第3話/通算第13話 「百貨店を、この街から追い出してください」
第2シーズン「千店舗連合編」
世界一の百貨店を作れば、みんなを幸せにできる。
直人は、そう信じてきた。
人間も、魔族も、エルフも、ドワーフも。
作る人も、売る人も、買う人も。
誰か一人が得をするのではなく、みんなが明日も商売を続けられる店を作る。
そのために、失敗して、学んで、それでも店を開き続けてきた。
けれど、第2シーズンで直人を待っていたのは、これまでとはまったく違う敵だった。
悪徳商人ではない。
巨大な陰謀だけでもない。
直人自身が成功させた、魔王城百貨店。
安くて、便利で、品揃えもいい。
そんな「正しい店」が広がった結果、小さな店が消え始めていた。
さらに現れた、日本語で書かれた《世界流通再編計画》。
この世界には、直人以外にも日本を知る者がいるのか。
そして、世界中の店を巻き込む巨大な流通網の目的とは。
第2シーズンのテーマは、
「店は、誰のものなのか」
世界一大きな店を作る物語から。
世界一多くの店を、生かす物語へ。
直人、リリス、そして仲間たちの商売は、ここから新しい段階へ進みます。
『転生バイヤー、魔王城百貨店をはじめますⅢ』
第2シーズン「千店舗連合編」
開店です。
いい店だから、出ていってほしい
「魔王城百貨店を、この街から追い出してください」
九人の店主が。
俺に頭を下げていた。
怒鳴られたわけじゃない。
石を投げられたわけでもない。
だから。
余計にきつかった。
「……顔を上げてください」
誰も動かない。
「お願いします」
ようやく。
雑貨店主のマルクが顔を上げた。
四十七軒あった店。
今、残っているのは九軒。
その九人全員が。
俺たちの撤退を望んでいる。
「一つだけ、聞かせてください」
「はい」
「俺たちの商品に問題がありますか?」
「ありません」
「値段は?」
「適正です」
「物流は?」
「前よりずっと良くなりました」
「お客さんは?」
マルクが。
少しだけ苦しそうに笑った。
「喜んでいます」
分かっていた。
全部。
昨日聞いた。
それでも。
聞かずにはいられなかった。
「じゃあ」
俺は言った。
「どうしてですか」
マルクは。
閉ざされた自分の店を見る。
「いい店だからですよ」
胸が。
痛んだ。
「あなたの店が悪ければ、俺たちにも戦いようがある」
便利。
品揃えがいい。
価格が安定している。
修理。
レンタル。
中古。
下取り。
分割払い。
俺たちが。
客のために一つずつ作ってきた仕組み。
「客にとっては」
マルクが言った。
「魔王城百貨店を選ばない理由がない」
そして。
少し間を置く。
「だから、俺たちを選ぶ理由もなくなった」
何も。
言い返せなかった。
正しいことをしてきた。
そのはずだった。
なのに。
俺たちが正しくなるほど。
この人たちの店は。
消えていった。
撤退すれば、正解なのか
「……分かりました」
九人が俺を見る。
「撤退を検討します」
ざわめきが起きた。
マルクも驚いた。
「ただし、今すぐには決められません」
「なぜです?」
「俺たちが撤退したら、この街のお客さんはどうなります?」
誰も答えない。
「保存食も、布も、工具も、以前より安定して手に入るようになった」
「それは……」
「皆さんの店を守るためなら、その便利さを奪っていいんですか?」
沈黙。
言いながら。
自分で嫌になった。
だって。
逆も同じだからだ。
「じゃあ」
俺は自分に問いかけるように続けた。
「客を便利にするためなら、皆さんの店がなくなってもいいのか」
それにも。
誰も答えられなかった。
俺も。
答えられない。
残れば。
誰かが困る。
撤退しても。
誰かが困る。
「三日ください」
俺は言った。
「三日だけ考えさせてください」
マルクが俺を見る。
「三日で答えが出ますか?」
「……分かりません」
以前の俺なら。
言っただろう。
必ず解決します。
俺に任せてください。
商売なら何とかできます。
でも。
今は言えなかった。
「分からないまま、残るとも撤退するとも言いたくありません」
しばらくして。
マルクが頷いた。
「分かりました」
俺は。
九人へ頭を下げた。
