誘拐事件派生
好きな食べ物をきかれて、即答できずに考えた。
そんなジルグロッセに対して彼女は「豚肉とニンニクと豆のスープを作りますね」と言ってくれた。
(胸がずっとあたたかい。これはいったい、なんなのだろうか)
隣の部屋に彼女が眠っている。
そのことに緊張と、安心が交互にくる不思議。
彼女の笑顔を思い浮かべるだけでその交互の感情がきて、時々胸が苦しく、甘く、苦い。
彼女に対して自分が他にできることはなんなのか。
(聞けばよかった)
せっかく話す機会があったのだから、今日聞けばよかったのだが思いつかなかった。
今日は図書室で半日彼女からの質問責めにあっていた気がする。
好きな食べ物。
好きな色。
好きな本。
好きな花。
好きな飲み物。
逆に苦手な食べ物。
苦手なこと。
やりたくないこと。
一つ一つを言葉にすることで、自分が知らなかった……気づかなかった自分に気がついた。
自分は意外に自分のことを知らなかったのだ。
ずっと考え込んでいた。
だから明日、また彼女に会って、話せる機会があったなら――彼女の好きな食べ物、色、花、飲み物、友達のこと、どんな生き方をして、どんなことを考えていたのかを聞きたいと思う。
風呂に入って使用人に全身をタオルで拭かれている最中、リビングの扉がノックされる。
「ジルグロッセ様。シャーリー様はこちらにいらっしゃっていますでしょうか?」
「ルシカ?」
「は、はい。シャーリー様が風呂に行かれるとおっしゃってから、他のメイドに任せたのですが……姿が見えなくて」
「なんだと?」
下半身にタオルを巻いただけの姿であることに気がついて、すぐにバスローブを纏う。
ルシカは常にシャーリーの近くにいる。
これまでは風呂であっても近くにいて、護衛をしていた。
だが城に来たことで警備も増え、世話役も増えたため風呂上がりの食事の準備を優先させたという。
なんなら、夕飯をジルグロッセとともに、と考えて準備をしていたらしい。
ルシカの主人はジルグロッセ。
だからこそ、主人を喜ばせようと考えてのこと。
その隙に、シャーリーが隣室から消えた。
「どういうことだ」
バスローブのまま、というのはいささかはしたないと思いながらも、シャーリーの部屋に入る。
メイドが五人、タオルや服を抱えたまま部屋中をウロウロとしていた。
話を聞くと、風呂に入ろうと準備をしていたら突然姿を消したという。
「ありえません……! わたくしどもはずっとお側におりました!」
「護衛騎士の方は、隣のお部屋に」
「それでも、誰も目を離してはおりませんでした。本当に突然、消えたのです……!」
「馬鹿な。そんなことが――」
言いかけて、口を結ぶ。
一つ、可能な“魔法”がある。
「だが……」
「ジルグロッセ様! 地下牢に魔法干渉が確認されました!」
「やはりか。すぐに向かう。ルシカ、ソルドを呼んでおけ。干渉してきた魔法使いを探し出し、生かして捕える。おそらくそいつがシャーリーを誘拐した」
「すぐに」
ルシカは魔法が使えないが、ソルドは魔法を使える。
貴族だからだ。
地下牢への魔法干渉とは、ロドリゲスをシャーリーと同じように魔法で[転移]させようとしていた、ということだろう。
シャーリーが上手くいったから、ロドリゲスもいけるとでも思ったのだろうが地下牢は魔法不干渉結界が二重、三重にかけられている。
それでもある程度近づけば、シャーリーのように誘拐することはできてしまう。
地下牢の方が厳重ではあるが、不可能ではない。
ただ――その場合は結界を潜って一メートル以内に侵入しなければならない。
つまり今回、シャーリーを誘拐した者は城の中……シャーリーの部屋の間近……廊下あたりにいたということ。
ジルグロッセが狙われなかったのは、ジルグロッセよりも魔力が少ない者には無理だから。
シャーリーは貴族の中では魔力量が少ない。
神力で魔法を防ぐこともできたはずだが、魔法を使うことがほとんどなかったシャーリーにそれは厳しかったのだろう。
(卑劣な)
久しく感じていなかった“怒り”。
ロドリゲスに対する憎しみとはまた違う。
焦燥感。
おそらく殺されることはない。
聖人と聖女を殺すことは、簡単ではないからだ。
聖人と聖女はその身を神力につつまれており、魔法も物理も毒も通用しないという。
これだけ廊下に護衛騎士が駐在しているというのに誘拐されるとは……。
(だが帝国の魔法使いではないな。[転移]は特殊魔法に部類され、使える者は指名と所在の申請が義務。では、別の国の魔法使いか)
ギリ、と歯を食い縛る。
その時、一階から駆け上がってきたソルドが「ジルグロッセ様!」と声をかけてきた。
「国内の[転移]魔法使いの所在地の確認と、一週間以内に国内に入った他国の王侯貴族の名簿も頼む」
「[転移]魔法使いですか!?」
「人が周りにいるにも関わらず、シャーリーが消えた。そうとしか思えない。地下牢にも魔法の干渉が報告されている」
「他国の[転移]魔法使いは基本的に出国と入国に両国の許可が必要なはずですが……わかりました」








