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誤召喚された双子は、異世界を丸ごとアップデートする ~鍛冶師と知識魔女の最強貿易ライフ~  作者: 此花サギリ


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第十九話 初心者の森の主

 咆哮が、森を揺らした。


 木々の葉が一斉に震え、鳥たちが逃げていく。


 地面から伝わる振動が、靴底を通して奏の身体へ響いてくる。


 目の前にいるのは、巨大な鹿だった。


 ただし。


 奏が知っている鹿とは、あまりにも違う。


 全長は五メートルを超えている。


 頭部から伸びる角は、まるで巨大な樹木のように複雑に枝分かれしていた。


 その角の隙間から、青白い光が漏れている。


 毛皮は深い緑色。


 ところどころに蔦が絡みつき、背中には苔が生えていた。


 まるで。


 森そのものが。


 巨大な獣の姿を取ったようだった。


『対象。』


『フォレストロード。』


『推定レベル三十五。』


『危険度――A。』


 アイリスの淡々とした声が響く。


 奏は思わず唾を飲み込んだ。


「……Aランク?」


『危険度です。』


「分かってる。」


『推奨討伐人数。』


『レベル二十以上の冒険者五名。』


「……。」


 奏は横を見る。


 琴子。


 レベル八。


 そして。


 ピピ。


 レベル一。


「……。」


 奏はもう一度、フォレストロードを見る。


「琴子。」


「はい。」


「これ。」


「はい。」


「逃げた方がよくない?」


 琴子も即座に頷いた。


「同意します。」


「よし。」


「撤退。」


 二人が同時に後退した。


 だが。


「――グルァァァァァッ!」


 フォレストロードが咆哮した。


 瞬間。


 地面から。


 無数の木の根が突き出した。


「っ!」


 奏が咄嗟に飛び退く。


 目の前を巨大な根が通過する。


 地面が爆発したように土が舞い上がった。


「逃げられない!」


「みたいですね!」


 琴子が叫ぶ。


 奏は銃を構えた。


「なら!」


 安全装置を外す。


 引き金を引く。


 轟音。


 銃弾がフォレストロードへ向かって飛んでいく。


 だが。


 命中する直前。


 巨大な角が動いた。


 銃弾が弾かれる。


「硬っ!」


 奏が叫ぶ。


「角に弾かれた!」


『角の魔力密度が高すぎます。』


『物理攻撃への耐性が確認されました。』


「じゃあ。」


 琴子が魔法銃を構える。


「魔法なら?」


 魔法銃から炎の弾丸が放たれた。


 炎がフォレストロードの身体へ直撃する。


「効いた!」


 奏が叫ぶ。


 しかし。


 炎が消えた。


 フォレストロードの身体に付着していた苔が、一瞬で炎を吸収した。


『対象は自然属性。』


『火属性攻撃の一部を吸収しています。』


「最悪。」


 琴子が呟く。


「じゃあ何が効くの?」


『現状では不明。』


「アイリス!」


『解析中です。』


 フォレストロードが動いた。


 一歩。


 ただそれだけ。


 それだけなのに。


 地面が揺れた。


「来る!」


 奏が叫ぶ。


 巨大な角が振り下ろされた。


 琴子を狙っている。


「お姉ちゃん!」


「分かってる!」


 琴子が横へ飛ぶ。


 だが。


 遅い。


 角が地面へ叩きつけられる。


 爆発的な衝撃。


 琴子の身体が宙へ投げ出された。


「琴子!」


 奏が叫ぶ。


「大丈夫!」


 空中で姿勢を変え。


 受け身を取る。


 しかし。


 その直後。


 地面から蔦が伸びた。


 琴子の足へ絡みつく。


「っ!」


 奏が銃を向ける。


「姉ちゃん!」


 ピピが叫んだ。


 その瞬間。


 ピピの身体が光った。


 小さな身体から。


 強烈な魔力が放たれる。


「え?」


 琴子が驚く。


 蔦が。


 一瞬。


 動きを止めた。


 その隙に。


 琴子がナイフを抜く。


 蔦を切断。


 奏の元へ戻る。


「ピピ。」


「なに?」


「今の。」


「ボク?」


「うん。」


