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誤召喚された双子は、異世界を丸ごとアップデートする ~鍛冶師と知識魔女の最強貿易ライフ~  作者: 此花サギリ


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第十六話 石鹸一個の衝撃

 「……これは。」


 商業ギルドの職員が、テーブルの上に置かれた白い石鹸を凝視していた。


 それは、どこにでもあるような普通の固形石鹸だった。


 奏と琴子にとっては、ドラッグストアへ行けば簡単に手に入る日用品。


 特別高価なものでもない。


 しかし。


 この世界では違った。


 職員は手袋を着け、慎重に石鹸を持ち上げる。


「このような形状の石鹸は……。」


「珍しいですか?」


 琴子が尋ねる。


「珍しいというより。」


 職員は困惑したように眉を寄せる。


「これほど滑らかに加工されたものを見たことがありません。」


 奏が首を傾げる。


「え?」


 石鹸なんて。


 普通に作れるものだと思っていた。


 だが。


 アイリスが補足する。


『サイエスにおける一般的な石鹸は、植物油脂または動物性油脂と灰汁を使用しています。』


『精製技術が未発達なため、不純物が多く、肌への刺激が強い傾向があります。』


「なるほど。」


 奏は石鹸を見つめた。


「製造技術の差か。」


『はい。』


『地球製品は、サイエス基準では高品質です。』


 琴子の目が細くなる。


「……。」


 そして。


 ゆっくりと笑った。


「これ。」


「売れる。」


 奏は苦笑した。


「分かりやすい顔してる。」


「だって。」


 琴子は石鹸を見つめる。


「石鹸は消耗品。」


「一度売ったら終わりじゃない。」


「使えばなくなる。」


「また買う。」


「継続的な需要がある。」


 さらに。


「高級品として売れば利益率も確保できる。」


「でも。」


 奏が指摘する。


「一個売ったら終わりじゃない?」


「それは困る。」


 琴子は真剣に考える。


「なら。」


「作る。」


「作る?」


「私たちで。」


 奏の目が輝いた。


「石鹸を?」


「うん。」


「原料は?」


「調べる。」


 奏はすぐにアイリスへ尋ねる。


「サイエスに石鹸の材料はある?」


『存在します。』


『植物油。』


『動物性油脂。』


『アルカリ性鉱物。』


『いずれも入手可能です。』


「なら。」


 奏は拳を握る。


「作れる。」


「ただし。」


 琴子が続けた。


「いきなり販売はしない。」


「どうして?」


「品質管理。」


「あと。」


 琴子は石鹸を見つめる。


「この世界の石鹸事情を調べたい。」


「比較対象が必要。」


「なるほど。」


「それに。」


 琴子は職員へ向き直る。


「この石鹸の鑑定。」


「お願いします。」


「承知しました。」


 職員は石鹸を専用の台へ置いた。


 そこには魔法陣が描かれている。


 魔法陣が淡く光った。


 石鹸の周囲へ光が集まる。


 職員が鑑定結果を確認する。


 そして。


 沈黙。


「……。」


「どうしました?」


 琴子が尋ねる。


「品質。」


 職員が震える声で呟く。


「品質が。」


「どうしたんですか?」


「最高品質です。」


「……。」


 奏と琴子は顔を見合わせた。


 アイリスが淡々と説明する。


『比較対象がありません。』


「比較対象がない?」


『サイエスに存在する石鹸と比較した場合。』


『清浄性能。』


『香り。』


『肌への刺激。』


『保存性。』


『全項目で極めて高い数値を示しています。』


「なるほど。」


 琴子は冷静だった。


「つまり。」


「高級品として売れる。」


 職員が頷く。


「間違いなく。」


「一本、いくらで売れますか?」


 職員が驚いた顔をする。


「一本?」


「はい。」


「これは。」


「金貨一枚。」


「……。」


「最低でも。」


「……。」


 奏が固まった。


「金貨一枚。」


 アイリスが換算する。


『サイエス基準では、日本円換算約十万円相当です。』


「え?」


 奏が素っ頓狂な声を上げる。


「この石鹸が?」


「はい。」


 職員は真剣だった。


「むしろ。」


「高級貴族向けなら。」


「金貨三枚でも。」


 琴子の目が完全に商人のそれへ変わった。


「……。」


 奏が一歩下がる。


「琴子。」


「何ですか?」


「今。」


「悪い顔してる。」


「失礼ですね。」


「いや。」


「すごい笑顔。」


「良い笑顔でしょう?」


「怖い。」


 琴子は無視した。


 頭の中では、すでに計算が始まっている。


 日本で数百円。


 サイエスで金貨一枚。


 単純な価格差だけでも凄まじい。


 しかし。


 琴子は金融会社勤務である。


