第1話「俺以外の日本人を探す」
第2シーズン「千店舗連合編」
世界一の百貨店を作れば、みんなを幸せにできる。
直人は、そう信じてきた。
人間も、魔族も、エルフも、ドワーフも。
作る人も、売る人も、買う人も。
誰か一人が得をするのではなく、みんなが明日も商売を続けられる店を作る。
そのために、失敗して、学んで、それでも店を開き続けてきた。
けれど、第2シーズンで直人を待っていたのは、これまでとはまったく違う敵だった。
悪徳商人ではない。
巨大な陰謀だけでもない。
直人自身が成功させた、魔王城百貨店。
安くて、便利で、品揃えもいい。
そんな「正しい店」が広がった結果、小さな店が消え始めていた。
さらに現れた、日本語で書かれた《世界流通再編計画》。
この世界には、直人以外にも日本を知る者がいるのか。
そして、世界中の店を巻き込む巨大な流通網の目的とは。
第2シーズンのテーマは、
「店は、誰のものなのか」
世界一大きな店を作る物語から。
世界一多くの店を、生かす物語へ。
直人、リリス、そして仲間たちの商売は、ここから新しい段階へ進みます。
『転生バイヤー、魔王城百貨店をはじめますⅢ』
第2シーズン「千店舗連合編」
開店です。
店が燃えても、開店時間は来る
俺以外にも。
この世界には、日本人がいる。
たぶん。
いや。
少なくとも。
日本を知っている誰かがいる。
証拠は。
俺の手の中にあった。
《世界流通再編計画》
日本語。
そして。
俺が前世で働いていた百貨店の名前。
昨日から。
頭の中はそれでいっぱいだった。
だから今すぐ。
調べたかった。
黒外套の男を追いたかった。
この計画を書いた人間を見つけたかった。
なのに。
「納品だ」
「……」
朝。
焼けた工房の前。
昨日の老職人が。
本当に木箱を抱えて立っていた。
「何だ、その顔は」
「いや」
俺は焼けた店を見る。
そして。
老人を見る。
「本当に来るとは思ってなくて」
「昨日言ったろ」
「何を?」
「店を開けるんだろ?」
昨日。
半分焼けた店の前で。
確かに俺は言った。
明日も開ける。
それを。
この老人は覚えていた。
「……納品、受け取ります」
「最初からそうしろ」
木箱が。
俺の前へ置かれる。
「店長!」
今度はガルド。
「外!」
「何?」
「見ろ!」
焼け残った入口から外へ出る。
そこで。
俺は止まった。
「……嘘だろ」
人が。
並んでいた。
修理品を抱えた母親。
工具を借りに来た職人。
中古品を探している老人。
子ども連れの家族。
昨日。
この店が燃えたことを。
みんな知っている。
それでも。
来た。
「今日は休みかと思ったよ」
「開けるって聞いたから」
「修理だけでも頼める?」
口々に。
声が飛んでくる。
手の中には。
《世界流通再編計画》。
目の前には。
客。
「店長」
隣から。
リリス。
「どうします?」
俺は。
計画書を見る。
客を見る。
そして。
紙を畳んだ。
「店を開ける」
「調べなくていいんですか?」
「調べる」
「では」
「でも」
俺は列を見る。
「先にこっちだ」
リリスが。
少し驚いた。
「謎は逃げない」
たぶん。
黒外套の男も。
今すぐ捕まるわけじゃない。
「でも、今日ここへ来た客は」
今日しか来ないかもしれない。
「だから開ける」
リリスは。
何も言わなかった。
その代わり。
少しだけ笑った。
「では、開店準備ですね」
「店長命令?」
「違います」
「え?」
「私も」
焼けた店を見る。
「開けたいので」
その言葉が。
妙に嬉しかった。
「……じゃあ」
「はい」
「やるか」
「はい、店長」
世界一の百貨店、屋根なし
「ガルド!」
「おう!」
「仮設棚!」
「任せろ!」
「バルグ!」
「うむ」
「壊れた家具を分解。使える木材は再利用」
「承知した」
「ゼファー!」
「はい」
「会計!」
「レジは昨日燃えました」
「知ってる」
「では?」
「紙とペン」
ゼファーが。
珍しく遠い目をした。
「世界一の百貨店が、ついに帳簿一冊へ」
「言い方!」
リリスが吹き出した。
「文明は後退したが、商売はできる!」
「名言っぽく言っても手書きです」
「うるさい!」
昨日始めた青空市場を。
今日は少しだけ改善する。
木箱を棚に。
布を日除けに。
使える家具はその場で修理。
商品は店内ではなく、外へ並べる。
「店長」
「何?」
「雨が降ったら?」
俺は空を見る。
快晴。
「祈る」
「とうとう経営戦略が神頼みになりました」
「異世界なんだから神くらいいるだろ」
「いますけど」
リリスは真顔で言った。
「たぶん商売担当ではありません」
「そこは担当してくれ!」
客から。
笑い声。
俺も笑った。
