↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

PR
37/38

36 髪飾り

 しばらくして、3人で広場から立ち去ると街の一番の大通りを歩いた。

 なんとか明るい気持ちに切り替えていこうとするけれど、胸の中は暗く淀んでいる。


 それを察したのかどうかはわからないけれど、リズメルはどこか気まずそうに尋ねてきた。


「……マーシィ様。一応ここってメルクロン領内のはずですよね……。あの……それで、領主様のご令嬢として、畏怖されていたりとか、そういう感じなのでしょうか……」


 違うんだ、リズメル。


 何か説明しようとして、けれどやりきれない気持ちになって、どうにも言葉がつっかえる。

 それで私が何も言えずにいると、呆れた様子のベラが代わりに口を開いてくれた。


「学園とその周辺の地域は、メルクロンではなく王国が運営をしていますのよ。でなければ、メルクロン公爵家は領内に大量の貴族の子供を人質として抱えることになってしまいますもの。……脳みそが筋肉の貴女もこれで少しくらいは賢くなったらいいですわね」


 心底見下すような口調で、ベラはそう言って。

 

 だというのに、リズメルは「えぇ、脳みそが筋肉だなんて!まだまだですよ!」と変な謙遜をしていた。


 そんなやり取りの可笑しさを楽しむ気力も、今は無かった。

 

 リズメルが本当に聴きたかったことは、そういうことではないのだろう。

 きっとリズメルは、さっき子供たちがどうして私を怖がっていたのか、その理由を知りたがっていた。

 

 けれど、理由もクソもない。


 ただ私は、一切感情を表に出さない『氷面の令嬢』で。

 それが、不気味だから、気持ちが悪いから、恐ろしいから、嫌われる。

 ……ただ、それだけのことなのだ。


「あ、アクセサリーのお店ですよ!少し見ていきませんか?」


 それからまたしばらくした時、リズメルが言った。

 また突然な提案だなと思い、すぐにベラが何か愚痴を垂れるかと思った。

 けれども、これには、元々装飾品を身につけるのが好きなのもあってか、珍しく彼女も同調していて。


 二人が入りたいのなら、と、私も一緒に入店する。


 入ってすぐに、リズメルは言った。


「もしマーシィ様に似合いそうなアクセサリーがあったらおすすめします!エルフィン様を惚れ直させましょう!」


 その言葉を善意で言ってくれていることは十分理解していた。

 理解してはいるけれども、そう言われることが、私の胸の中の気持ちを一層淀ませて。


「……そんなもの、ないよ」


 そんなふうに、答えてしまった。

 

 そのアクセサリー店は外から見た時の想像よりも随分広く感じる内装だった。

 ショーケースの中には沢山のアクセサリーが並べられていて、店内の明かりを反射して煌びやかに輝くもので、目が痛くなるほどである。


 私は、あまりアクセサリーを身に着けたりおしゃれをしたことがない。

 キラキラしたアクセサリーを身につければ、きっと私の見た目からは随分と浮くだろう。

 それが、どれだけ素晴らしいものであろうと、私の陰気なオーラが魅力を打ち消すに決まっている。


 暗いことはずっと考えないようにしていたのに。

 一度気分が暗くなると、やっぱり思い出してしまう。

 

 ……考えてみれば、ここ数日がおかしかった。


 リズメルに粘着されて、その対処に手一杯で、エルのことを考える暇もなかった。

 

 ……いや、本当は手一杯だと自分に言い聞かせることで、重大な悩みから目を背けていただけだ。


 ――私は、氷面の令嬢、マーシィ・メルクロン。

 皆が、私のことを嫌っている。

 そんな中、唯一として私のことを理解してくれていると思っていた婚約者にすら、婚約解消を提案されてしまって。

 

 それでも、私は彼のことが大好きだから。

 諦めたくないと、婚約解消を必ず撤回させてやると決意していた。

 

 それなのに。

 

 今度は、その好意が本物かどうかもわからなくなった。


 どうすれば。

 私は、どうすればいい。


 こんな場所にいる場合なのだろうか。

 すぐにでも、何か行動を起こすべきじゃないのだろうか。

 

 いや、本当はここが相応しい場所なのかもしれない。

 もう、エルのことを諦めたっていいのかもしれない。


 二つの相反する気持ちがぶつかって。

 いつもはそれでも、諦めたくないという気持ちが勝っていたのに。


 今日は、魔が差してしまった。


 だって、私は操られていたのだ。

 エルに無理やり好きだと思い込まされていた。

 騙されていた。

 本当は、好きではないのかもしれない。


 考えてみれば、私は彼と手を繋いだこともほとんどないし、口付けだって交わしたこともない。

 面と向かって愛を告げたことだってない。


 元々、それほどの関係でもなかったじゃないか。


 それなのに、私はこんなに辛くて、苦しくて。

 

