第29話 ポテンシャルエナジー その一
白音たちは一恵から、子役タレント『こうみん』時代の武勇伝をいろいろと聞かせてもらった。
――その翌日――
チーム白音は天空城固着作業の準備にかかりきりで、朝から大忙しだった。
そら、一恵、ちびそらの三人は天空城とその周辺の地形測量などを行い、必要なデータを集めて回っている。
白音、佳奈、莉美、いつき、リプリンの五人はカルチェジャポネの役人や兵士たちと手分けをして、危険区域からの住民や獣畜の避難を進めていた。
智頭が昨日の間に素早く対応してくれており、街の要所要所には事情を報せるための高札が立てられている。
『智頭が市長に復帰すること』
『二日後に大規模な工事を行うため、市民は一両日中に該当地域から退避すること』
主な内容はそのふたつなのだが、もちろんありのままには公表されていない。
他国からの不必要な憶測を呼ばないよう核心には触れず、かなり暈して書かれている。
それでも白音たちは、『初代市長である智頭究人を救った英雄』として街の人たちからは歓迎されていた。
誰も表だっては言わないが、『白音たちが斉木を失脚させた』ということを理解しているのだ。
大方の市民がその事実をすんなりと受け容れているあたりに、斉木の不人気ぶりが窺えるというものだろう。
そのおかげでと言うべきか、市民は概ね白音たちの指示にすんなりと従ってくれた。
ただ対外的に、天空城そのものに落下の危険があることを知られるのはまずいので、情報統制が敷かれている。
「天空城で大規模な工事を行うので落下物の危険がある」としか伝えられていないので、どうしても危機感が薄い。
当然ながら避難を拒否する者は出たし、様々な事情ですぐには移動が困難な者だっている。
もちろんこれは、白音たちも予想していたことだった。
カルチェジャポネ軍が指揮を執り、「有事に備えた避難訓練も兼ねる」という形にして少しでも避難率を上げる。
結局どうにか、天空城直下の人々の避難は完了した。
しかしその周辺の区域までを完全に無人にすることはできなかった。
あとはチーム白音が、全力でもってこのカルチェジャポネの街を守るのだ。
「莉美ちゃんのバリアで落下は防いでもらうから、何があっても安全だとは思う。でも事故らないように万全を期すの」
作戦決行を明日に控えて、すべてのシミュレーションを終えたそらが力強くそう言った。
◇
そして翌朝、白音たちは冒険者ギルドこと、職業斡旋所に集まっていた。
ここにある立派なロマネスク調の塔からの眺望が素晴らしく、街と天空城を同時に観測するのに最も都合が良かったからだ。
白音たち八人と、智頭、それに百人議員のひとり、市街地整備の責任者であるという町田の計十人が集っていた。
それ以外のスタッフは全員、安全区域まで退避してもらっている。
もし万が一天空城が落下したら、この塔は直下に位置してはいないものの、おそらく衝撃波で消し飛んでしまうだろう。
ここに集まった人たちの命は、すべて白音たちが預かっているのだ。
「それじゃあみんな、変身よっ!!」
白音は気合いを入れてみんなに合図を送る。
しかしそう言ってしまってから、少し後悔をした。
魔法少女たちが各々の色彩を纏い、艶やかなコスチュームへと変じるのを、一恵が独り羨ましそうに見ていたからだ。
「一恵ちゃん…………」
「ん? うふ。みんなとっても可愛いらしいですね」
一恵の「羨ましい」は、もしかしたら「ちょっと触ってみたい」の方だったのかも、と思う。
「あー、うん……、おっけー。じゃあ、二重増幅強化!!」
白音が自身と、莉美、そら、一恵、いつきにかなりの威力を持つ能力強化魔法を施す。
人数を限ったのは、万が一に備えて余力をのこしておくためだ。
「?! …………んあぁっ…………」
一恵が艶めいた声を漏らした。
そう言えばこちらの一恵にリーパーをかけるのは初めてだった。
あらかじめ言っておけば良かったかもしれない。
『黙リーパー』になってしまった。
「すっ…………ごいです! 白音様っ!!」
いろいろ喜んでもらえたみたいで、何よりだった。
チーム白音の嚆矢を、まずはそらが放つ。
自分の魔力をオーラのような状態にして、薄く広げて天空城全体を覆っていく。
遠隔鑑定による超高感度センサーだ。
その検知範囲が、リーパーによって大幅に拡大されている。
城や岩盤に隈無く施された構造強化魔法から、その魔力紋を読み取る。
これによって、天空城の形状を昨日よりもさらに緻密に、即時的に把握できるようになる。
そらは得られたデータから歪曲すべき空間の形状を算出し、その結果を精神連携で一恵に渡す。
続いて一恵が、そらの引いた設計図に従って城の底面付近の空間構造を書き換え、『重力の底』を形成していく。
『重力の底』が計算どおりに完成すれば、天空城は今いる位置に向かって永遠に落ち続けることになり、結果としてそのままの位置に縫い止められるのだ。
いつきの役割は、その工程全体を幻想で覆い隠すことだ。
まるで何事も起こっていないかのように見せかける。
カルチェジャポネの市民に不安を与えないためでもあるが、タイアベル連邦などに要らぬ憶測をさせないことが大事なのだ。
悪意のある者に邪推をさせると、だいたいはろくなことにならない。
「ん? おい、あれ!!」
最初に異変に気づいたのは佳奈だった。
手持ち無沙汰でじっと城を眺めていた。
するとそこの岩盤が、心なしか歪んで見えた。
じっと見つめていると、やがて突然大きな亀裂が入る。
「そらっ?」
佳奈がそらに疑問符をぶつけると、そらはほんの少し目を細めて天空城を探るように見つめた。
「……不覚、なの。岩盤に構造強化魔法の届いていない場所があるの。魔力を発していないから、その部分を検知できてなかった」
それはつまり、遠隔鑑定で推計していた岩盤の体積と、実際の体積にずれがあったということだ。
しかもその部分は強化されていない。
予想以上に『脆い』はずだ。
「どど、どうなるんすかっ?!」
いつきは焦りながらも、亀裂を覆い隠すような幻想を追加してくれる。
もちろん白音たちにはありのままの姿が見えるように、幻覚を見せる対象からは外している。
「今まで崩れていなかったのが不思議なくらい。今回の衝撃で崩壊が早まったんだと思うの。放っておけばすぐにでも剥がれ落ちそう」
「規模は、規模はどのくらいになりますかっ!!」
そらの言葉に思わず町田が叫んだ。
顔から血の気が引いている。
町田はこの街の市街区設計を一から行った人物だ。
天空城の下に何があって、そして無くなってしまうのか。
それをこの街で一番よく知っている。
「少し待って、計測手段を考えるの」
何らかの方法で正確な体積と質量を算出する必要があった。
それも即座に、だ。
「これで、これでどうですかっ!!」
智頭が自身の持つ固有魔法を使った。
智頭の固有魔法は、その名を『構造可視化』という。
目視しているものの模型を造り出すことができる。
大規模構造物を近くで見て触れて、解析するための魔法だ。
さすがは都市工学研究者の持つ固有魔法、というところだろう。
天空城の模型が瞬時に目の前に出現する。
そらはその精巧さに驚いた。
「?! すごいの!!」
構造可視化のできる智頭と、LiDAR搭載のちびそら。
遺跡発掘なんかさせると良いコンビです。




