28 ちんちくりん
リズメルはどこか切実な様子で頭を下げてきた。
友達に……なりたい?
どうしてそんなことを言われるのか、急すぎて理解が追いつかない。
第一……それを信じられるはずもなかった。
横を見れば、ベラは全く興味のないものを見せられた猫みたいに胡散臭そうな顔で、リズメルのことを見つめている。
「助けて欲しい……とはなんですか。貴女と友達になることに繋がりはあるのですか」
私は慎重になりながら、リズメルに対して尋ねた。
彼女はシャルロッテの従者であって、一度は私に濡れ衣を着せることに加担したのだ。
むしろすぐにでも信じろというほうが無理な話だった。
リズメルは顔を上げると、少しのあいだ唸るように言い淀んでから話し始める。
「そ、それは、ええっと……私、マーシィ様とエルフィン様の恋路を応援したいというか、協力したくって……」
言いながら、彼女は何か誤魔化していることでもあるみたいに、目を忙しなく泳がせていた。
シャルロッテとの一件でも思ったけれども、やはり彼女は隠し事をするということに全く向いていない。
多分、彼女自身も自分が怪しまれていることには気がついているのだろう。
「あ、いやっ、ほんとですからね!こ、今回のこれは、シャルロッテ様とは全く関係がなくって――」
そう言って弁解を図ろうとし始めるが、呆れた様子でベラが遮った。
「貴女ねえ、私たちがそんな見え透いた嘘を信じるとでも思っているの?この前こっぴどく言い負かされたのをもう忘れたのかしら?」
ベラはいつも通りに扇子を取り出すと、嘲るように笑う。
それはとても刺々しい口調で、誰でも後退りするほどに攻撃的な視線であって。
これまでベラに罵倒されてきた数々の令嬢たちと同じように、リズメルもきっと気圧されて何も言い返せなく――
――なる、と思っていたのだが。
「いや、誰ですか貴女!私は今マーシィ様と話してるので邪魔しないでください!マーシィ様からもこのちんちくりんに何か言ってやってくださいよ!」
リズメルはそう言って私の横に立ち、まるで2対1の2側みたいな顔をしてくる。
「え……いや、言ってやれと言われても……」
困惑しながらベラの方を見れば、彼女はショックを受けた様子で固まっていて。
それから、いつも余裕綽々と相手を追い詰めているはずの彼女は、全身の毛を逆立てるかのごとく顔を真っ赤にして喚き出した。
「なっ、ちんちくりんとはなんですかっ!貴女が無駄にデカいだけですわ!貴族でもなければお淑やかさの欠片もない空間を無駄遣いするだけの図体のくせに、私をそんなふうに呼ぶとは無礼ですわよッ!」
そんな姿を見て。
ベラには申し訳ないと思う……本当に申し訳ないとは思うけれども。
確かに、ちんちくりんかもしれない……とちょっとだけ思ってしまった。
いや、別に。
ただ背の高いリズメルと並んでいるから考えてしまっただけだ。
馬鹿にしているわけではない。
「いやいや、どう見てもちんちくりんじゃないですか!むしろ無礼はそっちでしょ!私だって一応、騎士として誇れる肉体にと鍛え抜いてきたつもりなんですから!全くもう!いつも冷静で格好いいマーシィ様の腰巾着がなんでこんな子なんですか!?」
完全に怒りきった様子のベラに対して、リズメルはまるで子供とでも口論しているみたいに舐めたような口調で言い返す。
「冷静で、格好いい……」
そんなふうに言われたことはなくて、驚いてオウム返しに呟いた。
格好いい。
どこがだろう。
聞いてみたい。
……いや、違う!
