第5話 一番売れない商品を、店の真ん中に置け
世界を救った百貨店に、今度は**「倒産」**の危機がやってきました。
剣も使えない。
魔法も使えない。
それでも直人には、バイヤーとして培ってきた**「商売」という武器**があります。
第Ⅲ部のテーマは、「豊かさとは何か?」
世界最大の商業国家を相手に、直人とリリス、そして四天王たちの新しい戦いが始まります。
笑いあり、恋愛あり、そして今回は百貨店同士の本気の商売バトルあり。
新章、開店です。
一番売れない商品を、一番目立つ場所へ
「店長」
「何?」
「正気ですか?」
開店五分前。
魔王城百貨店ヴェネリア臨時店。
その売場のど真ん中に。
俺たちは。
昨日まで一個も売れなかった巨大工具を置いていた。
重い。
古い。
地味。
そして。
誰も欲しがらない。
レオナルド・ヴェルガが俺たちを負かすために選んだ。
《ヴェネリアで最も売れない商品》の一つだ。
ゼファーが眼鏡を押し上げる。
「百貨店の一等地には、普通、一番売りたい商品を置きます」
「知ってる」
「これは?」
「一番売れない商品」
「では、撤去しましょう」
「置く」
「なぜ!?」
横でガルドが工具を持ち上げた。
片手で。
「直人。俺には用途が分かった」
「戻せ」
「まだ言っていない」
「どうせ武器だろ」
「……なぜ分かった?」
「お前、商品を見ると八割武器にするから!」
「重量も十分だ」
「客に振り下ろすな!」
「では、何に使う?」
「それを今日、確かめる」
ガルドが眉を寄せた。
「用途も分からず、中央に置いたのか?」
「言い方!」
痛いところを突くな。
すると。
隣にいたリリスが小さく笑った。
「私は好きですよ」
「リリス!」
救いの女神。
「売れなかった場合は、店長の責任ですし」
「女神じゃなかった!」
「でも」
リリスは工具を見る。
「昨日まで誰も見なかった商品が、今日は誰の目にも入る」
俺を見る。
「何か起きそうです」
「ああ」
それでいい。
昨日。
店へ来た一人の職人が。
この工具を見て言った。
――貸してくれないか?
買えない。
でも。
これがあれば作れる物がある。
その一言で。
俺の中の何かが変わった。
商品は。
売らなきゃ意味がない。
そんなの。
誰が決めた?
「開店します!」
リリスの声。
扉が開く。
港湾労働者。
漁師。
職人。
老人。
子ども。
昨日まで百貨店の外から眺めていた人たちが。
店へ入ってくる。
そして。
三分後。
一人が。
中央で止まった。
「何だ、これ?」
俺は。
小さく笑った。
まず。
見てもらえた。
それだけで。
昨日とは違う。
売らない。貸す
昨日の職人は。
開店とほぼ同時に現れた。
名前はダリオ。
元金属加工職人。
今は港で荷運びをしている。
手は。
硬く。
傷だらけだった。
「本当に貸してくれるのか?」
「ああ」
ダリオが工具を見る。
「壊したら?」
「相談」
「盗んだら?」
俺は。
横を指す。
ガルド。
腕組み。
無言。
ダリオは。
工具を見る。
ガルドを見る。
また工具を見る。
「盗まない」
「賢明です」
「直人」
「何だ?」
「俺は何なんだ?」
「最高性能の盗難防止装置」
少し嬉しそうな顔をするな。
俺は。
ダリオへ紙を一枚差し出した。
「ただし条件があります」
ダリオの表情が固くなる。
「金か?」
「違う」
「じゃあ?」
「これを使って」
工具を指す。
「商品を作ってください」
「……商品?」
「材料費はこちらも負担する」
ゼファーが横から続ける。
「工具利用料は当面無料。完成品の一部を当店で販売し、利益を分配します」
ダリオが。
黙った。
周囲にも。
職人が集まり始める。
「つまり」
俺は言った。
「これを買わなくていい」
ざわっ。
「使ってください」
一人の職人が聞いた。
「店なのに、商品を売らないのか?」
「この商品はね」
俺は工具を叩いた。
「売れなかった」
正直に言う。