あなた、自分が正しいと思いすぎなのよ
宿へ戻るなり。
俺は帳簿を広げた。
供給量を減らす。
駄目だ。
品薄になれば価格が上がる。
個人店への優先卸し。
すでにやった。
価格を上げる。
客が損をする。
補助金。
百貨店への依存を強めるだけ。
買収。
論外。
店を守るために。
店を奪ってどうする。
「……くそ」
紙を丸める。
正しいことは。
全部やった。
職人を買い叩かない。
運送業者にも利益を残す。
客を騙さない。
無茶な安売りもしない。
必要な商品を。
必要な人へ届ける。
それなのに。
店が消えた。
「何が間違ってたんだよ」
「そこよ」
声がした。
俺は顔を上げた。
扉にもたれ。
腕を組んでいる女。
「……セレナ」
「久しぶり」
彼女は部屋へ入ってきた。
机の上を見る。
「相変わらず、紙と数字に喧嘩売ってるのね」
「喧嘩じゃない。解決策を考えてる」
「負けてるじゃない」
「うるさい!」
セレナは勝手に向かいへ座った。
「で?」
「何が?」
「何をそんなに悩んでるの」
俺は。
九店舗の話をした。
残れば店が潰れる。
撤退すれば客が困る。
セレナは途中で一度も口を挟まなかった。
全部聞いてから。
「それで?」
と言った。
「それでって……だから解決策を」
「誰の?」
「え?」
「誰のための解決策?」
「みんなだよ」
「みんなって誰?」
「客も、店主も、職人も、運送業者も」
「百貨店も?」
「もちろん」
セレナが。
小さく笑った。
「欲張り」
「悪い?」
「別に」
机の紙を一枚取る。
「供給制限」
次。
「価格調整」
次。
「個人店への支援」
次。
「撤退」
そして。
全部を机へ戻した。
「これ」
「何?」
「誰が考えたの?」
「俺だけど」
「誰が決めるの?」
「……俺」
「ほら」
セレナが言った。
「何が?」
「それよ」
まっすぐ。
俺を見る。
「あなた、自分が正しいと思いすぎなのよ」
胸の奥を。
殴られた気がした。
「俺は、自分が正しいなんて」
「思ってるわよ」
「思ってない!」
「思ってる」
「だから悩んでるんだろ!」
「悩み方がそうなのよ!」
セレナの声が強くなった。
「客のため」
指を一本立てる。
「店主のため」
二本。
「職人のため」
三本。
「街のため」
四本。
「全部あなたが決めてる」
「…………」
「みんなのためって言えば聞こえはいい」
セレナが。
俺の作った案を指さした。
「でも、その『みんなが欲しい未来』を本人たちに聞いた?」
言葉が。
出なかった。
聞いていない。
俺は。
どうすれば店を救えるか。
どうすれば客を困らせないか。
ずっと考えていた。
でも。
その人たちが。
どうしたいのか。
聞いていない。
「だって」
俺は。
ようやく絞り出した。
「俺は店長だから」
「だから?」
「決める責任が」
「店長って神様なの?」
「違う」
「王様?」
「違う」
「だったら」
セレナが身を乗り出した。
「なんで全員の幸せを、あなた一人で決めるの?」
何も。
言えなかった。
「正しい商売をしたい」
セレナが言う。
「それ自体は悪くない」
「……うん」
「でも正しさって便利なのよ」
「便利?」
「自分が間違ってないと思えるから」
痛い。
ものすごく。
痛い。
「客にとって正しいことと」
セレナは言う。
「店主にとって正しいことは違う」
「…………」
「百貨店にとって正しいことと、街にとって正しいことだって違う」
「じゃあ」
俺は聞いた。
「どうすればいい?」
セレナは。
にっこり笑った。
「知らない」
「そこは教えてよ!」
「なんで敵に経営指導しなきゃいけないのよ!」
「ここまで言っておいて!?」
「私はあなたに勝ちたいの。育てたいわけじゃない」
「ひどい!」
セレナが立ち上がる。
俺は。
その背中へ聞いた。
「セレナ」
「何?」
「店って」
少し考えて。
「誰のものなんだろう」
彼女は。
扉の前で止まった。
振り返らずに。
「それ」
と言った。
「店主に聞けば?」
扉が閉まった。
俺は。
しばらく。
一人で座っていた。
机には。
俺が考えた。
正しい答えが山ほど並んでいた。
その中に。
本人たちの答えは。
