第3話 百貨店同士で戦争することになりました
世界を救った百貨店に、今度は**「倒産」**の危機がやってきました。
剣も使えない。
魔法も使えない。
それでも直人には、バイヤーとして培ってきた**「商売」という武器**があります。
第Ⅲ部のテーマは、「豊かさとは何か?」
世界最大の商業国家を相手に、直人とリリス、そして四天王たちの新しい戦いが始まります。
笑いあり、恋愛あり、そして今回は百貨店同士の本気の商売バトルあり。
新章、開店です。
百貨店同士で戦争することになった。
武器は商品。
戦場は売場。
勝敗を決めるのは、客の財布。
そして負ければ。
魔王城百貨店は、この国から追い出される。
「……いや、これ普通に戦争より怖くないか?」
俺、高城直人。
四十二歳。
元地方百貨店食品バイヤー。
剣術なし。
魔法なし。
戦闘能力なし。
そんな俺にとって。
相手が剣を抜いてくるより。
『売上で勝負しろ』
と言われる方が。
よほど逃げ場がなかった。
世界一の商人からの招待状
「店長」
翌朝。
宿の部屋へ入ってきたリリスが、一通の封筒を机に置いた。
真っ白な紙。
中央には、黄金の帆船をかたどった紋章。
昨日までは見ただけで「金持ちの匂いがするな」くらいにしか思わなかった。
今は違う。
この紋章は。
俺たちの物流を止めた相手。
《黄金海運商会》のものだ。
「請求書?」
「違います」
「督促状?」
「もっと面倒です」
「開けたくなくなってきた」
「開けてください」
「リリスが」
「高城直人殿、と書いてあります」
「俺だった」
仕方なく封を切る。
中に入っていたのは。
短い招待状だった。
《本日正午》
《黄金宮殿最上階にて待つ》
署名。
レオナルド・ヴェルガ。
俺は紙を机に戻した。
「ついに出てきたか」
世界最大級の商人。
七海商業王国ヴェネリアの物流を握る男。
そして。
魔王城百貨店を世界の海運網から締め出した張本人。
昨日。
俺はこの街で。
ゴミ箱からパンを拾う少年を見た。
そのパンには。
魔王城百貨店の包装紙が巻かれていた。
商品は、この国まで届いていた。
なのに。
食べたい人間には届かなかった。
そして俺は。
返品扱いになっていたパンを少年へ一ゴールドで売った。
金を持っていなかったから。
ツケにした。
返済期限。
なし。
回収予定。
たぶんなし。
商売として考えれば。
褒められたやり方ではない。
でも。
あの少年に。
「昨日の夕食は?」
と聞いた時。
返ってきた答えは。
「水」
だった。
あれを聞いて。
何もしないことは。
俺にはできなかった。
「行きますか?」
リリスが聞いた。
「ああ」
逃げる選択肢はない。
「物流封鎖を解除させる」
「できそうですか?」
「できるかどうかじゃない」
俺は招待状をたたむ。
「店を開け続けるには、やるしかない」
すると。
部屋の扉が勢いよく開いた。
「直人!」
ガルドだった。
背中。
大剣。
やる気。
満々。
嫌な予感しかしない。
「敵の本拠地へ行くそうだな」
「ああ」
「俺も行く」
「来なくていい」
「なぜだ!」
「商談だからだ」
「敵なんだろう?」
「商人だ」
「同じだろう?」
「全然違う!」
ガルドは腕を組んだ。
「交渉が決裂したら?」
「話し合う」
「その次は?」
「さらに話し合う」
「その次は?」
「帰る」
「斬らないのか?」
「斬らない」
ガルドが。
心底信じられないものを見る目で。
俺を見た。
「直人」
「何だ」
「お前は戦士として致命的な欠陥がある」
「百貨店店長だから問題ない!」
リリスが。
小さくため息をついた。
「店長」
「何?」
「置いていきましょう」
「だな」
