第29話 ポテンシャルエナジー その二
智頭が自身の持つ固有魔法、『構造可視化』を使った。
これは、大規模構造物を近くで見て触れて、解析するための魔法だ。
天空城の模型が瞬時に目の前に出現すると、そらはその精巧さに驚いた。
「?! すごいの!!」
ちびそらがその模型の3D解析を行い、遠隔鑑定で計測した結果と比較。
その差分を分析してくれた。
「構造強化の及んでいない部分の質量は、およそ一万二千トンほどと推計」
「そんなっ…………」
智頭はそのあまりの規模に絶句した。都市工学をやっていた彼にはよく分かる。
一万二千トンと言えば大型のマンション一棟分くらいだ。
それが天空から落ちてくるのだ。
町田も絶望的な表情になった。
我が子のように発展させてきた街が晒されている危機は、あまりに大きい。
「莉美っ、お願いっ!!」
「あいさっ!!」
白音は莉美に魔法障壁による落下防止を頼んだ。
緊急事態を想定して予め備えていたことだ。
「みんな、行くよっ! 三重増幅強化!!」
そして白音は、その場にいる全員に強力なリーパーをかけた。
体への負担が大きいのは承知の上だが、仲間たちを信じている。
皆で知恵と力を振り絞れば、どんな問題でも解決できると信じている。
莉美は城の底面を魔法障壁で包み込んだ上で、三本の巨大な柱を地面に突き立てて支えるようにした。
さらに崩れかけた岩盤の周囲にも魔法障壁をぐるぐると巻き付けて、それ以上の崩壊を食い止める。
支えて浮かせるところまでは計画していたことだが、岩盤の補強は完全に莉美のアレンジだ。
「さすが莉美……」
そう言おうとした白音だったが、目の前が白くなり始めて、自分が気を失いかけていることに気づいた。
やはり多人数への三重増幅強化は、体にかかる負荷が尋常ではないらしい。
足下がおぼつかなくなって、思わず隣に立っていた佳奈の肩を借りた。
「白音、平気か?」
佳奈があまり目立たないようにそっと、白音の身体を支えてくれる。
「白音ちゃん、わたしを使って!!」
リプリンはふたりのそんな様子に気づいたらしい。
ひと言それだけを言うと、できるだけ細長いスライムの姿になって白音の口から胎内へと飛び込んだ。
「ふごっ………! あるるる、あ、ありがと、リプリン」
白音の身体に、リプリンの魔核の力が漲ってくるのが分かる。
ふたりの魔力が融け合って、白音のコスチュームがピンクとライムグリーンを組み合わせた中間色のツートンカラー――甘くそして爽やかな色合い――に変化する。
「おお……」
それを間近で見ていた佳奈が、なんだか静かな声で感想を漏らした。
「白音、こういうことだよな? 行くよ。魔力循環強化!!」
佳奈が白音の体をそっと抱きしめて、強化の魔法をかけた。
佳奈の魔力が白音の身体を駆け巡り、四肢の先端にまで広がっていくのが感じられる。
白音はリプリンのおかげで三つの魔核から力を得て、体は佳奈の魔法で強化されている。
それでどうにか、三重増幅強化を全員にかけた強烈な負荷にも耐えられそうだった。
いつきが三重増幅強化で増大した力を使って、幻想を大きく拡大させた。
莉美が作った天空城を支えるための揺りかごも、見えないように丸ごと消してしまう。
おかげで天空城は一見すれば何事もなく、平穏を取り戻したかのように見えた。
魔法障壁の支柱が地面に作った巨大なへこみなど、不自然な部分はすべてしっかりと覆い隠されている。
もちろん、岩盤の崩落が本当に収まったわけではない。
莉美のバリアがなければ大きく亀裂の入った岩盤はすぐにでも崩れ落ちて、下の街に大きな被害を出してしまうだろう。
それに依然として岩盤の崩れつつある音や、魔法障壁が岩盤を締め付けて軋む音は、周辺に大きく響いてしまっている。
「まずいですね。このままではタイアベルに知られてしまいます。この様子が知られれば、何か弱みがあるのだろうと勘ぐられて、いらぬ波風が立ちそうです」
