29 友情の押し売り
おかしな訪問者は去り、日常に平穏が訪れる。
リズメルは、きっとあのあと主人のシャルロッテの元へ帰って、私たちに上手く取り入ることができなかったことで叱られるのだろう。
そう考えてみれば、断ってよかったに違いない。
そんなふうに思うことにして、あの妙な後味の悪さから、私はどうにか逃れようとした。
協力なんかされずとも、私は自分の力でエルとの問題をなんとかしてみせる。
そう意気込んでもみる。
でも、具体的な解決策などない。
相変わらず、私にはどうすればいいかわからなくって……。
そんなふうに悩んでいる私のところへ、また平然とリズメルがやってきたのは次の日の食堂でのことだった。
「マーシィ様ぁ!お願いですよっ!私と友達になりましょうよー!ねーえー!」
一体、昨日の泣き顔はなんだったんだ……?なんて思うくらいに、リズメルは楽しそうな笑みを浮かべて私にお願いしてくる。
彼女が持っているトレイの上を見ると、平然と5人分くらいの食べ物が並べられていて面食らった。
「それ、一人で食べるの……」
尋ねると、リズメルはまた平然とした様子で「はい!今日は少ない方ですよ!」とか言い出す。
困惑していると、リズメルはなんの断りもなく私の向かい側の席にドカッと座り込んで、ご飯を食べ始める。
後からトレイを持ってやってきたベラは、本来自分が座るべき場所を取られているのを見るとクワッと目を見開いて「邪魔ですわ!このデカブツ!」としばらく喚いていたが、リズメルがあまりにもどかないので、渋々私の隣に座って、目の前の食べ物に全く手を付けずに、数分くらいリズメルのことを睨んでいた。
リズメルが私たちを困惑させたのは、その一回だけではなかった。
私たちが昼食を食べ終わり寮のほうへ行こうとすると、リズメルはそれが当然みたいに横並びになってついてくる。
ベラが怒ってもお構いなしで、結局、ベラの部屋に入ろうとするリズメルとそれを阻止しようとするベラの攻防を眺めているだけで昼休みが終わってしまった。
……正直、見ていて面白かったので私としては満足だったけれど。
リズメルの友情の押し売りは、次の日になっても続いた。
ベラと一緒に図書室に行って、占星学のための調べ物をしていると、本棚の隙間からぬるりと現れて「マーシィ様っ!私と友達に!」と大声で元気よく挨拶するので職員さんに叱られたり。
また次の日には、朝一番に最初の授業の教室へ移動しようと階段を登っている際に、背後から「おはようございます!マーシィ様!」と声をかけてきたので、隣にいたベラがそれに驚いて「ひゃ!」と声を上げて足を踏み外してしまったりした。
リズメルがすぐに上手く抱きとめたまではよかったが、次の瞬間にはキレたベラに分厚い教科書で思い切り頭をぶっ叩かれていた。
けれど、それでも彼女はまだ懲りなかった。
また次の日のこと、ベラの成績があまりに良いもので、薬草学の先生がここで個人的な薬学の研究をしてもよいと貸し出してくれているらしい、様々な薬の材料を栽培している薬草室にお邪魔させてもらっていたのだけれど。
いつどうやってつけてきたのか、リズメルは当然のように現れて、そのへんの薬草を興味深そうにベタベタ触り「この植物、変な形をしてますね!どういう効能が……あ、葉っぱ取れちゃいました!」とか言って、ベラを絶叫させていた。
「貴女ねえッ!それを育てるのがどれだけ大変かわかっているのかしら!その葉っぱ一つで宝石一個と交換できるくらい希少なのにッ!」
……そうだったのか。
私はベラが怒りを爆発させている背中を見て、しれっと葉っぱを撫でていた手を引っ込めた。
ありがとう、リズメル。
……とにかく、リズメルがつきまとってきた期間は気がつけば4日間にも及んだ。
そのたびに、私はしっかりと彼女の頼みを断り続けていたのに、どうにも彼女は諦める気はないみたいだった。
どこまでしぶといんだ。
ここまで来ると、休み時間になればすぐにリズメルがすっ飛んでくるので、安心していられるのは授業中くらいなものであった。
――そして、幸いにも。
今日の一限は魔術の実技授業。
この授業ばかりは流石に、リズメルが現れない確信があったので、脅さかれることはないであろうことに私は少しホッとする。
一緒にいるベラのほうを見ると、まだ落ち着かなさそうにキョロキョロ周囲を偵察していたが、流石に神経質になりすぎだろうと思った。
