第62話 魔王様、「神官」に会う①
さて、これから終戦後の「講和条約の締結」交渉をしなければならない。
こちらには、「捕虜」1万というカードが存在する。「捕虜全員の早期解放」を条件に、ユードラントとの交渉を優位に進めたいところだ。
エルトリア王国が要求するのは、「へクソン侯の身柄引き渡し」および今回の戦争に関する「賠償金」の請求。
最低でもこの2点は勝ち取らなければならない。(後、欲を言えば「この戦争」が勃発する前にユードラント共和国から押し付けられた小麦や大豆などの農産物の不当な買い取り要求も白紙撤回させたいところである)
コンコンコン。
俺が考え事をしていると、執務室のドアがノックされる。
「あ、あの、アレク様……」
扉の前に立っていたのはシルヴィだった。
「どうしたんだい?」
俺は彼女に声をかける。
彼女が執務室を訪ねてくるのは珍しい。
「あの、実は、突然ですね、『神聖メアリ教国』の神官の方が、エルトリア城に来城されまして、これから謁見しないといけなくてですね……」
「えっ!?」
全く予想外の彼女の言葉に、思わず聞き返してしまった。
神聖メアリ教国。
ダルタ人勢力圏、死者の国アモンドゥール、そして魔王国バルナシア帝国と肩を並べる、「四大勢力」の一国だ。
エルトリア王国含む「中央六国」すべての宗主国にして、「中央六国」で深く信仰される「メアリ教」の総本山でもある。
「ど、どどど、どうしましょう? な、何かあったんでしょうか?」
シルヴィはパニック状態だ。
彼女の反応は、当然と言えば当然である。
宗主国ではあるが、通常、メアリ教国が「中央六国」に干渉してくることはほとんどない。(仮に何かあったとしても、基本は地区を管轄する教会の神父を通じて教国の意向を伝えてくるケースが多く、教国から直々に「神官」が派遣されてくるなど、極めて「まれ」なのだ)
つまり、中央六国の王族や貴族でさえ、メアリ教国の神官たちと直接会うことはほとんどないのだ。
「落ち着いて、シルヴィ。俺も謁見には同席するよ。ウォーレン侯や他の重鎮の皆さんにも可能な限り同席してもらおう」
「は、ハイ……。そうします……」
シルヴィはワタワタと部屋を出ていった。
俺も、「ある人物」に声をかけに行かなければ……。
「ま、まさかメアリ教国が!? アレク様の正体がバレたのでは!?」
俺の報告を聞いて、ルナがあんぐりと口を開ける。
「いや、まさか……。流石にそれはないと思うけど……」
俺が答える。
そう、メアリ教国、というか「メアリ教」というのは、「魔王を討ち滅ぼし、永遠の平和を実現する」ことを至上の目標としているのだ。
彼らにとって、「魔王」とは憎むべき最大の敵。
つまり、もし、俺の正体がバレたら「大騒ぎ」どころの話ではない。
しかし、なんとなくだが、今回は違う要件のような気がする。
「とはいえ、万が一ということもある。念のため、緊急脱出の準備だけは整えといてくれ」
「は、ハイ!」
こうして、様々な憶測が飛び交う中、降って湧いたような話であるが、突如として「メアリ教国」との対談が行われることとなった。
約30分後……。
エルトリア城の謁見の間。
中央の玉座にシルヴィが座り、すぐ隣に俺が立っている。
一段下がった段のところに、ウォーレン侯、モントロス伯、アルマンド男爵、カスティーリョ伯、ブレンハイム子爵、つまり、旧王女派の重鎮たち全員が参列している。
「お見えになりました」
衛兵が報告する。
「お通ししてください」
シルヴィがほんの少し震えつつ、しかし堂々とした声で命じる。
正面の大きな扉が開かれ、「白尽くめの一団」が入場する。
先頭は若い女性(と、言っても顔を白い布で覆っており、素顔を確認することはできないので、雰囲気や仕草でそう感じるだけだ)
従者と思しき中年の男、そして白い鎧、白いマントを羽織った護衛の騎士が10名ほどそれに続く。
謁見の間だというのに、護衛騎士たちは全員帯剣している。もちろん、エルトリア王国がこれをとがめることは許されない。
