第4話 金持ちだけの百貨店に、貧乏人を招待した
前書き
世界を救った百貨店に、今度は**「倒産」**の危機がやってきました。
剣も使えない。
魔法も使えない。
それでも直人には、バイヤーとして培ってきた**「商売」という武器**があります。
第Ⅲ部のテーマは、「豊かさとは何か?」
世界最大の商業国家を相手に、直人とリリス、そして四天王たちの新しい戦いが始まります。
笑いあり、恋愛あり、そして今回は百貨店同士の本気の商売バトルあり。
新章、開店です。
開店から三時間。
客より店員の方が多かった。
「店長」
「言うな」
「まだ何も言ってません」
「どうせ客数だろ」
リリスは手元の集計表に目を落とした。
「七名です」
「やっぱり言った!」
魔王城百貨店ヴェネリア臨時店。
世界一の商人レオナルド・ヴェルガとの百貨店対決、その初日。
広い売場。
磨き上げられた床。
整然と並ぶ商品。
待機する店員。
そして。
客、七人。
百貨店としては、恐ろしいほど快適だった。
「おっ」
入口に老人が現れた。
俺は姿勢を正す。
リリスもそちらを見る。
老人が店内を覗く。
俺を見る。
商品を見る。
もう一度、俺を見る。
そして。
帰った。
「……店長」
「六人とは言うなよ」
「入店していないので七名のままです」
「そこは冷静なんだな」
横で腕を組んでいたガルドが、重々しく頷いた。
「直人。原因が分かった」
嫌な予感しかしない。
「言ってみろ」
「敵が客を奪っている」
「そこまでは正しい」
「ならば奪い返す」
「雲行きが怪しくなったな」
「黄金宮殿を制圧する」
「百貨店対決から戦争に戻すな!」
「では客だけ捕らえて連れてくる」
「誘拐だ!」
ガルドは難しい顔で唸った。
「商売とは面倒だな」
「お前の場合、まず法律から勉強しよう」
リリスが吹き出した。
その笑顔に救われる。
とはいえ。
状況はまったく笑えない。
売上勝負。
それなのに。
こちらに用意されたのは、レオナルドが選んだ**「ヴェネリアで最も売れない商品」**ばかりだった。
売れない商品には、理由がある
「店長」
ゼファーが商品を一つ持ってきた。
木製。
丸い。
中央に穴。
なぜか取っ手が三本ついている。
「これ、どこに陳列します?」
「その前に聞きたい。何だ、それ?」
「《家庭用多目的回転器》です」
「何に使う?」
「多目的です」
「それは商品名を読み上げただけだ!」
ゼファーは商品札を裏返した。
「用途の記載はありません」
「一個くらい目的を決めてから売ってくれ!」
その隣には。
片手では持てないほど重い工具。
流行遅れの布。
異様に硬い保存食。
そして。
妙な顔をした木彫りの置物。
ガルドが置物を手に取った。
「これは?」
「装飾品らしい」
「魔除けか?」
「むしろ魔物が寄ってきそうだけどな」
「ならば戦闘用」
「置物を武器にするな」
ガルドが残念そうに戻す。
俺は売場を見渡した。
売れない。
確かに売れない。
だが。
百貨店のバイヤーをやっていた頃、何度も見てきた。
売れない商品には理由がある。
値段。
売場。
季節。
客層。
説明不足。
あるいは。
必要としている人の前に置かれていない。
商品そのものに価値がないと決めるのは、最後だ。
「リリス」
「はい」
「黄金宮殿を見てくる」
「偵察ですね」
「市場調査だ」
「言い方を変えただけでは?」
「商売人には大事なんだよ、言い方が」
俺は閑散とした店を振り返った。
このままなら負ける。
しかも。
たぶん、かなり派手に。
だからこそ。
相手の強さを見に行く。
黄金宮殿には「買える客」しかいない
《黄金宮殿》。
