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聖女たるもの見過ごす訳には参りません  作者: 櫻木サヱ
聖女が“自分のやり方”を国に突きつける

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最初の違反者

事件は、静かに始まった。


 市場の一角。

 人だかりの中心で、怒号が飛び交っている。


「金を返せ!」


「嘘つき野郎!」


 私は、人波を割って進んだ。


 倒れている男。

 その上に跨る、別の男。


 拳が、何度も振り下ろされている。


「やめて!」


 叫びは、届かない。


 私は、深く息を吸った。


 条文は、ない。

 命令も、ない。


 あるのは――私の判断だけ。


 次の瞬間。


 私は、殴った。


 振り下ろされる前の腕を、肘から叩き落とす。

 骨が鳴る、鈍い音。


「ぐっ……!」


 男が、悲鳴を上げて転がる。


 市場が、静まり返った。


「立てますか」


 倒れていた男に、声をかける。


「あ、ああ……」


 震えながら、頷く。


「……聖女様?」


 周囲が、ざわつき始める。


「今の、暴力では?」


「殴ったよな……?」


 私は、逃げなかった。


 倒れている加害者の前に立つ。


「あなたを止めるために、殴りました」


 はっきり言う。


「過剰です!」


 人混みから、役人が出てきた。


「力の濫用ではありませんか!」


「そう思うなら」


 私は、視線を向ける。


「記録してください」


 役人が、言葉に詰まる。


「今、あなたは」


 一つずつ、言葉を落とす。


「地面に倒れた人に、

 無抵抗の状態で、

 複数回、拳を振り下ろしていた」


「私は、それを止めた」


 役人が、唇を噛む。


「……法的には、正当防衛の範囲かと」


「なら」


 私は、頷いた。


「記録に残してください」


 その場で、簡易の調書が取られた。


 誰が見ていたか。

 何が起きたか。

 私が、どう動いたか。


 全部。


 逃げずに、話した。


 その夜。


 王城。


「第一号ですね」


 法務官が、静かに言う。


「ええ」


 私は、椅子に深く腰掛けた。


「違反者は?」


「……貴女です」


 苦笑。


「想定通りです」


「世論は、割れています」


「でしょうね」


 机に、記録が置かれる。


 殴打の回数。

 力の程度。

 代替手段の有無。


 細かい。


「後悔は?」


 代理人が、聞く。


 私は、少し考えた。


「あります」


「……ほう」


「もっと早く、割って入れた」


 沈黙。


「でも」


 視線を上げる。


「殴ったこと自体は、後悔していません」


 代理人が、ゆっくり息を吐く。


「貴女は」


 低く、告げられる。


「今後も、同じことをするでしょう」


「はい」


 即答。


「だから」


 拳を膝の上で、静かに握る。


「裁いてください」


「必要なら、罰してください」


「それでも、止めません」


 長い沈黙の後。


「……処分は、保留とする」


「理由は?」


「民が、貴女を見ている」


 窓の外、夜の街。


「この国は今、

 聖女の拳が、

 どこへ向かうのかを、

 試している」


 私は、静かに頷いた。


 最初の違反者は、私。


 それでいい。


 拳を持つ者が、

 最初に裁かれる。


 それが、私の選んだルールだから。

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