第7話 四天王、アルバイトを始める
世界を救った百貨店に、今度は**「倒産」**の危機がやってきました。
剣も使えない。
魔法も使えない。
それでも直人には、バイヤーとして培ってきた**「商売」という武器**があります。
第Ⅲ部のテーマは、「豊かさとは何か?」
世界最大の商業国家を相手に、直人とリリス、そして四天王たちの新しい戦いが始まります。
笑いあり、恋愛あり、そして今回は百貨店同士の本気の商売バトルあり。
第1話「魔王城百貨店、倒産します」
世界を救った四天王、時給で働く
「今日から全員、アルバイトをしてください」
朝一番。
リリスのその一言で。
魔王城百貨店の四天王が固まった。
ガルドが腕を組む。
「敵地潜入か?」
「違います」
ゼファーが眼鏡を押し上げる。
「商会内部への諜報活動でしょうか」
「違います」
バルグが手を挙げる。
「食べる仕事か?」
「違います」
「なら断る」
「判断が早い!」
俺は額を押さえた。
高城直人、四十二歳。
元地方百貨店食品バイヤー。
現在。
世界最大級の百貨店の店長。
その会議室で。
なぜか四天王のアルバイト面接を始めようとしている。
人生。
本当に分からない。
「で、理由は?」
俺が聞くと。
リリスは一冊の帳簿を机へ置いた。
昨日。
セレナから渡されたものだ。
このままでは。
魔王城百貨店は三週間後に赤字になる。
数字だけなら。
そう読める。
仕入れ。
人件費。
倉庫。
保険。
港湾使用料。
税。
どこを削るか。
何を増やすか。
そればかり考えていた。
でも。
リリスは帳簿を閉じた。
「数字は見ました」
「うん」
「でも、この街で働いている人たちの生活は見ていません」
その一言で。
俺は黙った。
売上は見た。
客数も。
単価も。
在庫も。
でも。
その商品を作る人。
運ぶ人。
売る人。
街で暮らす人。
彼らが。
一日をどう生きているのか。
俺たちはまだ知らない。
「現場へ出るってことか」
「はい」
俺は笑った。
「賛成」
ガルドが立ち上がる。
「では、敵は?」
「労働」
「強いのか?」
「たぶんお前にはな」
こうして。
世界を救った四天王たちは。
時給で働くことになった。
ガルド、魚に敗北する
ガルドの勤務先。
港の魚屋。
開始五分。
「魚を買えぇぇぇぇぇ!」
通行人が逃げた。
「脅すな!」
店主が怒鳴る。
ガルドが首を傾げる。
「買えと言えと言われた」
「笑顔でだ!」
ガルド。
笑う。
子どもが泣いた。
「笑うな!」
「どちらだ!」
遠くから見ていた俺は。
腹を抱えた。
魔獣相手なら。
一人で百体斬れる男。
魚一匹。
売れない。
店主が一尾を掲げる。
「朝獲れだ! 脂が乗ってる!」
ガルドも真似する。
「強そうだ!」
「褒め方がおかしい!」
「この目を見ろ。戦士の目だ」
「死んでるんだよ!」
客が笑う。
少しずつ。
人が集まり始めた。
本人は。
たぶん接客しているつもりがない。
でも。
不器用なガルドだから。
逆に面白い。
その時。
一人の漁師が魚箱を置き。
小さく息を吐いた。
「今日も残らねえな」
ガルドが振り向く。
「何がだ?」
「金だよ」
「売れているだろう」
「売れてもな」
漁師は指を折る。
「港を使う金。市場へ出す金。仲介料。保管料」
苦笑する。
「魚より先に、金が消えていく」
ガルドは。
何も言わなかった。
剣なら。
何でも斬れる。
でも。
今の話の中に。
斬れる敵はいなかった。
バルグ、パンに一ミリを要求する
バルグはパン屋。
こちらは。
意外だった。
「違う」
「何がです!?」
若い店員が叫ぶ。
バルグは丸パンを持ち上げる。
「右が一ミリ大きい」
