第6話/通算第16話 「売上を捨てれば、店を救える」
第2シーズン「千店舗連合編」
世界一の百貨店を作れば、みんなを幸せにできる。
直人は、そう信じてきた。
人間も、魔族も、エルフも、ドワーフも。
作る人も、売る人も、買う人も。
誰か一人が得をするのではなく、みんなが明日も商売を続けられる店を作る。
そのために、失敗して、学んで、それでも店を開き続けてきた。
けれど、第2シーズンで直人を待っていたのは、これまでとはまったく違う敵だった。
悪徳商人ではない。
巨大な陰謀だけでもない。
直人自身が成功させた、魔王城百貨店。
安くて、便利で、品揃えもいい。
そんな「正しい店」が広がった結果、小さな店が消え始めていた。
さらに現れた、日本語で書かれた《世界流通再編計画》。
この世界には、直人以外にも日本を知る者がいるのか。
そして、世界中の店を巻き込む巨大な流通網の目的とは。
第2シーズンのテーマは、
「店は、誰のものなのか」
世界一大きな店を作る物語から。
世界一多くの店を、生かす物語へ。
直人、リリス、そして仲間たちの商売は、ここから新しい段階へ進みます。
『転生バイヤー、魔王城百貨店をはじめますⅢ』
第2シーズン「千店舗連合編」
開店です。
売らない百貨店
「今日から、この売場では売りません」
朝礼でそう宣言した瞬間、百人近い従業員が一斉に俺を見た。
昨日、客が減った店内より静かだった。
「……店長」
ゼファーが恐る恐る手を上げる。
「確認してもよろしいでしょうか。ここは百貨店です」
「知ってる」
「商品を売る場所です」
「それも知ってる」
「では、なぜ売らないのですか」
「それを今から説明する」
「安心しました。店長が百貨店という概念を忘れたのかと」
「俺への信用どうなってんの!?」
小さな笑いが起きた。
でも、不安は消えない。
千店舗連合への支持は十六都市まで広がり、売上も客数も落ちている。
そんな時に店長が「売るのをやめる」と言えば、普通は経営末期だ。
俺は大きな地図を広げた。
赤い印は、パン屋、鍛冶屋、薬屋、服屋、雑貨屋。
千店舗連合に参加している店だ。
「今日から、魔王城百貨店はこの店を紹介する」
「……敵ですよ?」
バルグが言った。
「うん」
「百貨店を街から追い出そうとしている連中です」
「その通り」
「店長。寝ました?」
「寝たよ」
「何時間?」
「三時間」
「寝てないじゃないですか!」
リリスが即座に割り込む。
「そこ重要!?」
「重要です。店長の睡眠管理も業務です」
「いつから!?」
「恋人になってからです」
全員の視線が俺へ刺さった。
「……今のは忘れて」
なぜ全員、急に床を見る。
リリスだけが楽しそうだった。
「話を戻す」
俺は地図を叩いた。
「昨日、ハインツさんの店で分かった。俺たちにはないものが、街の店にはある」
「品揃えなら当店が上です」
「価格も」
「物流も」
「戦闘力も」
「最後いらない」
あの古い木の板を思い出す。
何十年分もの子どもの身長。
客と店が積み重ねた時間。
あれは仕入れられない。
コピーもできない。
「何でもある店なら、何でも自分で売る必要はない」
俺は従業員たちを見る。
「何でも“見つけられる店”になればいい」
今度の沈黙は、さっきとは違った。
リリスが地図を見る。
「百貨店を、案内所にするつもりですか?」
「半分正解」
欲しいものは、当店で買わなくていい
昼、一階で最も目立つ場所に新しい看板を出した。
《街のお店案内所》
《当店にあっても、もっと合う店をご紹介します》
リリスが首を傾げた。
「経営者が書いていい文章でしょうか」
「俺も今、不安になってきた」
最初の客は年配の女性だった。
「煮込み用の大きな鍋を探してるんだけど」
うちにもある。
しかも安い。
でも俺は聞いた。
「少し重くても、長く使えるものがいいですか?」
「そうね。娘に渡せるくらい」
決まった。
「それなら、当店よりおすすめがあります」
「百貨店の人が、よその店を?」