入口に立った瞬間。
俺は思わず呟いた。
「……強いな」
馬車が次々と止まる。
降りてくるのは。
貴族。
大商人。
船主。
銀行家。
誰が見ても金を持っている客ばかり。
そして。
接客がうまい。
客が入れば荷物を預かる。
名前を呼ぶ。
過去の購入履歴まで把握しているらしい。
必要以上に近づかない。
だが。
客が商品を探した瞬間には。
もう店員がそばにいる。
「偵察?」
聞き覚えのある声。
セレナ・ヴェルガ。
《黄金宮殿》総支配人。
レオナルドの娘。
今回の。
敵側の現場責任者だ。
「市場調査です」
「同じでしょう?」
「商売人は言い方を大切にするんだ」
「負けてる商売人ほど?」
「会って三秒で刺してくるな」
セレナが笑う。
その時。
一組の中年夫婦が入店した。
服は上質。
しかし。
華美ではない。
セレナは一瞥しただけで店員へ言った。
「二階の旅行用品へ」
すぐに店員が動く。
俺は思わず聞いた。
「なぜ分かった?」
「靴よ」
「靴?」
「新しい。でも港の泥がついてる。ヴェネリアへ着いたばかり」
なるほど。
「奥様の指輪は?」
「結婚して十年前後。でも宝石は控えめ。裕福だけど浪費家ではない」
セレナは淡々と続けた。
「旅の記念に、長く使える物を一つ買うと思う」
「……すごいな」
素直に言った。
セレナが目を瞬かせる。
「敵を褒めるの?」
「良い接客は良い接客だ」
「変な人」
「最近よく言われる」
だが。
俺が本当に気になったのは。
店の中ではなかった。
通りの向こう。
港湾労働者が黄金宮殿を眺めている。
魚籠を背負った漁師。
母親と子ども。
職人らしい男。
老人。
みんな店を見る。
だが。
入ってこない。
「セレナ」
「何?」
「あの人たちは?」
「客じゃないわ」
即答だった。
「まだ入ってないだろ」
「だからよ」
セレナの表情から笑みが消える。
「店には維持費がかかる。店員にも限りがある。だから買う可能性の高い人へ接客を集中する」
正しい。
商売として。
何も間違っていない。
それでも。
俺は昨日の少年を思い出した。
捨てられたパンを拾い。
「まだ食べられるよ」
と言った少年。
レオナルドの言葉も蘇る。
利益になる客と、ならない客がいる。
たぶん。
それも正しい。
でも。
俺には。
どうしても引っかかる。
黄金宮殿には。
欲しい物を買える人が集まっている。
だったら。
魔王城百貨店は。
違う人を呼べばいい。
「セレナ」
「何?」
「ありがとう」
「……何が?」
「やることが決まった」
俺は踵を返す。
「ちょっと、高城直人!」
「また来る!」
「偵察?」
「今度は客として!」
「なら何か買いなさいよ!」
それは。
値段を見てから考えよう。
まだ客じゃない人を呼べ
「金を持っていない人を呼ぶ」
店へ戻ってそう告げると。
全員が黙った。
ゼファーが眼鏡を押し上げる。
「確認します」
「ああ」
「今回の勝敗基準は?」
「売上」
「売上は?」
「商品を買ってもらえば増える」
「では店長は?」
「金を持ってない人を呼ぶ」
ゼファーは頷いた。
「理解しました」
お。
「負けたいんですね」
「違う!」
ガルドが手を挙げる。
「誰を呼ぶ?」
「港湾労働者」
「うむ」
「漁師」
「うむ」
「職人」
「うむ」
「孤児院の子どもたち」
ガルドの眉間に皺が寄った。
「孤児は何を買う?」
「たぶん何も」
「なら、なぜ呼ぶ?」
「来てもらうため」
「買わぬのに?」
「ああ」
ガルドが。
かなり真剣な顔で俺を見る。
「直人」
「何?」
「お前、商売が下手なのではないか?」
「世界一の商人にも似たようなこと言われたよ!」