危うくリズメルのほうへ気持ちが傾きそうになり、慌てて首を振った。
たった少し褒められたくらいのことで絆されるなんて、私はなんてちょろいんだ。
これでも、私はまた何かの罠にかけられようとしているのかもしれないんだぞ。
警戒しなくては……なんて、自分に言い聞かせつつ。
……それでもなんだか、今回のリズメルは前回とどこか違うような気がして、気になっているところはあった。
……ふと、なんとなく。
あの日、彼女がシャルロッテに睨まれていた瞬間のことを思い出した。
一瞬……リズメルも被害者なのではないかなんて気持ちが湧き上がる。
けれど、そんなに上手い話があるはずがない。
少なくとも今は……まだ、彼女を信じていいはずがなかった。
「腰巾着ですって!?違いますわよッ!私はむしろ、姉様が鈍臭い人なので仕方なく付き合ってあげているだけなのであって!姉様からも仰ってあげてください!」
気がつけば、ベラは言いながら思いっきり扇子を振りかぶって、しかしそれをリズメルに掴まれて、取っ組み合いになっている。
喧嘩が始まるのが速すぎる。
私は仲裁しようとしながら――
ほんの、ちょっぴりだけ気になって「私が冷静で格好いいって、本当に思っていますか」とリズメルに尋ねてみた。
別に、さっき言われたのが嬉しくてもう一度言ってもらいたいわけではない。
これも、ちゃんと彼女が信用に値するかの確認なのだ。
「もちろんです!いつも無表情で、ミステリアスで、何でも知っていそうな格好よさがあるじゃないですか!その上、膨大な魔力の持ち主で!しかも髪と瞳も黒で、漆黒って感じ!漆黒って格好いいですよね!」
よし、彼女のことは信じてあげてもいいかもしれない。
そんなことを、一瞬ちょびーーーっとだけ思い浮かべただけだと言うのに、ベラはとんがった八重歯を剥き出しにして「姉様ッ!何を得意げな顔をしているのですかッ!」などとキレてきた。
こういうことは前にもあったが、何故バレる。
私の表情は何も変わっていないぞ。
――まあ……そんなことはさておき。
ベラが最初に言った通りである。
リズメルの言うことが、見え透いた嘘とまでは思わない。
けれど、少なくとも根拠もなく信じてあげられるほどの信用もない。
私は息を吸ってから、答えた。
「リズメル、友達になって欲しいと言ってくれるのはありがたいけれど、私は貴女のことを信じてはあげられない。私は貴女の主人のシャルロッテに濡れ衣を着せられそうになった日のことを忘れてはいない。それに、貴女も加担していたでしょう。だから、これも何かの罠だとしか思えないの」
私がそう答えると、ベラとリズメルはようやっと取っ組み合いをやめた。
ベラは嬉しそうな顔をしていた。
それと対照的に、リズメルはどこか悲しそうな顔をしていた。
犬がご飯をおあずけにされたみたいな顔。
一瞬俯いて、けれどすぐに顔を上げる。
「で、でもっ、罠なんかじゃないんですっ!……もちろん、あの日マーシィ様に濡れ衣を着せようとしたというのはそうです……。ごめんなさい。……本当に、申し訳ないと、思っています」
切実な声で、そう言った。
拳を強く握りしめ。
「けれどっ、こ、今回はっ……どうか、信用してくださいませんかっ!」
手をこちらに差し出してきて、彼女はまた、どこか必死さを滲ませて訴えてくる。
私は一瞬、汗ばんだその手のひらに視線をやった。
けれど、その必死さを蔑むように、ベラは大きな笑い声で言い返した。
「あの日は散々否定したくせに、今になって認めるなんて卑怯ですわね!……そもそも、貴女は自分が言っている言葉の意味をちゃんと理解しているのかしら?貴女は自分の主人のことを裏切って、敵である貴女達のほうに寝返ります、と、そう言っているのよ!……まあ、あのような姑息な貴族の従者でいるくらいなら裏切りたくなって当然だとは思いますけれど?」
ベラは、先程の激昂した様子から気を取り直して、扇子を広げてパタパタ振りながら面白そうにそう言った。
私も、ベラほど辛辣な考えではないけれど、そうは思う。
例えば彼女が言った、私とエルの恋路を応援しているから、という言葉が本当であろうとも、それに対して協力をするなどということは、きっとシャルロッテの意思とは反することに違いない。
もちろん、シャルロッテがエルのことを好いているかどうかはわからないが。
けれど……少なくとも、私を嫌っていることには違いない。
それなら、私たちに協力したいなどと言い出す理由がわからなかった。
リズメルの論理は破綻した。
以前と同じようにボロを出した彼女は、狼狽えて敗走したりするのだろう。
そう思っていた。
そう思って、彼女のことを見くびっていた。
リズメルはベラの言葉を聞くと、目を見開いて。
それからこれまでより一番大きな声で叫んだ。
「……シャルロッテ様は姑息な貴族なんかじゃありませんッ!……馬鹿に、しないでください!私は……裏切りたい気持ちなんかない!ただ……シャルロッテ様を救いたいだけなんですッ!」
それは、縋るような声だった。
嘘偽りのなさそうな激情だった。
水色の瞳に、それより暗い涙をいっぱいに貯めて、彼女は言っていた。
それは一体……どういう意味だろうか。
気になるけれども。
もしも――
リズメルの言っていることが本心だったとしても。
「ごめんなさいリズメル。なんと言われても、貴女の協力は受け入れられない。……ごめんなさい」
私にはそう返すことしかできない。
リズメルは遂にがっくり肩を落として俯いて。
今度こそ、何も言い返してくることはなかった。
「ふん、やっと自分の立場が自覚できたのかしらね!さあ姉様、早くしないと休み時間が無くなってしまいますわよ!」
とうとう、リズメルが何も言わないうちに、私たちは背を向けて、また廊下を歩き始める。
得意げそうになったベラの横で、私にはどこか……リズメルを見捨ててしまったような空虚感が襲ってきていた。
あのままだと騙されていたかもしれない。
だから、そんなふうに考えるのはおかしなことだった。
それでも、考えるたびに不思議な違和感を覚えて。
廊下の突き当たりまで来て、曲がる拍子に、私はちらと後ろを振り返ってみる。
しかし、そこにもうリズメルは居なかった。