「待て!」
その日の商談。
ガルドは留守番になった。
《黄金宮殿》
ヴェネリア最高級百貨店。
《黄金宮殿》。
昨日も見た。
だが。
今日は。
見る場所が変わっていた。
白い大理石。
巨大な吹き抜け。
計算された照明。
見やすい案内表示。
広い通路。
そして。
客が立ち止まる位置に。
絶妙な商品配置。
「……食品売場、昨日と変わってる」
俺は思わず呟いた。
隣を歩くリリスがこちらを見る。
「分かるんですか?」
「ワインの平台が三メートルくらい入口側へ移ってる」
「昨日、そんなところまで見ていたんです?」
「職業病」
「また便利な言葉を」
「バイヤーにとって他店視察は呼吸みたいなものだ」
「では」
リリスが。
すっと俺の腕へ自分の腕を絡めた。
「これは私の職業病です」
「何の職業?」
「恋人」
「職業じゃない!」
「福利厚生はありますか?」
「いきなり制度要求された!」
リリスは涼しい顔。
でも。
腕は離さない。
人混みではぐれないため。
たぶん。
半分くらいは。
そういう理由。
恋人になって。
以前より距離が近くなった。
当然と言えば当然なのだが。
逆に。
以前より意識する。
手。
腕。
視線。
声。
四十二歳にもなって。
今さら恋愛初心者みたいになっている。
「店長」
「何だ?」
「顔が赤いです」
「暑い」
「今日は涼しいですよ」
「歩いたから」
「入口から三十メートルです」
「四十二歳には長距離なんだ」
「自分から年齢を使い始めましたね」
完全に遊ばれている。
だが。
腕を離してくれ。
とは。
言えなかった。
世界一の商人
最上階。
案内された部屋へ入った瞬間。
俺は。
少しだけ呼吸を整えた。
豪華だからではない。
部屋の奥。
一人の男が座っていた。
五十代。
派手な服ではない。
宝石まみれでもない。
なのに。
いるだけで。
場の中心がそこになる。
目。
人間を見るというより。
価値を測る目。
だった。
「高城直人君」
男が言った。
「初めまして」
「いや」
薄く笑う。
「私は以前から君を知っている」
レオナルド・ヴェルガ。
《黄金海運商会》会長。
世界の物流を握る男。
俺たちの敵。
「座りたまえ」
俺とリリス。
向かいへ座る。
紅茶。
焼き菓子。
果物。
全部。
見るからに一級品。
食べたい。
かなり食べたい。
だが。
ここで焼き菓子を頬張りながら、
「物流封鎖解除してください」
というのも。
何か違う気がする。
「毒など入っていないよ」
レオナルドが言う。
「そこは疑ってません」
「なら食べればいい」
「仕事中なので」
「真面目だな」
「職業病です」
横。
リリスが吹き出した。
最近。
この言葉の使用頻度が高い。
「では」
俺は本題に入る。
「物流封鎖を解除してください」
「断る」
即答。
予想どおり。
「理由を聞いても?」
「君の商売が嫌いだからだ」
「ずいぶん率直ですね」
「時間は商品より貴重だからね」
レオナルドは。
静かに俺を見る。
「私は君を高く評価している」
意外な言葉だった。
「ありがとうございます」
「魔族」
「獣人」
「エルフ」
「ドワーフ」
「人間」
「君は種族や国境を越えて商品を届けてきた」
「……」
「見事なものだ」
その声に。
嘘は感じなかった。
だから。
次に来るものを。
俺は少し警戒した。
「しかし」
来た。
「君は」
レオナルドが笑う。
「慈善家としては優秀だ」
一拍。
「だが、商人としては三流だ」
リリスの空気が。
少し変わった。
俺は。
机の下で。
落ち着け。
という意味で手を出した。
すると。
リリスが。
握った。
違う。
そういう意味じゃない。
いや。
嫌ではない。