「はい。東通りの鍛冶屋です。少し高いですが、修理しながら長く使えます」
「あなたのところで買わなくていいの?」
「欲しいのは“百貨店の鍋”じゃなくて、“娘さんに渡せる鍋”ですよね」
女性はしばらく俺を見て、笑った。
「変な百貨店ね」
「よく言われます」
「まだ一日目です」
リリスの突っ込みが飛んだ。
二人目は髪飾り。
三人目は仕事靴。
四人目はパン。
「パンなら北通りの店!」
「百貨店にもありますよね?」
「あるけど今日はパン屋!」
「店長、判断が雑です!」
客は笑って、百貨店から出ていった。
五人。
十人。
三十人。
百貨店から客が消えていく。
ゼファーが売上表を持ってきた。
「数字をご覧になりますか?」
「見たくない」
「経営者ですよね?」
「今日は人間でいたい」
「見てください」
午前の売上は、さらに落ちていた。
分かっていた。
それでも数字は胃に刺さる。
敵を繁盛させる
午後、東通りの鍛冶屋が来た。
昨日まで俺を睨んでいた、千店舗連合の男だ。
「今日、うちに客を寄越したな」
「はい」
「七人。そのうち三人が買った」
「よかったです」
「なぜ敵に客を送る」
俺は考えずに答えた。
「あなたの店のほうが、その客に合っていたからです」
男は黙った。
「百貨店に全部ある必要はないと思いました」
「百貨店なのに?」
「俺もそこはまだ慣れてません」
男の口元が少しだけ動いた。
「勘違いするな。連合を抜ける気はない」
「分かっています」
「ただ、客を寄越した礼だけは言う」
男は帰っていった。
嬉しかった。
敵を倒したわけでも、売上が増えたわけでもない。
それでも、昨日まで敵だった店に客が戻った。
夕方には薬屋、服屋、パン屋からも連絡が来た。
そして逆向きの流れまで生まれた。
「店長! 連合の店から問い合わせです。自分の店で扱えない商品なら、百貨店を紹介してもいいか、と!」
俺は地図を見る。
百貨店から街へ。
街から百貨店へ。
客を奪い合うのではなく、客が自分に合う店を選ぶ。
「……それだ」
「店長?」
「俺たちがやるべきなのは、千店舗を倒すことじゃない」
赤い印を指でなぞる。
「つなぐんだ」
百貨店の商品を置かない売場
翌朝、俺は一等地の売場から自社商品を撤去した。
ゼファーの顔が引きつる。
「当店で最も売上の高い区画です」
「知ってる」
「そこから商品を撤去する?」
「はい」
「正気ですか?」
「その質問、最近多くない?」
「店長の行動が追いついてきています」
空いた棚に置いたのは商品ではない。
《三代続く革靴店》
《子どもの成長に合わせて直してくれる服屋》
《鍋を五十年修理している鍛冶屋》
《薬草の相談だけでも歓迎する薬屋》
店の名前、店主、得意分野、修理、注文。
そして、その店にしかない物語。
「広告料は?」
リリスが聞く。
「取らない」
「場所代は?」
「取らない」
「売上は?」
「直接はゼロ」
リリスがじっと俺を見る。
「直人さん」
「え?」
彼女も止まった。
「あ」
一瞬だけ、仕事場から音が消えた気がした。
「……店長」
「戻すの!?」
「何がです?」
「今、直人って」
「言ってません」
「言った!」
「幻聴です。仕事中です」
顔を逸らした耳が少し赤い。
追及するのはやめた。
恋愛も商売も、押し売りはよくない。
たぶん。
街は救えた。では、百貨店は?
三日後。
街のお店案内所には人が集まり、個人商店の売上は回復し始めた。
千店舗連合の店主たちまで、自分の店の紹介カードを持ち込むようになった。
確かに、一歩進んだ。
だが、ゼファーが持ってきた数字は冷たかった。
「来店者数は増加。街全体の商取引量も上昇。個人商店の売上も回復しています」
「成功じゃん」
「百貨店以外は」
笑顔が止まった。
百貨店単体の利益は急落していた。
「現状のままなら?」
「三か月です」
また、その数字だった。
街を守る。
個人商店を守る。
客の選択肢を守る。
正しいと思う。
でも。
魔王城百貨店で働く人たちは?