「分かんない!」


 ピピは困ったように耳を動かす。


 アイリスが解析する。


『家族契約によるスキル共有を確認。』


『琴子様の【縁結び∞】の影響を受けています。』


「私の?」


『はい。』


「ピピが?」


『ピピの魔力が、フォレストロードの魔力と一時的に接続しました。』


「接続?」


『縁結びの逆利用です。』


 奏が目を見開く。


「つまり。」


「相手と。」


「繋がった?」


『正確には。』


『対象の魔力回路へ干渉しています。』


 琴子がフォレストロードを見る。


「なら。」


 目が細くなる。


「切れる?」


 奏が振り返る。


「何が?」


「縁。」


 琴子が答える。


「ピピが繋いだなら。」


「奏が切れる。」


「……。」


 奏は理解した。


 自分の能力。


 【縁切り∞】。


 これまで。


 物理的な契約。


 人間関係。


 敵との繋がり。


 そういったものを切断できる能力だと思っていた。


 だが。


 もし。


 魔力の繋がりすら。


 切れるなら。


「やってみる。」


 奏はフォレストロードへ視線を向ける。


 アイリスが告げる。


『対象との接続を確認。』


『ただし。』


『成功率は不明です。』


「失敗したら?」


『対象の魔力が逆流する可能性があります。』


「私が死ぬ?」


『可能性があります。』


「……。」


 奏は一瞬だけ黙った。


 そして。


 笑った。


「なら。」


「やる。」


「奏!」


 琴子が叫ぶ。


「危険です!」


「分かってる。」


「やめて!」


「琴子。」


 奏が振り返る。


「私の能力。」


「こういう時のためにあるんじゃない?」


「……。」


「それに。」


「私たち。」


「邪神を倒すんでしょ?」


 奏は笑う。


「この程度で死んでたら。」


「話にならないよ。」


「奏……。」


「大丈夫。」


 奏は前へ出る。


 フォレストロードがこちらを見る。


 巨大な角が。


 再び持ち上がる。


「来る!」


 奏が手を伸ばした。


「――縁切り。」


 世界が。


 静かになった。


 音が消えた。


 風が止まった。


 時間すら。


 止まったように感じた。


 奏の目の前に。


 無数の糸が見えた。


 赤。


 青。


 緑。


 金。


 フォレストロードと森を繋ぐ。


 フォレストロードと大地を繋ぐ。


 フォレストロードと魔力を繋ぐ。


 そして。


 ピピとの間に伸びている。


 一本の光。


 奏は理解した。


 この世界に存在する。


 すべての「縁」。


 それが。


 見える。


「……。」


 奏は。


 一本の糸へ。


 手を伸ばした。


「これ。」


「切れる。」


 指先が触れる。


 そして。


 奏は。


 それを。


 切った。


 瞬間。


「――――ッ!」


 フォレストロードが。


 絶叫した。


 巨大な身体から。


 凄まじい魔力が噴き出す。


「奏!」


 琴子が叫ぶ。


 フォレストロードの角が。


 黒く染まった。


 森の魔力が。


 暴走している。


『警告。』


『魔力逆流を確認。』


『危険です。』


「奏!」


 琴子が走る。


 しかし。


 奏は動かない。


 身体が。


 動かせない。


 膨大な魔力が。


 身体の中へ流れ込んでくる。


「――――っ!」


 熱い。


 痛い。


 身体が壊れる。


 そう思った。


 その時。


 琴子の手が。


 奏の手を握った。


「奏!」


「……。」


「私を見て!」


「……琴子。」


「そう!」


 琴子が叫ぶ。


「私との縁は!」


「切らないで!」


 その声が。


 奏へ届いた。


 そして。


 奏は。


 笑った。


「……当たり前。」


「姉妹でしょ。」


 その瞬間。


 琴子の能力が。


 発動した。


【縁結び∞】


 奏と琴子。


 二人を繋ぐ。


 強烈な光が。


 森を包み込んだ。


 逆流していた魔力が。


 奏から。


 琴子へ。


 そして。


 琴子から。