でも。
今じゃない。
俺が内心混乱している間にも。
商談は続く。
「昨日の少年」
レオナルドが言った。
やはり。
見られていた。
「パンを一ゴールドで売ったそうだね」
「はい」
「ツケで」
「はい」
「返済期限は?」
「決めていません」
「回収予定は?」
「……たぶんありません」
「利益は?」
「ありません」
「なるほど」
一拍。
「やはり三流だ」
「二回言わなくても!」
初対面なのに容赦がない。
レオナルドは。
笑わなかった。
「高城君」
「一人ならいい」
「百人なら?」
「……」
「一万人なら?」
俺は黙った。
「全員へパンを一ゴールドで売るのか」
「できません」
「なら誰かを選ぶ?」
「……」
「昨日の少年だけ助けて、隣で腹を空かせた子どもには売らない?」
痛い。
俺が答えられないことを。
正確に突いてくる。
「善意は美しい」
レオナルドが言う。
「だが」
「続けられない善意は、商売ではない」
胸へ。
刺さった。
正論だった。
店は。
今日だけ開けばいいわけではない。
明日も。
来月も。
来年も。
客を迎える。
そのためには。
店員へ給料を払う。
仕入先へ代金を払う。
輸送費を払う。
倉庫代を払う。
税を払う。
そして。
利益を残す。
俺は。
そんなこと。
嫌というほど知っている。
「店員の給料は?」
「払います」
「仕入代金は?」
「払います」
「運賃は?」
「払います」
「誰が?」
「店が」
「店は何で金を得る?」
「商品を売って」
「昨日の客からはいくら?」
「一ゴールド」
「それで何人を養える?」
「……養えません」
「なら」
レオナルドの目が細くなる。
「君は一人を救うために」
「別の誰かへ負担を回しているだけではないのか?」
返せなかった。
でも。
一つ。
聞きたい。
「あなたは」
俺は言った。
「買えない人間は切り捨ててもいいと思っているんですか?」
その瞬間。
レオナルドの表情が。
ほんの少し変わった。
金があれば、人は自由になれる
「逆だ」
低い声。
「私は」
レオナルドが言った。
「貧しい人間を、二度と作りたくない」
俺は黙った。
「私は港で育った」
「荷物を運んだ」
「香辛料を運んだ」
「高級酒を運んだ」
「宝石も」
「絹も」
「食料も」
少し。
拳が握られる。
「だが」
「私は、そのどれも買えなかった」
昨日。
裏通りで見た。
港湾労働者。
擦り切れた服。
裸足の子ども。
固いパンを分ける老人。
世界中の商品が通り過ぎる場所で。
その商品を。
自分では買えない人たち。
「腹が減った」
レオナルドは続ける。
「欲しいものがあった」
「だが金がない」
「だから」
俺を見る。
「金があれば、人間は自由になれる」
その言葉を聞いて。
俺は。
少し困った。
敵なら。
もっと悪人でいてほしかった。
金だけ。
利益だけ。
自分だけ。
そんな人間なら。
簡単に否定できる。
でも。
違う。
レオナルドも。
貧しい人を救いたい。
ただ。
方法が違う。
仕事を生む。
利益を生む。
給料を払う。
金を持たせる。
そして。
自分で選べるようにする。
彼にとって。
利益は悪ではない。
自由を作るための燃料。
なのだ。
だから。
利益を生まない商売を嫌う。
続かない善意を嫌う。
「高城君」
「はい」
「君は必要な人間へ商品を届けたいと言う」
「はい」
「私は」
レオナルドが言った。
「必要な商品を、自分の金で選べる人間を増やしたい」
同じ方向。
違う道。
だから。
厄介だ。
そして。
面白い。
たぶん。
この人とは。
一度。
本気で戦わなければならない。
剣は禁止です
レオナルドが。
机の上へ契約書を置いた。
「だから」
