第10話 世界一の店より、明日も開いている店を
世界を救った百貨店に、今度は**「倒産」**の危機がやってきました。
剣も使えない。
魔法も使えない。
それでも直人には、バイヤーとして培ってきた**「商売」という武器**があります。
第Ⅲ部のテーマは、「豊かさとは何か?」
世界最大の商業国家を相手に、直人とリリス、そして四天王たちの新しい戦いが始まります。
笑いあり、恋愛あり、そして今回は百貨店同士の本気の商売バトルあり。
第1話「魔王城百貨店、倒産します」
新章、開店です。
第10話 世界一の店より、明日も開いている店を
店が燃えていた。
それでも、老人は商品を持ってきた。
「……あんた、何してるんだ」
直人は思わずそう言った。
朝焼けのヴェネリア。
昨日まで《ヴェネリア百貨店工房》だった建物は、半分が黒い骨組みになっている。
焼け焦げた梁。
割れた窓。
水浸しの床。
煤の匂い。
そして、その前に。
一人の老職人が立っていた。
両腕には、大きな木箱。
「納品だよ」
「いや、見れば分かるけど」
「なら受け取れ」
「店、半分ないんだけど」
「半分は残ってる」
「そういう問題じゃない」
老人は鼻を鳴らした。
「昨日、あんたが言ったんだろ」
「何を?」
「明日も店を開けるって」
直人は言葉を失った。
昨日。
炎の中で。
確かに言った。
店は建物じゃない。
商品でもない。
人が「明日も来よう」と思える場所だ。
だから。
明日も開ける。
そう言った。
「……覚えてたんですね」
「客を馬鹿にするな」
「あなた、客じゃなくて職人でしょう」
「今日は客だ」
「何を買うんです?」
「朝飯」
「うち、食堂じゃないんですが」
「じゃあ作れ」
「百貨店って便利ですね!?」
背後から笑い声がした。
振り返る。
リリスだった。
煤で汚れた頬のまま、彼女は小さく笑っている。
「店長」
「ん?」
「おはようございます」
「……おはよう」
「開店しますか?」
直人は焼けた店を見る。
そして。
老職人の木箱を見る。
「する」
短く答えた。
「今日も開けよう」
世界一の百貨店がどうなるかは分からない。
けれど。
今日、この場所を必要としている人がいる。
なら。
店を開ける理由としては、それで十分だった。
焼けた店に、客が並んだ
「店長」
「はい」
「棚がありません」
「知ってる」
「レジもありません」
「知ってる」
「屋根も一部ありません」
「それも知ってる」
リリスが腕を組んだ。
「では質問です」
「嫌な予感しかしない」
「どうやって営業するんです?」
直人は店内を見回した。
ガルド。
バルグ。
ゼファー。
全員、煤まみれで立っている。
「……ガルド」
「おう」
「棚」
「作る」
「バルグ」
「任せろ」
「壊れた家具を修理。使える木材は全部再利用」
「うむ」
「ゼファー」
「はい」
「レジ」
「燃えました」
「知ってる」
「では?」
「紙とペン」
ゼファーが目を細めた。
「手書きですか?」
「文明は後退したが、商売はできる」
「世界最大の百貨店がついに帳簿一冊へ」
「言い方!」
リリスが吹き出した。
直人は指示を続ける。
「商品は店内に入れない。外に並べる」
「外?」
「青空市場にする」
リリスの目が変わった。
すぐに理解したらしい。
「なるほど」
「焼けた建物を無理に使う必要はない」
「でも店長」
「何?」
「雨が降ったら?」
直人は空を見た。
快晴だった。
「……降らないことを祈る」
「経営戦略が神頼みになりました」
「異世界なんだから神くらいいるだろ」
「いますけど、商売担当ではないと思います」
その時。
「店長!」
外から声。
直人たちは顔を見合わせ、走った。
そして。
止まった。
店の前に。
人がいた。
一人。
二人。
十人。
五十人。
もっと。
「……何だ、これ」
列だった。
客の列。
昨日の火災を知っているはずなのに。
人々が並んでいる。
工具を借りに来た職人。
修理品を抱えた母親。
中古の鍋を探す老人。
服を選びに来た少女。
パンを持った少年。
そして。
