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第7話「世界一の店長を、クビにしてください」

第2シーズン「千店舗連合編」




世界一の百貨店を作れば、みんなを幸せにできる。




直人は、そう信じてきた。




人間も、魔族も、エルフも、ドワーフも。


作る人も、売る人も、買う人も。




誰か一人が得をするのではなく、みんなが明日も商売を続けられる店を作る。




そのために、失敗して、学んで、それでも店を開き続けてきた。




けれど、第2シーズンで直人を待っていたのは、これまでとはまったく違う敵だった。




悪徳商人ではない。


巨大な陰謀だけでもない。




直人自身が成功させた、魔王城百貨店。




安くて、便利で、品揃えもいい。




そんな「正しい店」が広がった結果、小さな店が消え始めていた。




さらに現れた、日本語で書かれた《世界流通再編計画》。




この世界には、直人以外にも日本を知る者がいるのか。




そして、世界中の店を巻き込む巨大な流通網の目的とは。




第2シーズンのテーマは、




「店は、誰のものなのか」




世界一大きな店を作る物語から。




世界一多くの店を、生かす物語へ。




直人、リリス、そして仲間たちの商売は、ここから新しい段階へ進みます。




『転生バイヤー、魔王城百貨店をはじめますⅢ』




第2シーズン「千店舗連合編」




開店です。

店長解任要求

「世界一の店長を、クビにしてください」


扉の向こうから聞こえた言葉に、俺の手が止まった。


聞き間違いじゃない。むしろ、聞き間違いであってほしかった。


会議室の中には従業員代表と幹部たちがいる。


昨日まで、一緒に千店舗連合への対策を考えていた仲間たちだ。


商品を並べた。客を呼んだ。売場を作った。


火事の時には一緒に走った。笑った。怒られた。


給料の計算でゼファーに詰められた。


そして今、その人たちが俺を店長から降ろそうとしている。


「理由を聞いてもいいですか?」


会議室の中から、ゼファーの声がした。


「店長の施策そのものを否定しているわけではありません」


若い販売員の声。


昨日、食堂で言っていた男だ。


《俺たちの店も守ってください》


あの言葉が胸に戻ってくる。


「街の商店を紹介する案は成功しました」


「千店舗連合の店にも客が戻っています」


「街全体の売上も上がった」


「客も喜んでいる」


そこで一度、言葉が切れた。


「でも、魔王城百貨店の利益は落ちています」


「このままでは給料を維持できない」


「仕入れ先への支払いも厳しくなる」


「家族のいる従業員もいます」


「俺たちは、いつまで店長の理想に付き合えばいいんですか」


痛かった。


反論できないから、もっと痛かった。


俺は扉を開けた。


全員が振り向いた。


……空気、重っ。


百貨店の会議室って、もっと「今月の重点商品!」とか「秋の大感謝祭!」とかを話す場所じゃなかったっけ。


今は完全に裁判所だ。


しかも被告人、俺。


「店長……聞いてたんですか」


「『クビにしてください』のところから」


「一番聞かれたくないところ!」


「俺も一番聞きたくなかった!」


妙なところで意見が一致した。


誰も笑わなかった。


……ですよね。


俺は空いている席には座らず、会議室の中央に立った。


「続けてください」


「でも」


「俺がいると話しにくい?」


誰も答えない。


「だったら、なおさら聞きたい。俺をクビにしたい理由、全部聞かせてください」


嫌われていた方が、まだ楽だった

最初の一人が口を開くまで、三十秒くらいかかった。


体感では三年だった。


「……店長を嫌いなわけじゃありません。むしろ逆です」


これ、昨日も聞いた。


「前より働きやすくなりました」


「休みも増えました」


「無茶な販売ノルマも減った」


「売れ残りを押しつけることもなくなった」


「客が困っている時は、売らなくてもいいと言ってくれた」


褒められている。


なのに胃が痛い。


「だから困るんです」


やっぱり来た。


「嫌な店長なら、辞めろって簡単に言えます。でも、店長は俺たちのことも考えてくれてた」


男性従業員が拳を握る。


「だったら、どうして今は外の店ばかりなんですか?」


何も言えない。


「店長が始めた《街のお店案内所》で、街の店は助かっています。でも俺たちの売上は落ちてる。それなのに、百貨店で一番いい場所まで他店の紹介に使った」


男がまっすぐ俺を見る。


「俺たちの給料を削ってまで、敵を助けるんですか?」


敵。


その言葉には引っかかった。


でも、そこを論破したら終わりだ。


彼らは敵じゃない。


街の仲間だ。


客に合う店を紹介することは間違っていない。


長い目で見れば百貨店にも返ってくる。


たぶん全部、正しい。


でも今聞かれているのは、正しさじゃない。


「給料を削るつもりはない」


「じゃあ、どうやって守るんです?」


言葉が止まった。


「……考えてる」


その瞬間、自分で自分の答えが嫌になった。


考えてる。


便利な言葉だ。


まだ答えを持っていない人間が、時間を稼ぐ時に使える。


「いつまでです?」


当然の質問だった。


答えられない。


今の数字なら、百貨店の体力は三か月。


「店長。俺たちは、三か月後に家賃を払えなくなるかもしれないんです」


分かってる。


そう言いかけて、飲み込んだ。


分かっている人間は、ここまで追い詰めない。


全員が正しい時、店長は誰を選ぶ

「反対意見も聞きましょう」


ゼファーが口を開いた。


「店長続投を希望する者は?」


何人かが手を挙げた。


思ったより多い。


少し安心してしまった自分が情けない。


「店長の考えは間違ってないと思います。街の店が潰れれば、いずれ百貨店も嫌われる。大型店だけ残った街なんて、客にとっても面白くない」


でも。


「ただし、今のやり方を続けられるとは思いません」


続投派まで、それを言った。


ゼファーが俺を見る。


「現在、三つの意見があります。街の商店を支援する施策をやめる。施策は続けるが店長を交代する。店長を続投させ、短期間で百貨店の利益も回復させる」


「三つ目、難易度おかしくない?」


「店長が選んだ道です」


現実!


