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6/18

第6話 商品が来ないなら、この街で作ればいい

世界を救った百貨店に、今度は**「倒産」**の危機がやってきました。




剣も使えない。


魔法も使えない。


それでも直人には、バイヤーとして培ってきた**「商売」という武器**があります。




第Ⅲ部のテーマは、「豊かさとは何か?」




世界最大の商業国家を相手に、直人とリリス、そして四天王たちの新しい戦いが始まります。




笑いあり、恋愛あり、そして今回は百貨店同士の本気の商売バトルあり。




第1話「魔王城百貨店、倒産します」




新章、開店です。

百貨店から、仕入れ先が消えた

その朝。


魔王城百貨店から、四十三社の仕入れ先が消えた。


「店長」


開店前の会議室。


ゼファーが一冊の帳簿を、俺の前へ置いた。


分厚い。


嫌な厚さだった。


「昨夜から今朝までに、取引停止四十三件です」


「……予想より早いな」


「原材料業者十九件。運送業者十一件。倉庫七件。残りが工房です」


「ほぼ全部だな」


「はい。ほぼ全部です」


原因は分かっている。


昨日。


黄金海運商会が出した通達だ。


魔王城百貨店と取引した者とは、今後一切取引しない。


世界最大の海運網。


倉庫。


船。


保険。


金融。


その多くを握るレオナルド・ヴェルガが言えば、それはただの警告ではない。


この街で商売を続けたいなら。


俺たちと手を切れ。


そういう命令だった。


「直人」


ガルドが腕を組んだ。


「やはり船を奪うしかない」


「朝一番から犯罪案を出すな」


「ならレオナルドを倒す」


「何で悪化した!?」


「原因を取り除けば解決する」


「物理的に取り除くな!」


横でバルグが巨大な手を挙げた。


「俺にも案がある」


「一応、聞こう」


「全部、俺が運ぶ」


「どこから?」


「世界中から」


「世界を軽く見るな!」


「何往復かすれば」


「物流を筋肉で解決しようとするな!」


リリスが額に手を当てた。


「どうして四天王は会議になると知性が下がるのでしょう」


ガルドが首を傾げる。


「戦闘なら上がるぞ」


「今は百貨店です」


「なら戦えば――」


「ガルド」


俺とリリスの声が重なった。


「……分かった」


素直なのが逆に腹立つ。


だが。


笑っていられる状況ではない。


商品が来ない。


材料も来ない。


作った商品を運ぶことさえ難しくなる。


普通の百貨店なら。


ここで終わる。


俺は机に広げたヴェネリアの地図を見た。


港。


倉庫。


市場。


職人街。


住宅街。


そして。


魔王城百貨店。


昨日。


一番売れなかった巨大工具を、俺たちは売らなかった。


貸した。


すると。


商品を買えなかった職人が。


商品を作る側へ回った。


なら。


答えは。


もう出ている。


「ゼファー」


「はい」


地図の一点を指した。


「ここ、何だ?」


「旧造船資材倉庫です」


「使える?」


「建物自体は残っています。かなり古いですが」


「広さは?」


「十分です」


「水は?」


「井戸があります」


「搬入口は?」


「二か所」


「職人街からは?」


ゼファーが地図をなぞる。


そこで。


指が止まった。


俺を見る。


気づいたらしい。


「近いです」


「よし」


俺は立ち上がった。


黒板へ向かう。


チョークを取る。


そして。


大きく書いた。


《ヴェネリア百貨店工房》


ガルドが読んだ。


「百貨店なのか?」


「ああ」


「工房なのか?」


「ああ」


「どちらだ?」


「両方」


「なるほど」


「絶対分かってないだろ」


「分かっている」


「説明して」


少し考えて。


「両方だ」


「分かってない!」


リリスが吹き出した。


俺は黒板を叩く。


「職人を集める。工具はこっちで用意する。材料も可能な限り共同で確保する。作った商品は百貨店で売る」


ゼファーが続ける。


「販売場所を持たない職人も参加できる」


「そう」


「高価な工具を買えない者も」


「使える」


「広告や販売は」


「俺たちがやる」


リリスが黒板を見る。


「つまり」


「うん?」


「百貨店の中にメーカーを作るんですか?」


「違う」


「では?」


俺は。


地図を見る。


この街を。


「メーカーを一個作るんじゃない」


職人街。