魔術の実技授業はこれまで全学部統合として行われていたもので、本来ならもちろんリズメルの所属する武芸学部の生徒も参加することにはなっている。
それならば、何故ここにはいないことになっているのかというと……それは私のせいということになるのだが。
約一か月半前、私が実技授業で使われる裏庭を、魔力暴走でめちゃくちゃにしたあの一件から、裏庭の修復が完全にされきっていないのもあって、授業をするのに際して、以前のような十分な広さが確保されていないのだ。
そんなわけで、実技授業が再開した今でも全学部の生徒を集めるには混雑しすぎてしまうので、暫時的に一度に授業を受ける人数が絞られることになっていた。
周りの他の生徒たちを見ると、いつもよりずっと人数が少ないのが見て取れて……。
同時に、多くの令息や令嬢が、私のほうをちらと見てはヒソヒソ話しているのが目に付いた。
……まあ、私がこの授業をこんな形式にした原因であるわけだし、注目されるのは当然である。
居心地は悪いけれども、まあそれはそれだ。
少なくとも今日は、薬学部と政務学部だけで実技をやる予定のはずなので、この場にリズメルはいない。
ふと、ベラが「政務学部と一緒だなんて嫌ですわ……。アイツら、面子と体裁ばかり気にするプライドの高い馬鹿しかいませんもの。一生机上の駒と統計だけ見ていればよいのに!」などと愚痴っていたのを思い出して、私のほうをチラチラ見ているのも政務学部の生徒が多いのには気がつく。
しかしまあ、元々陰口を言われるのなんて慣れっ子なのだから、仕方ないと思えばいいのだ。
――なんて、そう思っていたのに。
「マーシィ様!おはようございます!ってか、ベラトリーナ様、そのリボン長すぎて地面に着いてません?」
まるで、どこかの次元の狭間から突然出現したみたいに、リズメルはひょこっと現れてそう声をかけてくる。
早速ベラは急な登場に驚いて絶叫し、その数秒後には怒りに任せてぺしぺしと足蹴りを食らわしていた。
ちなみに、体格差がありすぎて全く痛そうではなかった。
「リズメル……貴女、どうしてここにいるの。貴女が受けるべきは他の授業でしょう」
とにかく、リズメルがどうしてここにいるのか。
わけがわからなくてすぐさまそう尋ねると、彼女は笑顔になって「心配してくれてありがとうございます!でも大丈夫ですよ!」と言いながら親指を立ててくる。
「まだ授業開始前ですし、見ての通り私は優等生なので、いざとなったら一回くらいほんとの授業のほうは休んでしまっても成績に問題はありません!それよりマーシィ様に会いに来ることのほうが大切ですもん!」
リズメルはふくよかな胸に手を当てて、誇らしげにそう言った。
……見ての通り……?
「いや、問題だと思うけど……」
私がそう呟いたのを、無視したのだろうか、ただ聞き取れなかったのであろうか。
リズベルは返事もせずに、ニマっと曖昧に笑って誤魔化してきた。
この子は、本当に一体なんなんだ。
どうしてこんなに粘着してくるんだ……。
あまりにしつこいし、妙に元気なので、もはや大型犬にでも懐かれたような気になってしまう。
「何が大切よ!早くどっか行きなさい!シッシッ!」
なんだか、ベラの怒っている様子も心なしか犬のしつけに見えてきた。
しかしリズメルは全く指示に従わずに「そんなに暴れたらドレスのリボンがまた地面につきますよ!」とか呑気に言っている。
まるで凶暴な猫と鈍感な犬のじゃれあいを見ているみたいだ。
気がつけば、目の前でまたベラとリズメルの攻防が繰り広げられ始め、私はそれを眺めていることしかできなくなってしまった。
全く……。
断り続けても話を聞かないし、ベラにブチギレられたところで全然動じない。
とすれば……これ以上何をすれば……。
なんて、悠長に考えていた時だった。
「あのねえ!貴女たち、うるさいのよッ!ふん、マーシィ様の取り巻きは揃いも揃ってマナーもなっていないのね!」
一人のご令嬢が、いつの間にか私たちのところへ近づいてきていて、声高にそう言った。
多分、さっき私を見てヒソヒソ何かを話していたグループの中にいた、ご令嬢だった。
その令嬢は、私とベラ、それからリズメルを順番に睨んで、蔑むような目を向けてくる。
あまり見覚えのない……多分、政務学部の令嬢であった。
私を元々毛嫌いしていて、不満を言いに来たのだろうということはわかった。
……すぐに、なんだか面倒なことになりそうな予感が胸中に渦巻いた。