リリスが口元を押さえて笑う。
「店長」
「何だ?」
「本当の狙いは?」
俺は少し考えた。
日本で。
百貨店に勤めていた頃。
何も買わない客なんて、いくらでもいた。
催事を見る人。
待ち合わせに使う人。
家族で歩くだけの人。
屋上で遊ぶ子ども。
その日の売上は。
ゼロ。
でも。
何年か後。
ランドセルを買うかもしれない。
贈り物を選ぶかもしれない。
家族を連れてくるかもしれない。
「今日買わない人が」
俺は言った。
「永遠に客じゃないとは限らない」
ゼファーが問う。
「将来買う保証は?」
「ない」
「即答ですね」
「保証があれば商売は誰でも成功する」
セレナは。
買う客を見つける天才だ。
だったら。
俺たちは。
まだ客になっていない人を、客にする。
「看板を作ろう」
リリスが紙を用意する。
「何と書きます?」
俺は筆を取った。
《見るだけ歓迎》
その下。
《何も買わなくても構いません》
さらに。
《子ども歓迎》
ガルドが覗き込んだ。
「本当に買わなくてよいのか?」
「いい」
「店なのに?」
「いい」
「変な百貨店だな」
うるさい。
俺も少し思ってる。
接客笑顔で子どもを泣かせるな
翌朝。
最初は。
誰も入ってこなかった。
看板を見る。
店を見る。
でも。
通り過ぎる。
やがて。
一人。
二人。
恐る恐る入ってくる。
そして昼前。
昨日まで静かだった売場が。
人の声で満ち始めた。
港湾労働者。
漁師。
職人。
老人。
母親。
そして。
孤児院の子どもたち。
ただし。
入口で事件が起きた。
原因。
ガルド。
「いらっしゃいませ!」
満面の笑み。
の。
つもりだった。
目の前の子どもが固まる。
そして。
「うわああああああ!」
泣いた。
「なぜだ!?」
ガルドが慌てる。
さらに怖い。
リリスが駆け寄った。
「ガルド」
「何だ!」
「笑ってください」
「笑っている!」
ゼファーが冷静に分析する。
「殺害予告にしか見えません」
「どこがだ!」
「主に目ですね」
「笑顔とは歯を見せるものだろう!」
「牙を剥くのとは違います」
二人目の子どもも泣いた。
「増えたぞ!」
「だから笑うのをやめてください!」
入口担当。
ガルド。
開始十分で。
配置転換。
荷物預かりへ。
すると。
樽。
魚籠。
工具箱。
大量の荷物を。
片腕でまとめて持ち上げた。
「すげえ!」
子どもたちが歓声を上げる。
「もう一回!」
「よかろう!」
ガルドが笑う。
今度は。
誰も泣かなかった。
人には。
向いている仕事がある。
接客が下手だからといって。
役に立たないわけじゃない。
適材適所。
これも。
店を作るということなのだろう。
売れない商品が、人を立ち止まらせた
客は。
増えた。
しかし。
「これ、何に使うんだ?」
港湾労働者が。
《家庭用多目的回転器》を持っている。
「分かりません」
「店長が言うのか!?」
「正直な接客を心がけています」
「調べろよ!」
正論。
隣では。
漁師が巨大な工具を持ち上げようとしている。
「重いな」
「鉱山用らしいです」
「俺、漁師なんだけど」
「ですよね」
売れない。
見事に。
売れない。
だが。
少しずつ。
違う光景が生まれた。
「これ……」
一人の職人が。
古い工具の前で立ち止まる。
「まだ作ってる奴がいたのか」
「知ってるんですか?」
「ああ」
男は。
古びた柄を撫でた。
「親父が使ってた」
別の売場。
老婆が。
流行遅れの布に触れていた。
「懐かしいねえ」
「昔、流行ったんですか?」
「私が嫁入りした頃さ」
彼女が笑う。
さらに。
子どもたちは。
売れない木彫りを並べて遊んでいた。
「こいつが魔王!」
