16. にせ飴ちゃん(後)
潔白の証明いうんは、口でやるもんやない。手ぇと、鍋でやるもんや。
二日かけて支度して、うちは別邸の門を開け放った。工房の戸ぉも全部外して、竈が外から丸見えになるようにする。門番はんが泣きそうな顔で「公爵家の門を、こんなに開けたためしがございません」言うてたけど、ためしは今日つくるさかいかまへん。
卓には、鍋を三つ並べた。朝に仕込んだばっかりの麦の粥。昼までかけて甘うなった汁。漉して煮詰める寸前の、飴色の一歩手前。麦の飴は半日かけてゆっくり甘うなるもんやから、途中の姿を全部並べて、順ぐりに見てもらう寸法や。どの鍋も覗き放題、味見の匙も置いてある。
「さあ、寄っといで! 見て、舐めて、確かめてや! うちの商売は、見せられへんもんが、一個もない!」
……最初は、誰も門をくぐらんかった。当たり前や。噂の渦中の飴屋が、貴族の門の内で何ぞやっとる。怖いに決まっとるがな。
口火を切ったんは、おかみ連や。十二人が客のふりして門をくぐり、鍋を覗き込んで、でっかい声で言い合う。
「あら、ほんとに麦だよ!」
「砂糖なんて、どこにもありゃしないねえ!」
……芝居が下手くそで、うちは吹き出しかけた。せやけどな、下手な芝居ほど人を安心させるもんも、またないんや。一人、二人、門をくぐる。子ぉが匙を舐めて、目ぇを丸うして、母親の袖をぐいぐい引く。「あまい」。その一言が、どんな口上よりよう効く。飴の宣伝はな、大人の弁舌やのうて、子ぉの顔がするもんなんよ。人垣が、鍋の周りに三重にでける。
うちは餅は餅屋の顔で、鍋の間を回った。麦芽の挽き加減、湯の熱さの測り方、漉しの布の目ぇ。聞かれたことには、隠さんと全部答える。企業秘密と違うんか、て顔をされるけど、かまへんのや。真似できるもんなら、真似したらええ。甘いもんが増えて、困る人はおらへんのやから。
人垣の中から、遠慮のない声も飛んでくる。
「腹を壊した子がいるって、聞いたよ!」
「ほんまや。うちも見舞いに行った。あの子が舐めたんは、砂糖の屑を固めた別もんや。……そやけど、口でなんぼ言うても、証文にはならへん。せやから今日は、鍋ごと見てもろとる。うちの飴は、麦と湯加減と半日の手間や。この目ぇで確かめてや」
昼を回った頃、ポレットちゃんが盆を持ったまま、ぷっと吹き出した。
「どうしたん?」
「れ、列に……列に、あの……」
見たら、買いもんの列の最後尾に、フードを目深にかぶった上背のある影が、行儀よう並んどる。フードの端から金髪がひと房。……またあんたか。またその外套かいな。
順番が来て、フードの中から小声が言う。
「……十粒袋を、ひとつ」
「まいど。銅貨十枚な」
差し出されたんは、ぴかぴかの金貨やった。
「釣り銭で店が潰れるわ!」
「こ、これしか持っていないのだ」
横からポレットちゃんが、自分の小さい財布から銅貨を十枚数えて、そっと台に置く。
「……お忍びのときは、小銭を持つものです、よ」
「……覚えておく」
フードの中の耳が、赤い。ポレットちゃんはまた吹き出して、ほんで二人で、声を殺して笑い合うとる。……ほう。ええ絵ぇが、勝手に増えていくやんか。
夕方までに三つの鍋は空になり、袋は売り切れた。見に来た人が、そのまんま客になっていく。「見せられへんもんがない」いうんは、それだけで、いっとう強い看板なんやで。
店じまいの頃、眼鏡が戻ってきた。数日ぶりに見る顔は、目ぇの下の隈が濃い。
「にせ飴の出所が、割れました。製造は場末の下請け。頼んだのは口利き屋で、その口利き屋に頼んだのも、また別の口利き屋です。……糸は、そこで切れています」
「尻尾切りやな」
「下請けの先は、届きません」
悔しい、と顔に書いたある。判子の顔しか持ってへんかった役人が、ええ顔で悔しがるようになったもんや。
「届かんでええ」
「……よろしいのですか?」
「今日はな、うちの飴が自分で疑いを晴らした。それで勝ちや。尻尾の先を追うんは、また別の日ぃの、別の人の仕事や」
人の引いた門の外に、ひとり、年寄りが立っとった。
白髪で、背中の少し丸い、仕着せのええ生地の年寄りや。手に見舞いもんらしい包みを提げて、門をくぐらんまま、ずうっと空の鍋を見とる。目ぇが合うた。年寄りは深うも浅うもない辞儀をひとつして、包みを提げたまま、夕暮れの往来に消えていく。
……誰やろな。買いもんの顔とは、違うたけどな。
隣で、眼鏡が静かに言うた。
「カンドール商会の、番頭です。五十年勤めの古参で、会頭の右腕と呼ばれる人物です」
「……番頭はんが、なんでまた」
「不明です。買い付けにも、探りにも見えませんでした。……見舞いの包みだけが、事実です」
見舞いの包みを提げたまま、門ぁくぐれんと立っとった横顔か。……覚えとこ。ああいうんはな、帳面の貸し借りとは別のもんが、胸につかえとる顔やで。
◇
王室調査記録 第十五報。対象、グランハルト公爵令嬢テレージア。対象は本日、工房を公開し、製法の一切を満座に示した。疑いは晴れ、見物の列は客の列に変わっている。にせ飴の出所は末端の下請けで、依頼の糸は口利きの先で切れる。特記事項。群衆の外に、商会の番頭がいた。子どもへの見舞いと思しき包みを提げたまま、門の内へは入っていない。本官は、記録のみに留める。以上。
数日後、王家の紋の入った招待状が届いた。季の大夜会――王都の社交界が一年でいっとう気合を入れる、夏の終わりの夜会や。
招待状を検分したオルテンシアが、扇をぱちりと閉じて、うちを見た。いくさの前の、参謀の目ぇや。
「勝負服が、要りますわね」




