第9話(通算第19話)「商売をしない百貨店」
第2シーズン「千店舗連合編」
世界一の百貨店を作れば、みんなを幸せにできる。
直人は、そう信じてきた。
人間も、魔族も、エルフも、ドワーフも。
作る人も、売る人も、買う人も。
誰か一人が得をするのではなく、みんなが明日も商売を続けられる店を作る。
そのために、失敗して、学んで、それでも店を開き続けてきた。
けれど、第2シーズンで直人を待っていたのは、これまでとはまったく違う敵だった。
悪徳商人ではない。
巨大な陰謀だけでもない。
直人自身が成功させた、魔王城百貨店。
安くて、便利で、品揃えもいい。
そんな「正しい店」が広がった結果、小さな店が消え始めていた。
さらに現れた、日本語で書かれた《世界流通再編計画》。
この世界には、直人以外にも日本を知る者がいるのか。
そして、世界中の店を巻き込む巨大な流通網の目的とは。
第2シーズンのテーマは、
「店は、誰のものなのか」
世界一大きな店を作る物語から。
世界一多くの店を、生かす物語へ。
直人、リリス、そして仲間たちの商売は、ここから新しい段階へ進みます。
『転生バイヤー、魔王城百貨店をはじめますⅢ』
第2シーズン「千店舗連合編」
開店です。
「魔王城百貨店は、皆さんの商品を売りません」
会場がざわめいた。
当然だと思う。
百貨店の店長が、千店舗の商人を前にして、
「商品を売らない」
と言っている。
俺だって昨日までなら、意味が分からなかった。
「では、何をしに来たんです?」
連合側の代表が聞いた。
俺は黒板へ向かった。
《物流》
《共同仕入れ》
《倉庫》
《決済》
《修理》
《配送》
最後に、一つ。
《店を生かす》
「これを、魔王城百貨店の商売にします」
今度は誰も声を上げなかった。
笑われると思っていた。
でも、笑うには少しだけ具体的すぎたらしい。
商品を奪わない百貨店
「説明してください」
「はい」
俺は黒板の《物流》を指した。
「魔王城百貨店には、広い物流網があります」
一店舗だけで荷馬車を出せば高い。
少量だけ仕入れれば単価も上がる。
倉庫を持つにも金がかかる。
壊れた道具を修理する職人を常に抱えるのも難しい。
小さな店ほど、その負担は大きい。
「でも、千店舗分をまとめれば違う」
ざわめきが小さくなる。
「必要な商品をまとめて仕入れる。荷物をまとめて運ぶ。必要なら倉庫を使う。修理も、決済も、配送も魔王城百貨店が支える」
一人の店主が眉をひそめた。
「それでは結局、百貨店が全部を握るだけでは?」
「握りません」
俺は即答した。
「何を売るかは、皆さんが決めてください」
「……百貨店は口を出さない?」
「出しません」
「値段も?」
「皆さんの店の商品なら、皆さんが決める」
「仕入れ先は?」
「選ぶのは店です。必要なら俺たちが仕入れを手伝う」
代表たちが互いを見る。
「魔王城百貨店へ商品を置く必要は?」
「ありません」
「百貨店の看板を掲げる必要は?」
「ありません」
「店を吸収するつもりも?」
「ありません」
俺は一度、息を吸った。
「皆さんの店は、皆さんの店のまま残してください」
昨日まで。
俺は世界一の百貨店を作ることばかり考えていた。
商品を増やす。
客を増やす。
物流を広げる。
必要な物を、必要な人へ届ける。
間違ってはいなかった。
でも。
正しい商売が、小さな店を潰すこともある。
その事実を、俺はようやく知った。
「百貨店が全部売る必要はないと思っています」
後ろでゼファーが小さく息を吐いた。
たぶん、昨日までの俺を知っているからだ。
「個人店が得意な商品は、その店で売ればいい。魔王城百貨店にしかできないことだけ、俺たちがやる」
「そんなものを」
別の店主が言った。
「百貨店と呼ぶんですか?」
「俺も、そこは少し悩んでます」
何人かが吹き出した。
リリスが横から小声で言う。
「そこは堂々としていてください」
