変革の瞬間
全員が固唾を飲む。
予想外の出来事ではあるが、もはや疑いようもなくシャーリーは今代の『知識の神アルヴァーニュの生まれ変わり』の“知識の聖女”だ。
(ならばその役目を果たしてもらおう)
使用人を中に入れ、わけのわからない顔をしている者たちにも「証人となるよう、彼女の言葉をしかと聞き届けよ」と命じる。
これには司祭も大司祭もなにも言わない。
彼らとしても、証人は多ければ多いほどいい。
(まさか、本当に)
大司祭の言ったことも気にしていなかった。
彼女の知識量に助けられてきた。
しかしそれでも、まさか本当に、本物のアルヴァーニュの聖女だとは思いもしなかった。
当然だろう、アルヴァーニュの生まれ変わりはもう何百年も現れていなかったのだから。
神が本当に今回の戦争に心を痛めているのなら、なぜもっと早くアルヴァーニュの生まれ変わりが現れなかったのか。
そんなふうに、恨み言まで言いたくなるぐらいに。
求めていた出口の光。
彼女が――。
「戦神オーディールは」
シャーリーが唇を開く。
全員が彼女の方に向かって瞬きもせずに凝視をする。
(頼む)
こんなにも人生で祈ったことはないかもしれない。
どうか、あの邪悪な人の心を持たない者たちが、真の神の使徒などではありませんように。
「戦神オーディールは、神ではない。そんなきょうだいはいない。ロドリゲスはうそつき。私たちは怒っている。神を名乗る不届き者。ロドリゲスには神々の怒りが下る。人間は手を引け。この先は我らの怒り」
全員が押し黙ったまま、硬直した。
シャーリーが口にしたのは、神々の怒り。
崩れ落ちそうになった。
必死に膝に力を入れる。
人間は手を引け、とまで言われると思わなかった。
「では、人間は……」
「あ、待ってください。まだ続きが。ええと――ウィンディーナの月、26日に神々によりオーディール神教国聖首都メレゲンにガイアの怒りが訪れ、シルフィの怒りが落ち、ウィンディーナの怒りが押し寄せ、イグニットの怒りが跡形も残さず世界に混乱をもたらした愚か者を裁くであろう。近辺にいる罪なき者は、予言に従い離れることを選ぶがいい。――とのことです」
「予言……!」
司祭たちが前のめりになる。
そして慌てて「か、紙とインクとペンを! 予言を書き記せ!」と叫ぶ。
「神々は怒りを覚えていてくださった」
「ええ、ええ……! そうよ、兄様! 兄様……!」
アビゲイルがジルグロッセの腕を掴み、グイグイと引っ張る。
その瞳には涙が浮かび、興奮気味に何度も何度も「兄様」と繰り返す。
アビゲイルがなにを言いたいのかわかる。
ジルグロッセが費やしてきた十五年が、神々によってシャーリーの口を借りて語られた。
怒りと言う形で。
ジルグロッセと、その部下たちが何年もかけて蓄積してきた無念、怒り、憎悪。
それらが肯定された。
神々は怒っていた。
ジルグロッセたちの怒りは正しいもので、間違っていたのはやつら。
数々の残虐的な、鬼畜な行いを神々はお許しではなかった。
「……っ、すぐに、指示を出しに戻る。アビゲイル、シャーリーを、頼む」
「兄様……」
ウンディーネの月は、来月だ。
その二十六日に災害が起こる。
神々が起こす、と予言という形で忠告してくれたのだ。
一刻も早く砦の者たちを避難させなければならない。
そしてこの情報は九神教の者たちに知られてはならない。
身一つで民と兵が避難できるように、砦より数キロ離れたところに避難先の空の砦の建設、という名目で避難所を作ろう。
平民たちにも、その避難所付近の開拓と入植を進める。
貴族の言うことならば、彼らは比較的おとなしく聞く。
砦に住む者たちはほとんどが徴兵についてきた家族と、元々その地に住んでいた者たち。
土地に執着のない兵の家族はもちろん、元々土地に住む者は近場の開拓に喜ぶだろう。
土地が開拓されればその分、自分たちの生活が潤う。
戦争が終われば、開拓した土地はより豊かになるはず。
兵たちが故郷へ家族とともに帰れるのだ。
(終わるんだ)
歩きながら、地に足がついていないような感覚。
その中でも頭の中ではなにをするのかをパズルのように組み立てる。
シャーリーはアルヴァーニュの聖女だった。
こちらが勝手に流していた噂ではなく、正真正銘の。
彼女が世界を救ってくれる。
護衛の騎士が後ろについてくる気配。
しかし、彼らも今、落ち着きがない。
動揺している。
ジルグロッセも同じだ。
神の啓示、予言とともに真実が明らかになったのだから。
「お前たち、先程の部屋で聞いたことは他言無用だ。まだ彼女の身を危険に晒すわけにはいかない。そして、九神教を逃すわけにはいかない。ひとかけらでも残してはならない、やつらには償わせなければならない」
「「「はっ!」」」
気を引き締めなければ。
己に言い聞かせる意味も込めて、振り返ることなくついてくる兵たちに告げる。
その瞬間、彼らの気配がいつものものに戻った。
そこはやはり、訓練された兵。
(ああ……シャーリー・シャレルット。俺は……我が国は……あなたにどんな感謝を伝えればいいのだろうか)