昨日まで。
世界一の百貨店を作ることばかり考えていた。
でも。
屋根がなくても。
高級な棚がなくても。
会計が紙でも。
客が来る。
商品を売る人がいる。
必要としてくれる人がいる。
なら。
店は成立する。
「店長」
「ん?」
リリスが。
客へ商品を渡しながら言った。
「昨日より楽しそうですね」
「店が半分焼けてるのに?」
「はい」
「俺、ついに壊れた?」
「前から少し」
「否定して!」
「嫌です」
「そこ即答!?」
また。
笑い声。
悪くない。
本当に。
悪くなかった。
《世界流通再編計画》
昼。
客足が落ち着いた。
俺は。
ようやく計画書を広げた。
「では」
リリス。
ガルド。
バルグ。
ゼファー。
全員が机を囲む。
「これを調べる」
《世界流通再編計画》
「俺には読めねえ」
ガルド。
「私もです」
リリス。
「店長の世界の文字なのですね?」
「ああ」
日本語。
それだけではない。
内容にも。
見覚えがありすぎる。
物流拠点。
共同倉庫。
配送網。
集約。
再配分。
商圏。
効率化。
全部。
前世の仕事で。
嫌というほど見た言葉だった。
「これを書いた人間は」
ゼファーが言う。
「店長と同じ世界から来た?」
「可能性はある」
「日本人?」
「分からない」
そこは。
決めつけない。
日本語を知る異世界人かもしれない。
別の転生者から知識を得た人物かもしれない。
ただ。
一つだけ。
「商売を知ってる」
「店長並みに?」
リリス。
「それは認めたくない」
「なぜです?」
「プライド」
「小さい」
「今日辛辣じゃない?」
「通常営業です」
でも。
読み進めるうちに。
笑えなくなった。
「……これ」
「何です?」
「物流計画だけじゃない」
商品を運ぶ。
そこまでは普通。
でも。
この紙には。
どこへ商品を集めるか。
どこへ再配分するか。
どの地域を一つの商圏として扱うか。
そこまで書かれている。
「店まで」
俺は呟く。
「作り替えるつもりだ」
「どういうことです?」
「世界の商売そのものを」
一つの仕組みに。
組み込もうとしている。
「……店長」
リリスが。
少し迷ってから言った。
「それ」
「うん」
「店長がしていることと、似ていませんか?」
俺は。
返事ができなかった。
人間。
魔族。
エルフ。
ドワーフ。
それまで別れていた市場を。
俺たちは。
つないできた。
「似てる」
認める。
「かなり」
だからこそ。
気持ち悪い。
この計画が。
他人事に見えない。
黒外套の男は、レオナルドの部下ではない
午後。
店の前へ。
黒い馬車が止まった。
「また黒か」
「何が?」
降りてきたのは。
レオナルド・ヴェルガ。
「あなたの馬車ですよ」
「黒が悪いのか?」
「昨日の黒外套以来、ちょっと印象が」
「風評被害だな」
レオナルドは。
焼けた店を見る。
「まだ営業しているのか」
「まだじゃないです」
「?」
「今日も、です」
数秒。
レオナルドが。
少しだけ笑った。
「君らしい」
「褒めても値引きしません」
「君はもう簡単には値引きしないだろう?」
「……」
痛い。
第8話。
善意の半額販売で。
客を救おうとして。
作り手を傷つけた。
「嫌な人ですね」
「よく言われる」
「で?」
俺は。
《世界流通再編計画》を見せた。
「黒外套について何か分かりました?」
「ああ」
レオナルドの顔から。
笑いが消えた。
「一つだけ」
「何です?」
「あの男は」
短く。
「私の部下ではない」
リリスの目が鋭くなる。
「本当ですか?」
「疑うのは自由だ」
「疑っています」
「リリス」
「でも」
「いい」
俺は止める。
「続けてください」
「この計画も調べた」
レオナルドが。
地図を広げる。
「ここだ」
ヴェネリアから。
少し離れた場所。
「物流拠点?」
「ああ」
《世界流通再編計画》に書かれている地点と。
一致する。
「君がヴェネリアへ来る以前から使われていたらしい」
「……俺が来る前から?」
「ああ」
つまり。
俺を見てから。
作られた計画じゃない。
俺より先に。
誰かが。
この世界の流通を。
動かそうとしていた。
「行きます」
俺は立った。
「店長」
リリス。
「今から?」
「ああ」
「店は?」
「……」
朝と。
同じ質問。
俺は。
焼けた売場を見る。
「店長」
リリスが。
今度は笑った。
「行ってください」
「え?」
「店は私たちがやります」
ガルドが。
拳を鳴らす。
「任せろ」
「壊すなよ」
「何で最初から俺が壊す前提なんだ!」
「実績」
「ひどい!」
バルグも頷く。
「こちらは任せよ」
ゼファー。
「帳簿は店長より綺麗にしておきます」
「それ自慢?」
「事実です」
