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第2話「メイドさんと無表情の赤ちゃん」

 レイラは宮廷近衛兵だ。

 宮廷近衛兵とは、王族や上流貴族に仕える近衛兵であり、この世界では騎士に匹敵する程の存在とも言える。

 侍女やメイドの仕事をこなすのがメインで、仕える主人の身の回りの炊事洗濯掃除等を率先して行う。

 有事や主人の緊急の際には、自ら剣を取り――身を盾にして主人を守るのが仕事である。


 レイラは仕事や職務には忠実で、侍女としても主こと主君には忠誠心が強かった。

 なので、侍女の仕事や護衛としての仕事も結果を出していた為、周囲の人々からの信頼も高かった。


 剣士としての腕前も中々で、近衛兵になる前は冒険者をしていたくらいだ。

 10代後半の時に冒険者としてデビュー、一人で飯を食べて行くなら騎士や近衛兵でもよかったが――田舎出身の彼女には身分の差でなれなかった。


 彼女の【加護】は【研鑽】で、文字通り鍛練を積む事で才能を伸ばす事が出来る物だった。

 物心付いた時から研鑽と努力の日々ばかりの人生だった。

 実家は農家で、彼女もよく家の手伝いとして畑仕事をしていたが――人より不器用な為、農家より稼ぎもある冒険者を教会の薦めもあり、目指す方向になる。


 というのも、教会で見習い侍女としての仕事をこなしていたのもあるが――彼女の【神の祝福】が【心剣】を当時の神父に見て貰ったからだ。

【心剣】(しんけん)とは、心を持って剣の道を行けという物で、冒険者になる事が一番適しているという話になった。


 当時は護衛や冒険者パーティを組む事もしばしば、剣士として前衛のを任せられた。

 成り立ての初心者の時はスライムすら倒すのが難しかったが、研鑽を重ねて中級者向けの魔物を一人で倒せる程になる。

 魔法使いの仲間や先輩冒険者からの指導や鍛練によって魔法も使用出来る様になった。


 そんなある日、人生の転機が訪れる。

 当時18歳のレイラは、上級冒険者をしていた。

 冒険者やギルドで彼女の名を知らない人は居なかったくらいだ。

 とある上流貴族に仕える近衛兵の命を救った事によって、近衛兵になる。

 その近衛兵の人の推薦や冒険者としての腕前や経験と周りからの信頼もあり、近衛兵として申し分ないと判断されたのだ。


 その後も経験と努力を重ねて、侍女として認められ宮廷近衛兵となった。

 しかし、王族に仕えるのではなく――上流貴族の家に仕える形となる。

 理由は、彼女自身が美人で美しい女性なのもあり――公爵の息子が是非ともうちに仕えて欲しいと言われたからだ。

 レイラにとっては、近衛兵や冒険者としての腕前では無い理由での雇用は余りにも不本意ではあったが、立場上逆らう事も出来ずに働く事になる。


 公爵邸でのレイラの扱いは、侍女としてではなく――妾や愛人にしようとして来た。

 彼女は「こんな未来なら私は自ら命を絶ちます」と言って、短剣で自分の首を斬ろうする。

 そんな彼女を救ったのが、あの時助けた近衛兵の男性だった。

 そう、彼もこの公爵亭に近衛兵として仕えていたのだ。

 彼女から短剣を取り上げて説得し、公爵亭から脱出する。

 その後公爵は、近衛兵や侍女達を奴隷扱いにしていた事実が公けになり失脚。


 レイラと近衛兵の彼は自ら宮廷近衛兵の職を辞した。

 理由は言うまでもないが、自分達のミスではないにしろ、公爵に恥をかかせ、失脚したのだ、命を狙われる可能性が高い近衛兵や貴族の侍女はリスクがある。


 近衛兵としての職を失ったレイラは、改めて冒険者として生計を立て直そうとしていた。

 彼女を救った近衛兵の男性は一緒にいると公爵から狙われる危険性を考慮して、あえて別の街で新しい職に就く。

 風の噂では、別の街で名前を変えて商人をしているらしい。


 彼のその判断は懸命だとレイラ自身も思った。

 公爵は確かに失脚したが、ああいった貴族は逆恨みや逆上が激しく、根に持ちやすい。

 他の貴族や王族とのパイプやこね等は、立場を追われようと生きている。

 少しでもリスクを避ける為にも彼の案に乗る事にした。

 彼に対しての感情は、確かに恩人でもあるが、彼女自身の本当の想いは心の奥に仕舞う。


 今にして思えば、片田舎の娘である自分が何故近衛兵や宮廷になれたのか疑問だったが。

 元近衛兵の彼の推薦もあったのと、冒険者としての腕前を認められた故の事だと思う。

 とは言っても、公爵邸での一件もあり近衛兵と冒険者としては、もう終わったのだと理解する。


 乗合馬車を身分と姿を隠して、乗り継ぎ――ラックスカイ辺境伯が治める土地のグリーンアース領へとやって来た。

 領主が居る中間都市アークから外は、一面に麦畑や野菜畑が広がる長閑な場所だ。

 レイラはそこで仕事を探す事にした。

 この辺境では剣術や武術を使える者や教える者は沢山居るが、家の仕事を完璧にこなす侍女は少ないのだ。

 とはいえ、役所ギルドを介しての求人は身バレのリスクがあり――まして、貴族等に仕える役職等もってのほか。

 更にグリーンアース領主やそれに準じた貴族の侍女や護衛として雇われるのは危険だ。

 政治経済的ものの材料やカードにされるのは真っ平だった。

 仮に戻っても、上流貴族のオモチャにされるのが明白だった。

 そんなのゴメンだ。

 あんな奴隷や娼婦の真似事には二度合いたくない。


 実家は、農家で金銭面で自分に頼らなくても良いだけの蓄えはあるので――仕送りは必要ない。

 とはいっても少な過ぎても困るのは事実。

 最低限自分の衣食住さえ賄う賃金を貰えれば充分だったが、

 賃金と安全の両方が確保出来る――そんな条件の仕事は中々見付からなかった。


 一ヶ月後、各地を一通り回ってそろそろ滞在費が厳しく次の街に向かおうかと思っていると、一枚の募集貼り紙が目に着いた。

 グリーンアース領の冒険者パーティ募集中。

 前衛剣士、後衛雑用、雑用は侍女やメイド等でも可能。身分上の不都合への対処兼。


 ここは冒険者ギルド、低ランクの依頼を受けて滞在費や次の街への足しにと立ち寄ったところだった。

 

