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第8話(通算第18話)「リリスが、店長命令を拒否した」

第2シーズン「千店舗連合編」




世界一の百貨店を作れば、みんなを幸せにできる。




直人は、そう信じてきた。




人間も、魔族も、エルフも、ドワーフも。


作る人も、売る人も、買う人も。




誰か一人が得をするのではなく、みんなが明日も商売を続けられる店を作る。




そのために、失敗して、学んで、それでも店を開き続けてきた。




けれど、第2シーズンで直人を待っていたのは、これまでとはまったく違う敵だった。




悪徳商人ではない。


巨大な陰謀だけでもない。




直人自身が成功させた、魔王城百貨店。




安くて、便利で、品揃えもいい。




そんな「正しい店」が広がった結果、小さな店が消え始めていた。




さらに現れた、日本語で書かれた《世界流通再編計画》。




この世界には、直人以外にも日本を知る者がいるのか。




そして、世界中の店を巻き込む巨大な流通網の目的とは。




第2シーズンのテーマは、




「店は、誰のものなのか」




世界一大きな店を作る物語から。




世界一多くの店を、生かす物語へ。




直人、リリス、そして仲間たちの商売は、ここから新しい段階へ進みます。




『転生バイヤー、魔王城百貨店をはじめますⅢ』




第2シーズン「千店舗連合編」




開店です。

行かせません


「行かせません」


店長室の扉の前。


リリスは腕を組んで立っていた。


完璧に出口を塞いでいる。


「……おはよう」


「おはようございます」


「いい朝だね」


「そうですね」


「じゃあ、ちょっと通してもらっても?」


「嫌です」


即答だった。


朝一番から恋人に通行止めを食らった。


しかも、うちの販売主任は笑っている。


怖い。


「いや、昨日話しただろ。千店舗連合に不自然な資金が流れてる。あの倉庫を確認すれば、出所が分かるかもしれない」


「はい」


「だから行ってくる」


「駄目です」


「なんで?」


リリスの眉がぴくりと動いた。


あ。


たぶん今の質問、間違えた。


「店長」


「はい」


「昨日、何を反省しました?」


またそれ?


「……自分の理想を優先して、従業員の生活をちゃんと見てなかった」


「それから?」


「一人で全部決めようとしてた」


「それから?」


まだあるの?


