第30話 一恵の選択 その一
ほんとうのところ。
白音はあの赤飯、やる気満々だった。
白音のいた若葉学園では何か特別なお祝い事があると、決まって赤飯を炊いた。
年長になった白音は先生たちと一緒に炊く側に回っていたが、その温かい想い出はいつまでも心の中にのこっている。
もち米の香りと小豆のほんのりとした甘み、非日常の特別感に包まれながら、みんなで喜びを分かち合える――そんなひとときだった。
同世代から見れば、少し古くさい感覚かもしれない。
それでも白音にとっては、年下の子の成長を祝う時に赤飯は外せない。
『マスト』なのだ。
白音は、カルチェジャポネの中心部である大広場へと食材の買い出しに来ていた。
もちろん白音のお目当ては赤飯の材料だ。
こっそり内緒で準備するつもりだったので、ひとりで来ている。
みんなには智頭たちと話し合いがあるからと、でまかせを言ってある。
白音はいつきが成長してくれたこと、それに何より、自信を持てた様子なのがとても嬉しかった。
それで、どうしても赤飯をみんなで食べたかったのだ。
大変なことがあった直後だというのに、白音は体力の消耗など忘れて買い物を楽しんでいる。
市場の活気は、そんな彼女の気持ちに応えてくれているようだった。
市場はもう何事もなかったかのように再開されている。
安全を確認して避難指示が解除されると、あっという間に人が戻ってきた。
もち米は先日この市場で売っているのを見かけていたから、すぐに買えるだろう。
それと赤飯を赤く色づけするために小豆かササゲが欲しいところだが、こちらは見つからなければ代用品を買うつもりでいた。
白音の前世の記憶によれば、確か似たような豆がこの世界にもあったと思う。
白音は必要な食材を全部揃えるのに市場中を探し回るつもりでいたが、その必要はなかった。
さすがは『日本語区』を名乗る街だけのことはある。
最初に米を見かけた露店で「赤飯を炊きたい」と尋ねれば、すぐに必要な食材を売っている店をすべて教えてくれた。
白音は、宿の厨房を借りて赤飯を炊くつもりでいた。
赤飯は『炊く』とは言うが、炊飯器のようなものを使わない限り、実際には『蒸して』作る。
そしてその最大の特徴である赤い色を出すためには、数時間豆を煮て赤く色づいたゆで汁に、もち米を浸す必要があった。
当然夕食時の厨房は忙しすぎて借りることはできない。
夕食前につけ込みまでを終えて、夜中にこっそり蒸し上げようと考えていた。
白音がいそいそと買い物をしている頃、チーム白音の姐さんズと妹たちは宿で暇を潰していた。
午前中いっぱいを費やした『天空城固着作業』は終始緊張を強いられ、やはり肉体的にも精神的にもみんな疲れ切っている。
悪の天才科学者トリオによれば、「天空城は一番下に置いてあるのと同じ状態だから、もう動く心配は無い」とのことだった。
魔力の供給がまったくなくとも揺らぐことはなく、むしろ今ある位置から動かすことの方が大変なエネルギーを必要とするのだそうだ。
ようやく重責から解放されたチーム白音は、働かないとおかしくなる人以外、みんなしばしの休息を楽しんでいる。
しかし実はこの時、佳奈と莉美だけは、白音が何か企んで出かけたことにしっかり感づいていた。
幼い頃からの付き合い故に、白音が考えそうなことはお見通しだった。
だからあえてふたりは何も言わずに、白音が何を企んでいるのか、それを楽しみに待っていた。
放っておけば白音の尾行を始めかねない一恵や、ともすれば白音と一緒に出かけると言い出しそうな妹たち――そら、いつき、ちびそら、リプリン――の意識を、できるだけ別の方向へと散らすようにふたりで頑張っている。
今はいつきが皆からのリクエストを受けて、真・幻想で様々な映像を投影して見せていた。
以前制作したエレメントスケイプのMVの再現などだ。
いつき自身も、魔法少女に変身せずに幻覚を作れるのが楽しいらしい。
彼女が映し出す幻覚映像は、明らかに迫力が増していた。
リアルな音声が再現されているのもそうだが、映像それ自体がより一層緻密に描写されているのが分かる。
目の前で生のコンサートライブを鑑賞しているかのような感覚だった。