「今、俺も不安になった」
「商談中です」
「はい」
笑いが少し広がった。
張りつめていた空気が、ほんの少しだけほどけた。
無料にはしません
「しかし」
別の声が飛んだ。
「そこまで我々を助けて、魔王城百貨店に何の利益がある?」
来た。
一番聞かれると思っていた質問だ。
俺は答える。
「手数料をもらいます」
静かになった。
「……金を取るんですか?」
「取ります」
今度はゼファーが少しだけ満足そうな顔をした。
ひどい。
俺が金を取ると言っただけで褒められている気がする。
「物流を使えば物流手数料。倉庫を使えば保管料。共同仕入れを利用すれば仕入れの手数料。修理を頼めば修理代」
「結局、自分たちが儲けたいだけでは?」
「儲けます」
俺は逃げなかった。
「魔王城百貨店にも従業員がいます」
第17話で言われた。
店長は街を救うことばかりで、俺たちを見ているのか。
あの言葉は、まだ残っている。
「俺は皆さんの店を守りたい。でも、そのために自分の従業員を犠牲にはできません」
リリスが俺を見る。
何も言わない。
でも、その視線だけで十分だった。
「だから無料にはしない。うちも利益を出します」
「それなら、今までと何が違う?」
「皆さんが潰れない方が、俺たちも儲かる形にすることです」
代表の表情が変わった。
俺は続ける。
「商品を全部百貨店で売れば、皆さんの店がなくなっても百貨店は儲かるかもしれない」
それは、これまでの大きな店の考え方だ。
客を集める。
商品を集める。
売上を集める。
でも。
「物流や倉庫や決済を商売にするなら、皆さんが店を続けるほど、百貨店にも仕事が生まれる」
一店舗が続く。
物流が動く。
仕入れが動く。
修理が生まれる。
決済が続く。
「皆さんが儲かる。だから、うちにも利益が出る」
どちらかが死ななければ成立しない商売ではなく。
相手が続くほど、自分たちも続けられる商売。
「それなら」
俺は言った。
「百貨店が皆さんの敵でいる必要はない」
長い沈黙が落ちた。
「それでも、お前たちは大きすぎる」
「話は分かった」
連合の代表が言った。
「だが、怖いんだ」
その言葉は、意外だった。
怒りでもない。
反発でもない。
「何がです?」
「魔王城百貨店は大きすぎる」
俺は黙った。
「今は、店を奪わないと言う。商品も奪わないと言う。だが、数年後は?」
答えられない。
「店長が代わったら?」
もっと答えられない。
「物流を使う店が増え、皆が百貨店なしでは動けなくなったら?」
痛い。
俺たちが支える。
その仕組みが大きくなれば。
今度は、その仕組み自体が力になる。
正しいことをしているつもりでも。
また同じことが起きるかもしれない。
俺は無意識に一人で答えを探しかけた。
その時。
「店長」
リリスの声。
「はい」
「一人で全部答えなくていいんですよ」
胸を突かれた。
昨日の朝と同じだ。
俺はリリスを見る。
そしてゼファーを見る。
「ゼファー」
「はい」
「百貨店側だけが有利にならない条件は作れる?」
ゼファーは少し考えた。
「作れます。ただし、双方で条件を詰める必要があります」
「だそうです」
「店長」
「何?」
「丸投げしないでください」
「すみません」
会場から、また小さな笑いが起こる。
俺も笑った。
以前なら。
世界一の店長なら全部答えられなければならない。
そう思っていた。
今は違う。
「俺一人では決めません」
俺は千店舗連合を見る。
「条件は一緒に作りましょう」
「一緒に?」
「皆さんが怖いと思うことを教えてください。俺たちが困ることも話します」
商品と同じだ。
一方だけが作り、一方だけが受け取るんじゃない。
必要なものを。
必要な形にする。
「俺たちも、皆さんも、続けられる条件を探したい」
連合の代表はしばらく黙っていた。
やがて。
「……交渉する価値はある」
その一言で。
空気が変わった。
店の王様ではなく