 ピピへ。


 さらに。


 フォレストロードへ。


 流れていく。


「なに……これ……。」


 琴子が呟く。


『魔力循環を確認。』


 アイリスが答える。


『縁結び∞と縁切り∞の連携により。』


『魔力の循環経路が構築されています。』


「循環?」


『はい。』


『奏様が対象との悪縁を切断。』


『琴子様が残存する良縁を接続。』


『ピピが媒介となり。』


『フォレストロードの暴走魔力を分散しています。』


 奏が目を見開く。


「つまり。」


「私たち。」


「こいつを。」


「倒さなくていい?」


『はい。』


 フォレストロードの身体から。


 黒い魔力が。


 徐々に消えていく。


 巨大な角が。


 元の色へ戻る。


 そして。


 フォレストロードが。


 ゆっくりと。


 膝をついた。


「……。」


 奏は。


 その巨体を見つめた。


「何が。」


「起きたの?」


 琴子が呟く。


 アイリスが答える。


『対象の異常魔力の原因を確認。』


『外部からの干渉です。』


「外部?」


『はい。』


『フォレストロード自身が暴走したのではありません。』


『何者かが。』


『魔力経路へ干渉していました。』


 奏と琴子の顔から。


 笑みが消える。


「何者か。」


 琴子が呟く。


『現時点では不明。』


『ただし。』


 アイリスの声が。


 初めて。


 少しだけ。


 警戒を含んだ。


『魔力干渉の痕跡。』


『邪神の召喚時に確認されたものと。』


『非常に類似しています。』


 森の中。


 風が吹いた。


 奏は。


 フォレストロードを見つめる。


「……。」


 琴子も。


 同じ方向を見る。


「邪神が。」


「この森に?」


『断定はできません。』


『しかし。』


『可能性は高いです。』


 奏が銃を握る。


「私たち。」


「レベリングに来たんだよね。」


「はい。」


「なのに。」


「また邪神絡み。」


 琴子が深く息を吐いた。


「どうやら。」


「私たち。」


「邪神に嫌われてるみたいですね。」


「逆じゃない?」


 奏が笑う。


「邪神が。」


「私たちを嫌ってる。」


 その瞬間。


 フォレストロードが。


 ゆっくりと立ち上がった。


 巨大な頭部が。


 二人を見る。


 敵意はない。


 むしろ。


 感謝。


 そして。


 畏敬。


 そんな感情が。


 伝わってくる。


 ピピが。


 フォレストロードの足元へ走った。


「もう大丈夫?」


 巨大な魔物が。


 静かに頷いた。


 そして。


 奏と琴子の前へ。


 巨大な角を。


 ゆっくりと下げる。


 アイリスが告げる。


『新たな縁を確認。』


『フォレストロードとの敵対関係が解除されました。』


『友好関係を構築。』


『琴子様の【縁結び∞】により。』


『特殊契約の可能性があります。』


 琴子が。


 フォレストロードを見上げた。


「……。」


「奏。」


「何?」


「これ。」


「テイムできるかな?」


「無理じゃない?」


「ですよね。」


 その時。


 フォレストロードの身体が。


 淡い緑色の光に包まれた。


 そして。


 アイリスが。


 静かに告げる。


『特殊契約を確認。』


『対象。』


『フォレストロード。』


『契約形態。』


『家族契約。』


 奏。


 琴子。


 ピピ。


 三人の声が。


 森に響いた。


「「「えええええええええええっ!?」」」


 こうして。


 異世界へ召喚された双子のパーティには。


 新たに。


 初心者の森の主。


 フォレストロードが。


 加わることになった。


 そして。


 その瞬間。


 サイエスの歴史上。


 誰も成し遂げたことのない。


 「人族と魔物による家族契約」が。


 成立したのである。


 しかし。


 双子はまだ知らない。


 このフォレストロードとの縁が。


 やがて。


 邪神の企みを暴くための。


 最初の手掛かりになることを。


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