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第63話 魔王様、「神官」に会う②

「第111次『神聖十字軍』が発動されました。さぁ、皆さん。魔王を討ち滅ぼし、平和な世の中を築くために、死力を尽くして戦いましょう!」


 メアリ教国の神官、アンリエッタが心底嬉しそうに、高らかに宣言する。


 神聖十字軍。


 メアリ教国による、魔王国への超大規模侵攻作戦のことだ。第4歴になってからも、既に110回も行われている。


 この遠征の最終目的は毎回同じ。


 鉄壁のイカルガ城塞を突破して魔王国へなだれ込み、帝都エルダーガルムを陥落させ、「魔王」を討ち滅ぼすこと、である。


 遠征軍は、神聖メアリ教国の「五聖将」率いる「本軍」及び、属国である中央六国(アルドニア王国、ユードラント共和国、タイネーブ騎士団、魔道皇国シーレーン、ケルン公国、そしてエルトリア王国)により編成される「六国軍」による「連合軍」での合同作戦となる。


 規模も桁違いであり、前回の第110次神聖十字軍の際は、連合軍40万 対 魔王軍45万の大戦となったが、これでも歴代の「神聖十字軍」の中では小規模な方だ。


 期間も、最低でも数か月、場合によっては数年、長い場合は10年以上も「一回の遠征」が続くことがある。


 神聖メアリ教国にとって、最も重要な軍事的行動である、この「神聖十字軍」。属国である「中央六国」はすべての国が、この作戦への「参戦義務」があり、これを拒むことは決して許されない。


「神聖十字軍」はメアリ教国の都合で突然発令される上、どんな状況であっても必ず参戦しなければならないので、中央六国各国にとっては、ある意味「自然災害」よりも厄介である。


 例えば、今のエルトリア王国とユードラント共和国のように、「ついこの間まで戦争していた国同士」であっても、協力して(・・・・)魔王国に立ち向かわなければならないのだ。


「嬉しいでしょう! 楽しいでしょう! オークやゴブリンをぶち殺し、街を焼き尽くし、奪いつくし、エルフやマーメイドを犯し放題なのですよ!! アハハハハハ!!!」


 アンリエッタは錯乱し始めた。


 長い髪を振り乱し、狂ったように笑い声をあげる。


 その姿は、敬虔な神の信徒とは程遠い、いかれた狂信者そのものであった。


「……」


 一方のエルトリア王国の面々。衝撃の事実、そして豹変したメアリ教国の神官を前に、ただただ呆然と立ち尽くすばかりだ。


「そう言うことだ。中央六国同士、つまらないこと(・・・・・・・)で争っている場合ではない。直ちに講和条約を締結し、『神聖十字軍』派遣の準備にかかれ」


 錯乱し、会話不能となった神官に代わり、従者が説明を引き継ぐ。


「この一件はまだ各国の首脳クラスにしか通知されておらず、一般庶民たちの知るところではない。神聖メアリ教国から魔王国に対し、正式に『宣戦布告』があるまでは一切の他言を禁ずる」


「では、戦闘陣容は追って通達する。以上だ」


 従者はそう言って説明を切り上げると、「アハハハハ」と狂ったように笑い続ける神官を押さえつけるよう護衛たちに命じ、そのまま挨拶もせずに退出していった。






 あれから1時間後。場所をエルトリア城内の会議室に移し、


「こ、こんなバカなことがあるか!?」


 ウォーレン侯が怒りに任せて机を叩きつける。


 先の謁見は、宗主国とはいえ、あまりに無礼、あまりに理不尽であった。温厚なウォーレン侯が激怒するほどに……。


「最初から、神聖十字軍の話をするために来訪する予定だったのでしょう。ついでに(・・・・)、エルトリアとユードラントを強制的に和解させるために、『神の御宣託』とやらを告げに来たのです」


 モントロス伯がため息をつく。


 おまけにこちらが直ちに「捕虜の開放」を実施し、かつ「無条件」にユードラントと講和せよというのは、エルトリアとユードラント、どちらを「上」に見ているかが非常に良く分かるというものだ。


 ユードラント共和国で生産される高品質な鉄製武器は「世界品質」だ。


 今度の「神聖十字軍」でも、メアリ教国軍ですら、ユードラント産の武器を大量に使用することになる。


 そういう意味でも、メアリ教国にとってはユードラントの方が重要なパートナーであり、恩を売る意味でも、エルトリア王国に理不尽な講和条約を飲むように迫ったのだ。


「そ、それよりも問題は『神聖十字軍』だ!」


 カスティーリョ伯が思い出したように叫ぶ。


「我がエルトリア王国は、たった今、戦争が終わったところだ。ヒトもカネも不足している。こんな状況で、魔王国への大規模遠征など……」


「しかし、『やるしかない』でしょう」


 カスティーリョ伯の意見はもっともであるが、かといって、エルトリア王国が神聖十字軍に「参加しない」という選択肢は存在しないのだ。


「軍隊の方は何とか整えます。貴族の皆さまには、『戦費調達』の段取りをお願いしてもよろしいでしょうか?」


 俺の提案に一同頷く。


「神聖十字軍」は超大規模遠征であるため、発令されてから、実際に戦争に突入するまで数か月から半年程度、「準備期間」が存在する。


 先の戦争では、「シドニア隊」に予想外の損害を受けた。


 軍を復旧し、更に今以上に強化するには、本当にわずかな時間しか存在しないが、それでも「やるしかない」のだ。


「分かりました。では、軍の方はアレク殿にお任せします。我々は、戦費調達、物資の補給など、戦闘以外の事柄を全力でサポートいたします。それでよろしいでしょうか、シルヴィア姫?」