「なら」
一拍。
「こいつに働いてもらう」
「……工具に?」
「ああ」
工具が商品を作る。
商品が売れる。
職人に金が入る。
店にも利益が残る。
「工具を一回売って終わるより」
俺は周囲を見る。
「これで百個の商品が生まれたほうが、商売になる」
ダリオが。
工具の柄を握った。
「俺は三年前まで」
ぽつりと。
話し始める。
「港の工房で金具を作ってた」
誰も。
口を挟まなかった。
「仕事が減って」
「……」
「新しい工具も買えなくて」
硬い指が。
柄を撫でる。
「古い工具は壊れた」
少し笑う。
「だから、荷運びしてる」
俺は。
何も言わなかった。
ダリオが。
工具を見る。
「これがあれば」
顔を上げる。
「また作れる」
十分だった。
「なら」
手を差し出す。
「作ってください」
「何を?」
「それは」
俺は笑った。
「職人が決めることです」
ダリオが。
俺の手を見る。
数秒。
そして。
握った。
「分かった」
昨日まで。
商品を買えなかった客が。
今日。
商品を作る側へ回った。
その瞬間。
この巨大工具は。
一個も売れないまま。
初めて。
百貨店の役に立った。
客が、生産者になった
そこから。
店が。
急におかしくなった。
「店長!」
ゼファーが走ってくる。
「何?」
「工具利用希望者が十三人です!」
「増えたな」
「一台しかありません!」
「予約制!」
「店長!」
今度はリリス。
「布売場で裁縫経験者が集まっています!」
「何してる?」
「売れ残りの布で子ども服を作れるか相談を」
「誰が始めた?」
「お客様です」
「もう客が店を運営してない?」
「大丈夫です」
「何が?」
「店長には会計があります」
「急に俺の価値が地味!」
さらに。
「直人!」
ガルド。
嫌な予感。
「木彫りの商品を改良したぞ!」
「何した!」
「剣を持たせた」
「やっぱりお前か!」
「売れると思う」
「お前にだけ!」
店内に。
笑い声が広がる。
昨日まで。
誰にも見向きされなかった商品が。
今日は。
手に取られ。
使われ。
語られている。
俺は。
その光景を。
少し離れて眺めた。
百貨店は。
商品を並べる場所。
ずっと。
そう思っていた。
メーカーが作る。
問屋が運ぶ。
バイヤーが仕入れる。
客が買う。
でも。
ここでは。
客が。
商品を作り始めている。
「店長」
隣から。
リリス。
「ん?」
「楽しそうです」
言われて。
初めて気づいた。
俺。
笑ってる。
「ああ」
「そんなに?」
「楽しいよ」
本当に。
久しぶりだった。
売上。
期限。
物流封鎖。
レオナルド。
ずっと。
追われていた。
でも。
今。
目の前で。
一個も売れない商品が。
人の仕事を取り戻そうとしている。
「百貨店って」
俺は呟く。
「まだ、できることがあるんだな」
リリスが。
少しだけ。
俺を見る。
「店長は」
「何?」
「そういう顔をしている時が、一番店長らしいですね」
「どういう顔?」
「自分が一番驚いている顔です」
「褒めてる?」
「かなり」
珍しく。
断言した。
その笑顔が。
近い。
肩が。
触れそうだった。
俺は。
売場へ視線を逃がす。
四十二歳。
何をやっている。
仕事だぞ。
すると。
リリスが。
半歩。
近づいた。
「店長」
「な、何?」
「顔が赤いです」
「暑い」
「窓、全部開いてます」
「人が多い」
「昨日より涼しいですよ」
最近。
強い。
リリスが。
ものすごく強い。
「店長!」
ダリオの声。
助かった。
「できた!」
その手には。
小さな金属部品。
港で荷車を固定するための金具。
地味だ。
宝石でもない。
魔道具でもない。
百貨店の華やかなショーウィンドウには。
絶対似合わない。
でも。
港湾労働者たちが。
一瞬で集まった。
「それ丈夫か?」
「ああ」
「荷車に使える?」
「寸法が合えば」
「いくらだ?」
俺は。
止まった。
いくら?
今。
買うって言った?