「睡眠不足?」


「違います」


そこは違うんだ。


リリスが一歩近づく。


「自分一人が危険な目に遭えば済むと思っていることです」


言葉が詰まった。


図星だった。


「今回は、ただの調査だよ」


「火事の時も、そう言いました」


「……」


「危険じゃない。すぐ戻る。自分なら大丈夫」


リリスの声は静かだった。


静かなぶん、逃げ場がない。


「そして店長は、自分だけが火の中へ入りました」


あの日。


燃える工房。


煙。


崩れる梁。


俺を止めようとしたリリス。


思い出すだけで喉が乾いた。


「でも、あの時は」


「必要だった?」


「そう」


「店長が死ぬことが?」


違う。


即座に答えたかった。


なのに、一瞬遅れた。


それだけで、リリスには十分だったらしい。


「やっぱり分かっていません」


「いや」


「分かってません」


「でも店長として」


「その言葉を使わないでください」


初めてだった。


リリスが俺の言葉を途中で切った。


「……え?」


「店長だから。責任者だから。自分が行かなきゃいけないから」


一つずつ。


俺が何度も使ってきた言葉を並べる。


「それを言えば、全部許されると思っていますか?」


「そんなつもりは」


「あります」


強い。


迷いがない。


「店長は、自分の命まで店の備品だと思ってるんです」


「備品って」


「しかも雑に扱う備品です」


ひどい評価だ。


俺、備品だったのか。


しかも管理状態が悪い。


「じゃあ、どうしろっていうんだ」


少しだけ声が強くなった。


リリスの表情が止まる。


「時間がない。俺には三日しかないんだ」


昨日。


従業員たちの前で約束した。


三日以内に、街の店を潰さず、魔王城百貨店の利益も回復させる。


できなければ。


店長を辞める。


もう一日目が始まっている。


「千店舗連合の裏で誰かが動いてるなら、早く調べないといけない」


「だから一人で?」


「人数が増えれば目立つ」


「だから店長が?」


「責任者だからだ」


言った瞬間。


リリスの顔から表情が消えた。


しまった。


また言った。


「店長命令だ」


もう口にした後だった。


空気が変わった。


これまで。


リリスは俺の無茶に怒ったことは何度もある。


呆れたことも。


説教されたことも。


でも最後には、店長としての判断を尊重してくれていた。


だから俺は。


たぶん、どこかで甘えていた。


最後には従ってくれる。


そう思っていた。


リリスは俺を見た。


そして。


首を横に振った。


「嫌です」


一瞬。


意味が分からなかった。


「……リリス?」


「従いません」


「店長命令だぞ」


「知っています」


「販売主任が店長命令を拒否したら」


「処分しますか?」


言葉を失った。


リリスが一歩近づいた。


「降格でも減給でもしてください」


「そんな話じゃ」


「私はしています」


目が揺れていた。


怒っている。


でも。


怒っているだけじゃない。


「店長が今日あそこへ一人で行くなら、私は店長命令を拒否します」


「なんでそこまで」


「分からないんですか?」


声が震えた。


初めてだった。


リリスが。


仕事の話をしている途中で、こんな声を出したのは。


あなたがいなくなった店で、働けと言うんですか


「店長はいつもそうです」


リリスが言った。


「商品を守る。客を守る。従業員を守る。職人を守る。街の店を守る」


「それが仕事だろ」


「だったら」


一拍。


「誰が店長を守るんですか?」


何も言えなかった。


「私たちは、守られるだけの人間ですか?」


「違う」


「店長が全部背負って、一人で傷ついて、最後に笑って『大丈夫だった』と言えば、それで私たちは喜ぶと思っているんですか?」


そんなつもりはない。


でも。


似たようなことは何度もしてきた。


「火事の日」


リリスの声が小さくなる。


「私、本当に怖かったんですよ」


視線が落ちた。


「煙の中に店長が消えて」


拳が握られる。


「戻ってこなかったらどうしようって」


俺は動けなかった。


「なのに戻ってきた店長は、最初に商品の心配をした」


「……あれは」


「腹が立ちました」


「はい」


これは謝るしかない。


「でも、それ以上に」


リリスが顔を上げた。


「怖かったんです」


胸の奥をつかまれた。


百貨店が燃える。


商品を失う。


店を失う。


そういう恐怖なら、俺にも分かる。


でも。


目の前の人を失う恐怖。


俺は。


それを、自分に向けられるものとして考えたことがなかった。


「あなたが死んだら、誰がまた仕入れるんですか」


以前。


リリスはそう言った。


俺は。


百貨店のために生きろ、という意味だと思っていた。


違ったのかもしれない。


「俺がいなくても、百貨店は」


「そういうところです!」


怒鳴られた。


廊下を歩いていた従業員がびくっとして逃げていく。


ごめん。


朝から店長室前で修羅場です。


「店は続くかもしれません!」


リリスは構わず続けた。


「ゼファーさんもいます。バルグさんも、ガルドさんも、みんないます!」


「だったら」


「でも!」


声が裏返った。


「あなたはいなくなるでしょう!」


止まった。


店ではなく。


店長ではなく。


俺。


「あなたがいなくなった店で」


リリスの目に涙が浮かんだ。


