第十八話 冒険者ギルドと初めての依頼
商業ギルドを出た時には、空はすでに夕暮れへと変わり始めていた。
赤みを帯びた光が石造りの街並みを照らし、通りには帰路を急ぐ人々の姿が増えている。
初めて訪れた異世界の町。
初めて登録した商業ギルド。
そして。
新しい家族となった森兎のピピ。
たった一日。
それだけなのに、双子にとっては数え切れないほどの出来事が起きていた。
「……疲れた。」
奏が呟いた。
「まだ何もしてませんよ。」
「いっぱいしたよ。」
「商業ギルドで話しただけでしょう?」
「それが疲れるんだよ。」
奏は肩を回す。
研究所で仕事をしていた時もそうだった。
実験や研究そのものより、人との交渉や説明の方が疲れる。
奏にとっては。
未知の技術を解析する方が。
よほど楽だった。
「お姉ちゃん。」
ピピが琴子の腕の中から顔を出す。
「お腹空いた。」
「そうですね。」
琴子が時計を見る。
「夕食にしましょう。」
「何食べる?」
奏が尋ねる。
「この町の料理。」
「賛成。」
だが。
その前に。
「冒険者ギルド。」
琴子が言った。
奏が止まる。
「今から?」
「はい。」
「ご飯。」
「後です。」
「お腹空いた。」
「登録だけ。」
「……。」
奏はピピを見る。
「ピピ。」
「なぁに?」
「お姉ちゃん、怖いね。」
「うん!」
「本人の前で言うな!」
琴子は笑顔で二人を見る。
「何か言いましたか?」
「何も。」
奏は即座に視線を逸らした。
こうして。
三人は冒険者ギルドへ向かった。
◇◇◇
冒険者ギルドは。
先ほど訪れた商業ギルドとは、まるで雰囲気が違っていた。
扉を開けた瞬間。
騒音が押し寄せてくる。
「だから、俺は悪くない!」
「お前が先に酒を掛けただろうが!」
「依頼完了報告!」
「怪我人を医務室へ!」
「新人は受付へ並べ!」
怒鳴り声。
笑い声。
金属音。
酒の匂い。
料理の匂い。
そして。
血の匂い。
奏は眉をひそめた。
「……ここ。」
「冒険者ギルドですから。」
琴子が答える。
「分かってるけど。」
奏は周囲を見回す。
武器を持った人間。
獣人。
小柄な種族。
耳の長い種族。
様々な種族がいる。
その中でも。
奏の視線が止まった。
壁際。
一人の男が座っている。
腕に包帯。
顔にも傷。
装備はボロボロ。
しかし。
その目だけは鋭かった。
奏は反射的に分析する。
戦闘経験。
高い。
身体能力。
高い。
警戒心。
異常に高い。
そして。
何より。
男の腰に下げられた剣。
「……。」
奏の目が輝いた。
鍛冶師。
職人としての本能が刺激された。
「奏。」
「何?」
「見すぎです。」
「剣。」
「はい?」
「すごい。」
「……。」
「見て。」
「見てますよ。」
「違う。」
奏は小声で言う。
「刃。」
「うん。」
「鍛造技術が違う。」
「……。」
「鋼の質もいい。」
「……。」
「何処で作ったんだろ。」
「奏。」
「何?」
「今は登録です。」
「はい。」
琴子に引っ張られるように、二人は受付へ向かった。
「冒険者登録をお願いします。」
琴子が言う。
受付嬢が微笑む。
「お二人ともですか?」
「はい。」
「こちらへどうぞ。」
登録手続きは簡単だった。
名前。
種族。
職業。
そして。
能力確認。
奏と琴子は顔を見合わせる。
ステータスを見せる必要があるらしい。
「……。」
奏は考える。
どうする?