港。


市場。


そこに住む。


何千人もの人。


「街全体を、メーカーにする」


少し。


沈黙が落ちた。


ゼファーが眼鏡を押し上げる。


「また、とんでもなく面倒なことを思いつきましたね」


「褒めてる?」


「まったく」


リリスが笑う。


「私は好きですよ」


「リリス……!」


「面倒な店長」


「そこまでセット!?」


でも。


それでいい。


世界最大の商人が。


物流を止めるなら。


物流の前提を。


こっちが変える。


商品が来ないなら。


ここで作ればいい。


百貨店なのに、工房を始めました

問題は。


工房を作ることではなかった。


今日から作ると決めたことだった。


「店長!」


「何!?」


「作業台が足りません!」


「食堂の机を借りろ!」


「椅子は!?」


「木箱!」


「照明がありません!」


「魔石!」


「棚がありません!」


「作れ!」


「棚を作るための棚がありません!」


「もう何言ってるか分からん!」


旧造船資材倉庫は。


昼前には。


完全に戦場になっていた。


いや。


戦場のほうが。


うちの四天王は静かかもしれない。


「違う」


低い声が響いた。


工房責任者。


バルグ。


巨大な指で。


木板を示す。


「右へ二ミリ」


職人が目を見開いた。


「二ミリ!?」


「違う」


「今度は何だ!?」


「一ミリ戻せ」


「巨人族なのに細かい!」


俺も驚いていた。


バルグ。


工房責任者として。


異常に優秀だった。


力がある。


加工技術もある。


素材の癖も理解している。


何より。


品質に。


異常にうるさい。


若い職人が。


木箱を持ってくる。


「これは?」


バルグ。


見る。


触る。


持ち上げる。


「駄目だ」


「どこが!?」


「角度」


「何度!?」


「気持ち違う」


「最後だけ感覚!?」


工房に笑い声が広がった。


でも。


職人たちは帰らない。


むしろ。


楽しそうだった。


工具がある。


材料がある。


作る場所がある。


作った商品を。


売ってくれる店がある。


これまで。


全部。


自分で用意しなければならなかった。


今日は。


違う。


職人は。


作ることに集中できる。


「店長」


隣。


リリス。


「何?」


「笑っています」


「俺?」


「かなり」


言われて。


気づいた。


確かに。


楽しい。


売場に並ぶ前の商品。


失敗する試作品。


職人同士の言い争い。


削り屑。


金属を叩く音。


布を裁つ音。


俺が日本でバイヤーだったころ。


本当に好きだったもの。


完成品じゃない。


商品が生まれる瞬間。


「俺さ」


「はい」


「店長になる前は、バイヤーだったんだよな」


「知っています」


「忘れてた」


リリスが俺を見る。


「何をです?」


「俺」


工房を見る。


「こういうのが好きだった」


誰も知らない商品を見つける。


まだ価値を知られていない職人を見つける。


売場を想像する。


客の顔を想像する。


「世界最大の百貨店を作って」


俺は小さく笑った。


「完成した商品を見ることばっかりになってた」


リリスは。


すぐに励まさなかった。


ただ。


俺と同じ方を見る。


「では」


「うん?」


「思い出せてよかったですね」


それだけだった。


でも。


十分だった。


肩が。


少しだけ。


触れていた。


前なら。


たぶん俺が。


半歩逃げていた。


今日は。


そのままにした。


リリスも。


何も言わなかった。


十年間、職人をやめていた男

午後。


一人の老人が工房へやってきた。


小柄。


白髪。


少し曲がった背中。


だが。


手だけは。


大きかった。


指は節くれ立ち。


爪の横には。


古い傷。


「ここなら」


老人が聞く。


「工具を貸してもらえるって聞いた」


「はい」


「金は?」


「今は取りません」


怪訝な顔。


「何でだ」


「作ってほしいからです」


「何を?」


「それを決めるのは職人です」


老人は。


しばらく俺を見た。


それから。


持っていた布袋を開く。


中から。


小さな木馬を出した。


古い。


片脚が欠けている。


塗料も剥げている。


でも。


不思議と。


捨てられない感じがした。


「これ」


「あなたが?」