一つもなかった。
店は誰のものですか
夕方。
俺は。
マルクの店へ戻った。
一人で。
「もう答えが出たんですか?」
「いいえ」
「では?」
「質問させてください」
マルクが怪訝そうな顔をする。
俺は。
閉ざされた店を見る。
「この店は、誰のものですか?」
「……私の店ですが」
「ですよね」
当たり前の答え。
でも。
そこからだった。
「どうして残したいんです?」
「昨日話したでしょう。三代続いた店で、息子に」
「それだけですか?」
マルクが。
黙った。
俺は待った。
今度は。
答えを作って渡さない。
待つ。
やがて。
マルクが扉へ手を置いた。
「……ここで、いろんな人に会いました」
「はい」
「商品を売りました」
少し笑う。
「でも、何も買わない人もたくさん来ました」
「店なのに?」
「店だからですよ」
俺は。
黙る。
「毎日、話だけしに来る老人」
一人。
「学校帰りに寄る子ども」
二人。
「妻と喧嘩するたび愚痴を言いに来る男」
三人。
マルクが笑った。
「商品を買うだけなら、あなたの店の方がいい」
胸が少し痛む。
「品揃えも多い。便利だ。価格も安定している」
「……はい」
「でも」
店を見る。
「俺が残したいのは、棚じゃないのかもしれません」
その言葉が。
胸に落ちた。
商品じゃない。
建物でもない。
そこで。
誰かと誰かが会うこと。
「……マルクさん」
「はい」
「魔王城百貨店が撤退したら」
俺は聞いた。
「全部、元に戻りますか?」
マルクの表情が止まった。
「それは……」
「お客さんは戻るかもしれない。でも、戻らないかもしれない」
便利さを知った。
買い方が変わった。
物流も変わった。
俺たちが消えれば。
昨日へ戻れる。
そんな保証はない。
「俺」
笑ってしまった。
「また勝手に決めるところでした」
「何を?」
「百貨店が消えれば、皆さんを救えるって」
マルクを見る。
「それ、本当にあなたが欲しい未来ですか?」
今度は。
マルクが答えられなかった。
いい。
それでいい。
俺だって。
答えられない。
だから。
「九人を集めてください」
「え?」
「もう一度、話したい」
「撤退についてですか?」
「それも」
俺は続ける。
「お客さんにも来てもらいたい」
マルクが目を見開く。
「職人も。運送業者も。うちの従業員も」
「何をするつもりです?」
「聞きます」
「何を?」
俺は。
今度こそ。
はっきり答えた。
「この街を、どうしたいのか」
マルクは。
長いこと俺を見ていた。
やがて。
小さく笑った。
「世界一の百貨店を目指している人が」
「はい」
「答えを持っていないんですか?」
「持ってません」
即答した。
「格好悪いですね」
「最近、慣れてきました」
マルクが。
声を出して笑った。
俺も。
笑った。
問題は。
一つも解決していない。
なのに。
昨日より少しだけ。
前へ進めた気がした。
答えを持たない店長
宿へ戻ると。
リリスが待っていた。
「お帰りなさい、店長」
「ただいま」
俺を見る。
じっと。
「何?」
「少し顔が変わりました」
「いい方?」
「昨日よりは」
「評価が渋い!」
リリスが笑う。
「答えは出ましたか?」
「出てない」
「では、なぜ?」
椅子へ座る。
「答えを俺一人で出すの、やめた」
リリスが。
わずかに目を見開いた。
「店主に聞く。客にも聞く。職人にも、運送屋にも、みんなにも」
「はい」
「その上で決める」
リリスが。
ゆっくり頷く。
「いいと思います」
「ほんと?」
「はい」
少しだけ。
嬉しかった。
「ただし」
「……何?」
嫌な予感。
リリスが真顔になる。
「また店長が一人で全部背負おうとしたら」
「したら?」
「殴ります」
「物理!?」
「ガルドに頼みます」
「威力上げないで!」
奥から。
低い声。
「任せろ」
「起きてたの!?」
リリスが吹き出した。
俺も笑った。
店は。
誰のものなのか。
まだ。
分からない。
正しい商売が何なのかも。
分からない。
でも。
一つだけ。
分かった。
正しい答えを持っていることが。
いい店長なんじゃない。
答えが分からない時に。
誰の声を聞くか。
たぶん。
そっちの方が大切なんだ。