「こっちが勇者!」
「勇者が勝つ!」
「いや、魔王だ!」
ガルドが割り込んだ。
「当然、魔王が勝つ」
「ガルド」
「何だ?」
「仕事しろ」
「教育中だ」
「何のだよ!」
売れてはいない。
それでも。
昨日まで。
誰にも見向きもされなかった商品が。
触られている。
話題になっている。
誰かの記憶を呼び起こしている。
リリスが隣へ来た。
「店長」
「何?」
「売上はひどいです」
「知ってる」
「かなり」
「二回刺さなくていい」
「でも」
リリスは売場を見た。
「楽しそうです」
子どもの笑い声。
職人たちの議論。
値段を聞く声。
店員を呼ぶ声。
昨日まで。
音すらなかった百貨店。
「ああ」
俺も笑った。
ようやく。
店らしくなった。
売上以外は。
パンを半分にしただけなのに
気づけば。
昼を過ぎていた。
客数が増えれば。
売れなくても忙しい。
迷子。
質問。
商品説明。
荷物預かり。
休憩場所の案内。
「店長」
「あとで」
「まだ何も言ってません」
「昼飯だろ?」
「分かっているなら食べてください」
「時間がない」
「あります」
「ない」
「作ります」
リリスが。
パンを一つ取り出した。
そして。
半分に割る。
片方を。
俺へ差し出した。
「これなら歩きながら食べられます」
「行儀悪くない?」
「倒れるよりましです」
「……いただきます」
受け取る。
一口。
普通のパン。
なのに。
妙にうまい。
リリスも。
残り半分を口へ運ぶ。
同じパンを。
二人で半分ずつ。
ただ。
それだけだ。
それだけなのに。
妙に。
意識する。
「店長」
「何?」
「顔、赤いですよ」
「忙しいから」
「今日は涼しいです」
「人が多い」
「広い売場ですよ」
「四十二歳には忙しいんだよ」
「年齢を逃げ道にしましたね」
強い。
最近。
リリスが強い。
その時。
「あなたたち」
聞き覚えのある声。
振り向く。
セレナ。
腕を組んでいた。
俺を見る。
リリスを見る。
俺のパン。
リリスのパン。
そして。
「付き合ってるの?」
俺とリリス。
同時に。
「仕事中です」
セレナが眉を上げた。
「答えになってないわよ」
「それより」
俺は話を変える。
「偵察か?」
「そうよ」
「正直だな!」
セレナが店内を見渡す。
表情が。
少し変わった。
「人、増えたわね」
「だろ?」
「昨日とは別の店みたい」
少し。
嬉しい。
しかし。
セレナはすぐ。
商人の顔へ戻った。
「でも」
「何?」
「買ってない」
ぐさっ。
「客数は増えた」
「ああ」
「滞在時間も長い」
「ああ」
「でも客単価が低すぎる」
「分かってる」
セレナは。
俺をまっすぐ見る。
「このままなら負けるわよ」
反論できなかった。
百貨店対決は。
売上勝負だ。
人を集めるだけでは。
勝てない。
その瞬間。
入口から。
怒鳴り声が響いた。
商品より先に守るもの
「こんな貧乏人だらけの店で飲めるか!」
男が三人。
上等な服。
腰には剣。
酒臭い。
富裕層の護衛らしい。
どうやら。
客と肩がぶつかり。
揉めたようだ。
店員が間へ入る。
「申し訳ございません。こちらへ」
「触るな!」
男が店員を突き飛ばした。
背中が。
商品棚へぶつかる。
棚が揺れる。
商品が落ちる。
子どもが悲鳴を上げた。
ガルドが。
一歩前へ。
「直人」
低い声。
「殴っていいか?」
「駄目」
「まだ何もしていない」
「今からする顔だ」
「だが」
「店内だ」
それだけで。
ガルドは止まった。
その瞬間。
護衛の一人が。
棚を蹴った。
ぐらり。
棚が倒れる。
その先。
小さな女の子。
「危ない!」
俺が叫ぶ。
銀色の糸が走った。