ダリオも。
俺を見る。
二人とも。
同時に。
笑った。
「リリス」
「はい」
「売場、作るぞ」
「どこに?」
俺は。
巨大工具の。
すぐ隣を指した。
「一番売れない商品の横」
そこに。
今日生まれた商品を置く。
工具は。
売れなかった。
でも。
売れる商品を。
作った。
セレナには理解できない
午後。
「撤去すべきね」
その一言から。
セレナ・ヴェルガは始めた。
《黄金宮殿》総支配人。
世界一の商人の娘。
販売能力。
一級。
容赦。
ほぼゼロ。
彼女は。
売場中央の工具を指す。
「一番目立つ場所に、一番売れない商品?」
「そう」
「正気?」
「今日二回目だな、それ」
「売場には面積当たりの利益がある」
セレナが。
淡々と続ける。
「一等地には、一番稼ぐ商品を置くべきよ」
「正しい」
「なら撤去」
「しない」
眉が動く。
「なぜ?」
俺は。
ダリオの金具を一つ取った。
「これ」
「何?」
「今日、この店で生まれた商品」
「それが?」
「作ったのは」
ダリオを見る。
「昨日まで、うちの商品を買えなかった人」
セレナが。
黙る。
「工具を買う金がない」
俺は続ける。
「だから」
「貸した?」
「そう」
セレナの目が。
一瞬。
本気で揺れた。
「無料で?」
「今は」
「利益は?」
「できた商品を売る」
「売れなかったら?」
「失敗」
「材料費は?」
「負担する」
「手間は?」
「かかる」
「保証は?」
「ない」
セレナの顔が。
露骨に険しくなった。
「意味が分からない」
それが。
たぶん。
彼女の本音だった。
「商売よ?」
「ああ」
「利益にならない人へ、先に金を使うの?」
「ああ」
「商品を売らずに貸す?」
「ああ」
「客に商品を作らせる?」
「ああ」
「……馬鹿なの?」
「もう少し柔らかい表現なかった?」
セレナは。
本気で分からないらしい。
彼女は。
買う客を見つける天才だ。
店に入った瞬間。
何を買うのか。
いくら使うのか。
ほぼ読み切る。
だからこそ。
「買えない人」が。
理解できない。
でも。
今日。
その人が。
商品を作った。
「セレナ」
「何?」
「客って何だと思う?」
「商品を買う人」
即答。
「じゃあ」
俺は。
金具を指す。
「この人は?」
ダリオを見る。
「昨日は買えない客」
もう一度。
金具を見る。
「今日は売る側」
セレナが。
何も言わない。
「買う人と売る人って」
俺は言う。
「本当に別なんだろうか」
沈黙。
「金がなければ」
俺は続ける。
「働けない?」
「……」
「商品を買えなければ」
工具を見る。
「商品を作る側へ回ればいい」
セレナの顔から。
いつもの余裕が。
消えていた。
それを見て。
俺自身。
少し驚いた。
彼女は。
商品なら。
何でも読める。
客なら。
何でも読める。
でも。
今。
目の前で起きている商売だけは。
読めていない。
その時。
店員が走ってきた。
「店長!」
「何?」
「ダリオさんの金具!」
息を切らす。
「完売しました!」
「…………」
俺。
セレナ。
同時に。
売場を見る。
ない。
十数個。
全部。
消えている。
ダリオ本人が。
一番驚いていた。
「……売れた?」
セレナが。
小さく呟く。
「一番売れない商品が」
巨大工具を見る。
「売れる商品を作った……?」
俺は。
息を吐いた。
「そういうことらしい」
セレナが。
俺を見る。
「狙ってたの?」
「半分くらい」
「半分!?」
「商売って、予定通りにいかないから面白いんだよ」
彼女は。
しばらく。
何も言わなかった。
やがて。
もう一度。
中央売場を見る。
その表情に。
初めて。
敗北感ではなく。
好奇心が。
混じった。
「絶対腐らないパン」
その日の夕方。
第一回。
《ヴェネリア商品開発会議》
開催。
「この街の職人と」
俺は黒板へ書く。
「うち独自の商品を作る」
ゼファーが頷く。
「仕入れるだけでなく、製造段階から関与する」
「そう」
リリス。
「他店にない商品も作れます」
「そう」
ガルド。
手を挙げる。
「剣」
「却下」
「まだ説明していない!」
「四話連続で剣だろ!」
「良い商品だ」
「百貨店だからね!?」
次。
バルグ。
巨大な手を。
静かに挙げる。
「俺にもある」
珍しい。
「何?」
「パン」
「まとも!」
「絶対に腐らない」
「すごい!」
「カビも生えない」
「いい!」
「虫も食わない」
「商品になる!」
バルグ。
胸を張る。
「石より硬い」
「食えないじゃん!」
「保存性は高い」
「食品として死んでる!」
ガルドが頷く。
「武器になる」
「お前は黙ってろ!」
リリスが。
笑いをこらえている。
