ち尽くす。
「……。」
「奏?」
琴子が声を掛ける。
「……。」
「奏。」
「……。」
「聞こえていますか?」
奏が。
ゆっくり。
振り返る。
「琴子。」
「はい。」
「ここ。」
「私。」
「住んでいい?」
「駄目です。」
「なんで!?」
「家があります。」
「ここ。」
「住んでいい?」
「駄目です。」
「工房。」
「使っていいんでしょう?」
「ええ。」
真奈美が答える。
「好きに使っていいわ。」
奏の顔が。
輝く。
「本当に?」
「ええ。」
「何を作っても?」
「常識の範囲内なら。」
「……。」
「奏ちゃん。」
「はい。」
「今。」
「何を考えたの?」
「何も。」
「その顔は。」
「何か考えています。」
奏は。
視線を逸らした。
「……。」
琴子が。
静かに言った。
「久世さん。」
「何かしら?」
「ここ。」
「しばらく。」
「立ち入り禁止にした方がいいですよ。」
「なぜ?」
「奏が。」
「何を作るか。」
「分かりませんから。」
「……。」
真奈美は。
奏を見る。
奏は。
すでに。
作業台の前へ向かっていた。
そして。
魔法銃を置く。
工具を並べる。
魔石を取り出す。
ノートを開く。
そして。
ペンを走らせ始めた。
「……。」
琴子が。
その姿を見る。
奏は。
完全に。
研究者の顔になっていた。
異世界へ行く前。
研究所で。
新しい技術に触れた時。
いつも。
こうだった。
周囲の音が。
聞こえなくなる。
食事を忘れる。
時間を忘れる。
ひたすら。
目の前の技術へ没頭する。
琴子は。
そんな妹を。
昔から知っている。
「奏。」
「……。」
「奏。」
「……。」
「奏!」
「何?」
「夕食。」
「後。」
「お風呂。」
「後。」
「寝る。」
「後。」
「……。」
琴子は。
腕を組んだ。
「ピピ。」
「なぁに?」
「奏を止めてください。」
「え?」
「このままだと。」
「朝まで。」
「作業します。」
ピピは。
奏を見る。
「お姉ちゃん。」
「……。」
「ご飯。」
「後。」
「お風呂。」
「後。」
「寝る。」
「後。」
「……。」
ピピが。
琴子を見る。
「無理。」
「でしょうね。」
琴子は。
ため息を吐いた。
その時。
真奈美が。
作業台の上に。
一冊の古い本を置いた。
奏の手が。
止まる。
「……。」
「何これ?」
「古い魔導書。」
「……。」
奏の目が。
輝いた。
「魔導書?」
「ええ。」
「本物?」
「本物よ。」
「魔法陣。」
「載っているわ。」
「……。」
奏が。
ゆっくり。
魔導書を開く。
そこには。
複雑な魔法陣が。
描かれていた。
「……。」
奏の目が。
吸い込まれる。
「これ。」
「サイエスの魔法陣と。」
「違う。」
琴子が。
覗き込む。
「違う?」
「うん。」
「どこが?」
「構造。」
「こっちは。」
奏は。
指で魔法陣を追う。
「魔力を循環させる。」
「こっちは。」
「魔力を増幅。」
「そして。」
「ここ。」
奏の指が。
魔法陣の中心へ。
「切断。」
琴子が。
顔を上げる。
「切断?」
「うん。」
「私の能力。」
奏は。
真剣な顔になった。
「縁切り。」
魔導書の魔法陣。
奏の能力。
そして。
先ほど。
フォレストロードから。
邪神の干渉を切断した時。
あの時。
奏が見た。
無数の「縁」。
その記憶が。
蘇る。
「……。」
奏は。
魔導書を見つめる。
「これ。」
「武器。」
「だけじゃない。」
琴子が。
「奏?」
「私。」
「もっと。」
「自分の能力。」
「理解できるかもしれない。」
琴子は。
黙った。
奏の能力。
【縁切り∞】。
それは。
単純な切断能力ではない。
人と人。
魔力と魔力。
契約。
呪い。
因果。
そして。
世界そのもの。
それらを。
「縁」という形で認識し。
切断する力。
ならば。
琴子の【縁結び∞】も。
同じだ。
奏が切る。
琴子が結ぶ。
二人の力は。
対極にありながら。
互いを補完している。
「……。」
琴子が。
ふと。
不安そうに言った。
「奏。」
「何?」
「もし。」
「私たちの能力が。」
「邪神が。」
「欲しがっているものだったら?」
奏の手が。
止まった。
「……。」
「私たちは。」
「どうして召喚されたんでしょう。」
静かな。
地下工房。
時計の音だけが。
聞こえている。
真奈美も。
何も言わない。
やがて。
奏が。
魔導書を閉じた。
「……。」
「分からない。」
奏は。
静かに言った。
「でも。」
「一つだけ。」
魔法銃を。
手に取る。
「分かってる。」
「何?」
「邪神。」
「私たちを。」
「帰すつもり。」
「ない。」
琴子の目が。
細くなる。
「だから。」
奏は。
魔法陣銃を。
作業台へ置いた。
「私たちは。」
「強くなる。」
「武器を作る。」