 ウォーレン侯がシルヴィに問いかける。


「姫?」


「はい、結構です。皆さまには苦労をおかけしますが、よろしくお願いいたします」


 先ほどまで、あまりの出来事に一番ショックを受けていた様子のシルヴィ。


 会議でもほとんど発言していなかったが、「今」は「先ほど」までとはまた様子が違う。


 何かを「決心」したような鋭いまなざしをしている。


「アレク様、会議が終わった後で、個人的にご相談させていただきたいことがあります。よろしいでしょうか?」


「あ、あぁ……。いや、もちろんです姫。謹んでお受けします」

 シルヴィの気迫が伝わってくるようだ。俺は思わず頭を下げた。






「お辛くはありませんか? 祖国である魔王国に弓を引くことになってしまいますが……」


 会議後、エルトリア城のバルコニーに移動した俺とシルヴィ。彼女が俺に問いかける。


「こうなってしまっては仕方がないよ。もともと、俺は魔王国に『追われる身』だからね。遅かれ早かれ、いずれ魔王国とは『対峙する』ことになるとは思っていた」


 俺は彼女の問いかけに応える。


 もちろん、「辛くない」と言えば嘘になる。魔王国には、今でも、クロエやヴァンデッタや、他にも多くの友人・知り合いたちがいる。


 しかしまさか、「魔王」が「連合国側」で神聖十字軍に参加することになるとは夢にも思っていなかった。恐らく長い魔王国の歴史上、「初」の事態であるのは間違いなかろう……。






「アレク様、私ね」

 シルヴィが語り始める。


「私、なぜ父が、魔王国との『平和協定』を結ぼうとしていたか、ようやく分かりました」


「……」


 俺は黙って彼女の話を聞く。


「先ほどの謁見で悟りました。『神聖十字軍』や『メアリ教国』には『未来がない』と。このままでは、エルトリア王国は、いえ、中央六国すべてが、魔王軍と教国軍の戦争に巻き込まれ、すりつぶされてしまうでしょう」


 事実、第4歴になってからでさえ、110回も繰り返されている「神聖十字軍」であるが、未だに「最終目的」である魔王の首は取れていない。


 延々と繰り返される「大戦」の中で、財政難に陥り破滅した国、遠征で手薄となった本国にダルタ人が攻め込んで消滅した国、「人間界」にあった多くの国が、この戦争に巻き込まれ、消えていったのである。


 現在でも残っているのが「中央六国」。だが、この六国も、いずれは同じ運命をたどることになるだろう。


 六国中最強のアルドニア王国ですら例外ではない。


「だから父は、かつてアレク様と、人間と魔族の『共存の道』を模索するため、史上初となる『人間界』と『魔王国』の平和条約を締結しようとしていたんだと思います」


「例えそれが、神聖メアリ教国や、他の中央六国を敵に回す行為だったとしても……」


 先ほどの謁見での神官アンリエッタの様子からも見て取れるように、メアリ教国は魔王国のことを心底憎んでいる。


 人間界の王が、魔王と会うことすら許されない。まして、魔王国と平和条約など締結すれば、間違いなく国ごと「粛正」対象となる。


 しかし、シルヴィの父、エルドールⅢ世は、それすらも「覚悟」の上で、未来のために、あえて今、「修羅の道」を選択したのだ。残念ながら、その意思は、彼の死により志半ばで潰えてしまったが……。


「私も覚悟を決めました。エルトリア王国の民たちには、多くの血を流させてしまうことになるかもしれません」


「『未来の平和』のために『今、戦うこと』を決意します。魔王様、共に手を取り合って、エルトリア王国を『人間と魔族が共存する理想の国』にして見せましょう」


 エルドールⅢ世の「遺志」は確かに受け継がれた。


 俺はシルヴィの手を取り、固く約束する。


「あぁ、必ず。未来に生まれてくる、子どもたちのために」


 大勢に翻弄される弱小国家の姫と、追放された魔王が、固く手を取りあい、「未来の誓い」をした瞬間であった。


 To be continued






 ちょっと今日の「引き」だと誤解があるかもしれませんので、一応補足しますと、エルトリア王国は、今回の(・・・)神聖十字軍には参加します。(このタイミングで参戦を拒否しても、間違いなく王国が「粛正」されてしまうからです)


 しかし、いずれどこかのタイミングで、神聖メアリ教国から、「離反」することをシルヴィは決意したようです。その時は、神聖メアリ教国と、中央六国すべてを敵に回すことになるでしょうが、このまま教国についていっても、エルトリア王国はいずれ滅びることを悟ったのでしょう。

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