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第9話 安くしない。それでも買える店を作る

世界を救った百貨店に、今度は**「倒産」**の危機がやってきました。
















剣も使えない。








魔法も使えない。








それでも直人には、バイヤーとして培ってきた**「商売」という武器**があります。
















第Ⅲ部のテーマは、「豊かさとは何か?」
















世界最大の商業国家を相手に、直人とリリス、そして四天王たちの新しい戦いが始まります。
















笑いあり、恋愛あり、そして今回は百貨店同士の本気の商売バトルあり。
















第1話「魔王城百貨店、倒産します」



「値段は下げません」


開店前。


魔王城百貨店ヴェネリア臨時店。


昨日まで《半額》と書かれていた値札は、すべて元に戻っていた。


その前で、俺は客たちに頭を下げる。


「昨日の半額販売は、俺の失敗でした」


ざわめきが広がった。


当然だ。


昨日は半額。


今日は元値。


客から見れば、ただの値上げである。


港湾労働者の男が眉を寄せた。


「じゃあ、もう俺たちには買えないってことか?」


「いいえ」


「でも、値段は戻すんだろ?」


「戻します」


俺はカウンター横の札を指した。


《買えない方は、店員へご相談ください》


「値段は下げません。でも、買える方法は一緒に探します」


男が首を傾げる。


昨日。


俺は間違えた。


買えないなら、安くすればいい。


そう考えた。


客は喜んだ。


商品は売れた。


そして、職人が商品を作れなくなった。


客が払えない分を、作り手に押しつけただけだった。


だから今日は違う。


職人の利益を削らない。


店員の給料も削らない。


運ぶ人間にも払う。


そのうえで、買えない人にも商品を届ける。


「買うか、諦めるか」


俺は言った。


「その二択を、今日からやめます」


客たちはまだ分からない顔をしている。


当然だ。


俺だって、昨日まで分かっていなかった。


「最初のお客様」


椅子を引く。


「何が必要ですか?」


百貨店なのに、売らない

最初の客は、さっきの港湾労働者だった。


「鍋が欲しい」


「予算は?」


男が口にした金額は、新品の半分にも届かない。


昨日の俺なら値札を書き換えていた。


今日は違う。


「毎日使います?」


「そりゃ使う」


なら、レンタルには向かない。


「新品じゃないと駄目ですか?」


「使えればいい」


「ゼファー」


「はい」


帳簿が開かれる。


「返品商品が三点あります。傷はありますが、使用に問題はありません」


「価格は?」


「新品の六割程度まで下げられます」


それでも少し足りない。


「今使っている鍋は?」


「底が割れてる」


「持ってきてもらえます?」


「壊れてるぞ?」


「金属なら下取りできます」


男が固まった。


「……下取り?」


「古い鍋を店が買います。その代金を、新しい鍋の支払いに回す」


「壊れてても?」


バルグを見る。


巨体の四天王が一言。


「溶かせる」


「だそうです」


男の顔が、ゆっくり明るくなる。


「……買えるのか?」


その一言が胸に刺さった。


「買えます」


俺は答えた。


「ただし、半額にはしません」


男が吹き出す。


「昨日よりケチになったな」


「昨日より商人になったんです」


「自分で言う?」


横から声がした。


セレナ。


黄金宮殿総支配人。


今日も敵情視察らしい。


「暇なの?」


「あなたの店を見ているほうが面白いのよ」


「それ、褒めてる?」


「褒めてない」


彼女は売場を見回した。


「で、今度は何をするつもり?」


俺は答えた。


「百貨店なのに、なるべく売らない」


「…………は?」


販売の天才を。


初めて完全に停止させた。


「買わないほうがいいですよ」

「意味が分からない」


セレナが腕を組む。


「百貨店は商品を売る場所よ」


「例えば」


工具売場へ向かう。


高価な切断工具を見つめている若い職人がいた。


「欲しいんですか?」


「欲しいです。でも、一か月に二回くらいしか使わないので……」


「なら、買わないほうがいいですよ」


「ちょっと!」


セレナが食いついた。


「販売員が客に買うなって言った!」


「必要ないものを売ってどうする」


「商売でしょう!」


「だから商売するんだよ」


青年へ向き直る。