見覚えのある顔がいくつもあった。
「今日、休みかと思ったよ」
「開けるって聞いたから」
「修理だけでも頼めないか?」
「昨日買った服、娘が気に入ってさ」
「これ、差し入れ」
直人の前へ次々に物が置かれていく。
パン。
果物。
木材。
布。
釘。
「待って」
直人は混乱した。
「何で客が資材持ってくるんだ?」
中年の男が笑った。
「店がないと困るからだよ」
その一言に。
直人は何も言えなくなった。
売上。
利益率。
客単価。
在庫回転率。
前世から何万回も見てきた数字。
けれど。
そのどこにも書かれていなかった。
店がなくなると困る。
それもまた。
店の価値だった。
世界一の商人が、負けを認めた日
昼。
一台の黒い馬車が止まった。
周囲の空気が変わる。
降りてきたのは。
レオナルド・ヴェルガ。
「……来たか」
ガルドが前へ出る。
リリスも警戒した。
だが直人は手で制した。
「いい」
レオナルドは焼けた店を見た。
青空に並べられた商品を見る。
そして。
客の列を見る。
「ひどい店だ」
「営業初日に言われたくないですね」
「屋根がない」
「開放感です」
「棚も不揃い」
「個性です」
「会計は手書き」
「温かみです」
「全部言い換える気か?」
「百貨店員の基本技能です」
数秒。
レオナルドが笑った。
「君は本当に面白い」
「褒めても値引きしませんよ」
「君はもう値引きをしないだろう?」
直人の笑みが消えた。
第八話。
半額販売。
客を救おうとして。
作り手を傷つけた。
「あれは失敗しました」
「そうだな」
「否定してくれないんですね」
「失敗した商人へ『失敗ではない』と言うほうが失礼だ」
直人は苦笑した。
「あなた、嫌な人ですね」
「よく言われる」
レオナルドは客たちを見る。
「だが君は失敗した」
「はい」
「そして修正した」
「……はい」
「それが私にはできなかった」
直人が顔を上げる。
「私はヴェネリアを世界一豊かな国にしたかった」
レオナルドは静かに言った。
「船を増やした。倉庫を増やした。銀行を作った。保険を整えた。商会を巨大化させた」
世界中の商品が集まった。
世界中の金が集まった。
「数字は正しかった」
だが。
裏通りにはパンを拾う子どもがいた。
働けば働くほど借金が増える労働者がいた。
商品を作っているのに、その商品を買えない職人がいた。
「私は豊かさを作ったつもりだった」
レオナルドは自嘲する。
「だが、豊かな国と、豊かな人間は同じではなかったらしい」
直人は答えなかった。
勝った。
そういう話ではない。
自分だって半額販売で同じ失敗をした。
客だけを見て。
作り手を見失った。
「レオナルドさん」
「何だ」
「俺も、まだ分かりません」
「何が?」
「商売が、人を幸せにできるのか」
レオナルドは少し驚いた顔をした。
「世界一の店長が随分弱気だな」
「世界一だから分からなくなったんですよ」
直人は焼けた店を見る。
「売れば売るほど正しいと思ってた時期もありました」
届ける。
選べる。
安くする。
便利にする。
どれも間違いではない。
だが。
正しいことを積み上げても。
誰かが苦しくなることがある。
「だから、もう少し考えます」
「答えが出なかったら?」
「考えながら店を開けます」
レオナルドは笑った。
「実に商人らしい」
黒い外套の男
「それで」
直人は声を低くした。
「昨日の男について聞きたい」
レオナルドの表情が変わった。
「黒い外套の男か」
「あなたの部下じゃないんですね?」
「違う」
即答だった。
「黄金海運商会とも関係ない」
「じゃあ誰なんです?」
「それを私も調べている」
レオナルドが一枚の紙を出した。
焼け焦げた書類。
直人は受け取る。
そこには。
《世界流通再編計画》
そう書かれていた。
「昨日の火災現場から回収した」
「……これ」
「君も見たのか?」
「一部だけ」
直人は紙を読む。
港。
倉庫。
交易路。
商会。
銀行。
保険。
世界各地の物流網が記されている。
だが。
妙だった。
「これ……ヴェネリアだけじゃない」
「気づいたか」
