第十三話 森の恵みと最初の商材
ピピの案内は、人間の冒険者とはまったく違っていた。
獣道ですらない。
木の根と木の根の間をすり抜け、岩の陰を回り、小川を飛び越えながら迷いなく進んでいく。
「人間さんは、こっち歩かない。」
ピピが長い耳を揺らしながら振り返る。
「危ないから?」
奏が尋ねる。
「ううん。」
「知らないだけ!」
なるほど、と琴子は頷いた。
人間が整備した街道しか使わないなら、このような道は地図にも載らないのだろう。
アイリスが補足する。
『進行方向を地図へ反映します。』
ホログラムに一本の細い緑色の線が描かれていく。
未探索だった灰色の領域が、少しずつ色付いていく様子を見て、奏は思わず笑みを浮かべた。
「ゲームのマッピングみたい。」
『現在探索率〇・一一%』
「まだ一パーセントもないんだ。」
「世界は広いね。」
琴子が小さく呟いた。
◇◇◇
しばらく歩くと、ピピが突然立ち止まった。
「ここ!」
「どうしたの?」
奏が近寄る。
そこには、一見すると何の変哲もない草むらが広がっていた。
しかし、よく見ると葉の形が少し違う。
アイリスが即座に解析する。
『薬草を確認。』
『《ヒールグラス》』
『初級回復薬の主材料です。』
「回復薬!」
奏は思わずしゃがみ込んだ。
研究者らしく葉脈や根の付き方までじっくり観察する。
「葉は対生……茎は中空。」
「独特の香り。」
葉を軽く揉むと、爽やかな香りが漂った。
「メントールに近い?」
琴子も一枚受け取り、香りを確かめる。
「でも少し違う。」
『薬効成分を確認。』
『微量の魔力を含有しています。』
「なるほど。」
奏は感心したように頷いた。
「魔力が薬効になるんだ。」
ピピは得意そうに胸を張る。
「いっぱいあるよ!」
周囲を見渡すと、確かに同じ草が群生していた。
冒険者が通る街道から少し外れただけで、これほどの薬草が残っている。
琴子は目を細めた。
「採り尽くされてない。」
『人間の採集効率が低いためと推測します。』
アイリスが説明する。
『森の住民のみが知る採取場所です。』
奏は薬草を丁寧に採取していく。
根は残す。
若葉は採らない。
成熟した株だけを選ぶ。
ピピが不思議そうに首を傾げた。
「全部取らないの?」
「取らないよ。」
奏は優しく笑った。
「全部取ったら、来年生えないでしょ?」
ピピは耳をぴんと立てた。
「そう!」
「前の人間さん。」
「全部取った!」
「だからなくなった!」
琴子は眉をひそめる。
「乱獲か。」
奏は静かに頷いた。
「自然相手では、一番やっちゃいけない。」
施設育ちだった二人は、曾祖父から山菜採りや畑仕事を教わっていた。
「必要な分だけいただく。」
それが当たり前だった。
アイリスが淡く光る。
『奏様の行動を確認。』
『自然保護理念を認識。』
『須佐之男命・櫛稲田姫命の加護との親和性が上昇しました。』
「え?」
奏が驚く。
「そんなことまで?」
『加護は行動によって成長します。』
琴子が苦笑する。
「神様らしいね。」
◇◇◇
さらに森を進むと、今度は木の上で何かが騒いでいた。
「キキッ!」
「キキッ!」
小さな猿のような生き物が三匹。
しかし、そのうち一匹が枝に足を挟まれて動けなくなっていた。
「痛そう。」
奏が顔をしかめる。
親らしき猿が警戒して威嚇してくる。
「ギギッ!」
ピピが間へ入った。
「この人たち、いい人!」
「助けてくれる!」
猿は少しだけ警戒を解いた。
奏はゆっくり近付き、枝を確認する。
「骨は折れてない。」
「ただ挟まってるだけ。」
慎重に枝を持ち上げる。
研究所で精密機器を扱っていた経験から、力任せではなく支点を利用する。
枝が少し浮く。
その隙に子猿は飛び出した。
「キィ!」
親猿は何度も頭を下げるような仕草をした。
そして木の上へ登ると、真っ赤な果実をいくつも落としてきた。
「お礼?」
ピピが嬉しそうに言う。
「そう!」
「森のお礼!」
アイリスが解析する。
『《ルビーアップル》』
『高級果実。』
『市場価格予想……銀貨二枚。』
「え?」
琴子が固まる。
「一個で?」
『予想価格です。』
奏も驚く。
「こんなに?」
アイリスは続ける。
『希少性が高く、保存性にも優れます。』
『高級料理店への需要があります。』
琴子の思考が一気に商売へ切り替わる。
「待って。」
「薬草。」
「果物。」
「全部森から?」
『はい。』
「採集だけでも生活できる?」
『十分可能です。』
奏は苦笑した。
「冒険する前に。」
「商売始まりそう。」
琴子も笑う。
「でも悪くない。」
「資金は多い方がいい。」
その時、ピピが前方を指差した。
「あ!」
「あれ!」
木々の隙間から、石造りの高い壁が見えた。
見張り台。
城壁。
そして大きな門。
人々が荷車を押しながら出入りしている。
アイリスが静かに告げる。
『目的地を確認。』
『始まりの町。』
奏は大きく息を吐いた。
「やっと着いた。」
琴子も城壁を見つめながら微笑む。
「ここから。」
「私たちの異世界生活、本当のスタートだね。」
双子は森の出口に立ち、初めて異世界の町をその目に映した。
その門をくぐることが、やがて「異世界貿易商会」の第一歩となることを、まだ誰も知らなかった。




