極貧令嬢、恋に気づく(2)
「ジルグロッセ様って真面目ですよねぇ。でも、私も同じです。私、ジルグロッセ様と生涯をともにする覚悟はできているのですが、今の私のこの気持ちが恋愛かどうかはわからないんですよね。私も読んでもいいでしょうか?」
「一緒に学ぶか」
「はいっ」
窓辺のソファー席に二人で座り、恋愛についての指南書を開く。
これは主に皇族の男から女性にどのようにアプローチをするのか、という内容。
ジルグロッセ様からの求婚は、とてもこの中には入っていない。
それを確認しながら、ジルグロッセ様が溜息混じりにつぶやいた。
「俺は本当に、かなり無茶をしたのだな」
「それはそうかと思いますけれど、私はジルグロッセ様に見つけていただいてよかったと思っています。毎日ご飯を食べられますし、ベッドはふかふかですし、着る物もたくさん買っていただけましたし……なにより、本をたくさん読めます! 一番嬉しかったのは、自分の部屋に自分の本棚があったことです! 私のためにジルグロッセ様が用意してくださったとアビゲイル様にお聞きしました。本当に嬉しかったです! ありがとうございます」
「――そうか」
あ。笑った。
目を見開いて、凝視してしまう。
ジルグロッセ様の笑顔。
皇帝陛下の前ではどことなく苦しそうだったジルグロッセ様。
ご自分のことを責めて、絶望しているかのようなあの瞳に少しだけ光が差した。
まだまだ心が疲弊している目ではあるけれど、ジルグロッセ様は私と話せば少しだけ元気になってくださる――ような気がする。
それが、涙が出そうになるほどに切なくて嬉しい。
私でいいのか、本当に。
私でいいんだ、この方は。
長い長い争いの中で疲弊し切ったあなたは、私なんかで幸せを感じてくださるのね。
それなら、私はやっぱりあなたに寄り添って少しでもいいからあなたを癒したい。
私はあなたに幸せにしてもらっていると、たくさんたくさん伝えよう。
あなたは人の命を奪うだけではなく、人を幸せにする力だって持っているのだ。
少なくとも私はこの国に来てから一度もしんどいな、と感じたことはない。
そしてその幸せを感じる度に、ティヴァロニ王国で私は……実は結構……つらかったんだなって、知っていく。
そうだよね、私は蔑ろにされて、無視されて、本の中だけが楽しかった。
本は私の逃げる場所。
でも帝国に来てから、本を読む以外にもやることが多くて大変。
大変だけれど、頑張れる。
ジルグロッセ様のために頑張ろうって思えた。
これってとてもすごいことだし――多分、私は……。
「私、ジルグロッセ様ともっと色々なお話がしたかったんです。図書室に誘ってくださりありがとうございます」
「俺と、話?」
「はい! そうですね、まずは……ジルグロッセ様の好きな食べ物を教えてください。私は豆のスープと、誕生日の時にだけ食べてもいいと言われている白パンが好きでした! でも、帝国に来てからは色々な料理が毎日食べられて……今まで食べたことのない食材を食べられて、好きな食べ物が増えたんです。ジルグロッセ様は、どうですか? なにか好きな食べ物はありますか?」
「好きな食べ物……。考えたことがなかった」
「では今考えてください」
と、言うとびっくりした顔をされる。
自分の好きな食べ物もわからないほど、食事を楽しむことがこの方の人生になかったのか。
そう思ったら、悲しい。
食事は楽しくて幸せなもののはずだ。
私も家にお金がなくて、よく食事を抜いていたけれど……そう思う。
「……そうだな……」
呟いて、かなり長い時間、ジルグロッセ様は悩む。
目を閉じて、一つ一つ思い出して、これでもない、あれでもないと。
真剣に考えてくれる姿が嬉しい。
――愛しい。
「豚の肉が好きだな」
「豚肉ですか!」
「牛は、手に入りづらい。豚と鶏は手に入りやすい。食べ応えがよかったのは、豚の肉だ」
「そうなのですね。それじゃあ……今度私がニンニクと豆と豚肉のスープを作るので、食べてくださいますか?」
「君が作るのか……!?」
びっくりされたけれど、学生時代は自炊をしていたのだ。
そう胸を張ると目を丸くされる。
なんなら近くに控えている護衛の方とルシカさんにも変な顔をされた。
貴族の娘が自炊は……まあ、普通しないけれど。
「私の作るレシピは栄養重視なので、美味しくないかもしれないですが」
「……いや、興味深い。君の助言で保存食の種類が増えて、今年の冬は食糧の不安がほとんどない。民も兵も喜んていた」
「本当ですか!?」
「ああ。とても感謝している。だから君の料理にも興味がある。ぜひ、よろしく頼む」
「はい! お任せください」
拳を握って、図書室の利用者の迷惑にならない程度に元気に答える。
ジルグロッセ様の表情がどんどん柔らかくなっていく。
私はこの方がこういう、人らしい表情をするのが嬉しい。
私自身が人間らしい生活をできているのはこの方のおかげだから。
この方にも、人間らしい幸せを感じてほしい。
私が幸せにしたい。