この世界で。
自分たちが異世界人だと知られるのは。
できるだけ避けたい。
しかし。
ステータスを偽る方法も分からない。
すると。
『問題ありません。』
アイリスが答えた。
『ステータス表示を限定公開できます。』
「本当に?」
『はい。』
『冒険者ギルドへは、必要最低限の情報のみ表示します。』
琴子も頷く。
「ならお願いします。」
光が二人を包む。
受付嬢の前へ。
簡略化されたステータスが表示された。
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【カナデ】
種族:人族
職業:鍛冶師
レベル:8
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【コトコ】
種族:人族
職業:テイマー
レベル:8
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受付嬢は驚いた。
「レベル八?」
「はい。」
「お二人とも?」
「はい。」
「……。」
受付嬢は二人を見る。
そして。
ピピを見る。
「森兎をテイム?」
「家族です。」
琴子が答える。
「家族?」
「はい。」
受付嬢は困惑した。
だが。
それ以上聞かなかった。
「分かりました。」
冒険者カードが発行される。
「最初はFランクからです。」
「ランク制度。」
奏が呟く。
「FからE、D、C、B、A、そしてS。」
「はい。」
「ランクアップ条件は?」
「依頼達成数、実績、戦闘能力、ギルドへの貢献度などを総合的に判断します。」
奏は頷く。
「なるほど。」
琴子はカードを受け取った。
「依頼を受けるには?」
「Fランクなら採取依頼や簡単な討伐依頼が中心です。」
受付嬢が掲示板を指す。
そこには様々な依頼書が並んでいる。
「薬草採取。」
「ゴブリン討伐。」
「街道の清掃。」
「荷物運び。」
「害獣駆除。」
琴子が目を細める。
「薬草。」
奏も見る。
「森にある。」
「ピピが知ってる。」
「採取できる。」
琴子が頷く。
「これにしましょう。」
受付嬢へ依頼書を渡す。
「薬草採取ですね。」
「はい。」
「期限は三日。」
「採取量は?」
「ヒールグラス三十本。」
奏が即答する。
「余裕。」
「奏。」
「何?」
「採りすぎないでください。」
「分かってる。」
ピピが手を挙げる。
「ボク知ってる!」
「どこにあるか分かる?」
「うん!」
受付嬢が驚いた顔をする。
「森兎が案内するんですか?」
「はい。」
「……。」
受付嬢は困ったように笑った。
「珍しいパーティですね。」
「よく言われます。」
琴子が笑う。
「まだ一回も言われてないけど。」
奏が呟いた。
「奏。」
「はい。」
「余計なことは言わない。」
「はい。」
こうして。
二人と一匹の。
初めての冒険者依頼が決まった。
◇◇◇
しかし。
ギルドを出ようとした瞬間。
「待て。」
背後から声が掛かった。
奏が振り返る。
先ほどの男だった。
腕に包帯を巻いた。
剣士。
男は二人を見ている。
「森へ行くのか?」
「はい。」
琴子が答える。
「止めた方がいい。」
「なぜ?」
「最近。」
男は低い声で言った。
「初心者の森がおかしい。」
「おかしい?」
「魔物が増えている。」
「増えてる?」
奏の顔から笑みが消える。
男は続けた。
「俺は昨日。」
「森の奥で。」
「異常な魔力反応を感じた。」
琴子が眉をひそめる。
「異常な魔力?」
「強い魔物がいる。」
「それだけではない。」
「魔物の動きが。」
「おかしい。」
奏と琴子は顔を見合わせる。
嫌な予感。
それは。
これまでにも何度も感じていた。
そして。
アイリスが反応する。
『警告。』
『初心者の森内部に、通常個体ではない魔力反応を検知。』
「……。」
奏の顔が引き締まる。
『推定レベル。』
『三十以上。』
「は?」
奏が声を上げた。
「三十?」
琴子も驚く。
「私たち。」
「レベル八。」
「ピピ。」
「一。」
「……。」
奏は頭を抱える。
「初心者の森だよね?」
『はい。』
「初心者向け?」
『通常は。』
「通常は?」
『現在は例外です。』
琴子が沈黙する。
そして。
ゆっくりと。
冒険者ギルドの掲示板を見る。
薬草採取。
Fランク。
初心者向け。
「……。」
奏が呟く。
「また?」
琴子が答える。
「またです。」
「私たち。」
「異世界に来てから。」
「普通の冒険したことある?」
「ありませんね。」
「……。」
ピピが元気よく鳴く。
「森に行く?」
「行く。」
「え?」
奏が琴子を見る。
「行くの?」
「はい。」
「危ないよ?」
「だからです。」
「なんで?」
「異常があるなら。」
琴子は静かに言った。
「調べる価値があります。」
「……。」
奏は笑った。
「知識魔女。」
「何ですか?」
「やっぱり変。」
「褒め言葉として受け取ります。」
琴子は冒険者カードを握り締める。
「ただし。」
「無理はしません。」
「勝てないなら逃げる。」
「情報を集める。」
「必要なら。」
「地球へ帰る。」
奏は頷いた。
「うん。」
そして。
二人は。
もう一度。
初心者の森へ向かうことになった。
ただし。
今回は。
最初から。
何かがおかしかった。
森の入口。
そこに。
誰もいなかった。
鳥の声も。
獣の気配も。
風に揺れる木々の音すら。
ない。
「……。」
ピピが震える。
「おかしい。」
琴子がしゃがみ込む。
「どうしたの?」
「森が。」
「静かすぎる。」
奏は周囲を見る。
そして。
アイリスが。
警告を発した。
『高濃度魔力反応。』
『前方。』
『接近中。』
木々の奥。
何かが。
動いた。
大地が。
揺れる。
奏は。
無意識に腰へ手を伸ばした。
そこにあるのは。
日本から持ち込んだ。
改造銃。
琴子も。
魔法銃を構える。
「奏。」
「分かってる。」
「ピピ。」
「うん!」
「下がって。」
森の奥から。
巨大な影が現れた。
その姿を見た瞬間。
奏は思った。
また。
ボス戦だ。
そして。
アイリスが。
淡々と告げる。
『対象を確認。』
『個体名。』
『森の主。』
『推定レベル。』
『三十五。』
奏は。
銃を構えながら。
ため息を吐いた。
「……。」
「琴子。」
「はい。」
「私たち。」
「レベリングしに来たんだよね?」
「はい。」
「なんで。」
「また。」
「ボス戦なの?」
琴子は。
静かに。
魔法銃を構えた。
「知りません。」
「でしょうね。」
巨大な魔物が。
咆哮する。
森全体が。
震えた。
そして。
二人と一匹の。
異世界で初めての。
本格的な戦闘が。
始まった。




