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第4話/通算第14話 「恋人と、初めて店のない場所へ行った」

第2シーズン「千店舗連合編」




世界一の百貨店を作れば、みんなを幸せにできる。




直人は、そう信じてきた。




人間も、魔族も、エルフも、ドワーフも。


作る人も、売る人も、買う人も。




誰か一人が得をするのではなく、みんなが明日も商売を続けられる店を作る。




そのために、失敗して、学んで、それでも店を開き続けてきた。




けれど、第2シーズンで直人を待っていたのは、これまでとはまったく違う敵だった。




悪徳商人ではない。


巨大な陰謀だけでもない。




直人自身が成功させた、魔王城百貨店。




安くて、便利で、品揃えもいい。




そんな「正しい店」が広がった結果、小さな店が消え始めていた。




さらに現れた、日本語で書かれた《世界流通再編計画》。




この世界には、直人以外にも日本を知る者がいるのか。




そして、世界中の店を巻き込む巨大な流通網の目的とは。




第2シーズンのテーマは、




「店は、誰のものなのか」




世界一大きな店を作る物語から。




世界一多くの店を、生かす物語へ。




直人、リリス、そして仲間たちの商売は、ここから新しい段階へ進みます。




『転生バイヤー、魔王城百貨店をはじめますⅢ』




第2シーズン「千店舗連合編」




開店です。

今日は店長を禁止します


「店長。今日は仕事をしません」


朝一番。


リリスが、魔王城百貨店の店長代理とは思えないことを言った。


「……え?」


「聞こえませんでしたか?」


「聞こえたから困ってる」


俺は机を見る。


帳簿。


物流図。


各店舗から届いた報告書。


そして中央には、昨日届いた《千店舗連合》の書状。


百二十七店舗。


五百店舗。


そして最終的には、千を超える店。


俺たちが便利な商売を広げるほど、小さな店が消えていった。


その店主たちが。


とうとう手を組んだ。


「リリス。今、仕事しないでいつするんだよ」


「明日です」


「問題が一日待ってくれると思う?」


「では聞きます」


リリスが俺の前に立った。


「昨日は何時間寝ました?」


「…………」


「店長?」


「二時間」


「一昨日は?」


「三時間……くらい」


「その前は?」


「記録が残っておりません」


「何の記録ですか」


「俺の睡眠台帳」


「そんなもの作る暇があったら寝てください」


正論だった。


リリスが帳簿を閉じる。


「あっ」


「今日は仕事禁止です」


「せめて物流図だけ!」


「駄目です」


「千店舗だぞ!?」


「一日で二千店舗にはなりません」


「なったらどうする!?」


「店長を殴ります」


「なぜ俺が責任を!?」


「ガルドに頼みます」


「威力まで上げるな!」


奥の部屋から低い声がした。


「任せろ」


「起きてたの!?」


リリスが吹き出した。


くそ。


完全に包囲されている。


「じゃあ、何するんだよ」


俺が聞くと。


リリスは急に黙った。


ほんの少し。


視線が泳ぐ。


「……食事です」


「食事?」


「約束したでしょう」


そこで。


思い出した。


火事。


工房。


騒動。


全部が起きる前。


俺たちは。


二人で食事をする約束をしていた。


「あ」


リリスの目が細くなる。


「今、思い出しましたね?」


「違う!」


「では今の『あ』は?」


「記憶を再確認した音だ」


「便利ですね、その音」


「人間にはそういう機能があるんだよ!」


「初めて知りました」


絶対信じてない。


リリスは小さく息を吐く。


それから。


少しだけ頬を赤くして言った。


「今日は店長と部下ではありません」


「え?」


「市場調査もしません。物流も見ません。価格も調べません」


「じゃあ?」


彼女は俺を見る。


「恋人として出かけます」


「…………」


心臓が。


一拍。


遅れた。


「嫌ですか?」


「嫌じゃない!」


即答した。


リリスが笑う。


「そういう返事だけは早いですね」


「そこ迷ったら駄目だろ!」


こうして。


千店舗から敵認定された翌日。


俺は。


恋人とデートすることになった。


経営者として正しい判断かどうかは。


今日は考えないことにした。


たぶん。


