第2話 「俺の百貨店が、小さな店を潰していた」
第2シーズン「千店舗連合編」
世界一の百貨店を作れば、みんなを幸せにできる。
直人は、そう信じてきた。
人間も、魔族も、エルフも、ドワーフも。
作る人も、売る人も、買う人も。
誰か一人が得をするのではなく、みんなが明日も商売を続けられる店を作る。
そのために、失敗して、学んで、それでも店を開き続けてきた。
けれど、第2シーズンで直人を待っていたのは、これまでとはまったく違う敵だった。
悪徳商人ではない。
巨大な陰謀だけでもない。
直人自身が成功させた、魔王城百貨店。
安くて、便利で、品揃えもいい。
そんな「正しい店」が広がった結果、小さな店が消え始めていた。
さらに現れた、日本語で書かれた《世界流通再編計画》。
この世界には、直人以外にも日本を知る者がいるのか。
そして、世界中の店を巻き込む巨大な流通網の目的とは。
第2シーズンのテーマは、
「店は、誰のものなのか」
世界一大きな店を作る物語から。
世界一多くの店を、生かす物語へ。
直人、リリス、そして仲間たちの商売は、ここから新しい段階へ進みます。
『転生バイヤー、魔王城百貨店をはじめますⅢ』
第2シーズン「千店舗連合編」
開店です。
いい店だから、困る
「あなたは、いい人なんでしょうね」
褒められた。
なのに。
その一言は、これまで浴びたどんな悪口より痛かった。
「だから余計に、困るんです」
男はそう言って、俺の後ろを見た。
そこには、魔王城百貨店の商品を積んだ荷車が走っている。
丈夫な工具。
質のいい布。
保存食。
生活雑貨。
どれも俺たちが、自信を持って売ってきた商品だ。
そして男の背後には。
何も売っていない店があった。
《マルク雑貨店》
扉には板が打ちつけられている。
窓の向こうに見えるのは、空っぽの棚だけ。
「……どういう意味ですか?」
俺が聞くと、男は少し笑った。
怒っていない。
恨んでもいない。
だからこそ、怖かった。
「あなたの店の商品は、いい」
「……はい」
「品質もいい。値段も適正だ。品切れも少ない。壊れれば修理してくれる」
「はい」
「中古も、レンタルも、下取りもある。買えない客には分割払いまで用意する」
全部。
俺たちが失敗しながら作ってきた仕組みだった。
マルクは、閉ざされた自分の店を見た。
「勝てませんよ」
静かな声だった。
「そんな店に」
悪い商人なら、嫌えた
「最初は腹が立ったんです」
マルクは店先の古い椅子に腰を下ろした。
「魔王城百貨店に?」
「ええ。だから粗を探しました」
「粗?」
「商品が粗悪なんじゃないか。職人を買い叩いてるんじゃないか。運送屋に無茶をさせてるんじゃないか。客を騙してるんじゃないか」
一つずつ。
マルクは指を折る。
「どこかで誰かを泣かせてるはずだと思った」
最後の指を折って。
拳を握る。
「でも、見つからなかった」
「……」
「むしろ逆でした」
職人には適正な代金を払う。
運送業者にも利益を残す。
買えない客には、ただ安くするのではなく選択肢を増やす。
それは。
俺が正しいと信じてきた商売だった。
「悪い店なら、よかったんです」
「え?」
マルクが笑った。
ひどく寂しい笑いだった。
「悪い店なら、嫌えるでしょう?」
胸の奥に。
何かが刺さった。
「客を騙す店なら、みんなで追い出せる。職人を泣かせる店なら、堂々と怒れる」
でも。
「あなたの店は、いい店なんですよ」
マルクの声が、わずかに震えた。
「だから俺は」
閉ざされた店を見つめる。
「誰を恨めばいいのかも、分からない」
俺は。
何も言えなかった。
四十七軒が、九軒になった
マルクに案内され、街を歩いた。
レオナルドも同行した。
最初の店。
《ハンス工具店》
閉店。
次。
《リーネ布店》
閉店。
《ポルカ生活雑貨》
閉店。
その隣も。
向かいも。
また、その隣も。
扉には板。
窓には埃。
看板だけが残っている。
昨日見た帳簿の数字が、頭をよぎる。
三か月前。
四十七軒。
二か月前。
三十一軒。
一か月前。
十八軒。
現在。
九軒。
「……数字で見るのとは違うな」
レオナルドが呟いた。
「ああ」
数字なら。
一行で終わる。
店舗数減少。
たったそれだけだ。
でも。
ここには四十七軒分の人生があった。
「魔王城百貨店の商品が入ってきたのは?」
「四か月ほど前です」
「最初から反対されたんですか?」
「まさか」
マルクは苦笑した。
「みんな喜びましたよ」
保存食が安定して届く。
丈夫な工具が買える。
良質な布も、家具も、生活雑貨も手に入る。
以前より安定した値段で。
「暮らしは便利になりました」
マルクが言う。
「あなたたちのおかげで」
また。
胸が痛む。
褒められるたびに。
痛い。
「でも」
マルクは閉ざされた店を見た。
「便利になった街から、店が消えました」
いらなくなったのは、商品じゃない
