愛称と書いて証拠と読めるか?
悠姫とヴォルフラムは目が点だった。
「ん?どうかした?」
驚いている悠姫の様子を見た水樹が言った。
――――――――なんで見えるの!?
驚きながらも表面を取り繕う。
「う、うん。なんかついて来ちゃって…」
そう言いながらニコッと笑う。そんな悠姫の様子に水樹も安心したように「そうなんだぁ」と言って笑う。怪しまれただろうが、どうすることもできない。
「…この者、何者だ?魔族か?」
ヴォルフラムが放った言葉は、しかし水樹に届くことはなかった。そのまま悠姫に話しかけてきた。
「ねぇ、名前なんていうの?」
「え、あぁ、ヴォルフ。ヴォルフラムっていうの」
それまで呼んだことのない『ヴォルフ』という愛称が口から出た。その驚きは、水樹には伝わらなかったらしい。「へぇー」とヴォルフラムを可愛がっている。
――――――――ヴォルフ?ヴォルフって…
「何故吾輩をヴォルフと呼んだ?お前は、〝アサノガワユウキ〟はそう呼んだことはないだろう?」
悠姫の心を見透かしたかのようにヴォルフラムが言った。その言葉も、すぐ近くにいる水樹には聞こえなかったらしい。結界が効いているという事だろうか。
「ねぇ、良いの?学校に猫なんか連れてきて」
「…まぁ、あと二時限だけだし、何とかなると思う」
「ふーん」
ちょうど学校のチャイムが鳴った。水樹が「早く行こう?」と言ったのでとりあえずヴォルフラムは置いていった。
――――――――他の人に見られちゃまずいし、ね。何とかするでしょ、自分で。
悠姫が午後の授業を終えるまで、ヴォルフラムは姿を現さなかった。
その授業の間、悠姫はずっと考えていた。
――――――――何でヴォルフって…聞いたこともなかったのに…
その後悠姫がヴォルフラムと会ったのは、校門を出たところだった。
「どこ行ってたの?」
「ん、ちょっとな」
「ふーん」
よく分からないが、たぶん大丈夫だろう。仮にも魔王なのだから、自分のことくらい自分でできるだろう。それに、悠姫はそんなこと考える余裕なんてなかった。ヴォルフラムをヴォルフと呼んでから、考えるたびに頭の中に靄がかかる。そしてそこで行き詰る。その繰り返しだった。
並んで家路につく黒猫と少女。それを校舎の屋上から見ているものがいた。
「あーあ、もう会っちゃったんだぁ。もうちょっと、幸せに暮らしていれば良かったのにぃ」
風に吹かれながら屋上の手すりに寄りかかっている少女。蜂蜜色に光る黄金の長い髪は風に揺れ、海よりも深い蒼い瞳は獲物を捕らえたように鋭く光っている。そして少女が身に纏うものは、星嵐学園の制服だった。彼女は一度、クスリ、と笑った。
「ゆっきー、もっと警戒してなくちゃ。いや、猫ちゃんが警戒してなくちゃ、かな?」
彼女の言葉は、しかし誰にも伝わることはなかった。




