第十二話 森の案内人
「……喋った。」
奏と琴子の声が見事に重なった。
目の前にいる灰色の小さな兎――森兎は、長い耳をぴくぴくと動かしながら、逆に不思議そうな顔をしている。
「おかしい?」
高めの幼い声だった。
「ボク、おしゃべりできるよ?」
奏は思わず琴子を見る。
琴子も同じように目を丸くしていた。
「……アイリス。」
『はい。』
「本当に喋ってる?」
『森兎種は魔力を介した意思疎通能力を有しています。』
「じゃあ、翻訳?」
『いいえ。』
『琴子様の【全言語能力最適化】により理解可能となっています。』
「なるほど。」
琴子が納得したように頷く。
「私が理解しているから、パーティ共有で奏も理解できるのか。」
『正解です。』
森兎は首を傾げた。
「さっきから誰としゃべってるの?」
「えっと。」
奏は苦笑した。
「私たちのお世話係。」
「せわがかり?」
「うん。」
「見えないけどね。」
「ふーん。」
森兎はあっさり納得した。
この世界では、精霊や使い魔のような存在も珍しくないのだろう。
奏は警戒心を与えないよう、その場へしゃがみ込む。
「私はカナデ。」
「こっちは姉のコトコ。」
「ボクはピピ!」
元気よく胸を張る。
「よろしく!」
奏と琴子は思わず笑った。
「よろしく、ピピ。」
琴子はリュックから小さな布袋を取り出す。
中には刻んだ乾燥リンゴとナッツが入っていた。
日本から持ってきた非常食である。
「食べる?」
ピピは袋を覗き込み、鼻をひくひく動かした。
「いいにおい!」
恐る恐る一切れ口へ入れる。
数回もぐもぐと咀嚼した後。
「おいしいーーー!」
勢いよく跳び上がった。
その反応に奏は吹き出す。
「そんなに?」
「こんなの初めて!」
「甘い!」
「すごい!」
夢中で頬張り始めた。
琴子は小さく笑う。
「保存食でも喜んでくれるんだ。」
『報告。』
アイリスが分析を始める。
『地球由来の乾燥果実は、サイエスでは高級嗜好品となる可能性があります。』
琴子の目が細くなる。
「市場調査一件目。」
「需要あり。」
奏が苦笑する。
「商人の顔になってる。」
「当然。」
琴子は即答した。
「情報は資産だから。」
その間にピピは袋を抱えながら幸せそうな顔をしている。
「ありがとう!」
「お礼する!」
奏は首を傾げた。
「お礼?」
「うん!」
「ボク、この森いっぱい知ってる!」
アイリスが静かに告げる。
『提案します。』
『案内を依頼してください。』
奏は頷いた。
「ピピ。」
「なぁに?」
「始まりの町まで案内してもらえる?」
ピピは耳をぴんと立てた。
「もちろん!」
「でも。」
「でも?」
急に真剣な顔になる。
「昨日。」
「大きな牛さん。」
「死んじゃった。」
フォレストホーンのことだ。
奏と琴子は顔を見合わせた。
「私たちが倒した。」
「えぇ!?」
ピピは目を丸くする。
「お姉ちゃんたち!?」
「うん。」
「すごーい!」
奏は慌てて首を振った。
「いや。」
「偶然だから。」
「逃げ回ってただけ。」
ピピはぶんぶん首を振る。
「違う!」
「森のみんな言ってた!」
「みんな?」
「悪い牛さん!」
「森をいじめてた!」
琴子が興味を示す。
「悪い牛?」
「うん!」
「動物追いかける!」
「木を倒す!」
「縄張り取る!」
「みんな困ってた!」
アイリスが補足する。
『フォレストホーンは縄張り意識が非常に強い個体です。』
『周辺生態系へ悪影響を及ぼしていました。』
「だから。」
ピピは嬉しそうに笑う。
「みんな助かった!」
奏は少し照れ臭くなった。
倒した理由は生き残るためだった。
英雄になろうと思ったわけではない。
しかし結果として、森の生き物たちを救っていたらしい。
「それなら。」
琴子が微笑む。
「これから仲良くしてくれる?」
「もちろん!」
「みんな紹介する!」
ピピは元気よく頷く。
「案内する!」
「危ないところ教える!」
「おいしい実もある!」
「薬草もある!」
奏は目を輝かせた。
「薬草!」
研究者として未知の植物には興味しかない。
アイリスも肯定する。
『非常に有益です。』
『薬草採集は鍛冶師・調合師双方と相性が良好です。』
琴子はピピへ手を差し出した。
「改めて。」
「よろしくね。」
小さな前足がその手へ乗る。
「よろしく!」
その瞬間。
淡い緑色の光が二人と一匹を包み込んだ。
『確認。』
アイリスが静かに告げる。
『縁結び∞が自動発動しました。』
「え?」
『森兎ピピと友好関係を構築。』
『今後、敵対行動を取らない限り、この個体および周辺の森兎種との関係が維持されます。』
琴子は驚きながら自分の手を見つめた。
「縁結びって……。」
「人だけじゃないんだ。」
『はい。』
『友好、信頼、契約など、あらゆる「縁」を結ぶ能力です。』
奏は思わず笑う。
「私が縁を切って。」
「お姉ちゃんが縁を結ぶ。」
「双子らしい能力だね。」
琴子も穏やかに笑みを浮かべた。
「ええ。」
「だからこそ。」
「私たちだけじゃ、ここまで来られなかった。」
ピピは二人の足元をぴょんぴょん跳ねながら言った。
「町まで近道あるよ!」
「人間さんは知らない道!」
奏と琴子は顔を見合わせ、小さく頷き合う。
異世界で初めてできた友人。
その小さな案内人に導かれ、双子は「始まりの町」への第一歩を踏み出した。