デート開始十分で失格した


街へ出て。


十分後。


「店長」


「何?」


「今、何を見ていました?」


「青果店」


「なぜ?」


「今年は果物の入荷量が」


「仕事禁止です」


しまった。


歩く。


「店長」


「今度は何?」


「荷馬車を見ましたね」


「見ただけだ」


「荷物を数えていました」


「癖なんだよ!」


さらに歩く。


「店長」


「まだある!?」


「雑貨店の価格表」


「視界に入っただけ!」


リリスが立ち止まった。


「店長」


「はい」


「デートに向いてませんね」


「開始十分で失格!?」


「安心してください」


彼女が笑う。


「私も初めてです」


その顔を見た瞬間。


言葉が止まった。


いつものリリスだ。


毎日会っている。


なのに。


今日は。


少し違って見える。


「……じゃあ」


俺は手を出した。


「何です?」


「いや、その」


急に恥ずかしくなる。


「恋人なら……こういうの、するのかなって」


最後まで言えなかった。


でも。


リリスには伝わった。


一瞬だけ目を丸くして。


それから。


俺の手に。


自分の手を重ねた。


「…………」


「…………」


二人とも。


前を向く。


「店長」


「何?」


「手、硬いですね」


「荷物を運ぶからな」


「商人なのに?」


「商人だって荷物くらい持つよ」


「それと」


「まだある?」


「汗、かいてます」


「言うな!」


リリスが笑う。


「緊張しているんですか?」


「してない」


ぎゅっ。


握る力が。


少しだけ強くなった。


「私は」


リリスが前を向いたまま言う。


「少し、緊張しています」


「…………」


それは。


反則だろ。


値札のない店


昼。


リリスに連れてこられたのは、市場から外れた古い通りだった。


派手な看板はない。


客引きもいない。


商品を積んだ荷車さえ少ない。


「ここです」


リリスが一軒の建物を指した。


「ここ?」


看板はある。


でも。


商品が見当たらない。


中には。


机。


椅子。


本棚。


大きな鍋。


「食堂?」


「入れば分かります」


扉を開ける。


「いらっしゃい」


年配の女性が笑った。


席に座る。


俺はメニューを探した。


ない。


値札もない。


「何にする?」


「おすすめを二つ」


リリスが答えた。


俺は小声で聞く。


「いくら?」


「知りません」


「え?」


「食べてから決めます」


「何を!?」


女性が笑った。


「払えるだけでいいよ」


「……はい?」


「金がないなら、皿でも洗っていけばいい」


「払えない場合は?」


「今度でいい」


俺の商売脳が。


完全に停止した。


「それで利益は」


「店長」


リリスの声。


「あ」


「今、仕事しましたね?」


「質問しただけ!」


「顔が仕事です」


「顔に勤務時間あるの!?」


女性が大笑いした。


しばらくして。


パン。


野菜の煮込み。


焼いた肉。


質素な料理が並んだ。


一口。


「……うまい」


「でしょう?」


リリスが嬉しそうに笑う。


周囲を見る。


隅では老人が本を読んでいる。


何も注文していない。


別の机では。


子どもが紙に文字を書いている。


店の女性が。


その子へ煮込みを置いた。


金は受け取らない。


「ここって」


俺は呟いた。


「店なのか?」


リリスが俺を見る。


「店ですよ」


「でも」


商品を売る。


利益を出す。


客から代金をもらう。


それが。


俺の知っている店だ。


でも。


ここでは。


何も買わない人がいる。


金を払えない人もいる。


それでも。


追い出されない。


昨日。


マルクが言っていた。


何も買わずに話だけしていく老人。


学校帰りに寄る子ども。


妻と喧嘩するたび愚痴を言いに来る男。


俺は。


やっと。


少しだけ分かった気がした。


店に残るものは。


商品だけじゃない。


「リリス」


「はい」


「もしかして、これを見せたかった?」


彼女はパンをちぎる。


「さあ」


「絶対そうだろ」


「今日は仕事をしない日ですから」


「答えになってない」


「だったら」


リリスが俺を見る。


「仕事として考えなければいいんです」


「…………」


難しいことを言う。