「直……」


リリスが言いかけて止まった。


「店長」


言い直す。


「私は一つだけ確認したいです。街のお店案内所をやめますか?」


会議室中が俺を見る。


ここで「やめる」と言えば、たぶん楽になる。


百貨店に客を戻す。


一等地に商品を戻す。


自社商品を売る。


千店舗連合と正面から戦う。


でも、東通りの鍛冶屋も、娘へ渡せる鍋を探していた女性も、何十年も客の人生を見てきた小さな店も、全部「競合」に戻すのか。


「やめない」


会議室がざわついた。


「理由は?」


「客にとって必要だからだ」


静かになった。


「百貨店に欲しいものがなければ、街の店へ案内する。街の店にないものなら、百貨店へ来てもらう。客が一番合う店を選べる街にしたい」


そこで止める。


「でも、そのために、ここで働いてる人が犠牲になっていいとは思ってない」


今度こそ逃げない。


「俺は、店を守ることと、店の中の人を守ることを別々に考えてた」


第8話でも同じことをした。


客を助けようとして半額販売した。


結果、作り手を苦しめた。


今度は個人商店を助けようとして、自分の従業員を苦しめている。


誰かを助けるために、別の誰かが傷つく。


その構造を、また見落とした。


「店長失格だと思う」


自分で言うと、想像以上に重かった。


「だから、店長を続けさせてください、とは今は言えない」


リリスの目が大きくなった。


「店長?」


「結果を出してから言う」


店長の椅子を、三日だけ預けてもらう

「三日ください」


「三日?」


「百貨店の利益を回復させる方法を考えます」


「街の店を切らずに?」


「切らない」


「俺たちの給料も守る?」


「守る」


「できるんですか」


「分からない」


リリスが眉を寄せた。


でも嘘は言いたくなかった。


「だから、三日。三日で方針を出せなかったら、解任要求を受け入れます」


「店長!」


リリスが立ち上がった。


「勝手に決めないでください!」


「いや、俺の進退だから俺にも決める権利は」


「そういう話ではありません!」


怖い。


完全に恋人の怒り方。


ゼファーが眼鏡を押し上げる。


「私は三日に賛成です。ただし条件があります」


「やっぱりあるよね」


「店長単独での判断は禁止します。今回の原因の一つです」


ぐう。


「施策は必ず、経理、販売、仕入れ、従業員代表の承認を得ること」


俺の店なのに。


いや。


違う。


そこからだったのかもしれない。


俺はずっと《俺の百貨店》と考えていた。


異世界へ来て、立ち上げて、育てて、世界一にした。


でも今、ここには百人以上が働いている。


家族もいる。


仕入れ先がいる。


客がいる。


街の店もつながり始めた。


「……分かった」


俺は頭を下げた。


「三日だけ、店長の椅子を預けてください」


やがて、さっき俺の解任を求めた若い販売員が手を挙げた。


「……三日なら」


一人。


また一人。


小さく頷く。


全員じゃない。


それでいい。


信頼って、多数決で戻るものじゃない。


一回ずつ取り戻すしかない。


売上を戻せばいい、ではない

その夜。


会議室には俺、リリス、ゼファー、バルグ、従業員代表だけが残った。


「というわけで」


俺は黒板に書く。


《三日で利益回復》


「雑ですね」


ゼファー。


「分かってる!」


「具体策は?」


「今から!」


「ゼロということですね」


「言語化するな!」


バルグが腕を組む。


「値上げするか?」


「それは最後」


「自社商品を戻す?」


「案内所は残す」


「広告料」


「取りたくない」


ゼファーが額を押さえた。


「店長。利益という言葉をご存じですか?」


「異世界で一番聞きたくない煽り方!」


リリスは黙っていた。


俺は数字を見る。


来店者は増えている。


街全体の商取引量も増えた。