 プレボことプレーボーイル・ラックスカイ。

 彼もその当時冒険者をしており、冒険者パーティのリーダーをやっていた。

 プレボはレイラの身の上話を聞いても尚、パーティに入る事を承諾したくれた。

 ちなみに冒険者のメイド兼雑用係として入ったのだ。


 更には冒険者ギルドマスターにも話を通してくれて、身の安全も保証された。

 偽名と存在しない戸籍を用意してくれたのだ。

 実はプレボと冒険者のギルドマスターは古くからの親友で、困った事があれば相談出来る間柄であった。

 加えてプレボの冒険者パーティも実は訳ありの人達で構成した物だった。


 元々は辺境伯の家の出で、家業を継ぐ予定であったが――当時からの女好きと、仕えていた侍女やメイド達に対してのセクハラが絶えなかった為、実家を追い出される。

 先代の辺境伯だった祖父に出来た初孫だった事もあり、相当甘やかされて――文字通りの我儘なお坊ちゃんになってしまった。


 冒険者パーティを組んでいた理由は、効率よりも美人な女性と一緒に居られるのを理由にしていた。

 レイラも最初は「こんなヤツに」と一瞬思ったが――公爵亭での一件を考えれば、誰かと一緒に居た方が良いと判断して、同行する。

 レイラには心に決めた相手が既に居る為、夜を共にしない事を条件としてパーティに入った。


 プレボからは頻繁に話し掛けられたものの、約束通り夜に手は出して来なかった上にセクハラやボディタッチもして来なかった。

 パーティ仲間からは、ああ見えて約束は守る男だという。


 プレボの剣士としての腕前は本物だった。

 冒険者パーティのリーダーをやっている事もあり、レイラも剣士として手合わせをしたのだ。

 しかし、結果はレイラが完敗。

 一瞬の隙を突いてのレイラの剣を弾き飛ばしたのだ。

 あの鍛え上げられた肉体を見れば分かる程に。


 プレボには【技能】があった。

 【アタックカウンター】

 相手の物理攻撃を跳ね返し、武器を弾いたり、武器や防具を破壊する事が可能。更には相手から受ける攻撃をそのまま相手に返す事も可能。

 魔法の才能が無かったプレボには剣の道しか無かったのだ。

 辺境伯のところに居た頃も出ていった後も絶え間無い努力を得て体得したのだった。

 