商売を考えず。


店を見る。


そんなこと。


したことがない。


でも。


今日は。


恋人とのデートだ。


俺は煮込みを口へ運んだ。


隣で。


リリスも食べている。


それだけ。


なのに。


妙に落ち着いた。


「リリス」


「何です?」


「こういう店、好きなんだな」


「はい」


「知らなかった」


「店長は私のこと、あまり知りませんから」


ぐさっ。


「……結構長く一緒にいるよな?」


「はい」


「毎日話してるよな?」


「ほぼ仕事の話です」


ぐさぐさっ。


「好きな食べ物は?」


聞いた。


リリスが止まる。


「私の?」


「うん」


「知りませんよね?」


「だから聞いてるんだよ!」


少し考えて。


彼女が笑う。


「秘密です」


「なんで!?」


「次のデートで当ててください」


「難易度高くない!?」


「店長ならできます」


「商売より難しいんだけど!」


リリスが笑った。


俺も。


笑った。


たぶん。


こういう時間を。


俺たちは。


今までほとんど持っていなかった。


店長じゃない俺


食事のあと。


市場を歩いた。


今度は。


値段を見ないようにした。


かなり頑張った。


荷馬車も数えない。


商品回転率も考えない。


競合分析もしない。


三回くらい失敗したけど。


途中。


リリスが赤い果実を買った。


「甘いですよ」


「本当?」


一口。


「酸っぱ!」


「私は好きです」


「甘いって言っただろ!」


「私は甘く感じます」


「それは個人の感想!」


「商売では重要ですよ」


「仕事した!」


「あ」


「今の『あ』は?」


「記憶を再確認した音です」


「俺の真似するな!」


笑いながら。


街を抜ける。


夕方。


俺たちは。


街外れの丘へ来た。


店がない。


看板もない。


商品もない。


ただ。


草原が広がっている。


二人で座った。


遠くに街が見えた。


その中央に。


魔王城百貨店。


大きい。


こんなに大きかったのか。


中にいると。


気づかない。


「……でかくなったな」


俺が呟く。


「はい」


「最初は、もっと小さかった」


必要な物を。


必要な人へ届ける。


ただ。


それだけだった。


商品を増やした。


仕入先を増やした。


物流を作った。


修理。


レンタル。


中古。


下取り。


分割払い。


客が困るたび。


一つずつ。


仕組みを作った。


その結果。


俺たちは。


巨大になった。


そして。


小さな店が消えた。


「俺」


口から。


言葉が落ちた。


「間違ってたのかな」


リリスは。


すぐには答えなかった。


「分かりません」


「慰めてくれない?」


「嘘を言ってほしいんですか?」


「……いや」


「なら、分かりません」


風が吹く。


銀色の髪が揺れた。


「ただ」


彼女が言う。


「全部が間違っていたとも思いません」


「どうして?」


「店長の商売で救われた人もいます」


そうだ。


商品が届かなかった人。


買えなかった人。


仕事を失いかけていた職人。


物流に参加した人。


笑ってくれた客。


確かに。


いた。


「だから難しいんだな」


「はい」


正しいことをした。


でも。


誰かが苦しんだ。


だったら。


正しい商売って。


何だ?


その時。


「店長」


リリスが言った。


「一つ聞いてもいいですか?」


「何?」


「店長は」


彼女は。


遠くの百貨店を見ながら。


静かに聞いた。


「店がなくなったら、何をしたいんです?」


「…………」


意味を理解するのに。


少し時間がかかった。


「百貨店がなくなったら?」


「はい」


「倒産?」


「違います」


「破壊された?」


「違います」


「じゃあ」


「もし」


リリスが俺を見る。


「魔王城百貨店が、なくてもいい世界になったら」


「…………」


答えが。


出なかった。


世界一の百貨店を作る。


ずっと。


それだけだった。


前世でも。


この世界でも。


仕入れる。


売る。


届ける。


店を作る。


気づけば。


人生のほとんどを。


店の中で考えている。


「俺は……」


何がしたい?


何を食べたい?


どこへ行きたい?


誰と。


生きたい?