九人だったはずなのに
翌朝。
宿の扉を開けた。
「…………」
閉めた。
「店長?」
リリスが首を傾げる。
「どうしました?」
「見間違いだと思う」
もう一度。
開ける。
見間違いじゃない。
一人。
二人。
十人。
その後ろ。
さらに。
さらに。
通りの向こうまで。
人が並んでいる。
「……何これ」
先頭に。
マルクがいた。
「おはようございます」
「おはようございますじゃなくて!」
俺は人の列を見る。
「九人じゃなかったんですか!?」
「昨日までは」
「その言い方、すごく嫌なんですけど」
マルクが。
一枚の紙を差し出した。
そこには。
店の名前。
店主の名前。
署名。
びっしり。
「近隣の街でも」
マルクが言う。
「同じことが起きていました」
背中に。
冷たいものが走る。
「何店舗?」
「今朝までに」
一拍。
「百二十七店舗」
「…………」
「まだ増えています」
九店舗。
百二十七店舗。
そして。
その日の夕方。
五百を超えた。
俺たちが便利にしたのは。
一つの街じゃない。
物流網が伸びるたび。
商品が届くたび。
同じことが。
別の街でも起きていた。
三日後。
一通の書状が届いた。
分厚い。
嫌な予感しかしない。
「店長」
リリスが。
差出人を見る。
「これ……」
「ああ」
そこには。
見たことのない名前があった。
いや。
名前ではない。
組織名。
俺は。
封を切った。
一枚目。
二枚目。
三枚目。
ずらりと。
店の名前が並んでいる。
百。
二百。
五百。
まだ続く。
そして。
最後の頁。
署名欄の上に。
大きく記されていた。
《千店舗連合》
俺は。
もう一度。
最初の頁へ戻った。
共同声明。
その第一文。
《我々は、巨大商業施設によって失われつつある街の商いを守るため、ここに連合する》
俺たちの名前も。
書かれていた。
《魔王城百貨店》
敵として。
「…………」
世界一の百貨店を作りたかった。
客を喜ばせたかった。
職人を豊かにしたかった。
誰も損をしない商売を。
作りたかった。
その結果。
千の店が。
俺たちを止めるために。
手を組んだ。
リリスが。
隣から書状を覗く。
「店長」
「何?」
「どうします?」
いつもなら。
答えを探した。
正しい戦略。
正しい交渉。
正しい商売。
でも。
今度は。
すぐには答えなかった。
千の店。
千人の店主。
その向こうにいる。
もっと大勢の客。
家族。
職人。
街。
俺は。
書状を閉じた。
「まず」
リリスを見る。
「話を聞こう」
「千店舗全部ですか?」
「…………」
想像する。
千人。
全員。
会議。
「会議だけで一年かかるな」
「では?」
俺は。
もう一度。
書状を見る。
怖い。
面倒くさい。
できれば。
逃げたい。
それでも。
笑った。
「どうやって聞くかを考える」
リリスも。
笑った。
「店長らしくなりましたね」
「前から店長だけど!?」
その時。
もう一枚。
書状の中から紙が落ちた。
拾う。
読む。
そして。
俺の笑顔が消えた。
《千店舗連合 第一回代表者会議》
その下。
開催場所。
開催日時。
そして。
議題。
《魔王城百貨店の市場拡大に対する共同対抗策》
「…………」
リリスが聞く。
「店長?」
俺は。
紙を持ったまま。
呟いた。
「……戦争じゃん」
剣はない。
魔法もない。
軍隊もない。
それでも。
間違いなく。
戦争だった。
しかも。
今度の敵は。
魔王でも。
勇者でもない。
俺と同じ。
店を守りたい人たちだった。
第13話 完
次回 第14話
「恋人と、初めて店のない場所へ行った」
千店舗連合。
答えのない商売。
考えれば考えるほど。
直人の頭は煮詰まっていく。
そんな直人に。
リリスが告げた。
「店長。今日は仕事をしません」
「……え?」
「二人で出かけます」
第10話で果たせなかった。
二人で食事をする約束。
店長と部下ではなく。
恋人として。
初めて二人だけで歩く街。
そこでリリスは。
直人へ一つだけ尋ねる。
「店長は、店がなくなったら何をしたいんです?」
世界一の百貨店を作る。
それだけを追い続けてきた直人は。
初めて。
自分自身の未来を問われる。