老人は頷いた。


「十年前にな」


「十年……」


「それから作ってない」


俺は。


理由を聞かなかった。


でも老人は。


自分から話した。


「商会が玩具を大量に入れ始めた」


安かった。


きれいだった。


形も揃っていた。


老人が木馬を一つ作る間に。


工場では。


十個。


二十個。


作れる。


「俺のなんか」


老人が笑った。


「誰も買わなくなった」


工房を閉じた。


工具を売った。


木材も手放した。


それから。


十年間。


職人ではなくなった。


少なくとも。


本人は。


そう思っていた。


「じゃあ」


俺は聞いた。


「今日は何をしに?」


老人が。


俺を睨む。


「意地の悪い店長だな」


「最近よく言われます」


「嘘つけ」


「最近、本当に増えました」


老人は鼻を鳴らした。


視線が。


工房の奥へ。


工具。


木材。


作業台。


「まだ」


小さな声。


「作れるのかと思ってな」


俺は。


答えなかった。


作業台を一つ。


指した。


「空いてます」


老人の喉が。


動いた。


「材料は?」


「あります」


「売れなかったら?」


「そのときは」


俺は肩をすくめる。


「俺の見る目がなかったということで」


老人が。


少しだけ。


笑った。


「馬鹿な店だ」


「それも最近よく言われます」


老人は。


十年ぶりに。


刃物を握った。


最初。


手は。


震えていた。


一削り。


二削り。


木屑が落ちる。


少しずつ。


震えが消える。


速度が変わる。


目が変わる。


背中まで。


違って見えた。


職人は。


十年。


消えていたんじゃない。


眠っていただけだった。


「おじいちゃん、そんなことできるの?」

夕方。


工房の入口に。


男の子が立っていた。


七歳くらい。


老人を見つけて。


走ってくる。


「おじいちゃん!」


老人の手が止まった。


「何だ」


「お母さんが、帰ってこないって」


「あとで帰る」


少年が。


作業台を見る。


「何してるの?」


「……仕事だ」


「仕事?」


老人の前。


木片。


彫刻刀。


削り屑。


そして。


形になり始めた。


小さな馬。


少年が。


目を丸くした。


「これ」


手を伸ばしかけ。


止まる。


「おじいちゃんが作ったの?」


「まだ途中だ」


「おじいちゃんが?」


「そうだ」


少年は。


木馬を見る。


祖父を見る。


もう一度。


木馬を見る。


そして。


顔いっぱいに。


笑った。


「すごい!」


老人の手が。


止まった。


「おじいちゃん、こんなの作れるの!?」


返事がない。


「すごい!」


もう一度。


老人は。


俯いた。


「昔はな」


かすれた声。


でも少年は。


首を傾げた。


「今も作ってるじゃん」


その一言だった。


老人の手の甲へ。


一滴。


落ちた。


木屑に。


小さな染みができる。


俺は。


見ないふりをした。


リリスも。


何も言わない。


少年だけが。


嬉しそうに。


祖父の手を見ていた。


この子は。


今日。


初めて知ったのだ。


自分の祖父が。


職人だったことを。


いや。


違う。


職人であることを。


売れないものを、残す理由

完成した木馬は。


完璧ではなかった。


左右が。


少し違う。


表面にも。


手仕事の跡が残っている。


黄金宮殿なら。


検品で弾かれるかもしれない。


老人が。


俺へ差し出す。


「どうだ」


俺は。


手に取った。


軽い。


でも。


妙に。


温かい。


「いいですね」


「どこが」


「同じ物が二個作れないところ」


老人の眉が寄った。


「それ褒めてんのか?」


「最高に」


大量生産は。


悪じゃない。


安くできる。


品質を揃えられる。


多くの人に届けられる。


でも。


それだけが。


豊かさなのか。


全部の商品が。


同じ顔になることが。


豊かなことなのか。


「売場に置きましょう」


「売れるか?」


「分かりません」


「おい」


「でも」


木馬を見る。


「売れる物しか置かない百貨店だったら」


少し考える。


「たぶん、この店を作った意味がない」


老人が。


黙った。


その時。


「じいちゃん!」


少年が木馬を指す。


「俺、それ欲しい!」