「一日単位で貸します」


「貸す?」


「使う日だけ料金を払う。レンタルです」


青年の目が輝いた。


「それなら借りたいです!」


工具を一本売れば、今日の売上は大きい。


でも、この人が必要としているのは工具そのものじゃない。


使える時間だ。


「ありがとうございます」


青年が去る。


セレナは頭を抱えていた。


「売れる商品を売らない……」


「レンタル料は入る」


「そういう問題じゃない!」


「じゃあ、どういう問題?」


「私が二十五年間信じてきた販売の常識が壊れる問題よ!」


「大変だな」


「誰のせいよ!」


ちょっと楽しい。


「店長」


リリスが近づいてきた。


「楽しそうですね」


「仕事です」


「そうですか」


笑顔だ。


なぜか怖い。


「何?」


「セレナさんと随分仲良くなったな、と」


「なってない」


「なってないわよ」


俺とセレナの声が重なる。


リリスの笑顔が、さらに深くなった。


「そうですか」


昨日の赤字より怖かった。


売場から「いくらですか?」が消えた

昼までに、いくつもの制度を試した。


中古販売。


修理。


下取り。


レンタル。


少量販売。


共同購入。


予約販売。


そして、分割払い。


そこでガルドが真剣な顔で聞いた。


「つまり、剣を三分割して渡すのだな?」


「違う」


「では四分割か?」


「剣から離れろ」


「分割なのだろう?」


「支払いを!」


「支払いを斬る?」


「お前は何でも斬ろうとするな!」


客から笑いが起きる。


昨日まで値札を見て帰っていた人たちが。


今日は店員と話している。


「毎日使いますか?」


「新品じゃないと駄目ですか?」


「直せませんか?」


「一人で買う必要がありますか?」


売場の会話が変わった。


《いくらですか?》


から。


《どう使いますか?》


へ。


昨日の半額販売で学んだ。


商品には、作る人がいる。


運ぶ人がいる。


売る人がいる。


使う人がいる。


誰か一人だけを救えばいいわけじゃない。


「店長」


リリスがパンを差し出した。


「昼食です」


「あとで」


「昨日もそう言いました」


「忙しいんだ」


「知っています」


押しつけられる。


「食べながら考えてください」


仕方なく受け取った。


彼女が隣に座る。


「昨日」


リリスが言った。


「一緒に考えてくれるか、と聞きましたよね」


「ああ」


「今日は、ちゃんと一緒に考えています」


売場を見る。


ゼファー。


バルグ。


ガルド。


リリス。


みんなが客と話している。


「……そうだな」


「進歩です」


「四十二歳で褒められた」


「四十二歳でも褒められたいでしょう?」


「まあね」


昨日。


失敗した俺を。


リリスは励まさなかった。


ただ。


明日も隣にいると言った。


そして。


本当に今日もいる。


それだけで。


次の失敗も怖くない気がした。


買えない客を探す店

午後。


セレナはまだいた。


「帰らないの?」


「研究よ」


「敵の店で?」


「敵だからよ」


彼女の視線の先に、一組の親子がいた。


少女が人形を抱いている。


「欲しい?」


母親が聞く。


少女は値札を見て、首を振った。


「いらない」


でも。


人形を離さない。


母親も値札を見る。


そして、少女の手を引いた。


「店員なら」


セレナが聞く。


「どうする?」


「聞く」


俺は親子へ近づいた。


「すみません。その人形、気になりました?」


母親が困った顔をする。


「でも、今はちょっと……」


「では、今日は買わなくて大丈夫です」


「え?」


「来月まで取り置きできます」


少女が顔を上げた。


「ほんと?」


「もちろん」


「他の人に売れない?」


「予約札をつけます」


少女が笑う。


母親が何度も頭を下げた。


二人が帰る。


セレナが言った。


「今日の売上、ゼロね」


「ああ」


「来月、来なかったら?」


「それでもいい」


「……いいの?」


「欲しくなくなったなら、買わなくていい」


セレナが黙る。


「私なら、買える客を探す」


「うん」


「父もそう教えた」


売れる商品。


買える客。


最適な価格。


最高の接客。


間違っていない。


だからこそ。


彼女には俺の店が理解できない。


「あなたは」


セレナが呟く。


「買えない客を探すのね」


「少し違う」


「何が?」


「買えない理由を探すんだ」


「理由?」


