第30話 一恵の選択 その二
一恵は、白音の前世――デイジーだった頃――からずっと、彼女のことを好きだったという。
けれど一恵は命を懸けて、リンクスが現世へと渡るのを手助けしている。彼が再び白音と巡り逢えるように。
佳奈にはその姿がけなげに思えて、とても真似できそうにないと感じていた。
どうしてそうまでして、ライバルの恋路を応援できるのか。
「いえ、献身なんてしてませんよ。自分のしたいことをしているだけです。ふたりが睦まじくしていらっしゃるのを隣で見ていたら、楽しくてにやにやしてしまいます」
「そ、そうなの……?」
どうやら一恵は、ただシンプルに心の赴くままに行動しているだけらしい。
「皆さんだって同じではないですか? 愛してらっしゃるんでしょう?」
「いやいや、リンクスは愛してないけどな。いちゃついてるとこなんて見たくもないし」
「そう……ですか。わたしは興奮するんですが」
興奮するらしい。
考え方が新しいとか古いとかではない。
それは、一恵独自の価値観だろう。
「…………でもまあ白音の恋路を応援したいってのは、ちょっと気持ち分かるかな」
「でしょう?!」
「い、いや……、目の前であんまり仲良くされるとイラッとはするんだけど」
「そう、ですか…………」
一恵はどうやら、佳奈たちにはない感覚で白音のことを見ている。
だとするとやはり、現世界での白音やリンクスの様子は人づてではなく、直接自分の目で見たかったのではないだろうか。
佳奈にはそう思えた。
◇
佳奈もやはり相当疲れていたのだろう。
一恵の性癖についてあれやこれや考えているうちに、いつの間にか深い眠りに落ちてしまっていた。
目を覚ますと、畳の上で莉美とふたりきりで抱き合っていた。
「いや……、なんで…………」
そう言いながら佳奈は、真っ先にふたりの胸の間を確認する。
幸いなことに脱出不能の万力と化した胸の寝床に、ちびそらの姿はなかった。
やはり寝ていたのは佳奈と莉美のふたりだけらしい。
「いやん、佳奈ちゃんたら。どこ触ってるの」
莉美が寝起きに戯けてそんなことを言う。
しかしもしちびそらが潰れていたら、明らかに主犯は莉美だ。
「参ったな……。みんな白音を追っかけちゃったかな?」
佳奈が上半身を起こし、身を乗り出してリビングの方を伺うようにする。
「んー、どうだろ」
莉美はともかく佳奈まで、人が抜け出す気配にまったく気づかなかった。
多分頼もしい親友たちに囲まれていたので、すっかり気を抜いてしまったのだろう。
あまりに気持ちよく眠っていたので、起こさないようみんなが気を遣ってくれたのかもしれない。
妹たちの姿を求めてふたりがリビングに出ると、丁度買い物から帰ってきたらしい白音と鉢合わせをした。
白音はふたりの顔を見て、荷物をさっと後ろ手に隠す。
その姿がなんだか可愛らしかったので、佳奈も莉美も思わずにやにやしてしまった。
「傍で見ていられたら、幸せ」と言っていた一恵の気持ちが、少し分かるような気がした。
「佳奈、莉美、ふたり揃って何よ。にやけちゃって」
白音は口ではそんな言い方をしたが、なんだか上機嫌だった。
表情と雰囲気からそれが伝わってくる。
きっとお目当てのものが全部買えたのだろう。
佳奈と莉美は、白音が何をする気なのかまでは知らない。
しかしその企みが順調に進んでいることはすぐに分かった。
白音が、
(さてどうやってこの場をごまかそうか)
佳奈と莉美が、
(さてどうやって見て見ぬ振りをしようか)
などと考えていると、ベッドルームの方からよく響く声が聞こえてきた。
「いーやー!!」
特徴的なその声は一恵のものだとすぐに分かる。
さすがは『Hitoe』と同一人物と思わせるような美しく、そして艶かしい声だった。
白音、佳奈、莉美の三人はおそるおそる、その悲鳴だか嬌声だか判別の付かない声が聞こえるベッドルームを覗いた。
そこには、大の字になって横たわる一恵がいた。