老人。


「売り物だぞ」


「買う!」


「金は?」


「……ない!」


「ないのかよ!」


工房に。


笑いが起きた。


俺も笑う。


「最初のお客さんですね」


「金がねえ」


「予約で」


少年が胸を張る。


「大人になったら買う!」


「予約期間長すぎる!」


老人が。


声を上げて笑った。


十年分。


まとめて。


取り戻すみたいに。


馬車が襲われた

夕刻。


歓声は。


長く続かなかった。


「店長!」


ゼファーが工房へ飛び込んできた。


「資材馬車が来ません」


「どれくらい?」


「一時間以上」


嫌な感じがした。


今日始めたばかり。


材料が止まれば。


明日。


工房は動かない。


「どこから?」


「北側製材所です」


「護衛は?」


「二人」


「ガルド!」


「いる」


早い。


「探して」


「分かった」


「リリスも」


「はい」


「俺も行く」


リリスが。


すぐ俺を見る。


「駄目です」


「何で」


「戦えません」


「知ってる」


「胸を張らないでください」


「でも俺が必要になる」


「何に?」


地図を取る。


「道に」


馬車は。


旧水路近くで。


見つかった。


止まっていた。


いや。


止められていた。


「積荷を降ろせ!」


顔を布で隠した男たち。


十人以上。


護衛二人は。


地面に倒れている。


馬が。


怯えている。


荷台には。


木材。


鉄材。


布。


全部。


明日使う物。


「商会の命令か?」


俺が叫ぶ。


男の一人が。


笑った。


「何の話だ?」


十分だった。


ガルドが。


前へ出る。


剣。


抜く。


空気が変わった。


「直人」


「何?」


「何人までなら壊してよい?」


「人間を在庫みたいに数えるな!」


「では壊さずに片づける」


「できる?」


「努力する」


男たちが動いた。


ガルドも。


消えた。


正確には。


そう見えた。


一人。


剣の腹で吹き飛ぶ。


「壊してない!」


「飛んでる!」


「生きている」


「基準がおかしい!」


二人が。


馬車へ向かう。


その前に。


リリス。


「触らないでください」


「女一人で――」


最後まで言えなかった。


足を払う。


腕を取る。


地面へ。


もう一人。


魔糸が手首に絡む。


武器が落ちた。


「商品に傷がつきます」


「心配そっち!?」


戦闘は。


二人に任せる。


俺の仕事は。


別にある。


「ゼファー!」


「はい!」


「ここから工房までの道!」


地図を広げる。


三本。


中央街道。


港側道路。


旧市場の路地。


「中央街道は?」


「黄金海運商会の大型倉庫前を通ります」


却下。


「港側は?」


「橋が狭いです」


「馬車は?」


「一台なら通れます」


一台。


俺は。


荷台を見る。


馬車を見る。


周囲を見る。


そして。


気づいた。


一台だから。


止められる。


「ゼファー」


「はい?」


「分けるぞ」


「何を?」


「荷物を」


「しかし馬車は一台です」


「借りる」


「どこから?」


俺は。


街を見る。


「この街から」


一本の大動脈より、百本の毛細血管

十分後。


魚屋の荷車。


パン屋の馬車。


農家の小型荷車。


露店商の手押し車。


港湾労働者の台車。


集まった。


ガルドが。


男を最後の一人まで縛り終える。


戻ってきて。


止まった。


「これは何だ」


「物流」


「これが?」


「これが」


黄金海運商会は。


巨大だ。


巨大な船。


巨大な倉庫。


大量の馬車。


一本。


太い物流を作る。


だから。


効率がいい。


強い。


でも。


その道を。


押さえられたら。


全部。


止まる。


なら。


俺たちは。


逆にする。


「木材は北市場経由!」


俺は叫ぶ。


「鉄材は港側! 布は旧市街! 小さい荷物は路地へ!」


ゼファーが。


目を見開く。


そして。


笑った。


「なるほど」


「何?」


「店長らしいと思いまして」


「どういう意味?」


「大きい物に勝てないなら」


荷物を。


小分けにする。


「小さくしてしまう」


一本の巨大な物流じゃない。


百本の細い道。


魚屋。


パン屋。


職人。


農家。


港湾労働者。