リリス。
魔糸。
倒れかけた棚を。
空中で止める。
「下がって!」
子どもを抱き寄せる。
同時に。
ガルドが男の腕を掴んだ。
「離せ!」
「断る」
「何者だ!」
「店員だ」
「こんな店員がいるか!」
「ここにいる」
二人目が。
剣へ手を伸ばした。
まずい。
ガルドなら勝てる。
リリスもいる。
でも。
ここは。
戦場じゃない。
客がいる。
子どもがいる。
老人がいる。
戦わせたら。
勝っても負けだ。
俺は。
売場を見る。
入口。
通路。
平台。
棚。
出口。
客の位置。
戦えない俺に。
できること。
それは。
人の流れを作ること。
「ガルド!」
「何だ!」
「入口へ押すな! 客が詰まる!」
「では?」
「右へ!」
中央の平台を指す。
「バルグ! 平台をずらせ!」
「任せろ!」
巨大な身体で。
平台が動く。
通路が開く。
「ゼファー! 左から客を避難!」
「承知!」
「走らせるな! 子どもと老人を先に!」
人が動く。
流れが。
二つに分かれる。
空間が生まれる。
そこで。
リリスの魔糸。
剣を絡め取る。
ガルド。
一人目を床へ。
二人目も制圧。
三人目が逃げる。
ゼファーが煙幕を放つ。
「うわっ!」
転倒。
数十秒。
終わった。
「怪我人を確認!」
俺は叫んだ。
商品棚は壊れた。
商品も。
いくつか駄目になった。
ただでさえ。
売れていないのに。
痛い。
ものすごく痛い。
でも。
怪我人はいない。
それでいい。
「店長」
リリスが俺を見る。
「手」
「え?」
見ると。
指から血が出ていた。
棚を動かした時に切ったらしい。
「これくらい」
「駄目です」
リリスが俺の手を取る。
布を巻く。
「動かないでください」
「リリス」
「何です?」
「セレナが見てる」
少し離れた場所。
セレナが。
ものすごく見ていた。
「……やっぱり付き合ってるじゃない」
「仕事中です」
「だから答えになってないって!」
こんな時まで。
そこなのか。
売上は惨敗。それでも
閉店。
笑い声の消えた店内で。
俺たちは帳簿を囲んだ。
ゼファーが。
数字を読み上げる。
「黄金宮殿。本日の売上」
数字を聞いた瞬間。
分かった。
勝負になっていない。
「続いて」
一拍。
「魔王城百貨店」
数字。
沈黙。
ガルドが聞く。
「勝ったか?」
「負けました」
「どの程度?」
ゼファーが眼鏡を押し上げる。
「惨敗です」
「分かりやすい」
分かりやすくしなくていい。
俺は。
椅子にもたれた。
人を呼んだ。
笑ってもらった。
事故も防いだ。
でも。
売上では。
何一つ勝っていない。
レオナルドの言葉が。
胸の奥で蘇る。
君は全員を客にしようとする。
もしかすると。
本当に。
俺は商人として間違っているのかもしれない。
百貨店は。
買える人だけを。
客と呼ぶべきなのかもしれない。
「店長」
ゼファーが。
もう一枚の紙を見ていた。
「何?」
「来店客数です」
「それが?」
「昨日比で……」
数字を聞く。
俺は顔を上げた。
「本当か?」
「はい」
客数だけが。
異常に増えていた。
そして。
もう一つ。
俺が追加した。
《再来店希望率》。
また、この店へ来たいか。
その数字も。
高い。
売上は。
惨敗。
でも。
客は。
増えている。
その時。
閉店した入口の向こうから。
声がした。
「店長!」
昼間の港湾労働者。
「明日も開くんだろ?」
「ああ」
「仕事終わったらまた来る」
漁師もいる。
「仲間連れてきていいか?」
「もちろん」
老婆が笑う。
「今日の布、もう一度見たいんだけど」
「いつでも」
孤児院の子どもたち。
「ガルドのおじちゃんいる?」
奥から。