そこからの商談は長かった。
物流の料金。
共同仕入れの方法。
倉庫の使い方。
修理。
決済。
配送。
簡単にはまとまらない。
当然だ。
千店舗あれば、千通りの事情がある。
扱う商品も。
客も。
仕入れ先も。
店の歴史も違う。
でも。
誰も席を立たなかった。
それだけで昨日までとは違う。
休憩の合間。
リリスが小声で言った。
「店長」
「何?」
「今日はちゃんと人の話を聞いてますね」
「俺、そんなに聞いてなかった?」
「かなり」
「つらい評価だ」
「成長したということです」
「昨日も聞いたな、それ」
「成長速度が速いので」
「褒められてる気がしない」
「気のせいです」
そのやり取りを聞いていたゼファーが帳簿から顔も上げずに言った。
「お二人とも、商談中です」
「はい」
「はい」
声が重なった。
リリスと目が合う。
少しだけ笑う。
それだけ。
でも。
昨日までより、隣にいることが自然になっていた。
商売をしない百貨店
夕方。
最後の確認が終わった。
千店舗連合は、魔王城百貨店と戦うことをいったんやめる。
魔王城百貨店も、連合の店を潰す形では拡大しない。
個人店の商品は個人店へ。
必要な客を、必要な店へ。
そして。
個人店だけでは難しい部分を、百貨店が支える。
まだ細かい条件は残っている。
全部が一日で解決したわけじゃない。
それでも。
昨日まで敵だった相手と。
同じ紙の上に、これからの商売を書いている。
俺はその光景を見ていた。
「店長」
ゼファーが隣へ来る。
「はい」
「利益計算はこれからです」
「今、いいところだったんだけど」
「雰囲気では給料は払えません」
「知ってます」
「本当に?」
「最近、すごく学びました」
リリスが吹き出した。
俺も笑った。
世界一の百貨店。
俺はずっと、一番大きな店だと思っていた。
一番商品が多い。
一番客が来る。
一番売れる。
でも。
もしかすると。
違う。
「世界一の百貨店って」
二人が俺を見る。
「一番たくさん売る店じゃなくてもいいのかもしれない」
街には。
小さな店がある。
そこでしか買えないものがある。
そこでしか話せない店主がいる。
そこで買いたい客がいる。
「一番たくさんの店を、生かせる店」
それなら。
世界一を目指す意味は、まだある。
「店の王様じゃなくて」
俺は笑った。
「店を支える店にする」
リリスが静かにうなずいた。
ゼファーは帳簿へ何か書き込んだ。
「何書いた?」
「新しい収益計画です」
「感動を返して」
「利益になりませんので」
この男は最後まで経理だった。
次の実験
店へ戻る頃には、外は暗くなっていた。
机の上には。
昨日、倉庫から持ち帰った伝票が残っている。
《第二段階 競争構造形成完了》
《大型店舗と小規模店舗の対立を確認》
《商業依存度 上昇》
そして。
《第三実験地域へ移行準備》
千店舗連合との戦いは終わりへ向かっている。
でも。
黒い外套の男は消えたまま。
この実験を動かしている誰かも。
日本語を書いた誰かも。
まだ何も分からない。
「店長」
リリスが呼ぶ。
「帰らないんですか?」
「帰る」
俺は伝票を閉じた。
今は。
目の前の商売を終わらせる。
一人ではなく。
みんなで。
そして明日。
魔王城百貨店を、もっと大きくするためではなく。
必要なら。
小さくするための話を始める。
世界一の百貨店を目指してきた俺が。
自分の店を小さくする。
昨日までなら、絶対に選ばなかった答えだった。
第19話 完
次回 第20話
「世界一の百貨店を、俺は小さくする」
千店舗連合との戦いは終わる。
しかし直人は、千店舗を吸収しない。
看板も変えない。
商品も統一しない。
それぞれの店を残したまま、物流だけをつなぐ。
そして《世界流通再編計画》を見直した時。
地図の上に、奇妙な空白が浮かび上がる。
世界一の百貨店が次に向き合うのは、
「店が大きすぎる」という問題だけではなかった。