誰か一人が。


全部を運ぶ必要はない。


少しずつ。


つなげばいい。


「直人」


ガルドが。


転がっている男たちを見る。


「こいつらは?」


「役所へ」


「商会の前に積まなくていいのか?」


「絶対やめろ」


男の懐から。


何かが落ちた。


黄金色の金属片。


商会の印。


俺は。


見た。


でも。


拾わなかった。


まだ。


証拠じゃない。


ただ。


覚えておく。


レオナルド。


これは。


あんたなのか。


それとも。


別の誰かなのか。


百貨店は、建物じゃない

日が沈むころ。


工房へ。


資材が届いた。


一台の馬車ではない。


十三台の荷車で。


「来た!」


職人たちが歓声を上げる。


木材。


鉄。


布。


一つずつ。


運び込まれる。


世界最大の物流会社。


対。


魚屋の荷車。


パン屋の馬車。


農家の台車。


……弱い。


どう考えても。


弱い。


でも。


届いた。


それでいい。


「店長」


リリス。


頬に。


汚れがついていた。


さっきの戦闘か。


「そこ」


「何です?」


「汚れてる」


自分の頬を指す。


リリスが拭う。


反対側。


「違う」


「こちら?」


「もう少し」


「取れません」


考えるより先に。


手が出た。


親指で。


リリスの頬を。


そっと拭う。


止まった。


俺も。


リリスも。


近い。


非常に。


「あ」


手を引く。


「ごめん」


「なぜ謝るんです?」


「いや、その」


リリスが。


少し首を傾げる。


「私たち」


一拍。


「恋人ですよね?」


「はい」


「なら」


半歩。


近づいた。


「そのくらいで逃げなくてもいいと思います」


四十二歳。


完全敗北。


「店長」


「何?」


「顔が赤いです」


「走ったから」


「ほぼ走っていません」


「暑い」


「もう夜です」


「工房が熱い」


「そういうことにしておきます」


笑う。


でも。


今日は。


俺も逃げなかった。


「リリス」


「はい」


「ありがとう」


「何がです?」


「来てくれて」


戦闘。


工房。


職人。


商品企画。


全部。


彼女は。


隣にいる。


リリスは。


少しだけ。


目を細めた。


「店長」


「うん?」


「今さらです」


それだけ。


でも。


嬉しかった。


一個だけ売れた木馬

工房初日。


結果は。


予想以上だった。


ダリオの金具。


完売。


漁師用の修理具。


ほぼ完売。


リリスが設計した作業服。


予約多数。


小物。


工具。


木工品。


売れた。


そして。


老人の木馬。


一個。


売れた。


買ったのは。


港湾労働者。


娘への土産だという。


老人は。


代金を手のひらに載せ。


ずっと。


見ていた。


「十年ぶりだ」


俺が近づく。


「何がです?」


「俺が作った物で」


金貨を。


握る。


「金をもらった」


声が。


震えた。


「まだ」


自分の手を見る。


「俺の手にも、値段がつくんだな」


違う。


と言いかけた。


でも。


やめた。


今は。


それでいい。


十年間。


価値がないと思っていた技術に。


誰かが。


金を払った。


それは。


きっと。


老人にとって。


売上一個より。


大きい。


「じいちゃん!」


孫が走ってくる。


「売れた!?」


「ああ」


「すげえ!」


老人が。


笑う。


今度は。


泣かなかった。


胸を張った。


「明日も作る」


「俺も見る!」


「邪魔するなよ」


「手伝う!」


「十年早い」


「じゃあ十年待つ!」


「長いわ!」


笑い。


工房中へ。


広がった。


俺は。


少し離れて。


見ていた。


商品が。


一つ売れた。


たった一個。


黄金宮殿なら。


誤差だ。


でも。


その一個で。


一人の職人が。


十年ぶりに。


明日を作ろうとしている。


商売は。


人を幸せにできるのか。


まだ。


分からない。


でも。


少なくとも。


今日。


一人は。


笑った。


それだけで。


工房を始めた意味は。


あったと思った。


その時。


「高城直人」


声。


振り返る。


入口。


セレナ・ヴェルガ。


黄金宮殿総支配人。