街中に轟き渡っている地響きのような壮絶な音は、天空城が上げる悲鳴のようにも聞こえる。
確かにじっと隙を窺っていた者からすれば、何かトラブルが起こってそれを魔法で隠蔽している、という風に見えるだろう。
智頭は今そこある危機を解決しなければならないのと同時に、この先に訪れるであろう政治的な問題に対しても責任を負っている。
戦争にでもなれば、もっと大きな被害が出てしまう可能性だってあるのだ。
(僕が音を消せれば、良かったんすけど…………)
いつきが歯がみして、悔しそうな表情を見せた。
さすがにこれだけ大きな音になると、今のいつきひとりで消すのは難しかった。
音の専門家たる風見詩緒ならいざ知らず、映像と共に少しばかり音も操作できるようになった程度のいつきでは、力の及ばないところだった。
今はリプリンも白音を手伝っているので、力を借りることはできないだろう。
自分は三重増幅強化をもらって大幅に力が上がっているというのに、それでも音を自在には操れない。
元々すごい人たちが、どんどん成長していくのを目の前で見ているのに、どうして自分だけがいつまでも同じ場所に留まっているのだろう。
いつきがそんなことを考えていると、ふと智頭と目が合った。
あれだけの大きな幻覚で城を覆い隠してしまったのだから、音も消せるのではないかと期待しているのだ。
その切なる願いが、いつきの芯を揺らす。
いつきは思わず目を逸らし、白音たちの方を見た。
魔法少女たちは誰もいつきの方を見てはいなかった。
皆、いつきが音を消せないことは知っている。
だから何か他に解決策はないかと、必死になって知恵を絞っているのだ。
それで、いつきは少しほっとした。
そして、気づいてしまった。
自分は人から期待されると、上手くいかなかった時のことを考えて怖くなるのだ。
期待されないことで安心しているのだ。
口では「どうしてできないんだろう」などと言っているが、その実、心の奥底ではできないまま期待もされない方がいいと、思っているのではないだろうか。
現世界ではアイドルなど目指しておきながら、決して一番になることは望んでいなかった。
『エレメントスケイプ』の四人組の中にあって、目立たずみんなと一緒に楽しく過ごせればそれで良かったのだ。
異世界に来ても、望みは白音たちと一緒にいたい、それだけだった。
きっとこのまま成長しなくとも、白音たちは何も言わず自分を受け容れてくれるのだろう。
けれどいつきは、もうそんな生き方は嫌だと思った。
目の前で次々と不可能が可能にされていく様を目撃しながら、傍観者のままでいるのは我慢できなくなっていた。
多分いつきは、少し強欲になったのだ。
そして「白音たちの隣に並びたい」と言っていた莉美の言葉の意味と覚悟の重さが、ようやくいつきにも理解できた。
やがてその瞳に橙色の奇跡が宿る。
いつきの決意を内に秘め、それは次第次第に輝きを増していく。
姐さんたちと同じ高みを見てみたい。
いつきもまた、心からそう熱望したのだ。
「僕のステージを、みんな見てっす!!」
いつきの星石は、すぐにいつきの願いに応えてくれた。
星石はもうずっと前から、彼女の軽快なダンスと共にビートを刻んで待っていた。
心からひとつになりたいと、そう望まれることを待っていたのだ。
いつきの魂が橙色の宝石のような相棒と響き合い、融合する。
その瞬間、白音たちはいつきの魔力が跳ね上がるのを感じた。
そして全員、その口元に笑みを浮かべる。
そら曰く『六番目の妹』が、ようやくその蕾を開花させたのだ。
突然、城を覆っていた幻覚がひときわ派手になった。
真昼だというのに、どこぞのテーマパークのナイトパレードのように城が光り輝いて見える。
そして軽快な音楽と共に、その城がまるで回転木馬のように回り始める。
「ひぃ……」
白音の懐かしの元職場がどえらいことになって、思わず苦笑した。
地に足のついてない職場