ゼファーは。
真顔で議事録に書いていた。
「《絶対腐らないパン》、不採用」
「記録するの!?」
「後世への戒めです」
「消してあげて!」
笑い声。
それから。
リリスが。
一枚の紙を出した。
「私は」
「うん」
「港湾労働者向けの作業服を」
空気が。
少し変わる。
リリスは。
布を広げた。
「この街の服は丈夫ですが、重い」
「確かに」
「海風や雨で濡れると乾きにくい」
「うん」
「道具を持つための場所も少ない」
紙に。
素早く線を引く。
「軽く」
「うん」
「丈夫で」
「うん」
「乾きやすく」
「うん」
「腰に工具を下げられるようにする」
俺は。
思わず。
身を乗り出した。
「いい」
「でしょう?」
少し。
得意げ。
そこが。
妙に。
かわいい。
「店長?」
「何?」
「今、商品以外を見てませんでした?」
「企画書です!」
「怪しいですね」
「仕事中だから!」
でも。
本当に。
改めて思った。
リリスは。
流行を見る力。
商品を形にする力。
俺より。
上の部分がある。
だから。
「リリス」
「はい」
「これ」
作業服の企画書を。
彼女へ戻す。
「任せる」
「……私に?」
「ああ」
一瞬。
驚いた顔。
「店長が決めないんですか?」
「俺より詳しい人がいる」
即答する。
「なら、その人に任せたほうがいい」
リリスは。
しばらく。
俺を見ていた。
それから。
小さく笑った。
「では」
企画書を抱える。
「任されます」
百貨店は。
店長一人では作れない。
たぶん。
恋人だって。
隣に置いておくだけじゃ。
パートナーにはならない。
任せる。
頼る。
それも。
関係を作ることなのだろう。
二人だけの閉店後
気づけば。
深夜だった。
会議室。
机。
商品企画書。
申込書。
布見本。
原価表。
試作品。
山。
山。
山。
「……終わらない」
時計を見る。
遅い。
「みんなは?」
返事なし。
ガルド。
いない。
ゼファー。
いない。
バルグ。
当然いない。
そして。
リリス。
「リリス?」
返事がない。
机に。
突っ伏していた。
寝てる。
珍しい。
いつも。
俺へ。
「休んでください」
「寝てください」
「四十二歳なんですから」
と言う側なのに。
今日は。
自分が限界までやっていた。
リリスの横。
作業服の試作案。
一枚。
二枚。
三枚。
全部。
書き直されている。
袖。
ポケット。
腰。
素材。
誰かに頼まれたから。
適当にやったんじゃない。
本気だ。
「……頑張りすぎ」
小さく言う。
俺は。
自分の上着を脱いだ。
そっと。
リリスへかける。
その瞬間。
「今」
目が開いた。
「何かしました?」
「…………」
「店長?」
「何も」
「上着」
「知らない」
「店長の名前が刺繍されています」
「似た名前の人だろ」
「高城直人さん?」
「世界は広い」
無理だ。
リリスが。
ゆっくり。
起き上がる。
肩に。
俺の上着。
少し。
嬉しそうな顔。
「ありがとうございます」
「風邪引いたら困る」
「商品企画責任者として?」
「そう」
「四天王として?」
「そう」
一拍。
「恋人として?」
逃げ道。
消えた。
「……それも」
小さな声。
リリスが。
目を細める。
「聞こえません」
「絶対聞こえた!」
「四十二歳なんですから」
「そこに年齢使うな!」
「もう少し堂々としてください」
「仕事では堂々としてるよ!」
「仕事では」
刺さる。
強い。
本当に。
最近。
リリスが強い。
俺は。
書類をまとめ始める。
「今日は終わり」
「まだ残っています」
「明日」
「店長が?」
「二人で」
リリスが。
止まった。
「……二人で」
「何?」
「いえ」
肩にかかった。
俺の上着を。
少し。
引き寄せる。
そして。
ぽつり。
「残念です」
「何が?」
「何でもありません」
「それ一番気になるやつ!」
でも。
リリスは。
もう答えなかった。
ただ。
笑っていた。
以前より。
ほんの少し。
近い距離で。
一番売れない商品が、一番働いた
三日後。
売場中央。
巨大工具の周囲は。
小さな工房になっていた。
作業台。
布。
木材。
工具。
そして。
そこで作られた商品。
ダリオの金具。
漁師用修理具。
木のおもちゃ。
試作品の作業服。
売上は。
まだ。
黄金宮殿には及ばない。
でも。
昨日まで。
この店になかった音がある。
叩く音。
削る音。
相談する声。
笑う声。
店員と客。
客と職人。
その境界が。
少しずつ。
消えている。
「高城直人」
声。
セレナ。
「また来たの?」
「今日は客よ」
「買う?」
「考えてる」
俺は。
少し驚いた。
以前なら。