「高いのか。今月だけ金がないのか。毎日使わないのか。新品じゃなくていいのか。直せるのか」


《買えない》。


その一言の向こうには。


いくつもの理由がある。


「理由が違えば、届け方も変わる」


セレナは。


しばらく何も言わなかった。


剣ではなく、契約書で戦う

異変が起きたのは夕方だった。


「やめて!」


女性の叫び。


黒い服の男たちが、一人の女性の腕を掴んでいる。


「支払日を三日過ぎている」


「待ってください! 来週には!」


「契約は契約だ」


「母ちゃん!」


子どもが泣いた。


ガルドが一歩出る。


「手を離せ」


空気が変わった。


「ガルド」


俺は止める。


「斬るな」


「まだ斬っていない」


「『まだ』をつけるな」


男の一人が鼻で笑った。


「これは正当な取り立てだ」


「借金?」


「ああ」


女性が俯く。


「いくらです?」


金額を聞く。


思ったより少ない。


「それで連れていくのか?」


「払えないなら契約通りだ」


「契約書を見せてください」


男の眉が動いた。


「何?」


「正当なんでしょう?」


数秒後。


男は紙を出した。


俺は読む。


元金。


返済額。


手数料。


遅延金。


保証料。


契約更新料。


利息。


さらに。


利息に利息。


「……ゼファー」


契約書を渡す。


彼の顔から表情が消えた。


「店長」


「俺の計算、間違ってる?」


「いいえ」


女性を見る。


「いつ借りました?」


「二年前です」


「いくら?」


答えを聞いて確信する。


「もう元金以上、返してますよね?」


「……はい」


「なのに借金が増えてる?」


「はい」


昨日見た港湾労働者の給与明細。


働いても働いても。


借金が減らない。


その理由の一つが。


ここにある。


「本人が署名した」


男が言った。


「契約だからな」


確かに署名はある。


俺は紙を見た。


なら。


「ガルド」


「ようやく斬るか?」


「斬らない」


「何をする?」


契約書を持ち上げる。


「これで戦う」


商人の武器

俺はカウンターへ移動した。


「この契約」


紙に数字を書く。


「返済期限を過ぎると元金へ遅延金を加算」


「当然だ」


「その合計額へ翌月の利息」


「ああ」


「さらに契約更新料と保証料」


「書いてあるだろ」


数字を書く。


返す。


また増える。


返す。


さらに増える。


客たちが静かになった。


「これ、完済できないように作ってあるだろ」


男の顔が変わる。


「言いがかりだ」


「違うわ」


声がした。


セレナ。


彼女は契約書を覗き込み。


表情を変えた。


黄金宮殿総支配人の顔に。


「この利率、ヴェネリア商業法の上限を超えている」


男が固まる。


「な……」


「それだけじゃない」


契約書を取る。


「遅延金へ複利をかけるなら、契約時に別項目で説明義務がある」


女性を見る。


「説明された?」


「いいえ」


「確認署名は?」


「ありません」


セレナが微笑んだ。


怖い。


「これ」


契約書を男へ向ける。


「無効にできるわよ」


ざわめき。


男たちの顔色が変わる。


「でたらめを!」


「黄金宮殿総支配人にヴェネリアの商業法を教えてくれる?」


沈黙。


男が一歩下がる。


ガルドが一歩出る。


「帰るのか?」


「ガルド」


「追わぬのか?」


「追わなくていい」


男たちは客の視線を浴びながら去っていった。


女性がその場に崩れる。


「……終わったんですか?」


「正式な手続きは必要です」


俺は答える。


「でも、一緒に確認しましょう」


子どもが母親へ抱きついた。


その光景を。


セレナが見つめていた。


「ありがとう」


俺が言う。


「何が?」


「助かった」


「商売をするなら、法律くらい知っておきなさい」


「勉強します」


「本当に?」


「……善処します」


「信用できないわね」


リリスが近づく。


「店長」


「はい」


「また一人で解決しようとしましたね」


「今回はセレナもいた」


「そういう意味ではありません」


「……はい」


最近。


俺への包囲網が妙に強い。


セレナが契約書を見る。


「高城直人」


「何?」


「さっきの話」


「買えない理由?」


「ええ」


彼女は親子を見る。


「少しだけ、分かった気がする」


それだけ言って歩き出した。


「帰るの?」


「ええ」


「また明日?」


セレナが振り返る。


「敵の心配?」