俺を見る。
「勝負をしよう」
「勝負?」
その時。
背後。
「決闘か?」
聞き覚えがありすぎる声。
俺とリリス。
同時に振り返る。
「なんでいる!?」
ガルド。
扉の横。
立っている。
大剣付き。
「直人を敵地へ一人で行かせられるか」
「リリスいる!」
「なら二人だ」
「そういう問題じゃない!」
「それで?」
ガルドはレオナルドを見る。
「決闘か?」
「違う」
俺とレオナルド。
同時回答。
ガルド。
本当に残念そう。
「では何だ?」
レオナルドが。
契約書を指で叩いた。
「百貨店対決だ」
沈黙。
ガルド。
首を傾げる。
「……百貨店で?」
「ああ」
「剣は?」
「使わない」
「魔法は?」
「客へ危害を及ぼす用途は禁止」
「殴るのは?」
「論外だ」
ガルドが。
俺を見る。
「直人」
「何だ」
「卑怯だ」
「何が!?」
「俺の得意分野が全部封じられている」
「お前が戦うんじゃない!」
「抗議しろ」
「しない!」
リリス。
口元。
押さえる。
笑っている。
レオナルドまで。
少し肩を揺らしていた。
世界一の商人相手に。
何をやっているんだ俺たちは。
でも。
少しだけ。
空気が軽くなった。
そして。
俺は契約書を読む。
三十日間の百貨店戦争
期間。
三十日。
売場面積。
同一。
初期資金。
同一。
商品数。
同一。
出店場所も。
ほぼ同条件。
そして。
勝敗基準。
売上高。
俺は。
そこで指を止めた。
「売上だけですか?」
「ああ」
「利益率ではなく?」
「今回は売上だ」
「……」
相手は。
《黄金宮殿》。
ヴェネリア最高級百貨店。
知名度。
客層。
商圏理解。
人材。
全部。
向こうが上。
同じ条件。
に見えるが。
全然。
同じではない。
ホームとアウェー。
その差は大きい。
「負けたら?」
俺が聞く。
レオナルドは。
平然と言った。
「魔王城百貨店は、ヴェネリア市場から撤退してもらう」
リリスの指。
俺の手を握る力が。
わずかに強くなる。
「勝てば?」
「物流封鎖を解除する」
「全世界?」
「ああ」
「取引企業への圧力も?」
「すべてやめよう」
条件として。
こちらに選択肢はない。
断れば。
物流は止まったまま。
受ければ。
勝機はある。
「店長」
リリスが小さく呼ぶ。
俺は。
契約書を見る。
怖い。
当然だ。
俺一人の問題ではない。
魔王城百貨店。
従業員。
仕入先。
職人。
農家。
物流。
その向こうの家族。
何万人もの生活が。
この勝負につながっている。
だから。
簡単に。
「絶対勝てる」
なんて言えない。
でも。
「受けます」
俺は言った。
リリスがこちらを見る。
ガルドも。
レオナルドは。
少しだけ笑った。
「即答か」
「考えました」
「何秒?」
「結構濃い十秒でした」
「面白い男だ」
そして。
レオナルドは。
俺の目を見る。
「だが」
静かな声。
「君は負ける」
「……なぜ?」
「君は客を選べないからだ」
意味が。
すぐには分からなかった。
「商売には」
レオナルドが続ける。
「利益になる商品と、ならない商品がある」
「利益になる客と、ならない客がいる」
「残す売場と」
「捨てる売場がある」
「選ばなければ」
「店は潰れる」
昨日の少年。
一ゴールド。
ツケ。
金を持たない客。
「君は全員を客にしようとする」
レオナルド。
笑う。
「それが」
「君が三流である理由だ」
胸の奥。
少し。
熱くなった。
腹が立った。
でも。
同時に。
考えた。
本当に。
そうなのか?
買えない人間は。
客ではない?
買わない人間は。
店に来る意味がない?
そして。
今日買わなかった客は。
店にとって。
何の価値もない?