「考えてる」人は。
彼女にとって客じゃなかった。
セレナは。
例の工具を見る。
「これ」
「うん」
「まだ売れてない?」
「一個も」
「でも」
周囲の商品を見る。
「一番、仕事してる」
少しだけ。
笑った。
「変なの」
俺も。
笑う。
「百貨店だからね」
「普通の百貨店は、こんなことしないわ」
「じゃあ」
工具を見る。
「普通じゃない百貨店でいい」
セレナは。
何も言わなかった。
ただ。
その言葉を。
覚えるみたいに。
こちらを見た。
世界一の商人が、笑わなくなった
翌朝。
職人工房への申込みは。
七十件を超えていた。
うまくいっている。
そう。
思っていた。
港へ出るまでは。
「店長」
リリスが。
俺の隣を歩く。
「今日は?」
「職人面談」
「午後」
「商品選定」
「夜」
「寝る」
じっと見られる。
「努力します」
「よろしい」
そんな。
いつもの会話。
だった。
大通りへ出る。
人だかり。
港の掲示板。
職人。
漁師。
労働者。
なのに。
誰も。
喋っていない。
嫌な。
静けさ。
「何だ?」
近づく。
ダリオが。
いた。
顔色が。
悪い。
「ダリオ?」
「店長」
それだけ。
そして。
掲示板を指す。
紙。
黄金色の印章。
《黄金海運商会》
胸の奥が。
冷える。
読む。
《通達》
《魔王城百貨店へ商品を供給した者》
《同店より設備、資材、工具の支援を受けた者》
《同店と製造、販売、物流上の契約を結んだ者について》
その下。
大きな文字。
《黄金海運商会との全取引を解除する》
静かだった。
海の音だけが。
聞こえた。
リリスの表情が。
消える。
ダリオが。
拳を握る。
「店長」
「……うん」
「俺が」
声が震える。
「お前のところで商品を作ったら」
掲示板を見る。
「材料が来なくなる」
別の職人。
「港を使えない」
「倉庫も借りられない」
「商会の船にも載せてもらえない」
つまり。
選べ。
そういうことだった。
魔王城百貨店と。
世界最大の商会。
どちらと。
生きるか。
俺は。
一番売れない商品から。
一つの仕事を生んだ。
レオナルドは。
その仕事ごと。
潰しに来た。
ダリオが。
聞く。
「どうする?」
職人たちの視線。
全部。
俺へ向く。
俺が。
「一緒にやろう」
と言えば。
この人たちは。
仕事を失うかもしれない。
俺が。
「やめよう」
と言えば。
昨日。
取り戻した仕事を。
自分の手で。
また奪う。
どちらも。
正しい。
どちらも。
間違っている。
リリスは。
何も言わない。
ただ。
隣にいる。
俺の答えを。
待っている。
通達を見る。
黄金の印章。
世界一の商人。
レオナルド・ヴェルガ。
あの男は。
昨日まで。
俺たちを試していた。
今日。
違う。
本気だ。
「……来たか」
「店長?」
俺は。
掲示板から目を離した。
「レオナルドが」
職人たちを見る。
「俺たちを、本気で潰しに来た」
商品が来ない。
材料が来ない。
作った商品も運べない。
物流そのものを。
握られている。
なら。
普通の百貨店なら。
終わりだ。
でも。
俺たちは。
昨日。
もう。
一つ。
普通じゃないことを始めた。
商品を。
店へ運ぶ。
その前提を。
壊せばいい。
「リリス」
「はい」
「商品が来ないなら」
一拍。
「どうする?」
彼女は。
俺を見る。
その目が。
少しだけ。
笑った。
もう。
分かっているらしい。
俺は。
港の向こう。
職人たちが暮らす街を見る。
そして。
言った。
「この街で作る」
ダリオが。
顔を上げた。
「店を」
俺は。
拳を握る。
「売る場所から」
昨日。
世界一売れなかった工具が。
一人の職人を。
作り手へ戻した。
なら。
次は。
一人じゃない。
「作る場所に変える」
世界一の商人が。
物流を止めるなら。
こっちは。
物流に頼らない。
百貨店を作る。
レオナルド。
商品を止めれば。
俺たちが止まると思ったか。
残念だったな。
百貨店は。
商品を売る場所だ。
俺も。
昨日まで。
そう思っていた。
でも。
もう。
違う。
作ればいい。
ここで。
この街で。
一から。
全部。
第5話 完
次回 第6話
「商品が来ないなら、この街で作ればいい」
黄金海運商会による、事実上の仕入れ封鎖。
商品も。
材料も。
物流も。
世界一の商人に握られた。
なら。
直人が作るのは。
新しい商品ではない。
新しい「作る場所」そのもの。
《ヴェネリア百貨店工房》。
だが。
工房へ向かう資材を積んだ馬車に。
新たな妨害が迫る。
剣も。
魔法もない元バイヤーが。
今度は。
街そのものを。
巨大な売場へ変えていく。