「仲間を増やす。」
「知識を集める。」
そして。
奏は。
魔導書を見る。
「それから。」
小さく。
笑った。
「邪神の。」
「縁を。」
「切る。」
その言葉に。
琴子が。
微笑んだ。
「なら。」
「私は。」
奏の隣に立つ。
「邪神と。」
「私たちの。」
「縁を。」
琴子は。
手を伸ばした。
「結び直します。」
「……。」
奏が。
琴子を見る。
「何で?」
「私たちと。」
「邪神の縁を。」
「私たちが支配するためです。」
「……。」
「邪神が。」
「私たちを。」
「勝手に召喚したんです。」
琴子は。
笑った。
「なら。」
「こちらも。」
「勝手に。」
「利用してしまいましょう。」
「……。」
奏は。
少し考えた。
「琴子。」
「何ですか?」
「やっぱり。」
「腹黒い。」
「褒め言葉ですか?」
「うん。」
「なら。」
琴子は。
笑った。
「ありがとうございます。」
その夜。
久世家の地下工房では。
再び。
機械音が響き始めた。
奏は。
魔法陣銃の改良に取り掛かった。
威力調整機構。
魔力出力制御。
魔法陣の多重展開。
属性切り替え。
そして。
魔法陣そのもののデザイン変更。
奏のノートには。
次々と。
新しい設計図が描かれていく。
火。
水。
風。
土。
雷。
氷。
光。
闇。
さらには。
複数属性を組み合わせた。
複合魔法陣。
奏の頭の中には。
すでに。
新しい武器の構想が。
いくつも生まれていた。
その横で。
琴子は。
魔導書を読み進める。
ピピは。
作業台の下で。
眠っている。
そして。
真奈美は。
少し離れた場所から。
二人を見つめていた。
異世界。
邪神。
魔法。
そして。
二人の特殊な能力。
これから。
何が起こるのか。
真奈美にも。
分からない。
ただ。
一つだけ。
確かなことがある。
この二人は。
普通ではない。
異世界へ召喚され。
数ヶ月を過ごし。
わずか数時間で。
日本へ帰還した。
そして。
帰還した直後には。
異世界の魔法を。
地球の科学技術と融合させ。
新たな武器を作り始めている。
しかも。
その武器は。
ただの武器ではない。
世界を変える可能性を。
秘めている。
「……。」
真奈美は。
静かに。
地下工房の天井を見上げた。
「神様。」
誰に向けた言葉なのか。
自分でも分からなかった。
「この子たちを。」
「どうするつもりなのかしらね。」
返事はない。
ただ。
作業台の上で。
奏が。
新しい魔法陣銃を組み立てる音だけが。
響いていた。
そして。
その夜が明ける頃。
第一号魔法陣銃は。
第二号へと進化していた。
魔法陣の展開速度。
魔力消費量。
威力。
すべてが改善されている。
さらに。
奏は。
新たな機構を追加していた。
銃身の周囲に。
八つの魔石。
その中心には。
小さな黒い魔石。
「これ。」
琴子が。
眠そうな顔で聞く。
「何ですか?」
「多重魔法陣。」
「また?」
「うん。」
「何重?」
「九重。」
「……。」
「撃つと。」
「九つの魔法陣が。」
「重なる。」
「……。」
「しかも。」
奏は。
自慢げに。
「全部。」
「違う魔法陣。」
琴子は。
完全に。
目を覚ました。
「奏。」
「何?」
「それ。」
「絶対に。」
「試射。」
「しないでください。」
「え?」
「絶対です。」
「でも。」
「駄目です。」
「なんで?」
「庭がなくなります。」
「……。」
奏は。
少し考えた。
「じゃあ。」
「久世さんの。」
「地下。」
「もっと駄目です!」
地下工房に。
琴子の叫び声が。
響き渡った。
そして。
その声を聞いた真奈美は。
静かに。
天井を見上げた。
「……。」
「この家。」
「今日。」
「無事かしら。」
そんな不安を抱えながら。
双子の。
異世界攻略準備は。
着実に。
進んでいく。
しかし。
二人がまだ知らないことがある。
サイエスでは。
二人が帰還した直後。
初心者の森に。
異変が起きていた。
フォレストロード。
モリが。
森の奥深く。
黒い霧と対峙していた。
そして。
黒い霧の中に。
かつて。
白い世界で二人を召喚した。
あの発光体と。
よく似た気配が。
存在していた。
『……。』
モリが。
低く唸る。
その身体から。
森全体へ。
巨大な魔力が広がる。
黒い霧が。
それに触れた。
すると。
霧の中から。
声が響いた。
『……あの二人。』
『また。』
『帰ったのか。』
モリの瞳が。
鋭く光る。
『……。』
『面倒な人間だ。』
黒い霧が。
ゆっくりと。
収束していく。
『だが。』
『あの二人は。』
『必ず。』
『また戻ってくる。』
そして。
霧が消える。
『なぜなら。』
『あの二人は。』
『この世界から。』
『逃げられない。』
その言葉を。
モリは。
聞いていた。
そして。
静かに。
牙を剥いた。
