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第5話/通算第15話 「千店舗が、魔王城百貨店に戦争を仕掛けた」

第2シーズン「千店舗連合編」




世界一の百貨店を作れば、みんなを幸せにできる。




直人は、そう信じてきた。




人間も、魔族も、エルフも、ドワーフも。


作る人も、売る人も、買う人も。




誰か一人が得をするのではなく、みんなが明日も商売を続けられる店を作る。




そのために、失敗して、学んで、それでも店を開き続けてきた。




けれど、第2シーズンで直人を待っていたのは、これまでとはまったく違う敵だった。




悪徳商人ではない。


巨大な陰謀だけでもない。




直人自身が成功させた、魔王城百貨店。




安くて、便利で、品揃えもいい。




そんな「正しい店」が広がった結果、小さな店が消え始めていた。




さらに現れた、日本語で書かれた《世界流通再編計画》。




この世界には、直人以外にも日本を知る者がいるのか。




そして、世界中の店を巻き込む巨大な流通網の目的とは。




第2シーズンのテーマは、




「店は、誰のものなのか」




世界一大きな店を作る物語から。




世界一多くの店を、生かす物語へ。




直人、リリス、そして仲間たちの商売は、ここから新しい段階へ進みます。




『転生バイヤー、魔王城百貨店をはじめますⅢ』




第2シーズン「千店舗連合編」

戦争は、剣より先に棚を空にした

戦争は、剣より先に棚を空にした。


朝。


魔王城百貨店の取引先を回った俺は、三軒目で足を止めた。


昨日まで俺たちの商品が並んでいた棚から、魔王城百貨店の品だけが消えている。


代わりに入口へ、一枚の紙。


《この街の商いを守るため、魔王城百貨店との取引を停止します》


一軒。


十軒。


百軒。


同じ紙が、街のあちこちで揺れていた。


「店長」


隣でリリスが報告書を開く。


「北部百八十七店舗。東部二百四十一店舗。南部三百十二店舗」


「合計は?」


「現時点で千百二十六店舗です」


「増えてるじゃねえか!」


昨日まで《千店舗連合》だったはずだ。


一晩で百二十六店舗増えた。


「名前、変えたほうがよくない?」


「何にです?」


「千店舗以上連合」


「格好悪いです」


「俺もそう思う」


「では却下で」


「敵側なのに命名会議してどうする!」


リリスが小さく笑う。


俺も一瞬だけ笑った。


でも、すぐに笑えなくなった。


魔王城百貨店の商品を扱わない。


物流網を使わない。


広告を出さない。


共同仕入れに参加しない。


そして客には、


《大型店ではなく、地元の店で買ってください》


と呼びかける。


誰も法律を破っていない。


脅迫もない。


商品も壊していない。


ただ。


俺たちと商売をしない。


それだけだった。


なのに。


「効くな……」


「はい」


商人にとっては、剣より効く戦争だった。


売上四割

昼。


魔王城百貨店の正面入口は、妙に広く見えた。


理由は簡単だ。


客が少ない。


「静かだな」


ガルドが言う。


「言うな」


「戦場より静かだ」


「もっと言うな!」


そこへバルグが売場から戻ってきた。


「店長。午前の売上、昨日の四割だ」


「……四割?」


「返品も増えてる」


「なんで?」


「地元の店で買い直すってよ」


頭を抱えた。


客は安さだけで店を選んでいるわけじゃない。


子どもの頃から通った店。


親の代から世話になっている店。


店主と名前で呼び合う店。


昨日、リリスと行った食堂を思い出した。


何も買わない老人がいて。


金のない子どもがいて。


それでも追い出されなかった。


店に残るのは商品だけじゃない。


俺は昨日、ようやくそれを知った。


「店長」


ゼファーが来た。


「売上回復策があります」


「聞く」


「値下げです」


一番分かりやすい答えだった。


「主要商品を一割。必要なら二割」


正しい。


資金力も仕入れ量も違う。


俺たちなら、小さな店より安くできる。


だから。


「駄目だ」


ゼファーの眉が動いた。


「理由を伺っても?」


「俺たちが本気で値下げしたら、小さい店は勝てない」


「しかし、客は戻ります」


「戻るよ」


俺は空いた入口を見た。


「だから駄目なんだ」


大型店が来れば、小さな店は潰れる。


千店舗連合が恐れている未来を、俺たち自身が証明することになる。


ゼファーは少し黙った。


「経営判断としては反対します」


「うん」


「従業員にも影響します」


その言葉で、胸が詰まった。


小さな店を守る。


正しい。


でも。


そのために、うちの従業員を苦しめたら?


