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8. 壁の花のお茶会

 茶会の日は、憎らしいほどよう晴れとる。


 庭の東屋(あずまや)に白布を張って、ギヨムはんの焼き菓子、蜂蜜の飴、麦の水飴を湯で割った甘い飲みもんを並べる。招待状はオルテンシアの采配で、「紙の格は控えめ、文面は最上級」に整えてある。


「気後れさせない紙で、きちんと敬う文面。招かれ慣れない方には、それが効きますの」


「……あんた、ほんまに得意やなあ、それ」


「意地悪も心配りも、見てるところは同じですもの。裏返すだけですわ」


 言うて、招待状の控えの束を、とん、と揃える。手際に迷いがない。


「席次はどないすんの?」


「決めませんわ。円卓で座るのが、テレージア様の流儀でございましょ?」


「……よう分かっとるやん」


 給仕はポレットちゃんが買って出てくれた。盆を持たせたら、あの子、水を得た魚や。下宿のおかみさん仕込みの手際で、茶器がすいすい回っていく。


 壁の花の子らは、東屋の前で最初、揃うて固まっとった。


「あ、あの、わたくしたち、お茶会の作法が、その……」


「作法なら、うちのほうが知らん側や。飴の舐め方に、作法はあらへんで。ほら、座り座り」


 一巡目の茶ぁで肩がほどけて、二巡目で口がほどける。刺繍の子は糸と生地の値に詳しい――絹糸が先月から二割上がったこと、どこの店の裁ち屑が上物か。本の子は写本屋の裏事情に詳しい――人気の恋物語は写本待ちが三月やということ。薬草園の係の子は畑の出来に詳しい――今年は生姜が豊作で、値ぇが下がっとること。


「……生姜と、水飴でございますね。いいこと聞きましたわ」


「あ、あの、こんな話、お茶会でしてよいものなのでしょうか……」


「ええやないか。そういうんがお茶会の極意やってん」


 話が回る、回る。


 ……ほらな。壁の花いうんはな、壁際から、いちばん広う部屋を見とる子ぉらのことなんや。


「ええか、覚えとき。社交界の噂より、台所と壁際の噂のほうが、早うて正確や」


「そ、そうなのですか……?」


「うちはそれで五十……ごほん。それで今まで、なんべんも助かってきたんや」


 笑い声が上がる。よっしゃ。この東屋、今日から井戸端や。


 湯気の向こうの笑い声を聞いとったら、ふっと、前世の店先が重なった。学校帰りの子ぉらが、棚の前でああでもないこうでもない言うとった、あの夕方の声や。……世界が変わっても、女の子の笑い声は、おんなじ音がするんやなあ。ええ音や。この音が聞こえる場所を、うちはこの世界にも、なんぼでも作ったるからな。


 隣でオルテンシアが、扇の陰でぽつりと言う。


「明日には社交界中が騒ぎますわよ。『グランハルトの茶会に、筆頭格がひとりもいなかった』と」


「あんたがおるやんか」


「わたくしは……元・筆頭格ですもの。今は、ええと……幹事ですわ」


 幹事。ええ響きや。井戸端に幹事がおったら、それはもう組織や。


 ポレットちゃんが空いた皿を下げながら、こそっと寄ってくる。


「あの、テレージア様。皆さん、その……また来たい、と仰ってます……!」


「ほな、次は月に一遍やな。幹事はん、そういうことで」


「承りましたわ。次は庭を借りる算段からですわね」


 ギヨムはんの焼き菓子は三皿が空になって、水飴の湯割りにはお代わりの列がでけた。うちの帳面に、そのうち「出」と「入」のほかに、「笑い」の欄が要るかもしれんなあ。


 賑わいの隅で、うちは帳面を開いて、三番の行に線を引いた。招かんかった詫びは、招くことでしか返せへん。一番、二番、三番――うちが自分でやった分は、これで仕舞いや。


 ……ほんまはな、番号のつかん分が、まだようけある。名前も知らんかった侍女らの十七年ぶんとか、そういうやつや。それは帳面に書き切れへんし、一生かけて返すもんなんやろう。


       ◇


 王室調査記録 第七報。対象、グランハルト公爵令嬢テレージア。対象は本日、招かれた経験の少ない令嬢のみを集め、茶会を主催。参加者は全員、帰路で笑っていた。対象は本官の分の菓子を、取り置いている。本官は職務中である。職務中であるが、二つ食べた。特記事項。茶会の話題は糸の値、写本の相場、畑の出来。社交の話題として異例だが、情報の質は高い。次回の茶会も、警備は本官が担当する。職務である。以上。


 散会の刻、夕日が東屋の白布を蜂蜜色に染めとる。子ぉらは名残惜しそうに、何べんも頭を下げて帰っていく。……最後に一人、ポレットちゃんが残った。


 膝の上で、指先が白うなるまで手ぇを握り込んどる。


「あの……テレージア様。折り入って……お恥ずかしい話、なのですけれど」


「ん。なんでも言うてみ。恥ずかしい話は、だいたい大事な話や」


「実家が……その、お金の、ことで……。今年の請求書が、その、どうしても、おかしい気がして」


 ――ほう。請求書。


 うちの中で、そろばんの珠が、ぱちんと鳴った。


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