特別な手
「ジルグロッセ様! シャーリー様が目を覚まされました!」
数時間後、地下牢の対応を手伝いながら御者の尋問に立ち会っているとシャーリーの侍女の一人が駆け寄ってきた。
地下牢の廊下を戻り、尋問という名の拷問は専門家に任せて次兄のところに戻る。
「シャーリーが目を覚ました。見てくる」
「そうか。無事に目を覚ましたんだね。よかった。くれぐれも精神面をケアしてあげておくれ。彼女にはやってもらわねばならないことが増えたからね」
「……わかっている」
完全に為政者の顔になっているミゲイル。
仕方ないこととはいえ、あまりシャーリーを“政治の道具”のように扱われることは気分がいいものではない。
自分が兵器扱いされることは、なにも感じないのだが。
早歩きで城の一室に向かう。
医務室に移され、警備も増えているシャーリーの病室の扉を開ける。
「シャーリー、体調は」
「ジルグロッセ様。は、はい。特に問題はない、とお医者様にもお墨付きをいただきました。大丈夫です。ご迷惑をおかけいたしました」
「いや……」
実際に迷惑を被ったのは、ジルグロッセが破壊した貴族街西側の門のあたりに住むものではなかろうか。
着地の際、かなりの範囲を破壊してしまった。
戦場ならばなにも問題ないのだが、貴族街は普通に人が住む場所だ。
瓦礫の後片付けから、再び舗装されるまで一ヶ月以上はかかることだろう。
そこは普通に申し訳がないと思う。
平穏に暮らしていた人々には、夜大きな音を立てて。
「君は大丈夫なのか?」
「え? ですから……怪我のようなものは特には……」
「体が無事なのは聞いた」
ジルグロッセ自身、聞き方が悪い、口下手がすぎる、と目を閉じて眉を寄せる。
自分の不甲斐なさ、気遣いの下手くそさに申し訳がない気持ちになった。
それでも、気持ちが焦って上手く言葉が出ない。
彼女に怪我がないことは安心したが、心は?
彼女を誘拐したのは、かつての婚約者。
私怨ではない……と、思いたい。
しかし、脅迫されたからといっても実行する時の、セジュール・ルルオールの中の決断の材料の一つにもしも、彼女に対する感情が含まれていたらと思うと冷静でいられなかった。
彼女を奪ったのは自分。
帝国皇族の権力を使い、奪った自覚はある。
政略結婚で感情はない、と彼女は言っていたが、セジュールは?
実は彼女に思うところがあったのだとしたら?
男女の機微はわからないが、彼女を思うと機微どころか揺さぶられておかしくなる自分がいる。
他の男が彼女になにかしらの感情を向けていると思うと、言葉がまとまらなくなるほどに。
(こんな俺は知らない)
迷惑になりたくない。
でも、もうすでに彼女は危険に晒されていて、迷惑をかけている。
彼女の元婚約者が彼女に触れたことが許せない。
(なんだこの気持ちは。この思考は。わけがわからない)
彼女のことを知りたい。
この気持ちは彼女の気持ちを知る上で、絶対に邪魔である。
それなのに落ち着くことができない。
処理がしきれない。
拳を強く握り、俯く。
「……ええ、と……」
「シャーリー様。この度は私どもの不手際でシャーリー様を危険に晒し……」
「「「申し訳ございませんでした!」」」
停滞した空気の中、ルシカと侍女たちが勢いよく頭を下げる。
あえてジルグロッセの前での謝罪をして、今回の不手際に対する減刑を求めているのだ。
シャーリーは優しく、皇族に連なる者であるという自覚が薄い。
ルシカのように魔力がなく、どちらかといえば物理的な護衛の者は仕方がないが、貴族出身の魔力を持つ侍女たちは見るからに真っ青になって頭を上げられなくなっている。
当然だ。
魔力を持っていながら妨害もせず主人を守れなかったということは、手引きした、と疑われても仕方ない状況なのだから。
まして帝国は戦時中。
ジルグロッセも戻り、真偽不明とはいえロドリゲスも地下牢に捕えられているもっとも警戒が強まっているこの時期に。
[転移]魔法の使い手は確かに貴重で、まさか魔法で誘拐されるなんて誰も予想はつかなかっただろうけれど。
帝都はもとより、城そのもの、城の各部屋に魔法不干渉の結界が張ってある。
それで安心して主人を守り切れなかった以上、ルシカ以外の侍女たちはシャーリーを馬鹿にしているか、蔑ろにしていると思われても無理はない。
実際、ルシカ以外の侍女たちの本来の主人はアビゲイルだ。
せっかく皇女の侍女になったのに、ぽっと出の他国の子爵令嬢の世話なんて、と思っていた可能性もある。
ジルグロッセがギロリ、と侍女たちを睨むと、シャーリーが「本当に大丈夫ですよ」という。
やはり甘い。
皇族に仕える侍女が、主人を守れなかった時点で――と言おうとした時、シャーリーがベッドから下りてジルグロッセのところまで来る。
驚いた。
謝罪のために頭を下げる侍女たちを、無視。
一応、ルシカに対してのみ、笑顔を向けてはいたけれど。
「私は大丈夫ですよ。ジルグロッセ様。……大丈夫。大丈夫です」
「………………」
彼女は、人の心がわかるのか。
手を掴まれ、まるで幼い子に言い聞かせるように。
それで堪らなくなった。
無意識に体が彼女を抱き締める。
ジルグロッセの背中を、何度も優しくなでる柔らかな手。
「私は大丈夫ですよ。ジルグロッセ様」