そして。


レオナルドの娘。


「セレナ」


工房が。


少しだけ。


静かになる。


ガルドの視線が。


鋭くなる。


俺は。


首を振った。


セレナは。


武器を持っていない。


ただ。


一冊の帳簿を抱えていた。


「今日は」


セレナが言う。


「敵として来たんじゃない」


「では?」


彼女は。


工房を見る。


職人。


商品。


木材。


笑っている老人。


その孫。


そして。


俺を見る。


「確認に来た」


「何を?」


答えず。


帳簿を。


俺の机へ置く。


「見て」


開く。


材料費。


工具費。


改装費。


輸送費。


人件費。


職人への利益分配。


販売価格。


異常なほど。


細かい。


「これ」


「あなたの店の収支」


俺は。


ページをめくる。


商品は売れた。


客も来た。


職人も集まった。


今日。


成功した。


そのはずだった。


でも。


数字を。


追う。


設備。


小口輸送。


材料。


無料貸出。


試作品。


廃棄。


利益分配。


さらに。


販売価格。


指が。


止まった。


「あ……」


セレナが。


静かに言った。


「気づいた?」


俺は。


答えられなかった。


商品を作った。


仕事も作った。


人も戻した。


物流もつないだ。


でも。


俺たちは。


まだ。


一つ。


作っていない。


利益。


「今日は敵として来たんじゃない」


セレナが。


もう一度。


同じことを言う。


意味が。


今度は。


分かった。


これは。


攻撃じゃない。


警告だ。


「高城直人」


世界一の商人の娘が。


商人の目で。


俺を見る。


「あなた」


帳簿を。


指で叩く。


「お客を救いすぎてる」


「……」


「職人にも払いすぎ」


「……」


「工具を無料で貸して」


「……」


「小口配送で運送費を増やして」


「……」


「しかも価格を上げてない」


一つ。


一つ。


胸に刺さる。


「いい店ね」


セレナが言う。


俺は。


顔を上げた。


「いい店よ」


本気だった。


「だから」


その目が。


悲しいほど。


冷静だった。


「潰れる」


工房から。


笑い声が。


消えた。


セレナの指が。


帳簿を三度。


叩いた。


一回。


二回。


三回。


残された時間を。


数えるように。


「このままなら」


俺を見る。


「三週間後、あなたの店は必ず赤字で潰れるわ」


誰も。


言葉を出せなかった。


商品は。


作れるようになった。


物流も。


届いた。


客もいる。


職人もいる。


なのに。


店は。


死ぬ。


俺は。


帳簿を見る。


数字は。


残酷なくらい。


正直だった。


人を救って。


店が潰れるなら。


それは。


商売なのか。


俺は。


初めて。


その問いを。


本当の意味で。


突きつけられた。


セレナが。


背を向ける。


「待って」


足が止まる。


「何で」


俺は聞いた。


「何で教えた?」


セレナは。


振り返らない。


しばらく。


黙って。


そして。


「さあ」


小さく。


「私にも分からない」


そのまま。


出ていった。


扉が。


閉じる。


俺は。


帳簿を開いた。


三週間。


二十一日。


今日。


工房は。


生き返った。


でも。


百貨店は。


死へ近づいた。


次に。


俺が仕入れなければならないのは。


木でも。


鉄でも。


布でもない。


この店が、生き残る方法だった。


第6話 完

次回 第7話

「四天王、アルバイトを始める」

商品は作れた。


客も来た。


それでも百貨店は、三週間後に潰れる。


原因を探るため。


直人は一つの結論にたどり着く。


「俺たち、この街のことを何も知らない」


そして。


ガルドは魚屋。


バルグはパン屋。


ゼファーは露店。


リリスは服屋。


直人は港へ。


世界を救った四天王たちが。


今度は。


時給で働く。


だが。


そこで彼らが知るのは。


売上帳簿には決して載らない。


世界一豊かな国が。


なぜ。


働くほど貧しくなるのかという。


この街の、本当の値段だった。

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