 数字だけで判断するほど甘くない。


「一つ。」


「確認したいことがあります。」


 職員を見る。


「この石鹸を大量に販売した場合。」


「価格は下がりますよね?」


「当然です。」


「需要量は?」


「この町では。」


「高級品としてなら月に数十個程度。」


「一般向けなら?」


「価格次第でしょう。」


 琴子は頷く。


「つまり。」


「最初から大量販売する必要はない。」


「はい。」


「希少性を維持しながら。」


「高所得者層へ販売。」


「そうです。」


 琴子は笑った。


「よし。」


「何が?」


 奏が聞く。


「初期商材。」


 琴子は指を一本立てる。


「石鹸。」


「決定。」


 しかし。


 奏が手を上げる。


「待って。」


「何ですか?」


「それ。」


 奏は石鹸を指差した。


「私たちが作れば。」


「もっと安くできるよね?」


「……。」


 琴子の動きが止まる。


「奏。」


「何?」


「あなた。」


「今。」


「何を言いました?」


「だから。」


「私たちで作れば。」


「原材料費だけになる。」


「製造設備を整えれば。」


「大量生産できる。」


 琴子の目が大きく見開かれる。


 そして。


 数秒後。


「……。」


「……。」


 奏が嫌な予感を覚える。


「琴子?」


「奏。」


「はい。」


「今すぐ。」


「何?」


「研究所作るよ。」


「は?」


「石鹸工房。」


「え?」


「化粧品工房。」


「ちょっと待って。」


「待ちません。」


 琴子は完全に暴走を始めた。


「アイリス。」


『はい。』


「サイエスで入手可能な石鹸原料を一覧化。」


『承知しました。』


「製造設備。」


『検索します。』


「地球から持ち込む場合の費用。」


『算出します。』


「現地調達可能な設備。」


『調査します。』


 奏は頭を抱えた。


「早い。」


「早すぎる。」


「商売の話になると、なんでそんなに行動力あるの。」


「利益が見えるからです。」


「怖い。」


「奏。」


「何?」


「あなたは鍛冶師でしょう?」


「そうだけど。」


「設備作って。」


「……。」


 奏の目が死んだ。


「やっぱりそうなる?」


「もちろん。」


「異世界に来て。」


「鍛冶師になって。」


「最初に作るものが。」


「石鹸工場。」


「面白いじゃないですか。」


「面白くないよ。」


「面白いです。」


「私、武器作りたい。」


「後で。」


「えー。」


「商売が先です。」


「武器は?」


「売れるものを作ってから。」


「……。」


 奏は渋々頷いた。


「分かった。」


「でも。」


「私が作るなら。」


「ただの石鹸にはしない。」


 琴子が振り返る。


「どういう意味です?」


 奏はにやりと笑った。


「香り。」


「泡立ち。」


「保湿。」


「殺菌。」


「用途別。」


「色々作れる。」


「……。」


 今度は琴子が固まった。


 奏は気付いていない。


 自分が何を言ったのか。


 だが。


 琴子には分かっていた。


 これは。


 商売になる。


「奏。」


「何?」


「天才。」


「急に何?」


「今までで一番。」


「褒めても何も出ないよ。」


「出ます。」


「何が?」


「利益。」


「私に?」


「私たちに。」


 双子は顔を見合わせる。


 そして。


 同時に笑った。


 商業ギルドの職員は、そんな二人を見ながら困惑していた。


 異世界から来たらしい謎の双子。


 片方は鍛冶師。


 片方は調合師。


 そして。


 たった一個の石鹸から。


 新しい商売を始めようとしている。


 職員は知らない。


 この日。


 商業ギルドに提出された一個の石鹸が。


 やがてサイエスの衛生事情そのものを変えることになるなど。


 そして。


 それ以上に。


 この二人が。


 石鹸だけで満足するはずがないことも。


 琴子は石鹸を見つめながら。


 すでに次の商品を考えていた。


「化粧水。」


 ぽつりと呟く。


「シャンプー。」


「リンス。」


「香水。」


「アロマキャンドル。」


 奏が振り返る。


「琴子。」


「はい?」


「それ。」


「異世界貿易?」


「そうです。」


「……。」


 奏は笑った。


「私たち。」


「邪神倒すんだよね?」


 琴子は一瞬だけ黙る。


 そして。


 満面の笑顔で答えた。


「もちろん。」


「でも。」


「その前に。」


「この世界で。」


「一番お金持ちになりましょう。」


 その笑顔を見た奏は。


 遠い未来。


 邪神が双子を敵に回したことを後悔する日が来るのではないかと。


 なぜか、そんな気がしたのだった。


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