夕方、従業員食堂へ入ると、いくつかの会話が止まった。
リリスが向かいに座る。
「気づきました?」
「うん」
「みんな、不安なんです」
「分かってる」
「本当に?」
痛かった。
リリスは責めず、食堂を見渡した。
「店長は街の店を守ろうとしています。それは間違っていないと思います。でも、ここにも守られる側の人がいます」
《俺たちの店も、守ってください》
その言葉が蘇る。
俺はまた、数字の向こうにいる人を見落としかけていた。
「……難しいな」
「今さらですか?」
「前世では売上を上げたら褒められたんだよ」
「簡単ですね」
「言い方!」
少しだけ笑ってから、リリスが聞いた。
「戻ります? 売上だけを見る店長に」
「戻らない」
即答だった。
彼女の表情が柔らかくなる。
「なら、考えるしかありませんね」
「一緒に考えてくれる?」
「嫌です」
「えっ」
「条件があります。今日は食べて、六時間以上寝てください」
「そこ交渉条件なの?」
「八時間にします?」
「六時間で!」
完全に管理されている。
でも、悪くなかった。
正しい人が多すぎる
翌朝、倉庫の前で従業員たちの声が聞こえた。
「街の店は儲かってる。でも俺たちは?」
「店長には考えがある」
「いつまで待つんだよ」
足が止まった。
「俺、店長のこと嫌いじゃない。むしろ好きだ。前より働きやすくなった」
短い沈黙。
「でも、俺たちの給料まで使って他の店を助けるのは違うだろ」
胸に刺さった。
彼らも正しい。
千店舗連合も正しい。
客も正しい。
俺だって、間違ったことをしているつもりはない。
なのに全員の正しさを並べると、店が壊れそうになる。
「店長?」
背後にゼファーがいた。
「聞こえましたか」
「うん」
「彼らは間違っていません」
「分かってる」
「店長も、間違っているとは思いません」
意外で顔を上げた。
「ただし、正しいことと、経営できることは別です」
「……うん」
「両方、できますか?」
答えはない。
それでも。
「やる」
ゼファーは深くため息をついた。
「そう言うと思いました」
「呆れた?」
「かなり。ですが、そういう店長だから、ここまで来たのでしょう」
「ありがとう」
「礼は利益が出てからお願いします」
「現実!」
「経理ですので」
世界一の店長を、クビにしてください
閉店後。
会議室へ向かう途中、扉の向こうから声が聞こえた。
「これ以上は無理です」
足が止まる。
従業員代表と幹部たちの声だった。
「店長の考えは分かります。街の店を救いたいのも」
「でも、百貨店が潰れたら何の意味がある?」
「売上は落ち続けています」
「給料は?」
「雇用は?」
「家族がいる者もいる」
全部、正しい。
だから痛い。
「俺たちは、店長が嫌いなわけじゃありません」
昨日、《俺たちの店も守ってください》と言った若い販売員の声だった。
「むしろ、好きだから言いにくいんです」
俺は扉に手を伸ばした。
「でも、このままなら」
手が止まる。
会議室が静まり返った。
「世界一の店長を」
一度、息を吸う音がした。
「クビにしてください」
指先が、扉に触れたまま動かなかった。
千店舗連合から百貨店を守ろうとした。
個人商店も、客も、従業員も、全部守ろうとした。
売上を捨てれば、店を救えると思った。
でも俺は、まだ分かっていなかった。
“店”とは建物でも、商品でも、売上でもない。
そこで働く人たちまで守れて、初めて店を救ったと言えるのだ。
そして今。
俺が最初に失いかけているものは、店ではない。
店長という、自分の居場所だった。
第16話 完
次回 第17話「世界一の店長を、クビにしてください」
街の店を救うため、売上を捨てた直人。
その策は成功した。だからこそ、魔王城百貨店の従業員たちは追い詰められていく。
「店長は街を見ている。でも、俺たちを見ていますか?」
敵ではない。
直人を信じてきた仲間たちから突きつけられる、店長失格の声。
次に直人が守らなければならないのは、世界でも街でもない。
自分を信じて働いてきた、“店の中の人たち”だった。