「パンですよ!?」
「商品だ」
「巨人族なのに細かい!」
工房に続き。
パン屋でも。
品質管理の鬼だった。
俺が近づく。
「これ、おいしそうだけど」
「駄目だ」
「どこが?」
「焼き色」
「分からん」
「店長」
「何」
「修行が足りない」
「パン屋初日の男に言われたくない」
横で店主が笑った。
でも。
その笑顔は。
長く続かなかった。
「最近はな。失敗作でも捨てられねえ」
「材料が高い?」
俺が聞く。
「ああ」
小麦。
塩。
薪。
油。
「仕入れるたび、上に何か乗る」
「手数料?」
「それだけじゃない」
店主は。
小さく肩をすくめた。
「値上げすれば客が買えない」
「下げれば?」
「俺たちが作れない」
バルグが。
黙ってパンを見る。
安ければいい。
そんな単純な話じゃない。
その言葉が。
胸の奥へ引っかかった。
ゼファー、アルバイト先を乗っ取る
ゼファー。
露店。
開始三十分。
「ポイントカードを導入しました」
「勝手に!?」
「再来店率改善です」
「初日だぞ!」
「初日だからです」
机には。
手作りのカード。
五回来店。
割引。
十回来店。
小物進呈。
二十回来店。
「店主とのお茶?」
「店主が寂しいそうです」
「それ特典なの!?」
露店主は満足そうに笑う。
「この兄ちゃん、うちに来ないか?」
「本職がありますので」
「給料倍出す」
「検討します」
「検討するな」
ゼファーは平然としている。
「交渉です」
その横。
帳簿が開いていた。
何気なく目に入った数字。
「この家賃」
俺は指を止めた。
「高くない?」
露店主が笑う。
「場所代だけならな」
許可料。
警備費。
保険。
商会登録料。
売上税。
「これ全部?」
「ああ」
「払えない月は?」
一瞬。
店主の笑いが消えた。
「借りる」
「誰から?」
「商会から」
また。
少し。
胸がざらついた。
恋人が服屋にいると視察にならない
リリスは。
服屋。
「店長」
「はい」
「いつまでいるのです?」
「視察」
「ガルドのところは十分でした」
「ここは重要だから」
「何が重要なのです?」
答えられない。
白いブラウス。
濃紺のスカート。
腰に採寸紐。
普段の四天王としての姿とは。
まるで違う。
似合っていた。
かなり。
「店長」
「何?」
「見すぎです」
「見てない」
「私の顔の位置に商品はありません」
完全に逃げ道を潰された。
「……似合ってる」
リリスの手が。
一瞬止まる。
「そうですか」
「うん」
半歩。
近づく。
「では、もう少し見てもいいですよ」
「仕事しろ!」
服屋の女主人が吹き出した。
「仲いいねえ」
二人同時。
「仕事中です」
女主人は。
さらに笑った。
「誰も聞いてないよ」
最近。
この流れ多いな。
リリスはすぐ仕事へ戻る。
客の体型。
肌色。
服の素材。
一目で見抜く。
「こちらは似合いません」
客の女性が驚く。
「売らないの?」
「似合わない物を売れば」
リリスは別の服を差し出す。
「次に来ていただけなくなります」
俺は。
少しだけ嬉しくなった。
売ることより。
次も来てほしい。
いつの間にか。
彼女自身の考えになっている。
客が去ったあと。
女主人がため息をついた。
「昔はもっと服が売れたんだけどね」
「今は?」
「皆、服まで金が回らない」
「原因は?」
「家賃」
そして。
少し間を置いて。
「借金」
また。
同じ言葉だった。
四十二歳、腰で敗北する
俺は。
港湾荷役。
理由は単純。
街を支えている場所を。
自分の身体で知りたかった。
「次! 三箱!」
「はい!」
荷物を持つ。
重い。
でも。
いける。
日本でバイヤーだった頃も。