「私に働けと言うんですか?」


答えられなかった。


世界一の百貨店を作りたい。


必要な物を、必要な人へ届けたい。


たくさんの人を幸せにしたい。


そんなことばかり考えてきた。


なのに。


一番近くにいる人が。


俺がいなくなることを、こんなに怖がっていた。


知らなかった。


いや。


見ようとしていなかった。


「リリス」


「行かせません」


彼女が繰り返す。


「店長命令でも」


俺は。


馬鹿だった。


たぶん。


すごく。


初めて、名前で呼ばれた


「分かった」


リリスが目を見開いた。


「行かない」


「……本当ですか?」


「一人では」


「店長」


「だから一人では行かない」


俺は机に置いてあった倉庫の地図を取った。


「ゼファーに共有する。バルグにも知らせる。護衛もつける」


リリスの眉間のしわが少しだけ減った。


「それなら」


「で、リリスは店に残って」


「嫌です」


早い。


「今の流れだと、そこは『分かりました』じゃない?」


「私も行きます」


「危ないぞ」


「店長よりは無茶しません」


反論できない。


「でも」


「私を置いていくんですか?」


「いや」


「一人で背負わないと今言ったばかりなのに?」


強い。


論理の刃が鋭すぎる。


「……一緒に来てください」


「はい」


勝った顔をされた。


いや、今回は俺が負けたほうが正しい気がする。


「ただし」


「まだあるの?」


「勝手に前へ出ない」


「はい」


「怪しい場所へ先に入らない」


「はい」


「燃えている建物へ突っ込まない」


「今回燃えてないだろ」


「今後もです」


永久条項だった。


「分かったよ」


俺は苦笑した。


それから。


少しだけ迷って聞く。


「なあ」


「なんです?」


「なんでそんなに心配してくれるんだ?」


リリスが固まった。


「……今ですか?」


「うん」


顔が赤くなる。


珍しい。


販売交渉で百人を相手にしても動じない女が。


耳まで赤い。


「それを本人に聞きます?」


「聞かないと分からないこともあるだろ」


「分かってください!」


「難易度高い!」


「店長はそういうところです!」


また怒られた。


でも。


さっきまでとは違う。


少しだけ。


いつものリリスに戻っていた。


俺も安心した。


だから。


つい。


口が滑った。


「まあ、心配してくれる恋人がいるのはありがたいけど」


「だから!」


リリスが振り返った。


「直人!」


世界が止まった。


……え?


今。


なんて?


リリス自身も止まった。


俺を見る。


俺も見る。


数秒。


誰も動かなかった。


「……今」


「言ってません」


「いや言った」


「言ってません」


「直人って」


「幻聴です」


「かなり明瞭だったけど!?」


「寝不足です」


「昨日六時間寝かされた!」


「足りません!」


無茶だ。


さすがに無理がある。


でも。


リリスは完全に逃げようとしている。


顔が真っ赤だった。


「もう一回」


「嫌です」


「お願いします」


「嫌です!」


「店長命令」


「拒否します!」


今日二回目!


しかも今度は完全に私用!


俺は笑った。


笑ってしまった。


リリスはますます赤くなる。


でも。


俺の胸の奥には。


さっきの一言が、ずっと残っていた。


店長。


ではなく。


直人。


役職じゃない。


店じゃない。


俺自身の名前。


異世界へ来てから。


こんなに嬉しい二文字はなかった。


百貨店は、商品を売らなくても稼げる


一時間後。


俺たちは街外れの倉庫を見下ろせる丘にいた。


俺。


リリス。


バルグ。


護衛二人。


さらにゼファーには行き先と帰還予定を伝えてある。


「店長」


バルグが言う。


「ずいぶん慎重になったな」


「成長しました」


リリスが答えた。


「俺が言いたかった」


「遅いです」


厳しい。


倉庫には数台の荷馬車が出入りしていた。


古びた建物。


千店舗連合の共同倉庫という記録だったが。


妙だった。


「商品が多すぎる」


リリスが呟く。


俺も頷いた。


千店舗連合は、魔王城百貨店と取引しない方針を打ち出している。


物流網も使わない。


共同仕入れにも参加しない。


そのはずなのに。


倉庫へ入っている荷量は、個人商店の集合体とは思えない。


しかも。


「同じ箱が多いな」


俺は目を細めた。


個人店なら、扱う商品は店ごとに違う。


鍋。


服。


薬。


工具。


食品。


でも運び込まれている木箱は規格が揃いすぎている。


「統一された仕入れ網がある」


「連合のものでは?」


リリスが聞く。


「だったら、もっと前から記録に残ってるはずだ」


俺は帳簿の写しを開く。


千店舗連合が結成された直後。


突然。


複数店舗へ同じ時期に資金と商品が入った。


偶然じゃない。


「誰かが連合を育てた?」


リリスの顔が険しくなる。


「たぶん」


千店舗連合の人たちは悪くない。


自分たちの店を守ろうとしているだけだ。


でも。


その思いへ金を流し。


商品を流し。


魔王城百貨店と戦える規模まで膨らませた誰かがいる。


「何のために?」


バルグが聞いた。


俺は答えられなかった。


百貨店を潰したい?


俺を追い出したい?


物流を混乱させたい?


