シャーリーの試練
シャーリーの様子は、以前会った時と変わらない。
このあと自分に待ち受ける試練について、普通の人間が読めない本が読めると喜んでいるようにしか見えない程度には浮かれている。
「ほ、ん、ほ、ん♪」
「ダメだ、目先の欲望に囚われている。ああ、もう本当にじゃじゃ馬……!」
「じゃじゃ馬なのか?」
シャーリーの同行者のアビゲイルに問う。
ジルグロッセの中のじゃじゃ馬とは、シャーリーのイメージが合わないのだが。
「結構ね。最近わかってきたのだけれど。本にまつわることだとなかなかに人の話を聞かないし、こっちを言いくるめるまでしてくるわ。素直な子だから私たちの言い回しを吸収して言い返してくるの。ただし、読書に関係している時だけ。それがまた厄介だけど」
「皇族に輿入れする者として上等ということか」
「ものすごく前向きに言えばね!」
それならばよかった、と頷くとなぜかアビゲイルには睨みつけられた。
シャーリーが立派に育っているようで、ジルグロッセ的には喜ばしいと思っていたのだがそうでもないのだろうか。
大神殿に入ると司祭と大司祭が待ち構え、シャーリーを見るなり目を見開く。
「これは……なんと」
「大司祭様? どうかされました?」
「神気を感じます。もしかすると、もしかするやもしれません」
「まあ……」
首を傾げるシャーリー。
しかし、ジルグロッセとアビゲイルは動じない。
このようなおべっかはよくあること。
大司祭としても帝国の庇護は重要。
だから二人とも、大司祭の言うことはまったく信用していない。
シャーリーを『神の部屋』なる場所に案内し、中にある最奥を指差す神官。
大神殿には何回か来ているが、アビゲイルもジルグロッセもその部屋には初めて入る。
「許された者以外の入室はご遠慮願います」
「まあ、護衛や使用人を連れ込めないのですか?」
「申し訳ございません。『神の書』への接触をできる限り減らしたいのです」
「みんな、待っていて」
護衛と使用人を講堂に待たせて、『神の部屋』にシャーリーが近づく。
シャーリーは一人、真っ直ぐに石碑に進み、石碑に触れる。
「『神の書』は石碑に記されているのか?」
「さあ?」
「いえ、あの石碑が『神の書』です」
「「へ?」」
ぽつり、と呟くジルグロッセ。
首を傾げるアビゲイルの横にいた司祭の一人がやや困ったように告げる。
あの石碑そのものが、『神の書』らしい。
てっきり紙の本をイメージしていたので、兄妹は変な声が出た。
「知識の神アルヴァーニュ様はまだ文字も言葉も持たぬ人間に、言葉を与えるために石を平らにして文字を神力で書き、教えたと言われております。最初の『神の書』である石はいくつかに砕かれ、各地の神殿に配られ知識の神アルヴァーニュの聖人、聖女を迎える試金石として使われております。ここ、大神殿にあるあの石碑は、もっとも大きな石。あの石は神力で造られた石ですので、人間の力や魔法では破壊できないとされております。あの石碑に浮かび上がる文字を読める者が、神に『文字を読むことを許された』者。アルヴァーニュ様の神力を受け取りし者、でございます」
「そうなのね……」
紙の本では確かに火でもかけられればひとたまりもない。
火事でも燃えず、叩き壊そうとしても魔法で砕こうとしても無理。
つまり、九神教の者がなんとかしてアルヴァーニュの聖人聖女の誕生を妨害しようと石碑を狙っても無駄ということ。
シャーリーが石碑に手を伸ばす。
その瞬間、石碑が白い輝きを放ち始めた。
なにかの魔法か、と飛び出してシャーリーを引き剥がそうとしたが、一瞬で光が消える。
「え!? シャーリー!? 大丈夫なの!?」
「え? は、はい。驚きましたけれど……。あ、あの、石碑が『質問はなに?』と書いてあります。物語とか、そういうものが書いてあると思ったんですけれど……」
「へ!? ……よ、読めるの? なにか、書いてあるの?」
「え? は、はい。白い文字で……え? アビゲイル様は見えないんですか? 確かに不思議な本、とは思いますけれど……」
完全に読み物を読むつもりだった、だと?
全員がぽかん、とする。
だが、すぐにアビゲイルが我に返って「あなたわたくしの話聞いてた?」と詰め寄った。
目を逸らすシャーリー。
『神の書』を楽しみにしすぎて試練についてまったく耳に入っていなかった可能性が出てきた。
ただ、それを差し引いてもこの事態は想定外。
「待て、アビゲイル。シャーリー、石碑の文字が読めるのだな?」
「え? は、はい。でも、石碑には『質問はなに?』としか書いてなくて……。神様の世界のことや、古代のことが書いてあるのかと思ったんですけれど……ごめんなさい、私、なんの力にもなれなさそうで」
「戦神オーディールは九柱目の神なのか? と、聞いてほしい」
シャーリーが顔を上げる。
司祭と大司祭が生唾を飲み込む音が聞こえた。
緊張が走る。
シャーリーも神妙な面持ちとなり、唇を結んでから石碑に向き直った。
そして――。
「おうかがいいたします。戦神オーディールは九柱目の神なのですか?」