 レイラは改めて彼の仲間になる事を決意する。彼なら信頼出来る人だと。

 そんなある時、冒険者パーティの一人のセイラが妊娠したのだ。

 実は以前から妊娠をしていたのは、彼女自身が分かっていたので――機会を見てパーティを脱退するつもりだったのだと。

 それに気が付いたのがレイラだった。

 レイラは以前、故居の教会や現役の侍女時代に似たような事が幾度かあり。

 その際には、出産にも立ち会った経験や実際に取り上げた経験もあったのだ。


 相手ことお腹の子の父親はプレボだった。

 レイラがパーティに入る前に酒に酔った勢いでプレボがセイラを押し倒したのだ。

 事が済んだ後に我に返ったプレボがセイラに謝罪。

 責任を取らせて欲しいと言うプレボをセイラが制止。

 その後妊娠の兆候もなくはしていないとセイラも言っていたので――プレボも深く反省していたところにレイラがパーティに加わったのだ。


 しかし、実際は妊娠しており、悪阻の症状が出始め。

 プレボに心配を掛けまいと上手く立ち回っていたが、レイラに見付かり妊娠が判明。

 パーティの仲間に知られていなかったが、既に母体のお腹が大きくなっていて。

 隠すには限界があった。


 プレボのみをセイラとレイラの立会いの下に今後を相談する事になり。

 案の定、プレボは焦っていた。

 セイラも自分一人で何とかすると言うが、それをレイラが二人を説得する。

 自分が二人の侍女を引き受けるから、お腹の子の親になっては貰えないかと。

 プレボとセイラは、レイラの提案を受け入れて、冒険者パーティの仲間や冒険者ギルドマスターにも事情を打ち明けて。

 アルタ村という街外れに家を買い、プレボとセイラは結婚。


 レイラは侍女や教会時代や近衛兵時代にも出産、育児の経験もあり、医療面にも精通した技術も持っていた。

 冒険者ギルドマスターや冒険者パーティの後ろ楯に加えて、プレボやセイラに恩がある為、身元や安全も保証。

 レイラとしても願ったり叶ったりの結果だった。


 冒険者パーティの他の育児や家事の経験と、侍女や従者経験のある仲間もたまに家に来て手伝ってくれたりもした。

 お陰で、慣れない土地での生活にも楽に適応して行く事が出来た。


 子供が無事に生まれた。男の子だった。

 難産でもなく、教会や侍女時代に経験した通りの出産だった。

 何も問題は無かった、母体の状態も安定していた。

 スムーズに行う事が出来た。


 なのに、生まれた赤ん坊は泣かなかった。


 本来なら赤ん坊は産まれて直ぐに産声を上げる物だが。

 レイラは冷や汗をかく。

 生まれてすぐに鼻と口を吸引して羊水を吸い出し、産湯にも浸けて赤子の体を綺麗にした。

 しかし赤子は感情が無い様に見上げているだけで、泣く事は疎か笑う事も無く、声の一つも出さないのだ。

 もしや、死産なのかと思ってしまう程に無表情だ。

 触れてみると、暖かく脈もあり、息もしている。

 だが、泣かない。

 レイラの脳裏に、教会の侍女見習い時代や近衛兵の先輩から聞いた話が浮かぶ。

 生まれて直ぐに泣かない赤ん坊は、異常を抱えている事があると。

 まさかと心配していると、


「あー、うー」


 赤子が声を上げた、産声の泣き声では無かったが。こちらを不思議そうな表情で見上げている。

 それを聞いたレイラは安堵した。

 根拠は無かったが、恐らくは大丈夫だろう、と。


◇◇◇


 子供の名前はアディーゼウスと付けられた。


 不思議というか、不気味な子供だった。

