第三部 第十話
その後も俺達は馬も使わずに、布をそれぞれ被ったまま、闇夜の獣道を疾走した。
獣道はモンスターの通り道でもあるが、<疾風>さんほどの実力になると、弱い奴は避けて出てこない。
そういう噂は聞いていたが、本当だったとは。
全く、通るはずのモンスターの姿が見えない。
キングヘラジカが一度現れたが<疾風>さんが一瞬にして槍を振るうと、それは一撃で心臓を貫かれて、俺達の簡単な食事に変わった。
土産はアリバイの為に食べれないので、流石に闇夜を走り続けて栄養補給がいると思ったらしい。
それをたっぷりの葉が茂った木の根元を掘って、いつくもの上の枝の葉を通して煙が上がらないように、外に炎が殆ど漏れないようにして簡易のかまどを作った。
そのかまどでキングヘラジカの腹を裂いて、まだ温かい肝臓を取り出すと表面を良く焼いて塩を振ってから、熱々のままでお互いに食べた。
気が付かなかったが、相当にお腹が減っていたようだ。
緊迫感も凄いが、長距離を走って官舎に帰る為に走り続けているからだな。
まあ、あっという間に倒したのはキングヘラジカの若い個体なのだが、それでも元の世界のヘラジカくらいある。
だから、肝臓もそれなりに大きかった。
さらに、ヘラジカの腿の肉も少し焼いて食べた。
「肉はもったいないが運んでいられないからな。アリバイの土産もあるし。それは持っておかないとまずい。だから、食べるだけ食べたら、野ざらしにして他のモンスターとかに食べてもらうか」
「すいません」
結構キングヘラジカは高い値で取引されている。
「いやいや、仕事はあくまで、お主を家に送り届けることだからな。それは良いんだが。どうも、べアトリクス・フォン・アレクスト女王陛下は焦れてる感じだな。流石にすぐにお主が見つからないので焦っているのかもしれない」
そう<疾風>さんは地面に耳をつけて呻いた。
「焦ってますか? 」
「うむ。伝令が何度も四方八方に飛んでいる」
「しかし、本当に俺の童貞が原因なんですかね? 自分で言っていて信じられないのも本音なんですが……」
「だが、それ以外に思い当たる事も無いんだろ? 」
「別に何もない筈なんですが……」
「まあ、ヘールツ伯爵は真っ青になっているだろうけど、それはそれとして、珍しいな。ベアトリクス・フォン・アレクスト女王陛下がここまで焦っているとはな。どちらかと言うと無茶苦茶に腹の据わっ采配をするのだがな、戦時でも……」
「采配ですか? 」
「ああ、わしは変わり種で、傭兵もやってたからな。それで何度かベアトリクス・フォン・アレクスト女王陛下にお会いして、その指揮下で戦った事があるが、こういうタイプでは無かった。今回は年頃の娘みたいな動揺を感じれるな」
「年頃の娘ですか……」
「本当に何か昔にべアトリクス・フォン・アレクスト女王陛下と恋愛関係とかあったとか無いのか? この采配の仕方からすると動揺しているのは間違いないのだがな。お互いに将来を誓い合ったとか、そういう感じに見えるのだが……」
<疾風>さんが唸る。
「いや、全く無いですね。無味乾燥な恋愛関係も無い人生ですから。そもそも騎士の家柄でも末席の俺が、ベアトリクス・フォン・アレクスト女王陛下と釣り合うはずないし、生きている世界も違いますよ。貴族社会の上の頂点じゃないですか、ベアトリクス・フォン・アレクスト女王陛下は……」
それだけは俺は胸を張って言えた。
全くそういう経験が無いのが、涙が出そうだけど。