「だったら」
俺は考えながら言った。
「魔王城百貨店の商品を、あなたの店で扱えばよかったんじゃ?」
マルクが俺を見る。
「扱いましたよ」
「え?」
「最初は」
足が止まった。
「よく売れました。今まで仕入れられなかった商品も入った。客も喜んだ」
「なら、どうして」
「必要なくなったんです」
「何が?」
マルクは。
自分の店を指差した。
「うちが」
言葉が出なかった。
「物流拠点へ行けば直接買える。共同販売所もある。品揃えは向こうの方が多い。値段も変わらない」
「……」
「だったら」
マルクは淡々と言った。
「この店を通す理由がないでしょう?」
その通りだった。
俺たちは。
無駄を減らした。
物流を整えた。
余計な手間を省いた。
必要な物を。
必要な人へ。
より早く。
より確実に。
届けられるようにした。
その結果。
「余計なもの」にされたのが。
この店だった。
効率化という名前の刃
効率化。
前世で何度使った言葉だろう。
物流効率。
在庫効率。
店舗効率。
数字が改善すれば、会議で褒められた。
無駄をなくしました。
効率を上げました。
利益率が改善しました。
では。
マルクの店を数字にしたら?
非効率店舗。
不要な中間流通。
統廃合対象。
そんな言葉で。
この店を片づけるのか。
「直人」
レオナルドに呼ばれた。
「顔色が悪いぞ」
「……嫌なものを見つけたんです」
「何を?」
俺は閉ざされた店を見た。
「俺を」
レオナルドは。
何も言わなかった。
客は、困っていない
「一つ確認したい」
レオナルドがマルクへ尋ねた。
「客は困っているのか?」
「いいえ」
「商品が手に入らなくなった?」
「逆です」
「値段は?」
「安くなった物もあります」
「品質は?」
「よくなりました」
レオナルドが俺を見る。
「なら、商売としては成功している」
反論できない。
「客は喜んでいる。作り手にも金が入る。運送業者の仕事も増えた」
「……はい」
「魔王城百貨店にも利益が出る」
「はい」
「では」
静かな問いだった。
「何が悪い?」
俺は答えられなかった。
本当に。
何が悪い?
客は得をした。
職人も。
運送業者も。
街全体でも、以前より多くの商品が手に入る。
商売として見れば。
成功だ。
大成功だ。
「俺の店がなくなりました」
マルクが言った。
それだけだった。
でも。
それだけで十分だった。
店に置いてあったのは、商品だけじゃない
「見せたいものがあります」
マルクに連れられ、店の裏へ入った。
小さな部屋。
壁に、魔法で焼きつけた古い絵が何枚も飾られていた。
若いマルク。
隣には女性。
店の前で笑う子ども。
客でいっぱいの売場。
「妻です」
一枚を指す。
「十年前に亡くなりました」
「……すみません」
「謝らなくていいですよ」
次の絵。
幼い男の子。
「息子です。今は王都で兵士をしています」
そして。
大勢の客と、若いマルク。
中央には年老いた男。
《創業五十周年》
「親父です」
「五十年……」
「親父の前は、祖父でした」
三代。
俺は。
店を見回した。
古い。
狭い。
品揃えなら百貨店の方が圧倒的に多い。
物流効率も悪い。
それでも。
ここには。
数字にできないものが残っていた。
「俺ね」
マルクが言った。
「世界一の店なんて、欲しくなかったんですよ」
その言葉が。
妙に刺さった。
俺は。
世界一の百貨店を作ろうとしている。
でも。
この男が欲しかったものは。
もっと小さかった。
「この店を」
マルクが写真を見る。
「息子に残したかっただけなんです」
商品を。
必要な人へ届ける。
俺はずっと。
それが商売だと思ってきた。
でも。
マルクが残したかったものは。
商品じゃない。
店だった。
そして。
その店を消したのは。
悪徳商人でも。
戦争でも。
火事でもない。
俺たちの。
「正しい商売」だった。
悪役がいれば、楽だった
夕方。
街の広場に座った。
子どもたちが走っている。
母親が、魔王城百貨店の商品を抱えて歩いている。
笑っている。
便利になった。
暮らしがよくなった。
俺が望んだ景色だ。
なのに。
喜べない。
「君はどうする?」
隣に座ったレオナルドが聞いた。
「分かりません」
即答した。
「珍しいな」
「俺だって分からないことくらいあります」
「世界一の百貨店店長なのに?」
「今それ言います?」
レオナルドが少し笑う。
俺は頭を抱えた。
「悪役がいれば楽なのに」
「物騒だな」
「殴って終われる」
「商人の発想ではない」
「最近、俺も自信なくなってきました」
「安心しろ」
レオナルドが頷いた。
「私は前から疑っている」
「そこは安心させてくださいよ!」
少しだけ。
笑えた。
でも。
答えは出ない。
魔王城百貨店の商品を止めれば。
マルクたちの店は守れるかもしれない。
でも。
客から便利な生活を奪う。
価格をわざと上げる?