「レオナルドさん」
「何かな」
「一つ」
俺は言った。
「条件を追加してもいいですか?」
売上にならない数字
「再来店希望率を測りたい」
部屋。
静かになった。
ガルド。
首を傾げる。
「何だそれは」
「またこの店へ来たいと思った客の割合」
「それで敵を倒せるのか?」
「敵を倒す話から離れろ」
レオナルドも。
少し考えた。
「売上にはならない数字だ」
「はい」
「勝敗にも関係ない」
「だから」
俺は答える。
「測りたいんです」
レオナルドの眉が動く。
「説明したまえ」
俺は。
昨日の少年を思い出した。
一ゴールドのパン。
あの子は。
今。
魔王城百貨店の商品を。
買える客ではない。
でも。
十年後は?
働いて。
給料をもらうかもしれない。
家族を持つかもしれない。
子どもへ。
パンを買う日が来るかもしれない。
その時。
「昔、一ゴールドでパンを売ってくれた店」
を。
覚えていたら?
「今日」
俺は言った。
「商品を買わなかった客が」
「明日も買わないとは限らない」
「……」
「今日欲しい物がなかった人に」
「半年後」
「必要な商品ができるかもしれない」
「だから」
俺は。
レオナルドを見る。
「店は、今日の売上だけで価値が決まるものじゃない」
「綺麗事だ」
「かもしれません」
「経営者が見るべきは利益だ」
「それも必要です」
俺だって。
利益を否定するつもりはない。
利益がなければ。
店は死ぬ。
それは。
レオナルドの言う通りだ。
でも。
「また来たい」
と思ってもらえること。
「あの店なら」
と思い出してもらえること。
そこには。
まだ売上になっていない。
未来の価値がある。
「昨日の少年が」
俺は言った。
「十年後」
「自分の金で」
「自分の子どもへパンを買ったら」
レオナルドの表情が。
ほんの少し変わる。
「昨日の一ゴールドは」
俺は。
自分でも。
答えを持っていない問いを。
口にする。
「本当に、一ゴールドだけだったんでしょうか」
沈黙。
俺には分からない。
十年後。
彼が来る保証なんてない。
魔王城百貨店が。
残っている保証さえない。
でも。
だから。
測りたい。
今すぐ。
金にならないものを。
「なるほど」
突然。
レオナルドが笑った。
初めて。
商売人らしい。
楽しそうな笑顔だった。
「三流は撤回しない」
「してくださいよ」
「だが」
万年筆を取る。
「面白い三流だ」
「褒められてない!」
契約書へ。
新しい項目。
《再来店希望率》
「測定を許可する」
「ありがとうございます」
「ただし」
ペンが止まる。
「公式の勝敗は売上だ」
「構いません」
俺も。
署名する。
高城直人。
これで。
戦争が始まった。
二人の天才販売員
「終わった?」
声。
扉。
昨日見た女が入ってきた。
金髪。
白を基調にした服。
《黄金宮殿》総支配人。
セレナ・ヴェルガ。
「セレナ」
レオナルドが娘を見る。
そして。
俺たちへ言った。
「対決期間中、《黄金宮殿》側の運営責任者は娘だ」
なるほど。
相手は。
昨日。
入口から数歩歩いただけの客を見て。
何を買うか読み切っていた女。
販売員として。
間違いなく一流。
セレナが俺を見る。
「昨日ぶりね」
「どうも」
そして。
視線が。
リリスで止まる。
一秒。
二秒。
「その服」
セレナが言った。
リリスの目。
細くなる。
「何でしょう」
「悪くない」
「ありがとうございます」
「ただ」
来た。
「肩の装飾が重いわ」
「実用性と意匠を両立しています」
「ヴェネリアでは売れない」
「魔王領では売れています」
「ここはヴェネリアよ」
「だから?」
あ。
始まった。
セレナ。
一歩。
「商品企画の基本は市場でしょう」
リリス。
一歩。
「市場しか見なければ」
笑う。
「客は、昨日と同じ商品しか買えません」
セレナの目が。
きらり。
と光った。
「面白いわね」
「そちらこそ」
「あの」
俺。
手。
挙げる。
無視。
「服飾売場を見せてもらえます?」
リリス。
「ええ」
セレナ。
即答。
「まず三階」
「帽子は?」