「……」
気づけば。
みんな。
俺を送り出そうとしている。
以前なら。
店を離れるのが怖かった。
俺がいないと。
回らない気がしていた。
でも。
もう違う。
これは。
俺一人の店じゃない。
「リリス」
「はい」
「頼む」
一瞬。
彼女が。
目を丸くした。
「店長命令じゃないんですか?」
「お願い」
リリスの表情が。
少しだけ柔らかくなった。
「承りました」
魔王城百貨店から届く商品
物流拠点は。
普通だった。
本当に。
普通。
倉庫。
荷車。
働く人。
積まれた商品。
だから。
余計に不気味だった。
「帳簿を見せてもらえますか?」
「ああ」
管理人は。
あっさり渡してくれた。
隠している様子もない。
俺は。
帳簿をめくる。
小麦。
布。
工具。
家具。
保存食。
薬草。
生活雑貨。
「かなり増えてますね」
「最近、景気がよくてね」
「送り主は?」
「そこに書いてある」
指を。
止める。
「……」
見間違いかと思った。
次。
また。
その次。
また。
「直人?」
レオナルドが。
俺を見る。
「どうした?」
俺は。
帳簿を。
彼へ向けた。
そこには。
はっきりと。
書かれていた。
送り主。
《魔王城百貨店》
「……うちだ」
「何?」
「ここに商品を送ってるの」
もう一度。
確認。
魔王城百貨店。
次も。
魔王城百貨店。
さらに。
魔王城百貨店。
「待て」
俺は。
管理人を見る。
「これは全部、正規の荷物ですか?」
「もちろん」
「偽の印じゃない?」
「何を言ってるんだ」
管理人が笑う。
「あなたの店の商品でしょう?」
「……そうです」
問題なのは。
それなんだ。
偽物じゃない。
不正な商品でもない。
正式な出荷番号。
正式な印。
正式な配送記録。
つまり。
魔王城百貨店自身が。
この物流拠点へ。
商品を送り込んでいる。
なのに。
俺は。
知らない。
「誰が指示した……?」
答えはない。
帳簿だけが。
そこにある。
正しい商売の先に
「この商品は」
俺は聞く。
「ここからどこへ?」
管理人が。
壁の地図を示した。
「周辺の街や村」
赤い印。
いくつも。
魔王城百貨店の商品が。
広がっている。
「……いいことじゃないか」
思わず。
言った。
商品が届く。
価格が安定する。
必要なものが。
必要な人へ行く。
それは。
俺がずっと。
やりたかったことだ。
「そうだ」
レオナルドが。
静かに言った。
「普通ならな」
「普通なら?」
彼が。
別の帳簿を出す。
「これを見ろ」
店舗数。
三か月前。
四十七。
二か月前。
三十一。
一か月前。
十八。
現在。
九。
「……減ってる」
「ああ」
「店が?」
「ああ」
俺は。
帳簿を見る。
魔王城百貨店の商品が増える。
同じ時期に。
店が減る。
「偶然……」
言いかける。
止めた。
今。
結論を出すのは。
早すぎる。
「明日」
俺は地図を見る。
「この街へ行く」
「調べるのか?」
「ああ」
俺以外の日本人。
黒外套の男。
《世界流通再編計画》。
全部。
追わなければならない。
でも。
その前に。
確かめたいことができた。
俺たちの商品が。
本当に。
何を起こしているのか。
「……俺は」
誰に言うでもなく。
呟く。
「ちゃんと商売してきたつもりなんだけどな」
不正はしていない。
買い叩いてもいない。
誰かだけを儲けさせてもいない。
できるだけ。
売る人も。
買う人も。
作る人も。
救える商売を。
探してきた。
それでも。
もし。
正しい商売によって。
誰かの店が消えているのなら。
それは。
誰が悪い?
俺には。
まだ。
答えられなかった。
この時は。
まだ。
知らなかったからだ。
魔王城百貨店の商品が届くようになった街で。
俺を待っていたのが。
黒外套の男でも。
日本人でもなく。
ただ。
小さな店を営んでいた。
普通の商人だったことを。
そして。
その人から。
俺が。
こんな言葉を聞くことになるなんて。
想像もしていなかった。
「あなたは、いい人なんでしょうね」
そして。
その次の一言が。
俺の商売を。
根本から揺らす。
第11話 完
次回 第12話
「俺の百貨店が、小さな店を潰していた」
魔王城百貨店の商品が届くようになった街。
品質はいい。
価格も適正。
不正もない。
なのに。
昔からあった小さな店が、次々と姿を消していた。
これまで直人が戦ってきたのは、悪い商人だった。
だが今回。
悪い人間は。
どこにもいない。
そして店主は直人へ告げる。
「あなたはいい人なんでしょうね」
「だから余計に、困るんです」
正しい商売が。
誰かを苦しめることもある。
第2シーズン「千店舗連合編」の本当の戦いが始まる。




