神庭海凪の欠落①
——春の穏やかな風の中、俺達のクラスは今、グラウンドで野球をしている。体育の授業の一環ではあったが、そこで俺は神庭海凪の超人ぶりを見せつけられる事となる。
「吾輩の魔球……打てるものなら打ってみせよ!!」
こちら側のチームの投手は神庭海凪。ヤツはさながら野球経験者のような、妙に様になったフォームで振り被り、一球目を投げ放つ。
相手側チームのバッターは海凪の放った一球の軌道を見極め、フルスイング——、
——しかし、海凪の放った白球はバッターの手元でガクンと落ちて、振り抜かれたバットの真下を潜り抜けてキャッチャーミットに納まる。
今のはフォークボールかスプリットか……駄目だ野球詳しくないからわかんね。しかも球速も凄まじかったし、あいつ実は野球経験者なのかもしれない。
——そういう俺は、昔野球のTVゲームやってた程度で、ガチの素人なのだが。
続く二球目はスライダー。これまたとんでもない球速だ。つかあいつ、どんだけ強肩なんだよ……
——策もへったくれもない、ただバッターを圧倒するめちゃくちゃな球速と(良い意味で)デタラメな精度の変化球。相手側のバッターは野球未経験らしく、流石にこれは打てるはずもなく2ストライク。
最早相手チームのバッターが可哀想になってきた。
——そして三球目、今度は何の捻りもない火の玉ストレート。まさしく完封だった。
その後も神庭海凪は攻守ともに活躍し、海凪無双と言っても差し支えないくらいの爪痕を残した。
▷▷▷
「うむ、満足した……今日の体育は久しぶりに楽しめたな!!」
——授業終了後、俺の所へとやって来た神庭海凪は心底楽しそうだった。なんか機嫌良さそうだったので、体育の時から気になってた事を聞いてみる。
「お前って、野球経験者だったんだな?」
「うむ、幼い頃から商店街の大人に混ざって草野球をしていた」
……なるほど?
それにしては投球技術とかがガチすぎる気もするが、一朝一夕であんなに上達する訳がないからかなり練習したんだろうな……いや、ちょっと待て。中学と高校で女子野球部なんて、なかなかないぞ?
「かなり長く野球やってるみたいだが、中学と高校では何の部活やってたんだ?」
「……女子ソフトボール部だ、野球部がなかったからな。吾輩の話はもういいであろう?」
——唐突に、神庭海凪の機嫌が悪くなった。海凪は俺に背を向けて足早に去っていく。
俺、何か地雷を踏むような事したか?
「やめとけやめとけ……あいつは付き合いが悪いんだ。遊びに行こうぜって誘っても、楽しいんだか楽しくないんだか……神庭海凪、2年C組元女子ソフト部所属。成績優秀スポーツ万能な超絶美少女だが、去年の夏休み頃に謎の失踪を遂げる。後に神庭大社の境内で発見されたが、今ではあの通り電波系さ」
——唐突に、なんか変なヤツに絡まれた。
どうやらこいつは海凪について俺より詳しいようだが、そもそも誰だ?
「そういうお前は、ずいぶんとあいつについて詳しいみたいだな?ストーカーかなんかか?」
「ストーカーとは人聞きが悪い……俺は輝銅僚。趣味で校内のあらゆる美少女の情報を把握しているだけさ。一応、お前と同じクラスだな」
ギリギリストーカーではないようだが、あぁ……変態だ、変態がいる。
「それにしても、神庭海凪に部活の事を聞いたのは少し無神経だったな?そりゃあ彼女も機嫌が悪くなるってものだろう」
——待て。こいつはいったい、何を知っている?
「神庭海凪はな……ソフト部内で他の部員と諍いを起こして、暴力沙汰で無期限の活動停止処分を受けているんだ。かろうじて退部だけは免れたようだがな……」
——一瞬、思考が停止した。あいつが理由もなくそんな事をするとは思わない。しかし同時に、「あいつならやりかねない」とも思ってしまった。
海凪を信じたい気持ちと疑う気持ちが綯い交ぜになり、頭の中が混沌としてきた。
——目の前の輝銅と海凪、俺はいったいどちらを信じれば良いのだろう?