催事。
売場応援。
荷下ろし。
いくらでもやった。
四十二歳。
まだ現役。
「店長」
遠くから。
リリスが言った。
「無茶していませんか?」
「してない!」
その瞬間。
腰で。
ピキ。
と。
何かが鳴った。
「…………」
人生で。
聞いてはいけない音だった。
「店長?」
「リリス」
「はい」
「人間って」
「はい」
「ある日突然、動けなくなるんだな」
「何をしたんです?」
「腰」
十分後。
俺は倉庫裏。
うつ伏せ。
リリスが薬草を揉む。
ぺたり。
腰へ。
「冷たっ!」
「我慢してください」
「痛い!」
「動かないで」
「そこ結構響く」
「店長」
声が低くなる。
嫌な予感。
「四十二歳なんですから、無茶しないでください」
「そこ強調する?」
「四十二歳です」
「二回言うな!」
顔が。
近い。
いや。
かなり近い。
薬草を押さえるため。
仕方がない。
分かってる。
でも。
近い。
「店長」
「何?」
「顔が赤いです」
「腰が痛いから」
「痛い場所と顔は離れています」
「痛みは全身へ広がる」
「便利ですね」
リリスが笑う。
そして。
少しだけ声を落とした。
「本当に、無茶しないでください」
「……うん」
「心配しますから」
その言い方が。
妙に。
胸に残った。
「ありがとう」
「どういたしまして」
少し沈黙。
「リリス」
「はい」
「そろそろ離れてくれる?」
「なぜです?」
「近い」
「恋人ですよね?」
「最近そのカード強くない!?」
リリスは。
ちょっとだけ。
嬉しそうだった。
アルバイト中でも四天王は四天王だった
事件は。
夕方。
突然起きた。
「魔獣だ!」
港が騒然となる。
荷役用の大型魔獣。
角。
荷台。
何かに驚いたのか。
市場へ突っ込んでくる。
人が多い。
「避難!」
俺が叫ぶ。
でも。
四人は。
もう動いていた。
ガルド。
魚屋姿。
魚を持ったまま。
「止まれ!」
「魚を置け!」
魔獣の正面へ。
巨大魚を振る。
魔獣が。
びくりと進路を変える。
「効くのかよ!」
横から。
パン屋の前掛け姿のバルグ。
角を掴む。
「おおおおお!」
地面が削れる。
魔獣が。
止まる。
「パン屋の絵じゃない!」
ゼファーは。
避難誘導。
「こちらへ! 押さないでください!」
完璧。
ただし。
「ポイントカードもどうぞ!」
「今配るな!」
「再来店につながります」
「災害を販促に使うな!」
リリス。
服屋姿のまま。
荷台へ。
固定紐を切る。
荷物を落とさず。
重さだけを逃がす。
魔獣の負荷が減る。
その瞬間。
バルグが。
完全に押さえ込んだ。
ガルド。
魚を掲げる。
「勝った!」
「魚で勝利宣言するな!」
港に。
歓声と笑いが広がった。
怪我人。
なし。
被害。
ほぼなし。
俺は。
腰を押さえる。
隣の港湾労働者が呟いた。
「本当に百貨店なのか?」
「たぶん」
「店長が言うなよ」
俺も。
そう思う。
数字の下に、人がいた
夜。
食堂。
俺たちは今日聞いた話を持ち寄った。
最初は。
笑っていた。
ガルド。
「魚は難しい」
ゼファー。
「魔獣より?」
「魔獣は倒せば終わる」
「魚は?」
「倒れているのに売れない」
「深いですね」
「深くない」
バルグ。
「パンも難しい」
「食べた?」
「一個」
「どうだった?」
「右が一ミリ大きかった」
「食っても分かるの!?」
笑いが起きる。
でも。
やがて。
リリスがメモを開いた。
「では、本題です」
空気が。
少し変わる。
魚屋。
港湾使用料。
市場手数料。
仲介料。
パン屋。
材料費。
燃料費。
商会手数料。
露店。
家賃。
許可料。
保険料。
借金。
服屋。
生活費。