「いや」


「なら聞かないで」


去っていく。


リリスがぽつり。


「随分仲良くなりましたね」


「なってない!」


今日一番大きな声が出た。


恋人なので

閉店後。


帳簿を開く。


売上は昨日より大幅に低い。


「店長」


ゼファーが眼鏡を押し上げた。


「顔が暗いですね」


「昨日のほうが売れたなと思って」


「半額でしたから」


「今日は?」


「利益は出ています」


「職人への支払いは?」


「予定通りです」


「人件費」


「問題ありません」


「レンタル?」


「想定以上」


「修理?」


「予約が入っています」


「下取り?」


「バルグが喜んでいます」


「なんで?」


「溶かせる金属が増えました」


なるほど。


帳簿を閉じた。


売上は昨日より低い。


でも。


明日も店を開けられる。


職人も明日の商品を作れる。


客も。


今日買えなくても。


また来られる。


昨日とは違う。


「店長」


リリスがコーヒーを置いた。


「今日は何時間寝る予定ですか?」


「四時間」


「却下です」


「昨日より増えた」


「最低七時間」


「百貨店店長に厳しくない?」


「恋人なので」


手が止まった。


リリスも止まった。


「……」


「……」


彼女が先に目を逸らす。


「何です?」


「今、普通に言ったなと思って」


「何を?」


「恋人」


「事実です」


「そうだけど」


「問題がありますか?」


「ない」


ない。


むしろ。


ちょっと嬉しい。


リリスが笑う。


「なら、寝てください」


「はい」


勝てない。


たぶん。


商売より難しい。


98.7%

数日後。


百貨店対決、中間成績発表。


巨大な掲示板に順位が映し出された。


第一位。


《黄金宮殿》


「強いな」


客単価。


売上。


利益。


どれも圧倒的だ。


第二位。


《魔王城百貨店》


「負けていますね」


リリスが言う。


「見れば分かる」


「かなり」


「追撃しないで」


レオナルド・ヴェルガが余裕の笑みを浮かべている。


当然だ。


売上勝負なら、俺たちは負けている。


だが。


掲示板にはもう一つ。


俺が勝負条件へ追加した数字がある。


《再来店希望率》


黄金宮殿。


高い。


さすがだ。


そして。


魔王城百貨店。


数字が表示される。


《98.7%》


会場が静まり返った。


「……え?」


俺まで声が出た。


「ゼファー」


「集計に誤りはありません」


昨日、商品を買わなかった客もいる。


レンタルした客。


修理を頼んだ客。


相談だけして帰った客。


それでも。


また来たい。


そう答えてくれた。


百貨店は。


商品を売る場所だと思っていた。


でも。


それだけじゃない。


買えない。


分からない。


困っている。


そんな時にも来ていい場所。


少しだけ。


そんな店に近づけたのかもしれない。


セレナが数字を見ている。


悔しそうに。


それでも。


ほんの少し嬉しそうに。


対して。


レオナルドだけは。


笑っていなかった。


「九十八・七……」


初めて。


彼の余裕が消えた。


その時。


レオナルドの背後に。


見知らぬ男が立っていることに気づいた。


黒い外套。


顔は影になって見えない。


男が。


レオナルドへ囁く。


「そろそろ消しますか?」


レオナルドが振り返った。


「何を言っている?」


男の視線は。


魔王城百貨店へ向いている。


「あなたの敵でしょう?」


短い沈黙。


レオナルドの眉が。


険しく寄った。


「……誰だ、お前は」


第9話 完

次回 第10話

「世界一売れた日、百貨店が燃えた」

百貨店対決、最終日。


売上第一位は《黄金宮殿》。


それでも。


魔王城百貨店には客が途切れない。


三十日間。


直人たちが積み上げてきたものに、ついに決着が訪れる。


その日の閉店後。


リリスは直人のネクタイを直しながら言う。


「終わったら、食事に行きませんか?」


「二人で?」


「嫌なら四天王全員呼びます」


「二人でお願いします」


だが。


その約束の直後。


魔王城百貨店を爆発が襲う。


燃える商品。


燃える工房。


そして炎の向こうから現れた男が指差したのは。


この世界の人間が知るはずのない。


直人が日本から持ってきた。


一本の万年筆だった。

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