極貧令嬢、恋に気づく(1)
皇帝陛下の前で、私が聖女であるというのと、ジルグロッセ様の婚約者である件の公表について聞いたジルグロッセ様は、始終不満そうな表情をされていた。
しかし、陛下の言葉に渋々ながらも納得。
一週間後に公表が行われることとなり、それまでジルグロッセ様は私と同じく城で過ごすことになった。
部屋は私の隣。
いや、元々ジルグロッセ様の部屋の隣ということで、私は今の部屋をあてがわれたわけだけれど。
「はあ……あまりジルグロッセ様とお話しできなかったなぁ」
「今から遊戯室や談話室、サロンなどにお誘いいたしますか?」
「私から!? ………………いっ……いえ! それは……!」
自分から誘う!
そんなのありなの? 帝国ではありなの!?
お茶を淹れるために簡易キッチンに入って行ったルシカさんは、なんてこともないように言うけれど……ティヴァロニ王国では女性が殿方をお出かけなどに誘うことはない。
だからこそ、私とセジュール様は余計にデートをしなかったわけなのだけれど……。
頰を両手で包んで悩んでいると、扉がノックされる。
ルシカさんが「お待ちを」と私に言って、扉の方へ向かう。
「はい。これは、ジルグロッセ様。どうかなさいましたか?」
「夕飯まで時間がある。城の図書室に行ってみるのはどうかと」
「城の図書室!? 行きます!」
尋ねてこられたのはジルグロッセ様。
城の図書室!
絶対行きたい!
まだ行ってないんだもの!
「てっきり図書室にはもう行っているのかと思ったが」
「国公図書館に通っていたんです。買取ゾーンが楽しくて楽しくて……」
「買取ゾーン?」
「同じ本がすでにある場合や、処分対象の本が置いてあるところなんですけれど、そこの本は買い取ることができるんです! ジルグロッセ様がお屋敷の私の部屋に空の本棚を用意してくださったでしょう? そこに私の本を集めている最中なんです」
もちろん、アビゲイル様たちの授業も受けていた。
むしろ、最近は授業の方が多い。
それでも、本を読む時間が取れないのは私の生態にとって悪い。
と、我儘を言って国公図書館には通わせてもらっていた。
でも城の図書室はまだ! 行ったことが! ない!
絶対行きたい!
お願いします、と見上げていたら、少し慄きながらも「では行くか」と言ってくれた。
「わあーーーーっ」
ジルグロッセ様が連れてきてくださったのは中央棟の二階。
私が泊まらせていただいている部屋のある中央棟、だけれど……広いからまったく下の階という感じがしない。
こんなに近くに図書室があったなんて……もっと早く来たかった。
そんなことを思いながら、両手を広げて部屋の空気を大きく吸い込む。
「ああ……本の匂い……」
最高!
これ、これ! 一日に一度は吸わないと!
生きている気がしない……!
「国公図書館よりも数は少ないだろうが」
「そんなことはありません! 国公図書館にはない、貴重なものがたくさんありますよ! ほら! これなんて歴代皇帝陛下の書かれた伝記です。恐らく日記帳や起こった事柄、事件などを参考に読みやすくまとめられたものでしょう。ジルグロッセ様のご先祖様がどんなことをなさって、どんな困難を乗り越えてこられたのかが書かれているのですよ」
「は、はあ……」
「それに、このあたりは帳簿ですね。もちろん数百年前から、数十年前の……きっと文官の方々の資料で、外部に持ち出せない、資料室に置いておけないからこちらに置いてあるのでしょうね。こういったものもある意味歴史書ですよ! 過去の様々な出来事が、ここから読み取れます。帝国の成長が詰まっていますよ」
「は、はあ……」
棚を一つ一つ眺め、ジルグロッセ様の手を掴んで「ここはこういう本が詰まっていて〜」と説明。
ジルグロッセ様は、もしかしたら興味がないかもしれないけれど……。
――っていうか!
「あ、すみません。手を掴んでいたらジルグロッセ様が本を読めませんよね」
「あ、い、いや」
「ジルグロッセ様はこの図書室の本を読んだことがあるのですが?」
「……いや、ここに入る前に戦場に出た。城に戻っても報告ばかりですぐに前線に戻っていたから、ここ来る暇はなかったな」
「そうなのですね。もったいないですけれど……」
残念だなぁ。
もしもジルグロッセ様が読んだことのあるものがあれば、私も読んで感想を語り合えたらよかったのに。
ジルグロッセ様も本はお好きだと以前おっしゃっていたから……。
「これは読んでみたいと思った」
「え? どれですか?」
本棚の一番上にあった本を取るジルグロッセ様。
あ……すごい、大きいんだ。
今更ながら、ジルグロッセ様の背が高いことを思い知る。
私よりも二十センチ近く違うのだもの、そりゃあ台座もなく届くわよね……。
その姿がなんだか――男の人なんだ、と当たり前のことを確認させられた。
そうよね、ジルグロッセ様は……男性なのよね。
そんなことで気を逸らせていたけれど、ジルグロッセ様が手に取った本の題名を見て思わず声をあげそうになる。
れっ、『恋愛のススメ』!?
「え!? ジルグロッセ様はそれが読みたいのですか!?」
「恋愛というものがどういうものなのかわからない。君とは結婚したい。君のことは幸せにしたい。だが、それなりに強引に話を進めた自覚はある。学ぶべきだと思っている」
本に目を落としながら、言葉の一つ一つを噛み締めるかのように、少しずつ区切って私に語るジルグロッセ様。
私に対してこんなにも……こんなにも真摯に想いを伝えてくださる。
胸が……胸がギューっとなった。
なに、これ、痛い。
痛くて苦しくて、でも……泣きそうなくらいに嬉しい。
この気持ちはなに?
この感覚は、なに?
でも自分が喜んでいるのはわかるし……私……。