「四階」
「衣服との関連販売なら三階の方が」
「だから回遊させるのよ」
「ですが」
歩いていく。
「リリス!」
「店長」
振り返る。
「少し見てきます」
「少しって」
二人。
消えた。
俺。
ガルド。
レオナルド。
残る。
沈黙。
ガルドが言った。
「女とは分からんな」
「その意見だけは全面的に同意する」
レオナルドが。
少し笑った。
「セレナがあれほど楽しそうなのは久しぶりだ」
「リリスもです」
「優秀なのかね?」
俺は。
即答した。
「商品企画なら、俺より上のところがあります」
レオナルドが。
少し驚いた。
「認めるのか」
「事実なので」
俺が。
全部一番である必要なんてない。
リリスが。
俺より得意なら。
任せる。
百貨店は。
一人で作るものじゃない。
「なるほど」
レオナルドが。
何かを納得したように。
小さく呟いた。
二時間後
「遅い!」
三階。
二人を見つけた時。
本当に。
二時間経っていた。
床。
商品。
帽子。
服。
鞄。
靴。
完全に。
仕事モード。
セレナ。
「この色を正面へ」
リリス。
「奥の照明ならこちらの方が映えます」
「なら照明を変える」
「そこまでします?」
「売るなら当然」
「なるほど……」
めちゃくちゃ楽しそう。
「リリス!」
ようやく。
俺を見る。
「あ、店長」
「あ、じゃない!」
「何をしていたんです?」
「待ってた!」
「呼んでくだされば」
「三回呼んだ!」
「集中していました」
「知ってる!」
セレナが。
腕を組む。
そして。
突然。
「ねえ」
俺を見る。
「リリスを私にくれない?」
「商品みたいに言うな!」
「給与は倍」
「行きません」
リリス。
即答。
ちょっと。
嬉しい。
「三倍」
「行きません」
かなり。
嬉しい。
「五倍」
リリス。
「……少し」
「考えるな!」
リリスが。
笑った。
「冗談です」
「心臓に悪い」
「店長」
「何?」
「嬉しかったですか?」
「……」
「顔」
「暑いだけ」
「店内、涼しいですよ」
最近。
逃げ道がない。
セレナは。
俺たち二人を見て。
「ふうん」
妙に楽しそうに。
笑った。
空っぽの売場
夕方。
対決用の店舗へ入った。
まだ。
商品は一つもない。
棚。
平台。
カウンター。
全部。
空。
俺は。
こういう場所が。
嫌いじゃない。
何もない売場。
ここに。
商品が入り。
店員が立ち。
客が歩く。
そして。
ただの建物が。
店になる。
百貨店の開店前。
あの独特の空気。
日本にいた頃から。
ずっと好きだった。
「店長」
リリスが隣へ来る。
「楽しそうですね」
「そう見える?」
「はい」
「困ったな」
「何が?」
「これから世界一の店と戦うんだけど」
「店長」
「何?」
「口元」
指をさす。
「笑っています」
自分でも。
気づいていなかった。
たぶん。
怖い。
でも。
同じくらい。
楽しみなのだ。
商売で。
世界一と戦える。
元バイヤーとして。
燃えないわけがない。
その時。
外から。
大きな音がした。
ゴトン。
ゴトン。
大量の木箱。
商品が。
次々と搬入されてくる。
「早い」
俺は。
少し感心した。
さすが。
世界物流を握る国。
搬入速度まで。
桁が違う。
ゼファー。
目を輝かせる。
「開けますか?」
「待て」
何か。
嫌な感じがした。
契約条件。
同じ売場面積。
同じ資金。
同じ商品数。
商品数。
「……そういえば」
俺は。
口にする。
「商品って」
「誰が選ぶんだ?」
「私だよ」
背後。
声。
振り返る。
レオナルド。
入口に立っていた。
「……何?」
「説明し忘れていたかな」
「聞いてません」
「では説明しよう」
笑顔。
嫌な予感。
確定。
「両店の商品数は同じ」
「はい」
「初期条件も同じ」
「はい」
「ただし」
レオナルドが。
木箱へ手を置いた。
「君の店の商品は、私が選ぶ」
リリス。
表情。
変わる。
「店長」
「ああ」
これは。
かなり。
嫌な条件だ。
「開けてみたまえ」
ガルドが前に出る。
箱。
掴む。
「壊すなよ」
バキッ!