物流を悪くする?
そんなのは違う。
絶対に違う。
でも。
このままなら。
店は消える。
「どっちも正しいんですよ」
俺は呟いた。
「客が便利になることも」
「……」
「小さな店が残りたいことも」
レオナルドは何も言わない。
「正しいもの同士がぶつかったら」
俺は。
自分の手を見る。
「商人は、どうすればいいんだろうな」
答えは。
なかった。
九人
翌朝。
宿を出た瞬間。
俺は足を止めた。
人が並んでいた。
マルク。
年配の女性。
老人。
若い夫婦。
男。
女。
全部で。
九人。
昨日の数字が蘇る。
現在営業している店舗数。
九。
つまり。
「この街に残っている店主です」
マルクが言った。
全員。
来たのか。
「話があります」
昨日とは。
顔が違った。
怒ってはいない。
でも。
覚悟している顔だった。
「魔王城百貨店についてです」
年配の女性が一歩出る。
「勘違いしないでください」
「何を?」
「あなたを責めたいわけじゃありません」
若い店主が続けた。
「商品が悪いとも思っていない」
老人が頷く。
「むしろ助かっとる」
だったら。
何を。
マルクが俺を見る。
「昨日、一晩」
言った。
「みんなで話しました」
「……はい」
「この街で」
一拍。
「俺たちが店を続ける方法を」
俺は息を止めた。
「見つかりましたか?」
沈黙。
マルクは。
首を横に振った。
「いいえ」
「……」
「少なくとも」
彼は言う。
「今のままでは」
九人が。
互いの顔を見る。
そして。
マルクが。
俺へ頭を下げた。
続いて。
隣の女性。
老人。
若い夫婦。
一人。
また一人。
九人全員が。
俺に頭を下げた。
やめてくれ。
そう思った。
俺は。
この人たちに頭を下げられるようなことを。
したかったわけじゃない。
「お願いします」
マルクの声。
「……何を?」
聞きたくなかった。
でも。
聞かなければならなかった。
マルクが顔を上げた。
そこに。
憎しみはなかった。
ただ。
自分の店を守りたい。
一人の商人がいた。
「魔王城百貨店を」
心臓が。
嫌な音を立てる。
「この街から」
そして。
「追い出してください」
言葉が。
出なかった。
これまで。
何度も店を守ってきた。
潰されそうになった。
追い出されそうになった。
商売を邪魔された。
そのたび。
俺は戦った。
だって。
相手が間違っていたから。
でも。
今回は。
誰も間違っていない。
目の前にいるのは。
悪徳商人でも。
権力者でも。
敵でもない。
ただ。
自分の店を続けたい人たちだ。
そして。
彼らから見れば。
巨大な店を武器にして。
街の商売を変え。
昔からある店を追い詰めているのは。
俺だった。
昨日まで。
俺は。
世界一の百貨店を作ることが。
正しいと思っていた。
でも。
この瞬間。
初めて分かった。
店は。
大きくなればなるほど。
たくさんの人を救える。
そして同時に。
大きくなりすぎた店は。
誰かにとって。
怪物にもなる。
俺は。
九人の商人の前で。
何一つ答えられなかった。
世界一の百貨店を目指してきた俺は。
その日初めて。
自分の店に。
負けた。
第12話 完
次回 第13話
「百貨店を、この街から追い出してください」
魔王城百貨店を撤退させてほしい。
そう願ったのは、敵ではなかった。
直人が守ろうとしてきた、普通の商人たちだった。
撤退すれば、小さな店は守れるかもしれない。
だが、それは客から便利な生活を奪うことにもなる。
残るのか。
撤退するのか。
答えを出せない直人の前に、セレナが現れる。
そして彼女は、直人が最も言われたくなかった言葉を突きつける。
「あなた、自分が正しいと思いすぎなのよ」
正しい商売とは。
いったい、誰にとっての正しさなのか。