主人公が華麗な剣捌きで敵をなぎ倒していく『MONSTER』という曲のMVを見ていると、ふと一恵が、
「まるで白音様みたいですね」
と言った。
MVの制作趣旨から言ってまったく正しい解釈なのだが、話題がそのまま白音のことになってしまいそうだった。
そこで佳奈が慌てて話を逸らす。
「せ、戦闘の描写が上手いね。真に迫ってて、アタシも体動かしたくなってきた。一恵、ちょっと一戦交えない?」
めちゃくちゃ強引な模擬戦への誘いだった。
ただしそれは、本音でもある。
こちらの世界で大魔道と称されていた一恵の実力がいかほどのものかと、気にはなっていたのだ。
しかしそうすると一恵は、
「ベッドでですか?」
と、この上もなく爽やかな笑顔で切り返す。
現世界の魔法少女の一恵もそうだったのだが、こっちの一恵もやはりあまり好戦的ではないらしい。
本気になって戦うのは、いつも白音が絡んでいる時だけだ。
「ベッド……じゃ狭すぎるね。畳の上ならいいよ?」
佳奈には一恵が何を言わんとしているのか、よく分からなかった。
けれど佳奈は佳奈なりに気を遣い、こちらの世界の一恵のことを理解し、そして受け容れようとしていた。
結果、佳奈は和室の方を指し示してそんな風に受けて立った。
「畳ですか。なかなか風情があっていいですねっ!!」
一恵が嬉しそうにそう言った。
多分佳奈は柔道の寝技乱取りのようなことを想定しているのだろうが、一恵は絶対に違う寝技を使うつもりでいる。
ふたりでなんだか盛り上がっているものの、きっとベクトルが全然違う方を向いている。
そして気がつくと、莉美が妹たちも連れてきて、何故か全員一緒に畳の上で寝転がっていた。
佳奈も(上手く話は逸れたし、それはそれでまあいいか)と思って一緒に横たわる。
畳の匂いこそしないがその感触は懐かしく、パン屋を営んでいる実家にあった『床の間』を想い出させるものだった。
「お? 何、ちびそら。今日はアタシの胸で寝るの?」
ちびそらが佳奈の胸の上にやって来て、その寝心地を試そうとし始めた。
ちびそらにとっては未踏の秘境。
ここが魔法少女たちの最後のフロンティアである。
彼女の3D解析では、それはパラダイス。
白音、一恵に並ぶベストな寝心地を提供してくれるだろうとシミュレートしている。
「………………」
佳奈は寝ている間元気な方なので、あまり寝返りを打たないように注意しなければならなくなった。
このパラダイスは、実は大変な危険をはらんでいるのだ。
「…………なあ、一恵?」
ちびそらが収まりのいい位置を見つけて落ち着いたのを確認して、佳奈が小声でそっと訊いた。
「はい。佳奈さん」
一恵が優しくそう応えると、全員が寝たまま耳をそばだてたのが感じられる。
「一恵ってさ、白音のこと好きだったんだよな?」
「もちろんです」
「命懸けるくらいだもんな」
「はい」
佳奈の問いに、一恵はまったく淀みなくきっぱりと言い切る。
「でもそれでよく、白音とリンクスの恋路を応援する気になったよな」
佳奈にはそこのところがどうもよく分からなかった。
一恵が白音のことを好きなのは誰の目にも明らかだ。
なのに彼女は、リンクスが現世界へと旅立つのを手助けしたのだ。
それは彼女の高度な魔法知識がなければ、とてもなしえなかったことだ。
ライバルの恋の成就を、何故そうも命懸けで願うことができるのか。
「ああ……、ふふ。そんな風に見えるのですね。わたしは白音様も、殿下も共に愛しているのです。ふたりに幸せになっていただきたい。それがわたしの望みです。わたしはそれを傍で見ていられたら、幸せなのです」
「献身的だよなぁ……。けなげというか」
何十年も昔の日本には、献身的な女性を美徳と考えていた時代もあったらしい。
しかし佳奈にはとてもそんなこと、堪えられそうにない。
一恵にしたって、さすがにそんな時代の生まれではないはずだ――時を止めて、冷凍睡眠していたとはいえ。
「いえ、献身なんてしてませんよ。自分のしたいことをしているだけです。ふたりが睦まじくしていらっしゃるのを隣で見ていたら、楽しくてにやにやしてしまいます」
「そ、そうなの……?」
そこに山があるから