「王都。エルフ領。ドワーフ領……」
魔族領まである。
直人の背筋が冷たくなる。
「世界全部じゃないか」
「そうだ」
レオナルドが言う。
「誰かが世界中の物流を調べている」
「何のために?」
「分からん」
直人は書類をめくる。
そして。
指が止まった。
「……待って」
一つの記号。
見覚えがある。
「これは」
「どうした?」
「魔王城百貨店の物流管理記号だ」
リリスが覗き込む。
「本当です」
直人は次々に確認する。
一つ。
二つ。
三つ。
「俺たちの物流網が……組み込まれてる」
世界流通再編計画。
それは魔王城百貨店を潰すためだけの計画ではない。
もっと大きい。
誰かが。
直人たちが作った物流網まで利用しようとしている。
「店長」
リリスの声。
「これを見てください」
一番下。
小さな文字。
共通語ではない。
直人は目を見開いた。
日本語だった。
《第一段階 接続完了》
心臓が跳ねた。
「……日本語」
レオナルドが眉を寄せる。
「何だ、それは」
「俺がいた世界の文字です」
沈黙。
リリスが直人を見る。
「では昨日の男は……」
「分からない」
直人は首を振った。
決めつけるには早い。
だが。
一つだけ確かだった。
この世界で日本語を書ける存在が。
自分以外にもいる。
店長ではなく、一人の男として
夜。
営業終了。
焼けた店に静けさが戻った。
「……疲れた」
直人は椅子代わりの木箱へ座った。
「店長」
「無理。今日はもう店長やめる」
「では何になります?」
「無職」
「世界一の百貨店を経営している無職ですか」
「肩書きが渋滞してるな」
リリスが隣へ座る。
少し近い。
肩が触れそうな距離。
「怪我」
リリスが言った。
「ん?」
「昨日の怪我です」
「ああ。平気」
「見せてください」
「平気だって」
「店長」
「はい」
圧が強い。
直人は諦めて腕を出した。
リリスが包帯を外す。
火傷。
軽いが、まだ赤い。
「……やっぱり」
「このくらいなら」
「店長はいつもそうです」
「何が?」
「自分のことだけ、商品管理が雑です」
「俺、商品扱い?」
「重要在庫です」
「在庫かぁ」
「欠品すると困ります」
リリスの指が。
直人の腕に触れる。
新しい包帯を巻く。
妙に静かだった。
「リリス」
「はい」
「昨日」
彼女の手が止まる。
「助けてくれてありがとう」
「……仕事です」
「炎の中に飛び込むのも?」
「四天王ですから」
「泣いてたのも?」
「煙です」
「外だったけど」
ぎゅっ。
包帯が締まった。
「痛っ!」
「気のせいです」
「医療事故!」
リリスは少しだけ笑った。
そして。
視線を落とした。
「店長」
「ん?」
「もう、ああいうことはしないでください」
冗談の声ではなかった。
「自分一人で何とかしようとすることです」
「……」
「店が燃えたら建て直せます」
彼女は言った。
「商品が燃えたら、また作れます」
そして。
直人を見る。
「でも」
一瞬。
言葉に迷った。
「店長がいなくなったら」
そこで止めた。
直人も。
続きは聞かなかった。
聞かなくても。
少しだけ分かったから。
「分かった」
「本当ですか?」
「努力します」
「信用度三十点です」
「低いな」
「昨日まで十二点でした」
「上がってる!」
リリスが笑う。
直人も笑った。
ふと。
第十話まで走り続けてきたことを思う。
百貨店。
物流。
ヴェネリア。
レオナルド。
値下げ。
工房。
火災。
世界流通再編計画。
いつの間にか。
二人でゆっくり食事すらしていない。
「なあ、リリス」
「はい」
「今度」
「はい」
「二人で飯でも食わないか?」
リリスが瞬きをした。
「仕事ですか?」
「いや」
「商談?」
「違う」
「市場調査?」
「違います」
「仕入れ?」
「違うって」
沈黙。
リリスの頬が少し赤くなる。
「では……何です?」
直人も答えに詰まった。
「……飯」
「それは最初に聞きました」
「二人で飯」
「それも聞きました」
「だから!」
リリスが笑った。
「分かりました」
「……分かったの?」
「はい」