 どうして、こんなに胸が張り裂けそうなのだろう。

 どうして、こんなに息が荒いのだろう。

 どうして、視界が灰色だけで染まっていくのだろう。


 早く彼のことなんか捨てて、この苦しみから楽になればいいんだ。

 考えてみれば彼だって、私のことを捨てようとしていたんだから、おあいこじゃないか。

 私のことを捨てようとした男のことをずっと追いかけるだなんて馬鹿げてる。


 馬鹿のすることだ。

 愚かで、いつまでも考えなしの間抜け。

 いつまでも、他人頼り。

 執着した結果、辿り着いた結果がバッドエンドだなんて笑える。


 ものすごく、笑える。

 

 もう、諦めよう。

 

 諦めよう、諦めよう、諦めよう。

 

 諦めて……諦めて、それで――


 諦めたら私は……。

 私は……。


 私は……一体。


「姉様……あの、姉様!大丈夫かしら?」


 ふと、ベラの声が耳元から聞こえて、顔を上げる。


「あれ……」


 見回せば、私はまだ、お店の中にすら入っていなかった。

 私はいつ……お店の入口で蹲ったのだろうか。

 

 視界が、霞んでいる。

 聴覚が、ぼやけている。


「……どうかしたのですか?体調でも悪いのでしたら、言ってほしいのですけれど……」


 柄にもなく、ベラが心配そうな表情で私の顔を覗き込んでいる。

 

 少しして、視界に色が戻る。

 街の喧騒が、鼓膜を震わせていることに気づく。


 私は数秒、呆然としてから、咄嗟に立ち上がった。

 

「別に……なんでもない」


 全くの嘘だった。

 けれど今は、そんな嘘をついたことなど、どうだって良いような気さえした。


 これまでうだうだ考えていたことの全てが無駄に思えた。

 1か月悩み抜いて、出した答えがこれだなんて、とんだ笑い話だ。


 ――それでも仕方ないじゃないか。

 私は本当の意味で、彼のことを好いてはいないのだから。


「それならまあ……良かったですわ。それより、姉様。少し見せたいものがあるのです」

 

 ベラはまだ若干、怪訝な顔をしていた。

 多分、彼女に何か異常を察されているだろうということはわかっている。


 それでもいい。

 私の気持ちはもうこれで解決した。

 だからもう――


「姉様は、私が気づいていないとでも思ったのかしら。だとしたら、随分舐められたものですわね。……早く元気を取り戻してもらわないと、私としても罵倒のしがいがないですわ」


 言いながら、ベラは手に提げていた買い物袋から何かを取り出した。

 それから「ジッとしていてください」と言うと、何やら取り出したそれを、突然私の髪に取り付けてきた。


 一体、何を。

 彼女が付けたそれに手を伸ばそうとすると、ベラは制止するように私の手を取る。

 それから無言で、入口のすぐ近くの鏡を指さした。

 少し考えてからおもむろに立ち上がって、目の前まで歩いていく。

 それから、鏡を見て。

 

 すぐに、釘付けになってしまった。


「これは……」


 鏡に映ったそれは、とても綺麗だった。

 綺麗だと、思ってしまった。


「好きなのでしょう、その花が。……言っておきますけれど、料金は後できちんと請求しますわよ」


 銀細工の青いバラを模した髪飾り。

 それが、ただひたすらに綺麗だったのだ。


 ダメなのに。

 私は今、諦めたばっかりなのに。


「でも、ベラ。私はもう――」


 言いかけて、すぐに遮られる。


「悔しいですけれど、姉様はその花を嫌いになることなんてない。嫌いになったと思い込んでいても、そんなのは絶対に有り得ない。……だって姉様は、いつも青いバラが大好きだったのですから」


 こちらへ近づいてきて、ベラは私の手を取った。

 それからちょっと、髪飾りのほうに目を向けて「とても似合っていると思いますわ」なんて呟いてくれる。


「姉様、今ある悩みも不安も恐れも全部。ちゃんと私に話してくださるかしら。あの医務室で、私はとことん協力すると、約束したでしょう」


 力強く、けれども包み込むような口調で、ベラはそう言った。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。