極貧令嬢、お城に泊る(2)
というアビゲイル様の上機嫌さにはちょっとついていけていないのだけれど、私が泊る部屋は後宮ではない。
中央棟、三階は皇族居住区。
後宮に入らない男性の皇族の住まう階層。
あれ? それって――。
「ここ! この部屋が兄様の部屋!」
「えっ、えっ、あ、あの……!?」
ジルグロッセ様の、城の私室ということ!?
さすが皇族の私室、ということで実家の食堂くらい広い部屋が二部屋繋がっている。
片方が寝室で、もう片方がリビング。
このどちらの部屋もものすごく広い。
で、私に宛がわれた部屋はジルグロッセ様の妻の私室予定の部屋。
そ、そりゃあ私はジルグロッセ様の婚約者だから、この部屋に通されるのは当たり前なのかもしれないけれども……!
「え、ええと……私が使っても、い、いいのでしょうか。私はまだ婚約者の身分ですし……」
「いいに決まっているじゃない。兄様はまだギャランゼ砦から戻らないもの。多分お父様がそのうち呼び戻すと思うわ。シャーリーのお披露目と、お兄様とあなたの婚約発表の件もあるしね」
「そ、そうですよね」
それはいつかやらなければならないこと。
ジルグロッセ様が砦に戻ってやっていることは、神々の裁きに八神教の無関係な人々が巻き込まれないためのお仕事。
帝国の代表として、国境の人たちを守ること。
それは当然のことだと思う。
私のことは今じゃなくてもいいのだもの。
でも、私が『神の書』を読み上げたことで九神教を信仰している土地は今、大混乱に陥っているらしい。
私も詳しいわけではないけれど、城や国公図書館にいる貴族やアビゲイル様、ジュエリ様たちから漏れて聴こえてくる噂程度でもそれが窺える。
それはそうだろう。
ロドリゲス・クセスによって九神教が唱えられ始めてからもう三十年。
ジルグロッセ様の活躍により新興地域範囲は最盛期よりも減っているが、その分信仰心の強い人は増え、二世も産まれ始めている。
そんな地域の人たちが『実は九神目の神は存在しません』なんて言われてしまったら……。
今いる場所が、土台から崩れてしまうようなものだ。
しかも、八神は怒り狂っている。
皇帝陛下は『知識の神、アルヴァーニュの転生者が現れた。神の書により、神々が戦神オーディールは神を騙る不届き者であると発覚した! 正義は我らにあり!』と宣言したけれど、神々による裁きについてはなにも公表なさらなかった。
これは九神教を信仰する者の中でも、中枢にいる者たちを土地から逃さないためだと聞いた。
ジルグロッセ様も砦で、逃れようとする者を押し留めるお仕事もしておられる。
だが九神教を信仰しているのではなく、利用している者たちにとっては明確な言葉がなくともいずれさばきが下るであろうこと、九神教を信仰する土地がダメになってしまうことは逃れようもないとわかること。
これまでと同じく甘い蜜が吸えない。
むしろ、神々の怒りに加えて帝国の裁きも受けなければならないとわかっているから、命からがら、どんな手を使ってでも脱出しようとするだろう。
とても姑息で、腹立たしいことだけれど。
そんな人たちにとってジルグロッセ様のいる砦は、どうやってでも突破したい場所。
命懸けで逃げようとする人たちを押さえ込むのは、私が想像する以上に大変なことだと思う。
ジルグロッセ様でなければできないこと。
だからちゃんとわかっている。
私は婚約者だけれど、ジルグロッセ様のそういったお仕事の力にはなれない。
でも、ジルグロッセ様が私のことをちゃんと婚約者として大事に扱ってくださっているのはよくわかる。
お手紙もそうだし、お屋敷の私の部屋に会った本棚もそう。
一つ一つに、あの方からの真心を感じる。
とても、とても、私を想って、考えてくださっている。
わかっているんだけれど……。
「それはそれとして、でも、やっぱりこの広さの部屋はちょっと……! 緊張して、とてもゆっくり休める気がしません……!」
「慣れなさい。建設予定の新居もこのくらいの広さの部屋になるはずよ。皇族に輿入れするのだから、贅沢には慣れていかないと」
「ううううううう……」
「あなた、一応貴族令嬢として育てられてきたのでしょう? さすがに不慣れなのにも限度ってものがあるんじゃない?」
「そ、それは……」
ぐうの音も出ませんでした。
ということで、部屋に入る。
私が来ることを事前に連絡されていたのか、掃除は行き届いているようだ。
部屋に入るアビゲイル様は「そもそもジル兄様ご自身が城にいらっしゃることがないから、この部屋も掃除しかされてないのよね」と肩を落とす。
確かに。
むしろ、ジルグロッセ様は砦の方が本宅のようなところがおありなんだろう。
「こんにちは、シャーリーさん」
「わっ! ジュエリ様!」
「今日から城だとお聞きして、会いにきてしまいました。いかがですか? お部屋は」
部屋にもうお一方入ってくる。
侍女を三人引き連れたジュエリ様が、微笑みながら近づいてきた。
部屋……部屋ですか……部屋ね。
「広すぎて、分不相応で」
「あら、そんなことありませんわ。皇子妃なのですから、このくらいは妥当です」
「で、ですが……ジルグロッセ様もいらっしゃらないのに……私一人にはとても……」
「まあ……そうですわよね」
頰に手を当てて、ジュエリ様が同意してくださった。
このままジュエリ様を味方に、ここの部屋を使わなくてもよくなったりは……!?








