第六話 『西の変態』と『東の変態』
お見合いで、初めてジュリアン様にお会いしてから約三年。
靴を作ったり、宗主に許可を取ったり、ドレスを決めたり、あれやこれやでようやく結婚式当日となりました。
その式が始まる前、招待客たちが待っているロビーに、一糸まとわぬ堂々たる姿で現れたのが……、『西の変態』フレミング王国国王であるダムソン・デ・フレミング陛下。
本来、わたくしもジュリアン様も、結婚式が始まるまでは、ロビーに行くことなく、控室で待機なのですが……。
「顔を出してくるよ。さすがに西のに自分から話しかける豪の者は居ないだろうから。一人で待たせては、居心地が悪かろう」
「わ、わたくしも参ります!」
既に準備はできている。ウエディングドレスは着用し、髪のセットも化粧も済んで、後は式の開始時刻を待つのみ。
ロビーに行くくらい大丈夫……。
急ぎ、ざわつくロビーに足を踏み入れれば……。
ロビーの中央に、堂々と立つ裸体の男。いや、漢。
一糸まとわぬ姿ではあるが、何やら楽器のようなものを手にしている。あれは……何でしょうか?
考えているうちに、ジュリアン様が走り出した。
「やあ、西の! 久しいな!」
「東の! 随分と麗しい姿だな!」
ジュリアン様は、西の御方の肩を叩き、呵々と笑っておりますが。
シャンデリアもきらびやかなロビー。
一方は、民族楽器と思しきものを手にした裸体の男。
もう一方は、豪奢なウエディングドレスを着用した男。
そのお二人が、満面の笑みで向き合っている……。
「あ、あれが、西の変態……」
「東の変態も……」
「二大変態が……並び立つ……」
「視界の暴力……」
招待客の皆様の、感嘆の、いえ驚愕の、ええと、茫然とした声……。
……わたくしも、天井を見上げて、魂を抜いてしまってもよろしいかしら……ね。
「そちらが東のの花嫁か⁉」
西の御方がわたくしを見ます。
わたくしは覚悟を決めて、お二人の前へと進みます。
そして、内心がどうであれ、表情を取り繕い、優雅に淑女の礼を……。
……民族楽器が幸いでした。西の御方の、中心部分は楽器によって、さえぎられております。
なんとか見えない。
大丈夫。
しとやかに微笑むことが可能です!
「初めまして、西の御方。わたくしがジュリアン様の妻になりますローズマリーですわ」
王女としての矜持を!
今こそ示せ!
「おお! 揃いのウエディングドレスとは! 我ら西の者にとっては服など不要だが。しかし、そんな我の目にさえ素晴らしく美しく感じられる。正に眼福といえよう」
「あ、ありがとうございます……」
ニカッと笑う西の御方。
わたくしが、婚姻相手に西の御方を却下した経緯などご存じだろうに……。
不問にしてくださる心の広さ。
ジュリアン様が「ほら、大丈夫だっただろう?」とばかりにわたくしにも笑顔を向けてくださいます。
ああ……、これで裸族でなければ……、ジュリアン様と友誼を結べるだけの、素晴らしい殿方と思えるのに……。
しかし、裸体。
きらびやかなドレスの招待客、正装の紳士たちの中で……一人だけ、一糸まとわぬ裸体は……、恐ろしく、目立つというかなんというか。
その西の御方は、手にしていた民族楽器を構え直しています。
「東の、式が始まるまではまだ時間があるか?」
「ああ。もしや一曲弾いてくれるのか?」
「そのために、これを持ってきた」
「椅子は居るか?」
「いや、立ったままでいい」
西の御方が、じゃらっと弦を奏でました。弦を弾いて音を出すタイプの民族楽器のようです。左の指で弦を押さえ、右の手でつま弾く……のでしょうか?
「それでは一曲。結婚お祝いに奏でよう」
そう前置きをして、始まったのは……。
ドンツッタンツクツクタンという重いビート。
そこにチャララー、ララララララー! と、更なる音が乗り。
キーンと刃物で空気を切り裂くような音が……。
ああ、何ということでしょう!
魂にガツンとくる上に、じわじわと迫りくるようなこのフレーズ……!
わたくしは、夢中になって、曲を追いかけました。
一音たりとも聞き逃せない。
これは、まさに戦いの神の演奏……!
魂を震わせる重厚感……!
ああ……、この衝動を何て言えばいいのかしら?
そう、硬く握った拳を振り上げ「ヤッチマイナー!」とでも腹の底から叫びたくなるような……!
猛り、昂る。
心が、魂が、高揚する……!
装飾品もドレスも何もかもがない世界で、己の魂と世界が対峙する……!
なんという圧倒的な存在感。
これが真実の西の御方のお姿……!
そうして、しばし西の御方の奏でる圧倒的な音楽の世界に浸った後、その昂る音が引き潮のように低くなり……、世界に、静寂が訪れた。
ああ……、演奏が終わってしまった……。
まだ、もっと、ずっと……あの圧倒的な音の洪水のような世界に浸り続けたかった……。
その思いはきっとわたくしだけではなく。
この場にいる全員が等しく願ったことでしょう。
音の世界の中では、西の御方は神にも等しい。
もはや、裸体であることなどは些末。
いえ、寧ろ、服などないからこそ、肉体と魂と音楽だけのストイックな世界が……。
ああ、これが、西の裸族の精神世界……。
極み高まる、その極地……。
「なんと素晴らしい!」
わたくしだけではなく、西の御方の演奏を聞いた誰もが、全員が、夢中で拍手をし続けておりました……。