俺はまた同じことをする。


客を助けるために職人を苦しめた時と。


同じ失敗を。


「店長」


リリスが俺を見る。


「また全部、一人で決めようとしましたね」


「顔に出た?」


「かなり」


「経営者としてどうなの、それ」


「恋人としては助かります」


「…………」


不意打ちだった。


ガルド。


バルグ。


ゼファー。


三人が一斉にこちらを見た。


「何だよ」


三人とも目を逸らした。


「お前ら!」


リリスだけが、少し笑っていた。


正しい敵

午後。


千店舗連合の代表者たちが来た。


パン屋。


鍛冶屋。


薬屋。


服屋。


雑貨屋。


食堂。


魔王城百貨店なら、一つの建物に全部入っている商売だ。


その中央に座った老人が名乗った。


「千店舗連合代表、ハインツだ」


四十年、雑貨店を続けているらしい。


「魔王城百貨店店長、直人です」


「知っている」


愛想はない。


だが悪意もない。


それが一番やりにくい。


「単刀直入に言う」


ハインツが俺を見る。


「この街から出ていってほしい」


予想していた。


それでも重い。


「理由を、あなたの言葉で聞かせてください」


老人はしばらく黙った。


そして言った。


「便利すぎるんだ」


「……」


「お前の店は何でもある。安い。品切れも少ない。壊れたら修理する。金がなければ中古。買えなければ借りられる」


俺が作ってきた仕組みだった。


褒められるたび、嬉しかったものだ。


それをハインツは、苦しそうに並べる。


「客から見れば、いい店だ」


「はい」


「だから困る」


胸に刺さった。


「悪徳商人なら追い出せる。客を騙しているなら告発できる」


老人の手が、ゆっくり握られる。


「だが、お前は客を幸せにしながら、俺たちを潰す」


反論できなかった。


事実だった。


「うちの店は親父の代から続いている」


ハインツは静かに続ける。


「俺が子どもの頃から来ている客がいる。その子どもも来た。孫も来ると思っていた」


「……はい」


「でも最近、来ない。お前の店に行けば全部あるからな」


怒っていない。


だから、余計に痛かった。


百貨店にも正義はある

「一つ、聞かせてください」


俺は言った。


「俺たちが撤退したら、困る人はいませんか?」


老人の目が細くなる。


「商品が届かなかった地域があります。高すぎて買えなかった人もいた」


誰も答えない。


「工具を買えない職人がいたからレンタルを始めた。新品を買えない人がいたから中古を始めた。壊れたら買い替えるしかなかったから修理を始めた」


俺たちにも。


正義はある。


千店舗連合にも。


正義がある。


だから厄介だった。


「それでも」


ハインツが言う。


「このままでは俺たちが消える」


「分かっています」


「分かっていない!」


初めて、老人が机を叩いた。


「店は商品を売る箱じゃない!」


昨日の食堂が浮かぶ。


何も買わない老人。


勉強する子ども。


金のない客。


「……はい」


俺は頷いた。


「今は、少し分かります」


ハインツが黙る。


「だから聞きたいんです」


「何を」


「何が怖いのか。何を残したいのか。そして俺たちに、何をしてほしくないのか」


「聞いたら、百貨店を畳むのか?」


「分かりません」


空気が凍った。


リリスが額を押さえた。


ガルドが小声で言う。


「正直だな」


バルグも頷く。


「正直すぎる」


「分からないものは仕方ないだろ!」


俺は咳払いした。


「でも、聞く前に俺一人で答えを決めるのはやめます」


ハインツは長く俺を見た。


帰り際。


「明日、俺の店に来い」


「いいんですか?」


「客としてじゃない」


老人は振り返る。


「敵としてだ」


俺たちの店も守ってください

夕方。


今度は百貨店の従業員を集めた。


売場。


物流。


倉庫。


修理。


食料品。


役職者だけじゃない。


普通の販売員にも来てもらった。


「意見を聞きたい」


沈黙。


「俺に不満があるなら、それでもいい」


さらに沈黙。


怖い。


敵との商談より、自分の従業員の本音を聞くほうが怖い。


「……店長」


若い販売員が手を挙げた。