「今言った!」
「蓋は開いた」
「商品管理という概念を覚えてくれ!」
だが。
次の瞬間。
俺は。
怒るのを忘れた。
箱。
中。
商品。
「……何だ、これ」
古い工具。
大きい。
重い。
用途。
分かりにくい。
別の箱。
リリスが開ける。
衣服。
柄。
絶妙に。
微妙。
派手なのに。
華がない。
地味なのに。
目立つ。
どういう奇跡だ。
ゼファー。
別の箱。
「店長!」
「何だ」
「すごい物があります!」
「売れそう?」
「何に使うか分かりません!」
「ダメじゃん!」
バルグ。
乾燥した何か。
持つ。
「食べ物か?」
「口に入れるな」
「まだ食べていない」
「お前の場合は先に止める!」
箱を開ける。
開ける。
開ける。
出てくる。
古い魔道具。
重すぎる家具。
使い道の分かりにくい工具。
奇妙な食器。
扱いに困る食品。
売場を知っている人間なら。
分かる。
これは。
商品が悪い。
というより。
売るのが難しい商品だ。
そして。
最後の箱。
俺が開ける。
大量に。
同じ商品。
俺は。
数秒。
固まった。
「レオナルドさん」
「何かな?」
「これ」
持ち上げる。
「売れます?」
世界一の商人。
笑顔。
「売れないよ」
「認めるんだ!?」
レオナルド。
楽しそう。
「正確には」
一歩。
近づく。
「ヴェネリアで」
そして。
木箱の山を示した。
「最も売れない商品ばかりを集めた」
ガルドの手。
大剣。
「斬るか?」
「やめろ!」
「これは卑怯だろう!」
「今回は気持ちは分かるけどダメ!」
レオナルドは。
気にもしない。
「高城君」
「……何です」
「君の信念は」
俺を見る。
「必要な物を」
「必要な人へ」
だったね。
「はい」
「なら」
売れ残りの山。
指す。
「証明したまえ」
静かな声。
「この商品にも」
「必要としている人間がいると」
俺は。
言葉を失った。
悔しいが。
反論できない。
これは。
俺自身の言葉だからだ。
必要な物を。
必要な人へ届ける。
なら。
目の前の商品を。
「売れない」
と切り捨てるのは。
俺自身の考えと。
矛盾する。
「三十日後」
レオナルドが。
出口へ歩く。
「君の百貨店が残っていることを祈っているよ」
振り返る。
「面白い三流商人君」
そして。
去った。
売れない商品なんて、本当にあるのか
しばらく。
誰も喋らなかった。
俺。
リリス。
ガルド。
ゼファー。
バルグ。
売れない商品。
山。
ゼファーが。
奇妙な棒を持ち上げる。
「店長」
「何?」
「これは何です?」
「知らない」
「どう使うのでしょう」
「知らない」
「売れます?」
「だから知らない!」
バルグ。
乾物。
再び見る。
「これは」
「食うな」
「聞くだけだ」
「ならいい」
「美味いか?」
「結局食う話じゃないか!」
ガルド。
巨大な金属器具。
持つ。
「これは武器になる」
「商品だ」
「だが殴れる」
「大体の商品は本気を出せば殴れる!」
「では売れるな」
「何でその結論になる!」
後ろ。
リリス。
笑っている。
「何で笑ってる?」
「店長」
「何?」
「楽しそうです」
「……俺が?」
「はい」
言われて。
俺は。
手に持った商品を見る。
重さ。
素材。
形。
製造方法。
価格。
用途。
誰が作った?