家賃。
借金。
俺。
港湾労働。
日当そのものは。
決して低くない。
「変だ」
俺は呟いた。
ゼファーが頷く。
「はい」
ヴェネリア。
世界最大の商業国家。
船。
銀行。
保険。
倉庫。
商品。
金。
何もかも。
ある。
なのに。
今日会った人たちは。
誰も。
豊かそうじゃなかった。
「店長」
声をかけられた。
昼間。
一緒に働いた港湾労働者だった。
「少しいいか?」
「もちろん」
男は周囲を見て。
一枚の紙を差し出した。
「これを見てほしい」
「給与明細?」
「ああ」
「見ていいの?」
「見てくれ」
俺は紙を見る。
支給額。
悪くない。
むしろ。
思っていたより高い。
でも。
下へ。
視線を移す。
税。
家賃。
保険料。
港湾管理費。
商会手数料。
借金返済。
利息。
保証料。
「…………」
計算する。
一度。
二度。
おかしい。
ゼファーへ渡す。
彼も。
黙って計算した。
表情が。
変わる。
「ゼファー」
「はい」
「俺の計算」
「合っています」
男が聞く。
「何が分かった?」
答えたくなかった。
でも。
答えは。
紙の上にある。
働く。
給料が入る。
生活費が引かれる。
足りない。
借りる。
利息が増える。
また働く。
また返す。
でも。
減らない。
それどころか。
「……働けば」
声が。
かすれた。
リリスが俺を見る。
「働けば働くほど」
紙を握る。
「借金が増えてる」
誰も。
笑わなかった。
さっきまで。
魚。
パン。
ポイントカード。
俺の腰。
そんな話で。
あれだけ騒いでいたのに。
静かだった。
世界で一番。
商売が発達した国。
世界で一番。
商品が集まる国。
世界で一番。
金が動く国。
その国で。
働く人間が。
金に追われている。
商品がないわけじゃない。
仕事もある。
給料も出る。
それでも。
豊かにならない。
俺は。
初めて。
この国の本当の問題を見た気がした。
敵は、値札の向こう側にいる
「店長」
リリスが。
静かに聞く。
「どうしますか?」
すぐには。
答えられなかった。
今までなら。
商品がなければ。
仕入れる。
届かなければ。
運ぶ。
売れなければ。
売場を変える。
買えなければ。
値段を変える。
俺はずっと。
商品をどう届けるか。
それを考えてきた。
でも。
これは。
違う。
商品は届いている。
客も働いている。
それなのに。
買えない。
「……調べる」
俺は言った。
「何を?」
「全部」
税。
保険。
家賃。
手数料。
借金。
利息。
「この街で」
給与明細を見る。
「金がどこへ消えているのか」
ガルドが聞く。
「敵はレオナルドではないのか?」
「分からない」
素直に答えた。
黄金海運商会が。
どこまで関わっているのか。
この国そのものの仕組みなのか。
まだ。
決めつけるには早い。
でも。
今日一日で。
一つだけ分かった。
俺たちが見ていたのは。
売上だった。
客数だった。
利益だった。
でも。
その数字の下には。
ずっと。
人がいた。
俺は。
給与明細を机へ置く。
世界一豊かな国で。
世界一働いている人間たちが。
働けば働くほど。
貧しくなっていた。
第7話 完
次回 第8話
「半額にしたら、店が潰れました」
高いから買えない。
なら。
安くすればいい。
直人は。
商品の価格を半分にする。
客は殺到。
商品は完売。
売場には笑顔が戻る。
大成功。
そう思った。
翌朝までは。
「店長」
一人の職人が。
空になった売場で言った。
「もう、作れません」
客を救うために下げた値段が。
今度は。
作る人を追い詰める。
直人が初めて。
「安く売ること」の怖さを知る。