「本当に言っていいんですか?」


「いい」


「怒りません?」


「努力する」


「そこは怒らないって言ってくださいよ!」


小さな笑いが起きた。


空気が少し緩む。


「客が減っています」


「うん」


「このまま売上が落ちたら、俺たちの給料はどうなります?」


答えが、すぐには出なかった。


「店長が小さい店を守りたいのは分かります」


彼は続ける。


「いいことだと思います。でも」


俺を見る。


「俺たちの店も、守ってください」


胸に刺さった。


客。


職人。


個人商店。


従業員。


全部、人だ。


俺は数字を動かしているつもりで。


いつも、その向こうの誰かを見落とす。


「……ごめん」


声が出た。


「俺、また同じことをするところだった」


ゼファーを見る。


「今の利益なら、給料を守れるのはどれくらい?」


「三か月程度です」


「三か月」


短い。


でもゼロじゃない。


「三か月で答えを探す」


ゼファーが聞く。


「出なかった場合は?」


「その時は」


俺は全員を見た。


「また、みんなで考える」


リリスが、ほんの少し笑った。


敵の店にしかないもの

翌朝。


俺はハインツの店へ行った。


通りの向こうにはガルド。


「近い」


「護衛だ」


「敵の店に護衛付きで行ったら圧力だろ」


「では三歩離れる」


「近い!」


結局、反対側で待たせた。


店は小さかった。


魔王城百貨店なら、一つの売場にもならない。


針。


糸。


蝋燭。


石鹸。


鍋。


全部、少しずつ。


「来たか」


ハインツが言う。


「来ました」


「何か買え」


「敵として来いって言ったじゃないですか」


「店に入って何も買わんのか」


「商売人だな!」


石鹸を一つ手に取る。


値段を見る。


「高い」


「帰れ」


「すみません!」


危ない。


敵地で開戦するところだった。


ハインツは店の奥を指した。


古い木の板。


傷だらけ。


そこに何十本もの線が刻まれている。


「これは?」


「子どもの身長だ」


線の横には、名前と年。


何十年分。


「店の子?」


「客の子だ。買い物についてきたガキが、毎年ここで測る」


ハインツが一つの名前を指した。


「あいつは今じゃ三人の子持ちだ。その子どももここで測ってる」


俺は木の板を見る。


商品じゃない。


売上にもならない。


在庫でもない。


でも。


この店にしかない。


「これを百貨店に持ってきてくださいって言ったら?」


「殴るぞ」


「ですよね」


分かっていた。


移せばいいものじゃない。


この店だから意味がある。


その時。


外で大きな音がした。


荷車が止まり、荷物が通りに散らばっている。


箱には魔王城百貨店の印。


「大丈夫か!」


駆け寄る。


車輪の軸が折れていた。


周囲の店主たちが一斉に出てくる。


一瞬、身構えた。


千店舗連合。


俺たちの敵。


だが。


「縄持ってこい!」


「箱を濡らすな!」


「そっち持て!」


普通に助け始めた。


「……え?」


俺が固まると、ハインツが怒鳴る。


「何してる!」


「いや、魔王城百貨店の商品ですよ?」


「だから何だ!」


老人は箱を抱える。


「商品に罪はない!」


敵なのに。


助ける。


俺も箱を持った。


ガルドも来た。


店主たちも。


最後の箱を運び終える。


ハインツが息を切らしながら言った。


「勘違いするな」


「はい」


「俺たちは、お前が嫌いなんじゃない」


「……」


「百貨店を潰したいわけでもない」


老人は俺を見る。


「自分たちの店を、残したいだけだ」


その一言で。


ようやく戦う相手が見えた気がした。


千店舗連合じゃない。


彼らを消さなければ成り立たない仕組み。


それそのものだ。


勝ったら負ける

夜。


俺は百貨店の売場を一人で歩いた。


棚には商品がある。


何でもある。


便利だ。


安い。


強い。


強すぎる。


千店舗連合を倒す方法なら、いくらでもある。


値下げ。


大量仕入れ。


広告。


品揃え。


資金力。


本気でやれば、たぶん勝てる。


でも。


勝ったあと、何が残る?


