第30話 一恵の選択 その三
そらは、ちびそらの右腕の中に大切に保存されていた魔法少女の記憶を、大魔道に移植するという。
ちびそらの体は元々一恵の生体データを元に形作られている。
保存された記憶も間違いなく本人と同一のもの。
拒絶反応が起こる可能性は皆無なのだという。
「ちびそらとリプリンちゃんが守ってきてくれたこの腕なら、奇跡的に最小限のリスクで一恵ちゃんの英雄核と融合させることができるの。なんという僥倖。これで試さないのは探求者としての名折れ」
いやいや、趣旨が好奇心に変わっちゃってますけど? と白音は心の中でツッコんだ。
しかし確かに、それを成すようにすべての状況が導いてくれている、そう感じるのも事実だった。
「わたしも……わたしだって、まだまだ一恵ちゃんに伝えたかった言葉がたくさんある……けど」
白音はベッドで押さえつけられたままの一恵を見た。
記憶の移植などすれば、ふたり分の記憶がひとりの経験として一恵の中で融け合ってしまうことになる。
ただ、これもまた奇跡がもたらした必然なのかもしれない。
この高度に魔法的な移植術には、参考とすべき前例があった。
それは、『前世の記憶を取り戻した白音』自身だった。
白音にデイジーの記憶が戻ってきた時と同じようなことが、一恵にも起こるのではないか――一恵やそらは、どうやらそう結論づけているようだった。
白音という前例があるからこそ、今こんな状況になっているのだ。
確かに白音の場合、大きな混乱はなかった。
白音の中では今、デイジーと白音、ふたり分の人生が大きな矛盾もなく同居している。
とはいえ、デイジーの記憶を取り戻した白音は、今までの白音と同じではいられなくなった、とも感じている。
少なくとも押さえつけて無理矢理やるようなことではないだろう。
選ぶのは、一恵自身であるべきだ──白音はそう思った。
「もう…………。少し待ちましょうって言ったじゃないの。一恵ちゃんのペースでって言ったのに」
白音が嘆息すると、手足を拘束されて動けない一恵がもそもそと悶えた。
「あ、白音様。もう結論は出ています。皆さんがわたしに、いえ、一恵に大きな想いを寄せてくれているのを、この身には余るほど感じているのです。現世界に送り込んだわたしの投影体が何を成し遂げてそうなったのか、是非知りたいと考えています」
「いやでもさっき、いーやーって聞こえたけど…………」
「あ、いや、その……。それは気分を出すために言っていただけで……。今この状況になっているのは、わたしが皆さんにお願いをしたことです。…………お気になさらず」
一恵が少し照れて目を逸らした。
もう今更どの部分を照れているのかよく分からない。
「ああもう……。一番痛そうな穴から入れましょう」
「いーやー!!」
白音に応えてそらが頷き、一恵にずずいと近づく。
そらの場合その真剣な表情を見ていると、本気で一番痛い穴を探しているように思える。
一恵が一瞬黙った。
「冗談なの」
冗談だった。
「成功をより確実なものとするため、白音ちゃんにリーパーお願いしたいの」
どうやらそらは、初めから白音も計画に組み込んでいたらしい。
結局のところ、白音が帰ってくるのをみんなで待っていたのだ。
「わ、分かったわ」
白音も桜色の柔らかな光に包まれて、魔法少女へと変身する。
そして全員の能力を二重増幅強化で底上げする。
このレベルのリーパーであれば、魔法少女たちひとりひとりが戦略級の能力を持つに至る。
しかし慣れというのは恐ろしいもので、チーム白音の面々はその力をあまり意識もせず使いこなせるようになっていた。
「次にみんなを私の精神連携で繋ぐ。そのリンクにこの腕の中にある記憶領域も参加させるの」
そう言いながらそらは、手早くマインドリンクのネットワークを完成させていった。
この場にいる全員を含めたのは、一緒に一恵の様子を見守れるようにと考えてくれたのだろう。
「みんなは記憶領域の中は覗かない方がいいと思う。人ひとり分の記憶は膨大だから、発狂しかねない」
「そらちゃん、大事なことは先に言ってね……」
今まさににその禁断の部分を覗こうとしていた白音は、慌ててやめた。
「そしてリプリンちゃんが一恵ちゃんの体内に侵入して、腕を星石まで届けて欲しいの」
「あいっ!」
そらに指名されたリプリンは張り切って細長いスライムの姿になると、ちびそらの小さな右腕を丁寧に触手で包み込んで受け取った。
細く滑らかな姿になったリプリンは、何故か頭部、というか先端部分だけが妙に大きくて太い。
その姿でふらふらぁっと、横たわる一恵の下半身の方へと向かう。
細く滑らかな姿になったリプリンは、しかし頭部、というか先端部分だけ何故か妙に大きくて太い。
その姿でふらふらぁっと、横たわった一恵の下半身へと向かう。
「あ……」
一恵がひと言そう漏らすのを聞いてから、リプリンはすぐにUターンして口の方へと向かった。
先端部分も、侵入しやすいように既に小さく丸くなっている。
わざとやったのだろう。
どんどんイタズラのジャンルが広がっている。
「意地悪なリプリンさん……」
しかし一恵は終始抵抗するそぶりを見せていなかった。
どちらからでも受け容れる気でいたのかもしれない。
一恵が涼しい顔をして、にょるにゅるとリプリンを呑み込んでいく。
現世の一恵はまあまあ過激な人だと思ったけれど、こっちの大魔道タイプの一恵はもっと大変だなと白音は思う。
[核を見つけたら、私が構造解析して着床箇所を指定するから、リプリンはそこからメモリと核の結合を試みて]
そらが精神連携を通じてリプリンに指示を出しているのが、他の魔法少女たちにも伝わってくる。
[んー?]
しかしリプリンには今ひとつ意味が分からなかったようで、大量の『?』が返ってきた。
そらの使う言葉が少し難しかったかもしれない。
[赤い矢印で教えるから、そこにちびそらの腕を押し当てて]
[あーい!]
[だ、大丈夫なの? それってかなりデリケートな作業なんじゃあ?]
そんなクエスチョンマークいっぱいの状態で適当にやっていいのだろうか?
白音は少し心配になってきた。
矢印で示された場所にくっ付ける、なんて夏休みの工作みたいに聞こえる。
[んー……]
そらが上手く説明する方法を考え始めた。
[リプリンちゃん]
[あい?]
[白音ちゃんに魔核の力を貸した時、どんな感じだった? 単に白音ちゃんの核に触れてただけじゃないと思うの]
[うーん?]
[触れただけではああはならないはず。どうやってたか教えて欲しい。感覚でいいの]
[うーん、融け合ってる?]
[星石同士が?!]
驚いた白音が思わず横から口を挟んでしまった。
そんなことをされていたのかと思うと、さすがに怖い。
しかしそらの顔は、ぱっと明るくなった。
予想どおりだったらしい。
[リプリンちゃん、それを自分と誰か、じゃなくて、誰かと誰か、でもできる? 人の魔核同士を融け合わせるの]
[多分できると思う……よ?]
[それを一恵ちゃんの英雄核と、ちびそらの腕でやって欲しいの]
[あい! やってみる!!]
内視スライム術式を開始します。
執触手医は、リプリンです。
「あーい!」