誰にも。
聞こえないほど小さな声で。
森の主は。
呟く。
『……家族を。』
『傷つけさせない。』
その瞬間。
モリのステータスに。
変化が起きた。
【特殊称号を獲得】
【家族を守る森の主】
【効果】
【家族契約者への敵対存在を感知】
【敵対存在の位置を共有】
そして。
その情報は。
遠く離れた日本の。
地下工房にいる。
琴子のステータスへ。
届いた。
「……。」
琴子の手が。
止まる。
「奏。」
「何?」
「モリから。」
「何か。」
「来ました。」
奏が。
振り返る。
琴子の表情は。
先ほどまでの。
眠そうなものではなかった。
「敵。」
「……。」
「邪神の気配。」
奏は。
ゆっくり。
魔法陣銃を手に取った。
そして。
その銃口を。
静かに。
見つめる。
魔法陣。
それは。
ただの演出ではない。
それは。
異世界へ帰るため。
家族を守るため。
そして。
邪神を倒すため。
二人が。
自分たちの手で作り上げる。
新しい力だった。
「琴子。」
「はい。」
「次。」
「いつ帰る?」
「……。」
琴子は。
少しだけ考える。
そして。
微笑んだ。
「準備が整い次第。」
「だね。」
「ただし。」
「何?」
「その前に。」
「奏の。」
「新作銃。」
「試射を。」
「安全な場所で。」
「行います。」
「やった!」
「絶対に。」
「街中では。」
「撃たないでくださいね。」
「分かってる。」
「本当に?」
「……。」
「奏?」
「分かってるって。」
そして。
双子は。
再び。
サイエスへ戻る準備を始める。
今度は。
ただの冒険者としてではない。
異世界の魔法と。
地球の科学技術を融合させた。
新たな力を手にした。
異世界人として。
さらに。
初心者の森の主。
森兎。
そして。
双子。
家族となった仲間たちと共に。
邪神へ立ち向かうために。
だが。
その前に。
奏には。
どうしても。
やらなければならないことがあった。
「琴子。」
「何ですか?」
「魔法陣。」
「はい。」
「もっと。」
「派手にしたい。」
「……。」
「大きく。」
「……。」
「いっぱい。」
「……。」
「回転速度も。」
「……。」
「あと。」
「魔法陣の中心から。」
「蒸気。」
「出したい。」
琴子は。
静かに。
目を閉じた。
「……。」
そして。
真奈美へ連絡する。
「久世さん。」
『何かしら?』
「奏が。」
『……。』
「また。」
『分かったわ。』
「まだ何も言ってませんが。」
『工房の使用時間を延長しておくわ。』
「……。」
『あと、庭の穴は私が修理しておく。』
「ありがとうございます。」
『ただし。』
「はい。」
『今度は。」
『家を壊さないようにね。』
「善処します。」
『……。』
「琴子ちゃん。」
「はい。」
『あなたも止めてね?』
「……。」
「頑張ります。」
その頃。
奏は。
すでに。
次の設計図を描いていた。
魔法陣銃。
第二号。
第三号。
そして。
その先。
異世界の魔法。
地球の科学。
自分たちの能力。
そして。
仲間たち。
すべてを組み合わせた時。
果たして。
どんな力になるのか。
その答えを。
二人はまだ知らない。
ただ。
一つだけ。
確かなことがあった。
自称神。
そして。
邪神。
あの発光体が。
二人を。
再びサイエスへ引き戻そうとしている。
ならば。
二人も。
自分たちの意思で。
サイエスへ戻ればいい。
今度は。
召喚されるのではない。
選ぶのだ。
自分たちの意思で。
自分たちの目的のために。
そして。
邪神との。
最初の戦いを。
始めるために。
地下工房の中央で。
奏が。
完成した魔法陣銃を。
ゆっくりと掲げる。
銃口の先。
まだ何もない空間に。
魔力が集まる。
六つの魔石が。
淡く光る。
そして。
青白い魔法陣が。
一つ。
また一つ。
空中へ展開された。
その中心で。
歯車が回転する。
蒸気が噴き出す。
魔法陣が。
幾重にも重なり。
複雑な術式を描き出す。
奏は。
その光景を。
満足そうに見つめた。
「……。」
そして。
小さく。
呟いた。
「やっぱり。」
「魔法は。」
「魔法陣が出ないと。」
「駄目だよね。」
琴子は。
もう。
何も言わなかった。
ただ。
その横で。
新しい魔法陣銃を見ながら。
静かに。
ため息を吐いた。
こうして。
異世界へ再び戻る前の。
双子の準備期間は。
始まったのである。
そして。
次にサイエスへ戻った時。
二人を待っているのは。
初心者の森で起きた異変。
邪神の干渉。
そして。
自称神の真の目的へと繋がる。
新たな事件だった。
その中心には。
森の主となったモリと。
小さな森兎のピピ。
そして。
「家族」という。
誰にも断ち切ることのできない。
新たな縁が。
確かに。
存在していた。