千の店が消える。


あの木の板も。


あの店で交わされた会話も。


あの店で積み重なった時間も。


それを勝利と呼べるのか。


「店長」


振り返る。


リリスだった。


「まだ仕事ですか?」


「考えてただけ」


「それを仕事と言います」


「厳しいな」


彼女が隣に立つ。


「答えは出ました?」


「一つだけ」


「何です?」


「俺、たぶん勝てる」


「千店舗連合に?」


「うん。でも」


俺は棚を見る。


「勝っちゃ駄目なんだと思う」


リリスは黙って待つ。


「相手を潰して勝つなら、この戦争は勝った時点で負けだ」


「では、どうします?」


「そこはまだ分からない」


「またですか」


「今日は分からないこと多すぎ!」


リリスが笑った。


俺も少し笑った。


その時。


走る足音。


「店長!」


ゼファーだった。


「千店舗連合への支持声明が、周辺都市から届いています」


渡された紙を見る。


一都市。


二都市。


五都市。


「どこまで?」


「現時点で七都市です」


背中が冷える。


俺たちが作った物流網。


街と街をつないだ仕組み。


情報を共有する仕組み。


全部。


俺が作った。


その網を。


今度は向こうが使っている。


売らない百貨店

翌朝。


支持は九都市。


昼には十二。


夕方には十六。


地図に赤い印が増えていく。


「店長」


ゼファーが言う。


「包囲されています」


「もう少し優しく言って」


「かなり包囲されています」


「程度を足しただけ!」


ガルドが腕を組む。


「戦うか?」


「商業戦争で剣を抜くな!」


「では何を抜く」


「財布!」


言ってから止まる。


「いや、それも違う」


バルグが笑った。


でも。


本当には誰も笑えていない。


時間がない。


仕入れにも影響が出る。


客も減る。


売上も落ちる。


従業員も不安になる。


俺は地図を見る。


赤い印。


敵。


そう見えていた。


でも違う。


全部、店だ。


一軒一軒。


人がいる。


生活がある。


守りたいものがある。


だったら。


「……売るのをやめる」


全員が止まった。


「店長?」


ゼファーが聞き返す。


「千店舗連合の中心街で、魔王城百貨店の商品を売るのをやめる」


「撤退ですか?」


「違う」


頭の中で、何かがつながり始めた。


百貨店だから。


全部を自分で売らなきゃいけないのか?


俺たちが売らなくても。


届けることはできる。


「もし」


全員を見る。


「魔王城百貨店が、自分の商品を売らずに、街の店を繁盛させられるとしたら?」


誰も答えない。


俺自身も、まだ完成した答えは持っていない。


でも。


初めて。


戦争の出口が見えた。


千の店を倒すんじゃない。


千の店に客を返す。


「店長」


ゼファーが静かに言った。


「その方法では、当店の売上が落ちます」


「うん」


「かなり」


「うん」


「従業員の生活にも影響します」


胸が痛む。


《俺たちの店も守ってください》


忘れてはいけない。


「分かってる」


だから。


次は。


敵だけじゃない。


自分の店の中の人間も守る。


全部救う。


そんな綺麗事が本当にできるかは、分からない。


それでも。


「やる」


俺は言った。


この戦争で俺が戦う相手は。


千店舗連合じゃない。


《大きな店が勝てば、小さな店は消える》


その当たり前そのものだ。


俺は。


その当たり前をひっくり返す。


ただ。


まだ知らなかった。


そのために俺が選ぶ方法が。


次は。


魔王城百貨店の中から。


反乱を生むことを。


第15話 完

次回 第16話

「売上を捨てれば、店を救える」

魔王城百貨店の商品を売るのではない。


個人商店の商品を百貨店で紹介し、客を街の店へ送り返す。


直人が選んだのは、敵を倒す方法ではなく、


敵を繁盛させる方法だった。


しかしゼファーは告げる。


「店長。それでは当店の売上が落ちます」


「うん」


「……それだけですか?」


「今回は、それでいい」


その決断は。


千店舗連合ではなく。


今度は、魔王城百貨店の従業員たちを揺らし始める。







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