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ドリフトシンドローム~魔法少女は世界をはみ出す~【第二部】  作者: 音無やんぐ
第二部 魔法少女は、ふたつの世界を天秤にかける

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第30話 一恵の選択 その四

 体の中に入り込み、魔核と英雄核を融け合わせることで魔力(エーテル)を共有する――やられる側からすれば、かなり怖い話だった。

 リプリンが自分の体の中でそんなことをしていたと知った白音は、思わず声を上げる。

 しかしそれは、そらにとっては予想どおりの答えだったらしい。

 そらが、一恵の胎内にいるリプリンに指示を出す。



[リプリンちゃん、それを自分と誰か、じゃなくて、誰かと誰か、でもできる? 人の魔核同士を融け合わせるの]

[多分できると思う……よ?]

[それを一恵ちゃんの英雄核と、ちびそらの腕でやって欲しいの]

[あい! やってみる!!]



 人体の内部は僅かな光が感じられる程度で、ほとんど何も見ることができない。

 そんな状況でリプリンは視覚に一切頼ることなく、全身に備わった感覚器官をフル稼働させて一恵の胎内を進んでいく。

 魔法少女たちは、その手探りの様子をマインドリンクを通じて体感した。


[平気? リプリン]


 少し不安になった白音が、思わず声をかけた。


[ん? 何が?]


 しかしリプリンからは、むしろ胎内にいて安心しているような感情が伝わってくる。

 やはり彼女にとって、そこは安全地帯なのだろう。

 白音たちの心配をよそに、リプリンはかなり手慣れた様子だった。

 さしたる時間も必要とせず、難なくお目当ての英雄核の場所まで辿り着いてしまった。

 リプリンが胎内に入っている間に何をやっているのか。

 白音たちにとってはスライム目線の初体験だった。


[矢印……]


 そらは一恵の英雄核を前にしたリプリンに指示を伝えようとした。

 しかし胎内は視界がまったく通っておらず、矢印が意味を成さない。

 そこでまずは英雄核を視認できるようにしてもらうことにした


[リプリンちゃん、明かりの魔法使って欲しいの]

[んー……、無理。明かりの魔法知らない。火ならつけれるけど、明るくする?]

[だめだめだめだめだめ!!]


 白音が慌てて止めた。

 親友を中から燃やさないで欲しい。

 今度簡単な基礎魔法(プライマル)をひと通りレクチャーしておこうと、白音は固く決意した。


[……………]


 そらがしばし黙考していると、突然リプリンの周囲が明るくなった。

 外から見ても一恵の胎内がぼんやりと光っているのが分かる。


[マインドリンクで繋がってるっすから、リプリンちゃんを光らせることくらい簡単っすよ]


 いつきが光の幻覚を使ってくれたようだった。


[いやん、いつきさんたら]


 一恵がなんだか恥じらっている。


[姐さん……。ごめんなさいっす]


 いつきは一応謝りはしたが、一恵がどの部分を恥ずかしがっているのかはやはりよく分からない。


[明かりがあっても、狭くてよく見えないの。リプリンちゃん、英雄核の周りをちょっと押し広げてみて]

[あーい]


 一恵にはまだふざける余裕があるようだったので、そらは容赦しないことにした。


[ぐえ……]