でも百貨店の利益は落ちた。


百貨店には何がある?


物流。


倉庫。


仕入れ網。


人材。


信用。


決済。


修理。


そこで何かが引っかかった。


「なあ。商品を売らなくても、百貨店にできる仕事って何個ある?」


ゼファーが顔を上げた。


「物流」


「共同仕入れ」


「倉庫」


「修理受付」


「決済」


「配送」


「……あるじゃん」


俺は立ち上がった。


個人商店の商品を奪わない。


店を吸収しない。


看板も変えない。


でも、店だけでは難しい部分を百貨店が支える。


これなら。


「店長」


リリスが静かに言った。


「まだ顔が早いです」


「え?」


「成功した顔」


「してた?」


「してました」


怖い。


恋人って経営コンサルより厳しい。


ゼファーも頷いた。


「まだ利益構造がありません。料金設計もありません。千店舗側が受け入れる保証もない。そして三日です」


「急に胃が痛くなってきた!」


でも方向は見えた。


店が商品を売るだけの場所じゃないなら。


百貨店だって、商品を売るだけの店じゃなくていい。


誰かが、千店舗連合を動かしている

会議が終わったのは深夜近くだった。


「店長」


リリスがまだ残っていた。


「帰らないの?」


「あなたに言われたくありません」


「正論が鋭い」


彼女が机の端に一枚の紙を置いた。


「これ、見ました?」


千店舗連合の取引記録だった。


俺は流し見して、手が止まった。


連合に参加した店の一つ。


三日前、急に大量の在庫を仕入れている。


「こっちも」


別の店。


同じ。


その隣も。


「資金、どこから出た?」


「分かりません。連合参加店の何店舗かに、突然まとまった資金や商品が入っています」


「誰かが支援してる?」


「可能性があります」


千店舗連合が悪いわけじゃない。


彼らは自分たちの店を守ろうとしている。


でも、その正しさを利用している誰かがいるなら?


《世界流通再編計画》


黒い外套。


日本語。


世界中の物流。


「調べる」


「何をです?」


「資金の出所」


リリスの顔が変わった。


「どうやって?」


「直接行く」


記録に残った倉庫の住所を指す。


街の外れ。


使われなくなった物流倉庫。


「今夜」


リリスが無言になった。


あ。


嫌なやつだ、この沈黙。


「店長」


「はい」


「あなた、さっき何を反省したんですか?」


「従業員を見てなかった」


「もう一つ」


「え?」


「自分一人で全部背負おうとする癖です」


「いや今回はちょっと確認に」


「今夜?」


「はい」


「一人で?」


「……はい」


リリスが笑った。


ものすごくきれいに。


ものすごく怖く。


「分かりました」


「え。分かってくれた?」


「はい。今日は帰ってください」


「でも今夜」


「六時間」


「寝ろって?」


「最低です」


また睡眠管理。


俺は苦笑した。


「分かった。じゃあ明日」


「はい」


リリスも微笑んだ。


その時の俺は、その笑顔の意味を完全に読み違えていた。


翌朝。


俺が出発の準備をして店長室を出ようとした瞬間。


扉の前には、腕を組んだリリスが立っていた。


逃げ道を塞ぐように。


そして彼女は、昨日まで俺が聞いたことのない声で言った。


「行かせません」


第17話 完

次回 第18話

「リリスが、店長命令を拒否した」

千店舗連合の背後を探るため、危険な調査へ向かおうとする直人。


「店長命令だ」


いつもなら従うはずのリリスは、初めて首を横に振る。


「嫌です」


なおも一人で行こうとする直人へ、押さえていた感情がついにあふれる。


そして彼女は初めて、店長ではなく、その男自身の名前を叫ぶ。


「直人!」

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