「俺、まだ説明できてないけど」
「店長より接客歴が長いので」
「関係ある?」
「ありません」
二人は笑った。
世界を救うより。
こういう約束のほうが。
なぜか直人には難しかった。
世界一の店より
翌朝。
老職人の商品が。
青空売場の真ん中に並んだ。
木の玩具。
丁寧に磨かれた小さな馬。
子どもが手に取る。
「これ、いくら?」
老人が答えようとする。
だが。
直人を見る。
「店長」
「はい」
「値段、決めてくれ」
以前なら。
仕入れ値。
利益率。
相場。
競合価格。
全部を計算しただろう。
今も計算する。
商売だから。
けれど。
もう一つ見る。
作った人。
買う人。
売る人。
そして。
明日。
また作れるか。
明日。
また買えるか。
明日。
また店を開けられるか。
「この値段で」
直人が数字を書く。
老人が見る。
「安くないな」
「はい」
「高くもない」
「はい」
「儲かるのか?」
「あなたも、うちも」
老人が笑った。
「欲張りだな」
「商人なので」
商品が売れた。
子どもが木馬を抱える。
老人が金を受け取る。
笑う。
それを見て。
直人は少しだけ思った。
世界一の店。
そんなものを作りたかった。
けれど。
本当に必要なのは。
世界一大きな店ではないのかもしれない。
明日も。
誰かが商品を作れる。
誰かが買える。
誰かが働ける。
そして。
また扉を開けられる。
そんな店なのかもしれない。
その時だった。
「店長!」
ゼファーが走ってくる。
「どうした?」
「例の《世界流通再編計画》ですが」
直人の表情が変わる。
「何か分かった?」
「はい」
地図が広げられる。
「記載されている中継拠点を調べました」
「うん」
「この場所です」
指が。
ヴェネリアから遠く離れた街を示す。
「ここへ大量の商品が流れています」
「誰が送ってる?」
ゼファーが答えなかった。
「ゼファー?」
代わりに。
帳簿を差し出す。
直人は読む。
そして。
凍りついた。
発送元。
そこには。
はっきり書かれていた。
《魔王城百貨店》
「……俺たち?」
「はい」
「待て」
直人は帳簿を奪うように確認した。
間違いない。
魔王城百貨店の商品。
魔王城百貨店の倉庫。
魔王城百貨店の物流網。
自分たち自身が。
知らないうちに。
《世界流通再編計画》の一部になっている。
リリスが息を呑む。
「店長……」
直人は地図を見る。
そして。
焼け残った計画書を見る。
日本語。
《第一段階 接続完了》
誰が書いた。
なぜ日本語なのか。
なぜ魔王城百貨店の物流網を知っている。
そして。
何をしようとしている。
答えはない。
ただ。
直人には一つだけ分かった。
第十話まで戦ってきた相手は。
ヴェネリアだった。
だが。
本当の問題は。
もっと大きい。
「リリス」
「はい」
「予定変更」
「何をします?」
直人は地図上の物流拠点を指差した。
「調べる」
「計画を?」
「それもある」
直人は。
日本語で書かれた文字を見る。
「俺以外の日本人を探す」
異世界へ来てから。
初めてだった。
自分と同じ世界を知る存在が。
この世界のどこかにいるかもしれない。
そして。
その人物は。
直人が作った店を。
直人以上に知っている。
そんな予感がした。
第10話 完
次回 第11話
「俺以外の日本人を探す」
焼けた店に、老職人は商品を持ってきた。
だから直人は、まず店を開ける。
謎を追うより先に。
今日ここへ来る客のために。
しかし《世界流通再編計画》を追った先で、直人はさらに奇妙な事実へ辿り着く。
計画に利用されている物流拠点へ商品を送っていたのは、
魔王城百貨店自身だった。
そして残された、日本語。
自分以外にも日本人がいるのか。
黒い外套の男は何者なのか。
直人たちは、新たな街へ向かう。
だが。
そこで待っていたのは、敵ではなかった。
魔王城百貨店の商品を前に、店を畳もうとしている一人の商人だった。
「あなたは、いい人なんでしょうね」
「だから余計に困るんです」
次の敵は、悪徳商人ではない。
世界一の百貨店、そのものだった。