 胸のあたりを中から圧迫された一恵がびくんと跳ねる。

 しかしおかげで、一恵の英雄核をしっかりと視覚で捉えられるようになった。

 それは、気品のある深い紫の輝きを持つ宝石のようだった。

 そしておそらくは、一恵の鼓動に同期して緩やかに明滅している。

 魔法少女たちはその美しさに我知らず、見惚れてしまった。

 美しい、けれどよく知るその輝きは、間違いなく魔法少女の一恵と同じものだった。

 やはり魂の奥底まで、彼女は自分たちのよく知る一恵と同じ存在なのだと、そう感じた。


 施術自体はそう難しいものではなかった。

 というのも、やはりリプリンの手腕(触手腕?)によるところが大きい。

 胎内の英雄核や魔核をいじるのは、普通は命の危険を伴う。

 それをリプリンのおかげで開胸の必要もなく、平常状態のままで核に触れることができた。

 その上リプリンは、一恵の英雄核に合わせて右腕のサイズをオーダーメイドで調節することまでできてしまう。

 胎内で驚くべき才能を披露するリプリン――そらがその感覚を借り受けて英雄核を精査し、記憶を司っている場所を割り出す。

 リプリンはそらが矢印で示したその場所に、ちびそらの右腕を丁寧に、ゆっくりと融合させていく…………。


 白音たちからすれば、ただぐいっと押し当てているだけのように見えた。

 しかしそれはリプリンが物心つく前からやっていたことで、生体内に侵入して宿主の臓器と一体化するための能力だった。

 リプリンは「融け合ってる」と表現していたが、「融け合う」ことでお互いの能力を自分のものであるかのようにコントロールできるのだ。

 リプリンがその能力のすべてを駆使して、大魔道(ひとえ)の英雄核と、魔法少女(ひとえ)の記憶を「融け合わせて」いく。

――魂と記憶の合一。


…………、

…………、

…………、

…………。


 やがて完全にひとつの核となった瞬間、一恵の記憶がマインドリンクを通じて伝わってきた。

 周りを囲むようにして見守っている魔法少女たちに向かい、溢れ出る水流のように伝播していく。

 そらの警告に従ってできるだけ覗かないようにはしていたのだが、それでも断片的な記憶が読み取れた。

 特に、一恵の白音たちに対する温かい気持ちが、じんわりと伝わってくるのを感じた。

 施術が終わる頃にはみんな、目頭が熱くなっていた。


 もちろん痛みはなく麻酔等も必要ないので、一恵は意識を保ったままだ。

 あとは混ざり合った記憶がどう反応するのか…………。

 心配そうな魔法少女たちが、ベッドに横たわる一恵の顔を覗き込むようにする。

 すると彼女たちが見つめるその前で、一恵が震え始めた。

 顔を真っ赤にし、体をくの字に折り曲げて痙攣する。

 白音が慌てて一恵の手を取った。


「ひ、一恵ちゃん? どこか痛いの? 大丈夫?!」


 ひとしきり悶絶した後、一恵が白音と目を合わせた。


「す、す、す」

「す?」

「すごいんですけど、わたし!!」


 それが一恵の第一声だった。

 多分この場合は『自画自賛』、ではないのだろう。


「わたし、白音ちゃんと、あんなことやこんなこと…………。それにみんなとも、もう……、たまんない…………」


 一恵が再びぷるぷると震え始めた。

 その顔が緩みきって惚けたようになっている。

 それでも蠱惑(こわく)的で美しいと感じるのはさすがだが、あまり人には見せない方がいいかもしれない。

 白音がそんなことを考えていたら、さらに一恵の口からにゅるにゅると、大役を果たし終えたリプリンが出てきた。

 やはりこれまでと同じように、一恵の魔力色に染まってすっかり紫色のスライムになってしまっている。

 一恵が幸せそうな顔をして、口からどろーりと紫色の液体を垂らしている。

 もう危ない毒劇物をキメているヤバイ人にしか見えなくなった。


「ひ、一恵ちゃん……」


 白音が慌てて、何か顔に掛ける物でもないかと探す。

 するといつきが一恵の顔に、魔法でさっとモザイクを掛けてしまった。

 彼女の素早い機転のおかげで、どうにか一恵の尊厳は守られた。


 ひとしきりそうしてようやく落ち着くと、一恵はベッドの上にゆっくりと起き上がった。

 神妙な面持ちで正座する。


「一恵ちゃん、なの?」


 しかし白音の言葉に、一恵は少し俯いただけだった。


「いえ。あの子は、投影体(ホログラム)の一恵は、すごいことを成し遂げました。魔法少女に変身し、白音様たちと親交を、し、し、親交を深め、次元魔法に現代科学の考え方を取り入れて発展させ、そして本来の目的であった白音様と殿下の再会にも、微力ながらお手伝いをさせていただきました」

「一恵ちゃん?」

「…………。それを全部わたしの成果だなどと言うのは、おこがましいように思います。あの子はあの子です」

「いやでもそれって結局、一恵ちゃんがやったってことなんじゃあ……」


 一恵の手を握っていた白音の手に、少し力が込もる。


「あの子がやり遂げたことをわたしの手柄のように言うのは、あの子に申し訳ないというか……」


 一恵がふっと、手元に目を落とす。

 白音と一恵、ふたりの手がしっかりと結ばれている。


「…………そうですね、わたしは一恵2号を名乗ります」

「う、ちょ……、え?! 本体のあなたが1号じゃなくて?」

「はい。より大きな事を成した方が1号です」

「いや、まあ、そう……。一恵ちゃんがそれでいいならいいんだけど……。でもさっき一回だけ、『白音様』じゃなくて『白音ちゃん』って呼んでくれたよね? その方がわたしは嬉しい」


 白音がじっと一恵の瞳を覗き込んだ。

 その中に一恵1号がいるんだろう、隠れてないで出てこいと言いたげに。


「……………。あは、正直言うと記憶が混じり合っちゃって、もう全部自分の体験みたいな気がしてるの。もう元がどんなだったかも、よく分からないかも」


 一恵が(こら)えきれなくなって、とうとうにっこりと笑った。


「わたし、本当は一恵2号より、白音ちゃんの二号さんになりたい」


 イタズラっぽくそんなことを言う一恵の笑顔は、現世界で見慣れていたあの笑顔だ。


「……もう。やっぱり一恵ちゃんじゃないの……」


 たとえ何があろうとも、一恵は一恵なんだなと白音は思った。

 この人は過不足なく一恵だ。


「えっと、じゃあ、一恵ちゃん」

「ん?」

「おかえりなさい」

「はい、ただいま」



 白音の面接試験が終わったらしいのを合図にして、周りを囲んでいた魔法少女たちが一斉に一恵を触り始めた。

 多分その存在を実感したいのだろう。

 あるいはただ触りたいだけかもしれないが。


「あ………。そんな、みんな。そんなとこ……。それ以上は…………」


 誰ひとり、何を遠慮することもなく触りまくる。


「ちびそらちゃ……。ふぐっっ…………ぅぅ」


 最後にちびそらが一恵の鳩尾に、華麗に両脚を揃えた跳び蹴り(ドロップキック)を決めたのが印象的だった。

隠しきれない一恵が、溢れ出てしまいました。

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