どれもあり得る。


でも。


それだけじゃない気がした。


倉庫から男が一人出てきた。


黒い外套。


遠目で顔は見えない。


俺の心臓が跳ねる。


「店長」


リリスが腕をつかんだ。


「行きませんよ」


「分かってる」


本当なら追いたかった。


昨日までの俺なら。


たぶん走っていた。


でも。


今回は動かなかった。


男は馬車へ乗る。


遠ざかっていく。


「バルグ。尾行できる?」


「俺じゃ目立つ」


確かに。


でかい。


「部下を回す」


「頼む」


それでいい。


全部、自分でやらなくていい。


誰かに任せる。


情報を共有する。


助けてもらう。


こんな簡単なことを。


俺はずっとできていなかった。


リリスが小さく笑った。


「何?」


「いえ」


「なんだよ」


「少しだけ店長らしくなったと思って」


「さっきまで店長失格扱いだったよね?」


「成長が早くて助かります」


褒められてる気がしない。


黒い外套が残したもの


倉庫へ入れたのは昼過ぎだった。


管理人が外出した隙に、ではない。


正規に。


倉庫の所有者を調べ。


取引記録を照合し。


法的に立ち入りできる筋を通した。


「地味だな」


俺が言う。


リリスが横を見る。


「何がです?」


「こういう調査って、もっと窓から侵入したり、追手から逃げたりするものじゃない?」


「店長は何を期待していたんですか?」


「異世界っぽいやつ」


「商人です」


そうでした。


中には商品が山積みだった。


食品。


衣類。


生活用品。


工具。


どれも大量。


ただ。


品質は悪くない。


値段も極端に安いわけではない。


「普通の商品ですね」


「そこが一番怖い」


悪徳商品なら分かりやすい。


粗悪品を売りつける。


不当な価格で市場を壊す。


そういう敵なら戦える。


でも。


全部まともだ。


千店舗連合へ。


普通の商品を。


普通の価格で。


安定供給している。


「魔王城百貨店と同じだ」


俺は呟いた。


「え?」


「俺たちがやってきたことと同じなんだよ」


物流を整える。


共同で仕入れる。


欠品を減らす。


安定して商品を届ける。


その結果。


千店舗連合は魔王城百貨店と戦えるようになった。


敵は。


俺たちの商売そのものを真似している。


いや。


違う。


もっと先をやっている。


「これ……」


リリスが棚の奥から紙を見つけた。


小さな伝票。


ほとんどはこの世界の文字だった。


だが。


一枚だけ。


日本語がある。


俺の呼吸が止まった。


《第二段階 競争構造形成完了》


その下。


《大型店舗と小規模店舗の対立を確認》


さらに。


《商業依存度 上昇》


意味が分からない。


いや。


分かりたくない。


「店長?」


リリスには読めない。


俺は紙を握った。


「千店舗連合は、目的じゃない」


「どういうことです?」


「実験なんだ」


口にした瞬間。


背中が冷えた。


世界流通再編計画。


黒い外套。


日本語。


そして。


《競争構造形成》。


誰かが。


この世界の商売を観察している。


大型店を作らせ。


個人店と争わせ。


その結果を。


記録している。


「誰が……」


俺は伝票の裏を見る。


そこには。


短い文字列。


《第三実験地域へ移行準備》


第三。


つまり。


ここが終われば。


次がある。


「直人?」


また。


呼ばれた。


今度は。


小さな声だった。


俺は顔を上げる。


リリスが心配そうに見ている。


もう。


幻聴とは言わなかった。


「大丈夫」


言いかけて。


止めた。


それじゃ。


また同じだ。


「……いや」


俺は訂正する。


「ちょっと怖い」


リリスが目を見開いた。


初めて言ったかもしれない。


怖い。


分からない。


助けてほしい。


そういう言葉を。


「だから、一緒に考えてくれる?」


リリスは。


少しだけ笑った。


「はい」


それだけだった。


でも。


十分だった。


店長一人の店じゃない


店へ戻る頃には、日が傾いていた。


店長室にはゼファーが待っていた。


「遅いです」


「予定時刻内です」


リリスが即答する。


「珍しい」


ゼファーが俺を見る。


「何?」


「店長が予定通り帰ってきました」


「俺、そんな信用ない?」


「ありません」


即答された。


つらい。


俺は倉庫で見つけた伝票を机へ置く。


日本語部分は読めない二人のために翻訳した。


ゼファーの顔から冗談が消える。


「誰かが千店舗連合を意図的に支援している」


「ただし」


