黒猫と書いて魔王と読めるか?
その黒猫は不気味な笑顔をつくっていた。どこか挑戦的なその表情も鋭い瞳に合っていて、とても美しかった。
―――――――ん?猫が笑う?
悠姫は自分の目を疑った。猫が笑う?ばからしい。そんな事があるはずが無い。しかしどうだろう。何度見ても黒猫は笑っているのである。
悠姫が驚きで声も出せないでいると、その猫は口を開いた。
「お前、人間ではないのか?」
落ち着け。落ち着け。落ち着け、悠姫。
猫が笑うなどあり得ない。まして、猫が話すなどもってのほかだ。
「…………ありえない」
そう一言呟いて、悠姫は後ろを振り返り立ち去ろうとした。しかし、さっきと同じ心地の良いテノールの声がそれを抑止させる。
「お前は吾輩が見えるのだろう?何故逃げるのだ?」
また振り返る。そこには不気味に笑った黒猫がいるだけ。
―――――――――――――じゃなかった。そこには一人の青年がいた。全身黒色で包んだ眉目秀麗な青年が。
「吾輩は魔王である。名をヴォルフラムという」
先ほどと変わらないテノールの声。珍しい口調からしても、さっきから声を発していたのはこの青年だろう。そのことに悠姫は心なしか安堵してしまった。と同時に、先ほどのことを見られたかと思うととても恥ずかしくなった。
―――――――魔王って…何それ。頭どうかしてんの?
言葉にすると失礼極まりないので、悠姫は心の中で呟いた。とにかくこの場から立ち去ろう、と思った悠姫は適当に場を誤魔化そうとした。
「すいません。さっきの独り言ですよ。聞かれていましたか?」
そう言ってニヘラッと微笑む。その笑顔は年相応で、少なくとも外面は良いだろう。だが今の相手には通用しなかったようだ。
「嘘をつく必要はない。お前はさっき、吾輩を見て美しいと言っただろう。人間ではないな、お前」
相手の魔王キャラはまだ続くのだろうか。まさか信じるとでも思われているとか…?
――――――――それはないな。大体彼の服装は…確かに普通の洋服ではないが、こんなもの腕の良いコスプレイヤーになら作れそうだ。どこを見ても人間にしか見えない。
なんか変な人に絡まれちゃったなぁ
『さそり座の今日の運勢は最高!!新たな道を発見できそう。何にも恐れず前に踏み出すのが吉!ラッキーカラーはピンク!!』なんて言っていたアナウンサー、殺す。
「あのぉ、『魔王』様?私、用事があるので失礼します。ちなみに人間ですからね」
そう言ってまた帰ろうとする。しかし何故か目の前に、青年がいた。
「フム。お前は面白いのだな。嘘をつく必要が無いのに嘘をつく。気に入った」
目を見張っていた悠姫も、この言葉に呆れ返る。まだ続いているのか、魔王様ごっこ。
「だから、もう失礼します!」
そう言って振り払って来たのにまた目の前にいる。今度は腕をつかまれた。
――――――――何?この人…
「放して下さい!!だ、誰か!助けて!!」
声の限りに叫んでみる。しかし誰も気づいてくれない。いや、誰も気づけない。だって―――
――――――――――――だって誰も動いてない。通りに出たのに誰も歩いていない。車も走っていない。それどころか、人の気配がしない。
これはどういうことだろうか?一体何が起きて…
「どうした?世界が止まっていることがそんなに珍しいか?お前は吾輩の同族だろう?」
「な、何言っているの?」
「お前こそ何を言っている?思い出したぞ、その琥珀色の瞳と栗色の髪はお前、ユーキアータだろう?」
―――――――――――――――誰、それ?何、言っているの?
ユーキアータ?ユーキアータ?ユーキアータユーキアータユーキアータユーキアータユーキアータ
ユーキアータ。誰の、名前?
「お前は、吾輩の許婚であったではないか」