「分からない」


正直に言った。


「俺、店がなくなったら何するんだろう」


リリスが。


少し笑う。


「やっぱり」


「何?」


「店長の中には、本当に店しかないんですね」


「悪かったな」


「悪いとは言ってません」


そして。


彼女は。


少しだけ寂しそうに笑った。


「ただ」


「うん」


「私は知りたいんです」


「何を?」


「百貨店の店長じゃないあなたを」


胸の奥が。


少し鳴った。


「何が好きで」


リリスが続ける。


「何を食べたくて」


風が。


草を揺らす。


「どこへ行きたくて」


そして。


一瞬だけ。


俺を見る。


「誰といたいのか」


言葉が。


止まった。


俺たちは。


もう恋人だ。


なのに。


その問いは。


今までのどんな告白より。


ずっと先の話に聞こえた。


店がなくなったあと。


仕事がなくなったあと。


それでも。


隣にいる人。


「リリス」


「はい」


「それって」


「質問です」


「逃げた!」


「今日は私が質問する日です」


「そんな日だった!?」


リリスが笑った。


俺も笑った。


でも。


答えは。


まだ出ない。


だから。


「ごめん」


「どうして謝るんです?」


「今は答えられない」


リリスは。


首を振った。


「いいんです」


「え?」


「今すぐ答えてほしいわけではありません」


そして。


静かに言う。


「いつか、聞かせてください」


「いつか?」


「はい」


遠く。


魔王城百貨店の旗が。


夕日に揺れている。


「店長が、店長じゃなくなった時」


リリスが。


微笑んだ。


「何をしたいのか」


少しだけ。


間を置く。


「その答えの中に」


彼女は。


俺から視線を外した。


耳が。


少し赤い。


「私がいたら、嬉しいです」


「…………」


参った。


本当に。


この人には。


かなわない。


俺は。


何も言わず。


手を差し出した。


リリスが。


その手を見る。


そして。


重ねる。


指を絡める。


今度は。


最初より。


自然だった。


「店長」


「何?」


「返事は?」


「いつかって言っただろ」


「逃げましたね」


「今日は俺も逃げる日です」


「そんな日はありません」


「さっき作った」


リリスが。


笑った。


俺も。


笑った。


ただ。


一つだけ。


今でも答えられることがあった。


店がなくなった未来。


そこに。


リリスがいない未来は。


あまり。


想像したくなかった。


千の店が、手を組んだ


夜。


宿へ戻った。


「今日は楽しかったです」


リリスが言う。


「俺も」


「本当に?」


「本当」


「途中で六回、店を見ていました」


「数えてたの!?」


「荷馬車は三回」


「やめて!」


「価格表は二回」


「デートの採点厳しすぎない!?」


笑いながら。


部屋の扉を開けた。


そして。


二人とも。


止まった。


机の上。


書状。


一通。


二通じゃない。


積み上がっている。


「……何これ」


ゼファーが。


机の横に立っていた。


表情が。


硬い。


「店長」


「うん」


「千店舗連合が動きました」


笑いが。


消えた。


「どう動いた?」


一枚。


渡される。


読む。


《共同対抗措置》


魔王城百貨店の商品を扱わない。


魔王城百貨店の物流網を使わない。


広告を掲示しない。


共同仕入れにも参加しない。


そして。


各店の客へ。


同じ言葉を伝える。


《大型店ではなく、地元の店で買ってください》


「…………」


不正はない。


脅迫もない。


誰も。


悪いことをしていない。


ただ。


自分たちの店を。


守ろうとしている。


それだけ。


「厄介だな」


「はい」


ゼファーが頷く。


「価格を下げますか?」


「駄目だ」


即答した。


二人が俺を見る。


「値段で潰したら」


俺は書状を置く。


「あの人たちが怖がっている未来を、俺たち自身が作ることになる」


「では?」


答えは。


まだない。


でも。


昨日までとは。


一つだけ違う。


「まず、聞く」


リリスが。


小さく笑った。


「はい」


「千店舗全部は無理でも、代表者と話す。客にも聞く。職人にも。うちの従業員にも」


俺は。


昨日の自分なら。


たぶん。


正解を作ろうとした。


でも。


もう。


俺一人で。


全員の幸せを決めない。


「その上で」


俺は書状を見る。


「答えを探す」


その時。


「店長」


ゼファーが言った。


「実は」


「まだあるの?」


「今お渡ししたのは、各地域からの通知です」


「……え?」


ゼファーが。


一番下から。


一通だけ。


黒い封蝋の書状を取り出した。


「こちらが」


机の上に置く。


「千店舗連合からの本状です」


嫌な予感しかしない。


封を切った。


紙を開く。


読む。


一行目。


そこで。


俺の手が止まった。


《千店舗連合は、本日をもって、魔王城百貨店に対する共同商業戦線を形成する》


その下。


店名。


店名。


店名。


百。


二百。


五百。


まだ続く。


千を超えて。


並んでいる。


「…………」


俺たちが。


商品を届けるために作った道。


街と街をつなぐために作った物流。


商人同士を。


結びつけるために作った仕組み。


その全部を使って。


今度は。


彼らが。


俺たちを止めるためにつながった。


「皮肉だな」


「店長?」


「俺が、つないだんだ」


リリスが。


黙る。


「俺が作った物流網があったから」


千の店が。


互いを知った。


情報を交換した。


そして。


手を組んだ。


世界一の百貨店を作ろうとして。


俺は。


世界最大の敵を。


自分で作った。


その夜。


各地の店へ。


同じ知らせが飛んだ。


翌朝。


魔王城百貨店の商品が。


一斉に。


店先から消えた。


代わりに。


同じ紙が。


貼られた。


《この街の商いを守るため、魔王城百貨店との取引を停止します》


一軒。


十軒。


百軒。


そして。


千軒。


剣はない。


魔法もない。


軍隊もいない。


それでも。


これは。


戦争だ。


しかも。


今度の敵は。


悪徳商人でも。


魔王でもない。


俺と同じ。


店を守りたい人たちだった。


そして俺は。


まだ知らなかった。


正しい商売を続けるだけでは。


この戦争には、勝てない。


第14話 完

次回 第15話

「千店舗が、魔王城百貨店に戦争を仕掛けた」


千の店が一斉に取引を停止。


物流、広告、仕入れ。


魔王城百貨店を支えてきた網が、逆に直人を締め上げていく。


値下げすれば、小さな店を潰す。


撤退すれば、客が困る。


そして何より厄介なのは。


千店舗連合の主張も、間違っていないことだった。

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