俺は言った。


「連合を潰せば終わり、じゃない」


彼ら自身は利用されている可能性が高い。


しかも。


連合が言っていることまで間違いではない。


大型店の進出で小さな店が苦しくなる。


街の文化が失われる。


客の選択肢が減る。


全部、本当に起きている。


「だったら」


ゼファーが眼鏡を押し上げる。


「明日の交渉は?」


明日。


千店舗連合との正式協議がある。


俺に残された三日の。


二日目。


今までなら。


勝つ方法を考えた。


相手より安く。


相手より多く。


相手より便利に。


でも。


今回は違う。


俺は黒板を見る。


昨日書いた言葉。


《商品を売らなくても、百貨店にできる仕事》


物流。


倉庫。


共同仕入れ。


修理。


決済。


配送。


そして。


俺は一つ追加した。


《店を生かす》


「千店舗連合と戦うのをやめる」


ゼファーが眉を上げた。


リリスは黙って俺を見る。


「相手の商品を奪わない。客も奪わない。店も吸収しない」


「では、百貨店は何を売るんです?」


ゼファーが聞く。


俺は答えた。


「売らない」


「……はい?」


「少なくとも、何でも自分で売ろうとするのはやめる」


百貨店が持っているもの。


物流網。


倉庫。


信用。


決済。


修理。


共同仕入れ。


それを。


街の店へ売る。


商品じゃなく。


仕組みを提供する。


「千店舗の店が、それぞれ自分の商品を売る」


俺は黒板に線を引く。


「魔王城百貨店は、その千店舗が潰れないための仕事をする」


ゼファーが黙った。


リリスも。


俺は続けた。


「客を全部百貨店に集めるんじゃない」


百貨店から街へ。


街から百貨店へ。


必要な人を。


必要な店へ。


「世界一の百貨店を作る」


ずっとそう言ってきた。


でも。


もしかしたら。


世界一大きい店にする必要なんて。


最初からなかったのかもしれない。


「一番たくさん売る店じゃなくて」


言葉が自然に出た。


「一番たくさんの店を、生かせる店にする」


静かだった。


数秒後。


ゼファーが帳簿を開いた。


「料金体系を作ります」


「え?」


「物流手数料。共同仕入れ手数料。倉庫使用料。決済代行。修理窓口」


ものすごい速さで書き始める。


「採算ラインを今夜中に出します」


「乗ってくれるの?」


「店長がようやく利益という言葉の意味を理解した記念日です」


「そこまで言う?」


リリスが笑った。


俺も笑った。


三日。


まだ結果は出ていない。


店長を続けられるかも分からない。


千店舗連合が提案を受ける保証もない。


黒い外套の正体も。


日本人が誰なのかも。


何一つ分からない。


でも。


一つだけ。


昨日までと違うことがある。


俺はもう。


一人で答えを出そうとしていなかった。


「リリス」


「はい」


「今日はありがとう」


「何がです?」


「命令を聞かなくて」


リリスが少しだけ目を丸くする。


「店長がそれを言ったら駄目でしょう」


「確かに」


「次からは聞きます」


「本当に?」


「内容によります」


結局それか。


彼女は笑った。


俺も笑う。


それから。


何気ない声で聞いてみた。


「ところで、また直人って呼んでくれる?」


「嫌です」


「即答!?」


「調子に乗るので」


「もう乗ってる」


「知っています」


その日の夜。


俺たちは三人で。


千店舗連合へ出す提案書を作った。


商品を売らない百貨店。


店を奪わない百貨店。


小さな店を支えるための。


世界一、奇妙な百貨店の提案書を。


そして翌朝。


千店舗連合の代表千人を前に。


俺は最初の一言を告げることになる。


「魔王城百貨店は、皆さんの商品を売りません」


会場がざわめく。


俺は続けた。


「その代わり」


千店舗の店主たちを見る。


「皆さんの店を、潰れにくくする商売をさせてください」


世界一の百貨店が。


商売をしない百貨店へ変わる。


その最初の日だった。


第18話 完

次回 第19話

「商売をしない百貨店」


千店舗連合との最終商談。


「百貨店の商品を売りません」


直人が提示したのは、勝つための値下げでも、吸収でも、撤退でもなかった。


物流。


共同仕入れ。


倉庫。


決済。


修理。


個人店だけでは難しい部分を、魔王城百貨店が引き受ける。


しかし。


千店舗連合の代表は問いかける。


「それで、あなたの百貨店に何の得があるんです?」


直人は初めて。


「世界一の百貨店」の意味を言葉にする。

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