「誰がおじちゃんだ!」
笑い声。
そして。
一人の男が言った。
「ここなら」
少し照れたように。
「何も買わなくても、追い出されないからな」
俺は。
答えられなかった。
胸の奥が。
少し熱かったからだ。
今日。
俺たちは。
売上では負けた。
完敗だ。
それでも。
昨日まで。
百貨店の入口を。
外から眺めるだけだった人が。
「また来る」
と言ってくれた。
それが。
商売として正しいのか。
まだ分からない。
でも。
俺には。
捨てたくない数字だった。
一番売れない商品を、店の真ん中へ
翌朝。
店の前には。
昨日より長い列ができていた。
港湾労働者。
漁師。
職人。
老人。
子ども。
まだ。
一度も商品を買っていない人も多い。
ゼファーが。
列を見ながら聞いた。
「店長」
「何?」
「これは成功ですか?」
俺は。
少し考えた。
そして。
首を振る。
「まだ」
売上では。
負けている。
人が増えただけで。
喜んではいけない。
店は。
続かなければ意味がない。
「まだ、失敗の途中だ」
その時。
一人の職人が。
俺のところへ来た。
昨日。
古い工具を。
ずっと見ていた男だ。
「店長」
「はい」
男が。
工具を指差す。
重い。
古い。
ヴェネリアでは。
誰も買わない商品。
ついに。
売れる?
そう思った。
だが。
男が言ったのは。
まったく違う言葉だった。
「これ」
男が。
工具を手に取る。
「貸してくれないか?」
「……え?」
「買う金はない」
男の手は。
硬く。
傷だらけだった。
職人の手。
「でも」
工具を握る。
「こいつがあれば」
男は言った。
「作れる物がある」
その瞬間。
頭の中で。
何かが。
カチリと噛み合った。
商品を。
売る。
それだけが。
百貨店じゃない。
商品を。
使ってもらう。
職人が。
何かを作る。
それを。
百貨店が売る。
客が。
生産者になる。
売れない工具が。
仕事を生む。
仕事が。
商品を生む。
商品が。
金を生む。
そして。
その金が。
昨日まで。
「買えなかった人」に。
選択肢を与える。
俺は。
工具を持ち上げた。
「リリス」
「はい」
「売場を変える」
彼女が。
少し笑う。
「またですか?」
「ああ」
「今度は、どこへ?」
俺は。
店の中央を指差した。
百貨店で。
一番目立つ場所。
本来なら。
一番売れる商品を置く場所。
そこへ。
レオナルドが。
俺たちを負かすために選んだ。
一番売れない商品を置く。
「店長?」
ゼファーが怪訝そうに見る。
俺は答えた。
「こいつを」
工具を掲げる。
「店の真ん中へ持っていく」
「売るんですか?」
「いや」
俺は。
職人を見る。
そして。
笑った。
「貸す」
ゼファーが。
固まった。
ガルドが。
首を傾げた。
リリスだけが。
俺を見て。
楽しそうに笑っていた。
百貨店は。
商品を売る場所。
ずっと。
そう思っていた。
でも。
もし。
違うとしたら?
客が。
買う人だけではないとしたら?
売れない商品が。
売らなくても。
利益を生めるとしたら?
世界一の商人が選んだ。
世界一売れない商品。
そいつが。
この百貨店を。
変えるかもしれない。
そして。
俺はまだ知らなかった。
この小さな発想が。
世界一の商人を。
本気にさせることを。
第4話 完
次回 第5話
「一番売れない商品を、店の真ん中に置け」
売れない工具を、一等地へ。
しかも直人は。
「売らない。貸す」
と言い出した。
客だった職人が。
商品を作る側へ回る。
魔王城百貨店に生まれる、新しい商売。
だが。
世界一の商人レオナルドが。
その動きを見逃すはずもなかった。