高級ホテルに似つかわしい、華美な装飾の施されたベッドの上で、磔のような格好で拘束されている。
リプリンがスライムの特性を生かして、触手でその四肢をがっちり、いやねっとりと固定、身動きを封じているのだ。
控えめに言ってとてもエロティックな光景だった。
微かに身もだえをする一恵の胸の上にはリプリンの上半分――触手と化した下半身を除いた部分――と、それにちびそらが陣取っている。
ちびそらは一恵の様子を無言でじっと見つめていた。どうやら観察しているらしい。
「あんっ!! やめ、て…………」
一恵は部屋に入ってきた白音とちらりと視線を合わせると、再び悲鳴、いや喘ぎ声と言うべきか、を上げた。
口では嫌がっているが、喜んでいるようにも見える。
「さあ、後ろからがいいか、口からがいいか選んで」
ベッドサイドについていたそらが、一恵に妖しい選択を迫った。
そらは魔法少女に変身していて、爽やかな空色のコスチュームに身を包んでいる。
午前中に大変なことがあった後だというのに、白音以外の魔法少女たちもやっぱり元気なようだった。
「待って、待って、何やってるの?」
白音が慌てて止めに入る。
いつきも橙色の魔法少女コスチュームに変身してすぐ傍にいる。
少し不安そうな顔をしているが、彼女がついているのなら、また何か考えがあってやっているのだろうとは思う。
まさか本当に拷問の真っ最中ではあるまい。
「お願い、白音様……」
一恵がそんな風に白音に訴えた。
その潤んだ瞳を見た白音は、
(どっちのお願いだろう……?)
と迷った。
止めて欲しいのか、それともどうせなら白音にやって欲しいと言っているのか。
どうも後者なような気がする。
「で、そらちゃん?」
「うん」
白音が水を向けると、そらが丁寧に経緯を――こんなよそ様に見せられないような状況になったワケを――聞かせてくれた。
「ここに、一恵ちゃんの……現世の一恵ちゃんのすべての記憶があるの」
そう言ってそらは、ちびそらの千切れた右腕を白音に見せた。
大事そうに両手で、包み込むようにしている。
「精神連携を使って中を確認したの。間違いなく一恵ちゃんの記憶だった。データに欠損はなく、大切に保管されていたから傷んだりもしていない」
リプリン――の上半身だけ――とちびそらが、一恵の体の上で自慢げに胸を張った。
ちびそらが自分の腕を記憶媒体として明け渡したことで一恵の記憶は保たれ、それをリプリンが傷ひとつ付けずに大切に預かってくれていたのだ。
「これを一恵ちゃんに移植するの」
「え、ええ?! そんなことして大丈夫なの?」
そらの言葉に白音は驚いた。
一恵の記憶はちびそらの腕に保存されている。
それは白音の解釈では、途方もなく大容量のUSBメモリのようなものに、データ化された想い出が記録されているのだろうと考えていた。
スマホやPCでもあるまいに、記憶を後から追加保存するような真似をして問題が起こらないのだろうか。
「記憶が体と適合するのは間違いない。何しろ本人だからフォーマットは完全に同一。そして運のいいことに、ちびそらは元々一恵ちゃんのミニチュアとして作られる予定だった。それを途中で私のミニチュアに仕様変更されている。だから一恵ちゃんの生体情報が組成のベースになっている。記憶媒体となったこの腕と一恵ちゃんの体の間に、拒絶反応は皆無と考えられるの」
確かにそれはそらの言うとおりだと白音も思った。
もし記憶の移植に拒絶反応というものが出るとするならば、今回のケースではこの上なくそのリスクが少ないように思える。
「ちびそらとリプリンちゃんが守ってきてくれたこの腕なら、奇跡的に最小限のリスクで一恵ちゃんの英雄核と融合させることができるの。なんという僥倖。これで試さないのは探求者としての名折れ」
いやいや、趣旨が好奇心に変わっちゃってますけど? と白音は心の中でツッコんだ。
パラダイス圧力=πkMm / r^2
危険度は質量に比例し、距離の二乗に反比例します