 一切泣かない上に、騒がない。

 この頃の赤子なら、泣くのが主に仕事だ。

 お腹が減った時、怖い時や寂しい時、不安な時、排泄を催した時等。

 それが普通だ。

 排泄の時とお腹が空いた時だけは「あー、うー」等と呼ぶので、それを合図としている。

 身体が生まれながらに弱いのかもしれないが、手間が掛からなくていいと。

 と思っていたのは、最初のうちだけだった。


 アディーゼウスがハイハイ出来る様になると、家中を動き回る。

 とにかく動きが早いのだ。

 ハイハイしか出来ないにもかかわらず。

 更には隠れるのも上手い。声や物音すら殺している。

 見付けるのに半日掛かった時もある。

 鬼ごっことかくれんぼを同時にやらされる感覚に近い。


 眼を離すと、直ぐに居なくなってしまう。

 だが、必ず家中で見付かるのだ。

 アディーゼウスが外で見付かる事は無かった。

 窓から外を見ている時や、空を見上げている時もある。


 レイラがこの赤ん坊に対して、直感的にも感覚的にも恐怖を感じた時が、幾度かある。

 それはアディーゼウスが生まれて直ぐの時に、最初はぼんやり見ているだけだった。

 急にこちらの言葉や文字すらも理解し始めたのだ。


 ハイハイをやり始めた時も――かくれんぼをした際には、無言と無表情で壁を見ながらぼーっとしているのだ。

 まるで、何かに取り憑かれているかの様に。


 噂で聞いた事がある、悪霊や魔物の霊に取り憑かれるという物だ。

 レイラはもしや、それかと思い。

 家主のプレボやセイラに無断で、教会時代に教わった魔除けの魔法を使用。

 翌日のアディーゼウスのかくれんぼを見ても効果が無かったのを見て、レイラは悟る。

 無駄だったのだと。

 しかし、幽霊の類いでは無かったのは一安心だった。


 半年が過ぎた辺りから、赤ん坊ならまずあり得ない事があった。

 アディーゼウスが泣かないのは、何時もの事だが。

 転んだり、ぶつかったりしても泣かないのだ。

 端から見れば、あれで泣かないのは大した物だとなるだろう。

 普通の赤子ならまず大泣きするだろう。そんな事が起きても、泣かない騒がないのだ。

 たまに家に手伝いに来る、冒険者パーティの仲間も不思議がっていた。


 念のためにと、回復魔法を使用してアディーゼウスのぶつけた場所を治したりしたが、この赤ん坊は何故か、魔法を理解しているみたいだった。

 初めて見るはずの魔法を、理解し、観察しているのだ。

 赤ん坊とは思えない理解力だと思ってしまう。


 セイラも「ちゃんとお乳も飲んでいるんだけど――無表情なのよね?」

 確かに無表情だ、お腹が空いた時や排泄を催した時もまるで心がここに無いのではないかと思ってしまう程。


 更には、まるで何かを悟ったかの様な表情をする時がある。

 これはもしや、何処かの英霊の生まれ変わりかと。

 レイラは迷信やオカルトを本気で信じる人間だった。

 レイラは、アディーゼウスがただの英霊ではなく、勇者なのではないかと勝手に思い込んだのだ。

 セイラからはクスクスと笑われ、「だとしても私達のアンディちゃんだもの、愛情かけて育てて行けばいいのよ?」と言われた。

 ならば、私は静かに見守る事にしようと思う事にした。

 

 プレボやセイラからも言われた通りに、静かに温かく見守って行こうと。

 セイラはそう判断したのだ。 

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