「メアリ教国の神官、アンリエッタと申します」
先頭の女性が挨拶をする。
スタイルもよく、美人と思われるが、どこか「浮世離れ」した雰囲気であり、近寄りがたい印象を抱かせる。
「エルトリア王国第一王女、シルヴィア=フォン=エルトリアです。アンリエッタ様、遠いところ良くお越しくださいました」
シルヴィがそれに応じる。突然の宗主国の来訪に、先ほどまで動揺しまくっていたが、一瞬で切り替えてしっかり対応しているのは流石だ。
「此度の戦争における勝利、見事でした」
シルヴィの話を聞いているのかいないのか、アンリエッタはシルヴィの方をむいてはいるが、まるで壁に向かって独りごとを呟くように話している。
「その栄光を称え、主神メアリ様が、あなた方に『御宣託』を下さいました」
嬉しいでしょう? とでも言いたいのか。布越しで分からないが、彼女は微笑んでいるようにも見える。
な、何かすごく「嫌な予感」がするぞ……。
「エルトリア王国は、『大いなる勝利』を手に入れました。その『勝利』こそが何よりの栄誉です。これ以上を望んではなりません。多くを望みすぎることは、その身を亡ぼすことになります……」
は?
思わず口に出そうになったが、すんでのところで我慢した。
まさか……。こいつら、まさか……。
「それでは、今回の御宣託の内容を、改めて説明する」
隣に控えていた従者の男が、立ち上がって羊皮紙にかかれた内容を読み上げる。
「一、エルトリア王国は、これより、『無条件』でユードラント共和国政府との平和条約を締結すること。二、エルトリア王国は、速やかにユードラント共和国の捕虜一万を開放すること。三、此度の戦争が開始される前に締結された、エルトリア=ユードラント間における条約に関しては、これを護ること。四、……」
頭に血が上って、これ以上は聞き取れなかった。
要は、ユードラント共和国に「あれだけのこと」をされておきながら、賠償金の請求すらせずに、捕虜も直ちに全員解放し、「無条件」で講和せよと言ってきたのだ。
そんな馬鹿な話があるか。土地を荒らされ、多くの兵が血を流し、それこそ「死力を尽くして」戦争に勝ったのだ。
今回のふざけた侵略行為に対する「制裁」(あるいは「落とし前」)そして血を流し、祖国のために倒れていった兵や、その家族たちへの「補償」のため、「賠償金の請求」は戦勝国の当然の権利だ。
それを破棄せよとは、今回の侵略行為を「笑って許せ」と言うに等しい。
そんな理不尽な話があってたまるか!
が、しかし……。
「……」
エルトリア王国側の人間は、唇を噛みしめ、一言も発言できないでいる。
こういう場面でいつも必ず騒ぎ立てる、あのアルマンド子爵ですら、真っ赤な顔をしながらも押し黙っている。
「……以上、主神メアリ様の名において、エルトリア王国に宣託を下すものとする。宜しいな?」
従者が尊大な態度でシルヴィに合意を求める。
「ほ、本当に主神メアリ様はそう仰られたのですか?」
シルヴィが震える声で「神官」アンリエッタに問いかける。
ざわっ。
一瞬どよめきが起こる。中央六国が、「御宣託」に異を唱えることなど決してあってはならない。場合によっては、今の発言だけでも「不敬罪」に問われる可能性すらある。
「えぇ、もちろんです。神の御言葉は絶対です」
気付いていないのか、あえて無視したのか、アンリエッタは平然と言い放つ。
「迷える子羊たちよ。恨みを忘れ、手を取り合い、協力しなさい。間もなく、『強大な悪』を討ち滅ぼすための『大いなる戦い』が始まるのですから」
ゾクッ。
心臓を鷲掴みにされたような、「嫌な緊張感」が走る。
まさか……。嘘だろ……。こんな「タイミング」で……。
「第4歴1299年6月1日。神聖メアリ教国、聖王都メシアにて、第111次『神聖十字軍』が発動されました。さぁ、皆さん。魔王を討ち滅ぼし、平和な世の中を築くために、死力を尽くして戦いましょう!」