なぜ作った?
誰向けだった?
なぜ売れなかった?
値段か?
場所か?
見せ方か?
説明不足か?
そもそも。
売れない商品。
なんて。
本当にあるのか?
それとも。
まだ。
買う人を見つけられていないだけなのか。
胸の奥。
昔から。
どうしようもなく反応する場所がある。
売れない。
と言われた商品。
誰も欲しがらない。
と言われた商品。
そんな物を見ると。
考えたくなる。
本当に?
と。
バイヤーという仕事は。
売れるものだけを仕入れる仕事じゃない。
まだ。
誰も知らない価値を。
客より少し先に。
見つける仕事でもある。
俺は。
商品を置いた。
「リリス」
「はい」
「商品リスト」
「作ります」
「全部だ」
「はい」
「価格」
「はい」
「生産地」
「調べます」
「用途」
「分からない物も?」
「だから調べる」
リリスが。
笑った。
「それでこそ店長です」
「ゼファー」
「はい!」
「勝手に買うなよ」
「まだ何も言ってません!」
「顔に書いてある!」
「市場調査です!」
「その言葉を使うな!」
「ガルド」
「何だ」
「商品で戦うな」
「努力する」
「努力じゃ困る!」
「バルグ」
「食うな」
「まだ何も」
「先に言っとく!」
一気に。
売場が騒がしくなる。
さっきまで。
ただの売れ残りだった商品が。
少しずつ。
調べるべき商品へ変わっていく。
その横。
リリスが。
俺の袖を。
そっとつかんだ。
「店長」
「何?」
「勝てますか?」
俺は。
少し考えた。
世界最大級の商人。
世界最高峰の百貨店。
敵のホーム。
こちらは。
売れない商品。
勝てる。
なんて。
簡単には言えない。
だから。
「分からない」
正直に答えた。
リリスは。
何も言わない。
「でも」
俺は。
目の前の商品を取る。
「売れない理由は、これから探せる」
もう一つ。
棚へ置く。
「必要な人もな」
リリスの指。
俺の袖を。
少しだけ。
強くつかんだ。
「では」
「?」
「三十日間」
こちらを見る。
「隣にいます」
少しだけ。
照れる。
でも。
今回は。
逃げない。
「ああ」
答えた。
その日。
俺たちは。
夜遅くまで。
商品を調べ続けた。
誰が作ったのか。
何のためなのか。
なぜ売れなかったのか。
そして。
誰なら。
必要としてくれるのか。
百貨店対決。
残り。
三十日。
世界一売れない商品を前に。
俺は。
久しぶりに。
バイヤーだった頃の感覚を。
思い出していた。
売れない商品などない。
そう言いたい。
でも。
まだ。
証明できない。
だったら。
これから。
証明すればいい。
そして。
俺はまだ知らなかった。
問題は。
商品だけではなかったことを。
翌朝。
《魔王城百貨店ヴェネリア臨時店》。
開店。
一時間。
客。
ゼロ。
第3話 完
次回 第4話
「金持ちだけの百貨店に、貧乏人を招待した」
黄金宮殿。
初日から大盛況。
魔王城百貨店。
客。
ゼロ。
売れない商品の前に。
そもそも。
店へ入ってくる人がいない。
なら。
直人がやることは一つ。
「客が来ないなら、こちらから招待する」
港湾労働者。
漁師。
職人。
孤児院。
そして。
商品を買う金をほとんど持たない人々。
「店長、その人たち商品を買えますか?」
「分からない」
「では、なぜ?」
直人は答える。
「買わなくても、店に来ていいからだ」
世界一の商業国家で。
一番変な百貨店が。
開店する。




